第71話 “超トラの本気”
その視線の先。
タイガは空へ跳び上がり、勢いを乗せて叫んだ。
「てぇやぁッッ!!!!」
彼は手にしていた剣を、虎の額めがけて投げ放つ。
ヒュルルルルルルルルルルルゥゥゥ……ッ!!!
トス……ッ!!
美しい軌道を描いた剣は、狙い違わず額へ突き刺さる。
しかし――
「グルガルワアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!」
――効いていない。
まるで蚊が刺したようなもの。
その巨体にとっては、人間の剣などその程度なのだ。
だが、タイガは口角を上げた。
「よし! 刺さった!! いけェ!! ビリャアアアアアアアアアアッッッッ!!!!」
雷撃がタイガの身体から奔る。
その稲妻は、白虎の額に突き立った剣へ一直線に伝導する。
剣が帯電し、タイガの体と雷光で繋がる。
まるで空中に1本の電磁のレールが引かれたように。
タイガは空中で体勢を整え、その稲妻の道を一気に駆けた。
「〝ビリビリ……ストラアアァイク〟ッッッッッ!!!」
稲妻を伝い、タイガの拳が虎の額へ一直線に落ちる――
ドガアアアアアアアアアアアアァァァァアアアアアアンッッッッ!!!
その拳は、小さな人間の腕から出たとは思えない衝撃を生んだ。
殴りつけた額の毛皮が波打ち、轟音が森を震わせる。
虎の巨体が衝撃に弾かれのけぞる。
「あ……あ……!! あんな……デカいのに……ッ!!」
「ぶっ飛ばすかよ……アレを……」
未だ驚愕するルリノと、もはや呆れたように笑みを浮かべ始めたロマ。
「ガウグルアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!!?」
白き虎の王が絶叫する。
だが――倒れない。
「グウウウウウウウウウウッ……!! グギルギガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!!!!」
踏ん張る。
バキバキバキバキバキィ――ッ!!!
虎の巨体が後退しながらも、森の木々をなぎ倒し、巨大な前脚で地を抉り、筋肉を隆起させ――
ドシイイイイイイイイイイイイイィィィィンッ!!!!
その場に踏み止まる。
踏みつけられた幹が、虎の足の下でひしゃげていた。
それでも倒れない。
まさしく、並の猛獣とは一線を画した〝王たる怪物〟。
「んな……っ!!? 倒せてない……いや、そりゃそうか。あれだけデカいんだ……!!!」
タイガは驚愕の息をこぼしつつも、すぐに表情を引き締める。
宙で両腕を広げて姿勢を保ち、王と真正面から睨み合った。
その視線は、恐怖よりも闘争心を強く燃え上がらせていた。
下でそれを見上げるロマは、激しく脈打つ心臓を押さえながら思考を巡らせる。
「あれでも威力が足りなかった……これ以上の一撃を食らわすには……」
脳裏に、直前の会話が蘇る――
――
――――
――――――
『――ボク知らないんだよ、雷の呪文』
『な……!!? じゃあ今まで〝無詠唱〟でやってたのか!? この大木の時も!?』
――ロマは閃いた。
あれほどの雷撃を〝無詠唱〟で出していた――ならば。
胸いっぱいに空気を吸い込み、空中のタイガに届くよう全身の力で叫ぶ。
「タイガアァッ!!! 雷の〝初級呪文〟は『ビリィ』!! 〝中級呪文〟は『ビリッド』だァッ!!!」
「え……!? そっか〝呪文〟!!! ありがとう!!! それで技の力が……」
タイガは無邪気に笑い、こちらへ手を振った。
だが、その刹那――
シュ……ッ!!!
「……へ……?」
ロマの声が途切れる。
タイガの姿が、笑みを浮かべた直後の状態から〝切り取られた〟ように消えた。
理解が追いつく前に、世界が揺れる――
ズガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンンンンンッッッッッ!!!!
遅れて轟く衝撃音。
大地が震え、風圧が爆ぜ――
ビュオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッッッ!!!!
「にゃ……にゃにが起こった……うわあァッッ!!?」
ミヤコの小さな体が、爆風にあおられて空へ放り出される。
「ミヤコちゃん!!? 危ないッ!!!」
ロマは反射的に腕を伸ばし、ミヤコの手を掴もうと必死に飛びつく――が。
スカッ……!!
「あ……!! と……届かな……か……っ!!」
指先は虚しく空を切った。
ミヤコの体が吹き飛んでいく。
「うわああああああああああああああッッッッッ!!? た~~~~す~~~~け~~~~て~~~~ッ!!!」
もうダメかと諦めかけた、その時。
「ミヤコさんッ!!!」
目前の光景に、ルリノが素早く身を投げ出した。
細い腕を伸ばし、しっかりとミヤコの手首をつかむ。
「うおおおおおおおお!!! ありがとおおおおおお!!!! ルリノぉぉぉおおおおおッッ!!!」
ミヤコは涙をボロボロと溢れさせながら、ルリノにしがみつく。
「だ、大丈夫よ……!! それよりも……何が起こって……!!」
風がまだ木々を揺らしていた。
突風、そして突然消えたタイガ……
弱まっていく風の向こう、空に〝答え〟があった――
「――あれだ……!!」
ロマが息をのむように呟く。
金色の光を纏った、巨大な白い手が宙へ突き出されていた。
まるで何かを薙ぎ払った直後のようだ。空間がぐしゃりと歪んで見えるほどの存在感。
「あの腕の輝き……〝スキル〟だ……あいつ、今まで〝技〟を使っていなかったんだ……!!!」
「にゃ、にゃんだって!!?」
そう、これまでの攻撃は――
――ただ地面を踏み鳴らしただけ。
――ただ腕を大きく振っただけ。
あれほどの破壊が〝日常動作〟にすぎなかったのだ。
必殺技など、まだ一度も放っていない。
「本気じゃなかったんだ……さっきまで……!!! でも、あの一撃を食らって……タイガを〝敵と認めた〟……だから……ッ!!!」
「全く見えなかった……アレが、あの虎の……全力……」
(あまりにも規格外。今まで想像なんてしたことがない。ありえない世界の出来事が、目の前に広がっている――)
生まれてから……いや異世界に来てからも、一度も目にしたことないような壮絶な光景。
普通なら、絶望的な状況……
(……でも、なんでだろう……)
しかし何故か、ロマの心は……1ミリも闇に沈んでいなかった。
(全く絶望していない……唖然とはしたが、衝撃だったが……でも……心が……)
不思議と、膝が震えない。
視界も暗くならない。
むしろ、何かを待つように胸がざわついていた。
いつの間にか隣に寄っていたルリノも、同じ気持ちを抱いているのか、震える声で呟く。
「ねえ……なんでだろう。こんなにも凄惨な状況なのに……ショッキングなのに……けれど……」
根拠なんて何ひとつない。
だけど、確信だけはなぜかある。
「まだ驚いちゃいけないって……心が身構えてるんだ……」
「ああ……オレもだよ……そしてそれは多分、当たってる……!!!」
ロマの視線は、虎の額に突き刺さった剣へと吸い寄せられていた。
剣はまだ微かに帯電し、そこから細い〝稲妻のレール〟が空中に走っている。
それが導く先は――ただひとり。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!!! トラあああああああああああああああああああああああああッ!!!」
額から流れる真紅の血。
破れきった服。
胴を斜めに走る、深々と刻まれた3本の爪痕。
それでも――タイガの瞳は光を失っていなかった。
むしろ、先程よりも強い輝きを宿している。
<パッシブスキル:タフネスのランクが《D》に上昇しました>
吹き飛ばされた距離が、そのまま助走になった。
彼は空気を裂きながら、虎に向かってさらに加速する。
「〝ビリィ〟……いや、〝ビリッド――」
教わったばかりの〝中級雷呪文〟。
しかしその声には、迷いなど一欠片もなかった。
ズガアアアアアアアアアアァァァァァーーーーーーーーーンンンッッッッッッ!!! バリバリバリイイイイイイイィィィィィィィィィィィッッッ!!!!
空が割れたかと思うほどの雷鳴。
青白い閃光がタイガの体から弾け、今までとは比べ物にならない量の電撃が奔る。
全身を包む稲妻が膨れ上がり、拳はまるで巨人のそれのように見えた。
「――ストラアアアアアアァァァイク〟ッッッ!!!!!!!」
ドオオオオガアアアアアアアァァァァアアンンンンッッッッ!!!!!!!!
「ガウグアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァッッッッ!!!!!!???」
虎の王が、これまでにない絶叫を上げた。
その巨体――人の10倍を超える化け物が、弾丸のように吹き飛ぶ。
今度は踏ん張る暇すらない。
手足が宙を掻き、巨体は森の奥へ何十メートルも投げ飛ばされた。
そして――
バキバキバキバキ……
ズガシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァンッッッッ!!!!
木々をなぎ倒し、土煙を上げながら、巨大な白い虎は仰向けに沈んだ。
体は痙攣し、白目をむき、もう立ち上がる気配はない。
完全な戦闘不能。
――小さな少年が、あの怪物を打ち倒したのだ。
静まり返る森。
その中心で、ただひとり――雷を纏った少年が声高らかに宣言した。
「よっしゃあああああああッ!!! クエスト……クリアだあああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!!!」
第72話は明日の20時10分に投稿です。
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