第69話 “子トラ大トラ超トラ”
――グリングリン・ロッジの宿屋。
その一室の静寂を破るように、黒い影がもぞりと動いた。
「んあ~……おはよう世界!! ってもう昼か」
漆黒の寝間着に身を包んだクロトは、重いまぶたを上げながら窓辺に目を向けた。
外はすでに雲ひとつない快晴。真っ直ぐ降り注ぐ昼陽が、容赦なく彼の視界を射抜く。
「おぅ……! 眩し……っ!! おいおい、拗ねるなよ太陽。オレ様がいなくて退屈だったからって。昨日は遅くまで作業をしていたんだ……でもまあ、たまには月にもこのオレ様の美貌を見せてやらないとダメだろ? いつもお前ばかりじゃ不公平だ……!!」
あまりにも不遜な男だ。
太陽や月までもが自分に惚れていると思い込んでいる。
ぐっと伸びをしたクロトは、ひらりと寝間着の裾をひるがえし部屋の奥――備え付けのシャワー室へ向かった。
蛇口をひねると、心地よい温水が勢いよく流れ出す。
湯が肩から胸へ流れ、引き締まった筋肉と滑らかな肌をつたってゆく。
「悪くないな……!! ロマ君が作ったシャワー。そして喜べ、オレ様が使ったことによって、このシャワー室の価値は更に跳ね上がったぞ!!!」
髪をかき上げ、水しぶきが弧を描く。
もちろん見ている者は誰もいない。だが彼は当然のように〝見せる用〟のポーズを決める。
そして、やたらと長めの誰に向けたのか分からないシャワーショーが終わると、クロトは黒いバスローブで部屋に戻り、コーヒーを淹れる。
「ズズ……うん、豆の質もそこそこ。いいモーニングルーティンを決められたな」
優雅な朝(昼過ぎ)の時間を過ごすクロト。
ふてぶてしい態度はそのままに、しかしいつもの騒がしい高笑いはない。
どれだけ寝坊しても、目覚めのコーヒーだけはゆっくり味わいたいらしい。
だが……
バアーーーンッッ!!
勢いよくドアが開け放たれたことによって、その静寂は終わりを告げる。
「クロト、大変」
乱入してきたのは、銀の犬耳と尻尾を揺らすケモニアの少女、ノエル。
その派手な登場とは真反対の、冷静な声音で告げる。
「あ、ああ……そうだな。朝から扉を蹴破って入ってくる、乱暴者が現れたのだからな……っ!!」
クロトはカップを机に置き、ピクリと眉を跳ねさせる。
優雅な朝の時間を台無しにされた怒りが、額の青筋としてくっきり浮かんだ。
「朝じゃない、もう昼過ぎ。それよりも、これ」
ノエルはクロトの怒りを完全にスルーし、1枚の紙を彼の目の前へ突きつけた。
尻尾だけが落ち着きなく揺れているのが、逆に事態の切迫を示している。
「ん……? なんだそれ……は……」
紙を受け取った瞬間、クロトの表情が固まった。
目が、ゆっくりと見開かれていく。
「――!!? こ、これは……ッ!!」
紙を握る手が震え、声がかすれる。
その反応に、ノエルの犬耳がピンと立った――
――
――――
――――――
――ガキイイイイイイィンッ!!!
「た……タイガァ!!?」
ロマが思わず叫ぶ。
閃光の正体は、巨大な白閃牙が振り下ろした爪。
その太い前脚が仄かに白く輝いている。
何かしらの〝スキル〟を使用しているのだろう。
本来なら、その一撃を受けた時点でタイガの体は跡形もない――そう思えるほどの威力。
「ぐぎ……ぎぎぎぎ……っ!!!」
だがタイガは、その小さな体で剣を構え、獣の爪を真正面から受け止めていた。
土が震え、地面が軋む。
「受け止めてる……!? す、凄い……っ!!」
ルリノも声を上げずにいられなかった。
あの華奢な少年が、大人の3倍はある虎の一撃を正面から止めている。
「ぐぐ……!! ふふ、やっぱいい剣だね……これならッ!!!」
爪を押し返しながら、タイガはニヤリと笑った。
踏み込んだ靴の下で、地面がミシッと沈む。
剣がほのかに光を帯び、風が巻く。
「食らえ……〝パワースラッシュ〟ッ!!」
「ガウルウウウウウウウアァッ!!!?」
剣が弾けるように横へと走り、受け止めていた虎の爪を斬り払った。
白い巨体が、まるで木の葉のように宙へ翻る。
爪の砕ける鈍い音が鳴り、斬撃の風圧で木々が大きく揺れた。
ドッシイイイイイイイイィン!!!!
土煙を盛大に巻き上げながら、白閃牙は地面へ叩きつけられる。
「グゥァ……ッ!!!」
最後に短く唸り声を上げると、そのまま大きな体は、ガクリと力なく横たわった。
「ガウァッ!!?」
仲間が吹き飛ばされたのを見て、そばにいた小さな虎が短く吠えた。
怯えとも驚きともつかない、混乱した声。
「あ……あ……」
「はは……相変わらずスゲェパワー……」
あまりの状況に言葉を失うロマとルリノの横で、ミヤコは呆れたように肩をすくめる。
「う、疑ってたわけじゃないけど、やっぱり〝《B》ランク〟って凄いんだね……」
「〝《B》ランク〟!!? それってクロトさんと同じ……そんな凄い冒険者だったの!!?」
ロマが思い出したように口にするや、ルリノは目を丸くしてタイガを見る。
「えへへ!! でもボク〝冒険者じゃない〟んだけどね~」
「あ……!! バカッ!! それ言っちゃ……っ!!!」
無邪気に照れつつ言い放つタイガ。
だがその〝余計な一言〟に、ミヤコの頬からさっと血の気が引いた。
「え……? あ、そういえば昨日も言われたっけ。でもなんでダメなの?」
当の本人は状況をまったく理解しておらず、首をかしげている。
「おミャー、冒険者以外の〝《B》ランク〟っていえば、1つしかないだろ!!」
「1つ……? あ……」
そこまで言われて、タイガはようやく気づく。
先ほどの発言が、自分の立場を自ら暴露する行為だったということに。
タイガとミヤコは、恐る恐るロマとルリノの方へと振り返った。
「え……冒険者じゃない、それで〝《B》ランク〟のモノって……」
「ああ……〝賞金首〟しかないね……」
ルリノは驚愕のまま声を震わせ、一方のロマは意外なほど落ち着いた表情で答えていた。
「あ……い、いや違うんだよ2人とも……タイガはちょっと訳あって……」
ミヤコが慌てて弁明しようとした、その時――
「――ウウ……ガウガゥ……ッ!!」
倒れた虎のそばで、小さな白閃牙が震える体を寄せた。
鼻先でつついても返事はなく、鳴き声は次第に切羽詰まっていく。
そして、小さな体を思い切り伸ばし、空に向かって胸いっぱいに叫んだ――
「ガウガアアアアアアアアアアアァァッッ!!!!」
――その声が森の奥に響き渡る。
木立の向こうでこだまが返り、呼び声は遠くまで尾を引いた。
そして、まるでその小さな叫びに応えるかのように、茂みがガサガサッ……!! と大きく揺れる。
次の瞬間――
葉を蹴散らし、2つの白い影が飛び出した。
「――!! ミヤコ!! 2人とも!! 危ないッ!!!」
「え……うわッ!!?」
影はただ突進してきたのではない。明確に獲物を狙うような軌道で、一直線に3人へ襲いかかっていた。
タイガは咄嗟にミヤコを押し飛ばし、自分が盾となって剣を構える。
そして再び、白い閃光がタイガへ迫る。
ガキイイイイイイィン!!!
グシャアアアアアアアアァ!!!
金属を打ち鳴らす鋭い音と、肉に牙が食い込む鈍い衝撃音――2つの全く異なる衝撃が同時に響いた。
「ぐ……!! あがっ……ッ!!!」
「ガウルウアウアウウウウアア!!!」
「グルガアアアアアアアアアア!!!」
右手の剣で1体目の爪を受け止める。
もう1体には脚を差し出し、その牙を自分の脚へ食い込ませることで、進路を止めた。
森の奥から現れた新たな影――白閃牙が今度は2体いた。
ぽた……ぽた……
タイガの足に深々と突き立った牙から、赤い雫が地面に落ちた。
「な……ッ⁉︎ 何してるんだ!! 噛みちぎられるぞッ!!?」
「でも……っ!! こうしないと2人が食べられちゃう!!!」
「っ!!!」
ブシィーーーッ!!
肉を裂く生々しい音が森に響き、ロマとルリノの顔が青ざめる。
それでもタイガは一歩も退かない。足に突き立つ激痛に歯を食いしばり、全身で牙と爪を受け止め続けた。
「……ぐ……!! ビリ……ビリィ……ッ!!」
タイガの体に、ぱち……ぱち……と青白い火花が走る。
細い電光が剣と牙を伝い、2体の虎へ絡みついていく。
「ジイイイイイイイイイイイイイィィィィィィッッッ!!!」
次の瞬間、轟く閃光とともにタイガの体から雷撃が爆ぜた。
「ガウアアアアアアアアアアアアアアアァ!!⁉︎」
「グギルガアアアアアアアアアアアァッ!!⁉︎」
バチバチバチィィィィッッ!!!
強烈な電流が2体の虎を包み込み、その体毛が逆立つ。
全身が痙攣し白い煙を噴き上げながら、虎達はガクンと崩れ落ちた。
「ふぅ……あ、危なかったぁ……噛みついてきたのが最初のデカいヤツと同じサイズだったら、足無くなってたよ……」
タイガは荒い息を整えながら、倒れた3体の白閃牙を順番に見比べた。
最初は人の3倍はある巨躯の虎。
そして今倒した、タイガの背丈を少し超えるくらいの虎が2体。
同じ〝白閃牙〟でも、明らかにレベルが違うことが見て取れた。
「いやいや。なんてことないように言ってるけど……キミ、酷い有様だからね? それ……」
ロマは額に汗を滲ませながら、タイガの足を指差した。
血はダラダラと流れ続け、破れたズボンの下には、肉まで裂けた傷口がのぞいている。
靴まで赤く濡れ、足元にも染みが広がっていた。
「でへへ……ちょっと痛いや」
「ちょ、ちょっとじゃないだろッ!! ……アドレナリンが大量に出て麻痺ってるのか? まったくキミは……」
怒りと心配が入り混じった声でロマは叱りつける。
それでもタイガは、いつも通りの無邪気な笑みを崩さない。
ロマはため息をつきながら、懐から緑色の液体が入った試験管を取り出した。
「ほら、これ……ポーション……」
「待って……囲まれてる……!!」
「え……?」
タイガの声色が変わった瞬間、ロマは手を止める。
そして森の奥から聞こえてくるのは――
――グルルルル……ッ!!
微かだが、確かに聞こえる威嚇の唸り声。
先ほどのものより低く、荒々しく、そして――静かだ。
足音を消している。
さっきとは違い、明らかにタイガ達を〝敵〟と認めた動きだ。
「……!! そうか……3体、いや子供も含めれば4体もいたんだ……てことは……!!」
「ガ、ガウぁ! グルルルぅ!!」
子供の虎も、傷ついた仲間を守ろうと必死に唸り声を上げる。
ロマの背筋に、冷たいものが走った。
右の茂みが揺れる。
次は左。
後ろでも、小枝がひとつ折れた。
茂みがガサッ……ガササッ……と順に揺れ、音が連鎖していく。
まるで森そのものが唸っているかのように。
そして――
「グルルルルル……ッ!!!」
「ガウァ!! ウグルルル!!!」
「ウウウ……!! ガウッ!!!」
茂みが大きく割れ、白い毛皮が次々と姿を現す。
そこにいたのは――
何十頭もの白閃牙の群れだった。
数え切れないほどの鋭い視線が、4人へ向けられていた。
「嘘……!!! 凶暴な怪物がこんなに……ッ!!?」
「ひェ……っ!!? ミャ、ミャー食べても美味しくないよ〜ッ!!!」
目の前に広がる白い虎の群れ。
ルリノは蒼白になり、ミヤコは尻尾を完全に総毛立たせながら悲鳴をあげる。
だが――
――ドシン。
「……え?」
タイガは首をかしげる。
地面が揺れた。
――ドシン。
今度は、近くの木から葉がばらばらと落ちてくる。
――ドォン……ッ!!
森の奥。
ドシンッッッッッ!!!! と地面を揺らす巨音。
メキメキメキィィッ!!!!! と木々が折れ砕ける音が連続する。
――ドン……! ドン……ッ!! ドォン……ッッッ!!!!!
巨大な足音が、一歩ごとに圧力となって空気を震わせる。
そして現れた。
まだ数十メートル離れているはずなのに――
森の天蓋よりも高いところに〝白い影〟がぬっと突き出した。
数十頭の虎達が、その影に向かって一斉に身を低くする。
「な……!!! なんだよ……アレェッ!!?」
ロマの叫びに重なるように、影の全貌があらわになった。
――巨大な白い虎。
いや、〝山〟と呼んでも差し支えないほどの化け物だった。
人の背丈の〝10倍〟を優に超え、筋肉の塊のような四肢が大地にひび割れを走らせる。
圧倒的な〝王の風格〟。
「……アイツが……〝ボス〟だ……っ!!!」
タイガは顎を引き、剣先を目の前の敵へ向けた。
その姿勢は一切の逃げ腰を見せない。
むしろ、獲物を見据えるように前へと踏み出そうとしている。
しかし――
ロマだけは、見逃さなかった。
一瞬だけ。
ほんの、まばたきよりも短い間。
タイガの握る剣が――かすかに震えたのを。
巨大虎の黄金の瞳が、まっすぐタイガを射抜く――
第70話は明日の20時10分に投稿です。
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~あとがき~
【モンスター図鑑】
【白閃牙】
〇分類:虎型動物
〇成長段階:若体
〇ランク:《D》
〇基礎ステータス
HP:70
MP:22
ちから:42
みのまもり:32
すばやさ:39
こうげき魔力:18
かいふく魔力:0
きようさ:32
うんのよさ:31
〇所持スキル
〇基礎能力スキル
タフネス《F》[パッシブ]
体が頑強になり、最大HPとみのまもりが上がる。
マッスル《F》[パッシブ]
肉体の力が高まり、ちからが上がる。
アジリティ《F》[パッシブ]
身のこなしが軽くなり、すばやさが上がる。
脚力《F》[パッシブ]
足を使った行動をする際、ちからが上がる。
〇武技スキル
爪撃《E》[アクティブ]
鋭い爪で相手をひっかく。
噛みつき《D》[アクティブ]
鋭い牙で相手に噛みつく。
威嚇《E》[アクティブ]
敵を激しく威圧し、ひるませる。
閃爪《F》[アクティブ]
爪に光属性の力を纏い、相手を切り裂く。
閃牙《F》[アクティブ]
牙に光属性の力を纏い、相手を噛み切る。
幼体期を終え、狩りに参加するようになった白閃牙。
体長は人間の成人を上回り、幼体の頃に比べて爪や牙、脚力が急速に発達している。
特に瞬発力に優れており、茂みや木々を利用して獲物との距離を一気に詰める狩りを得意とする。
虎型の動物としては珍しく群れを形成する性質を持ち、若い個体は成体とともに狩りを行いながら、その技術を身につけていく。
仲間意識も非常に強く、幼体の鳴き声や仲間の危機を察知すると、周囲の個体が一斉に駆けつけることがある。




