第68話 “異世界の虎”
森の奥から響き渡ったのは、獣の咆哮――
いや、あれはもう怪物のソレだった。
低い咆哮が腹の底まで震わせる。
足元の枯れ葉が跳ね、頭上の鳥達が一斉に飛び立った。
「にゃ、にゃんだァ!!?」
「ルリノ……下がってるんだ……!!」
「う、うん……」
ロマは反射的にルリノの前へ立つ。
「緊急クエスト発生って感じだね!!!」
タイガも表情を引き締め、静かに茂みの奥へと視線を向けた。
「い、一体何がいるの……? この森には、危険なモンスターは出ないはずよ?」
「ああ……〝昨日まで〟はね……!!」
「っ!!? そ、それって……!!」
ロマの脳裏に、昨夜の〝地獄絵図〟が蘇る――
街道に散らばるバラバラの死体。
肉片。
血の匂い。
(流石に……恐ろしいな……あれだけのことをやる怪物が、今近くにいるかもしれない。一体どれだけ高ランクのモンスターなんだ……!!)
恐怖が胸を満たしていく。
だが、その横からまっすぐな声が飛んできた。
「あの人達を殺したヤツなら……見過ごすわけにはいかないよ……ッ!!」
タイガの声は震えていなかった。
幼い顔立ちなのに、その眼だけは驚くほど強い光を宿している。
「タイガ……ああ、そうだな……!!」
その眼差しを受け、ロマも恐怖を押し返すように身構えた。
ロングコートを翻し、薬品の瓶を数本素早く取り出す。
「さあ……来いッ!!」
ロマの声は森へ吸い込まれ、反響を返しながら消えていく――
誰も動かない。
やがて――
ミシ……ミシッ……
落ちた小枝を踏み砕きながら、確実にこちらへ向かってくる足音。
重い。
大きい。
そして――異様にゆっくり。
まるでこちらを、もてあそぶように。
(――足音を全然隠していない……それはつまり、森の中で自分が他の生物に襲われるとは全く思ってない。とんでもない自信だ……!!)
姿は見えない。
だが、その歩みの圧だけで理解出来る。
圧倒的強者のオーラ。
ロマはごくりと喉を鳴らす。
空気が張りつめ、指先が震えそうになる。
そして、バサッ!! と葉を散らし、茂みから影が飛び出した。
「……っ!! こいつは……っ!!?」
飛び出した影は、地面に軽やかに着地した。
その動きには猛獣特有のしなやかさがあり、全員の背筋がさらに強張る。
尖った耳。
猫よりも大きく、狼よりも鋭い。
黄色い双眸には力強い光。
口元には鋭い牙。
体毛は雪のように白く、黒い縞が走る。
その佇まいはまさに、強者にふさわしいモノだった――
だが――
「――ガウッ♪」
「……へ?」
ロマから素っ頓狂な声が漏れる。
飛び出してきたソレは――人間の子供ほどの体躯。
尻尾をパタパタ振り、こちらを見上げて満面の笑み……らしき表情。
「これは……〝ホワイトタイガー〟の赤ちゃん?」
「あらかわいい……」
ルリノの声が、ありえないほど平和だった。
さっきまで森を覆っていた殺気が、嘘みたいに消えたように思えた。
四足で歩く白い虎の子の頭は、ミヤコの太ももほどの高さしかない。
目つきは鋭いはずなのに、丸っこい体型と短い手足のせいでまったく迫力がない。
「いや〝ホワイトタイガー〟って、ここら辺に居たか? ……あ~、でも朱円の方に確か〝白虎〟とか言う〝神獣〟が居たような……」
ロマは眉間に指を当て、記憶の引き出しをまさぐるように呟いた。
「まあ鑑定を使えば手っ取り早いか。鑑定」
ロマの瞳が鋭く光る。
◆ ◆ ◆
【白閃牙】
〇分類:虎型動物
〇成長段階:幼体
〇ランク:《E》
〇基礎ステータス
HP:48
MP:12
ちから:28
みのまもり:21
すばやさ:27
こうげき魔力:8
かいふく魔力:0
きようさ:9
うんのよさ:13
〇所持スキル
〇基礎能力スキル
タフネス《F》[パッシブ]
〇武技スキル
噛みつき《F》[アクティブ]
威嚇《F》[アクティブ]
◆ ◆ ◆
「おミャー、ステータスまでスキルでわかるのか。凄いな」
「ああ。錬金と鑑定スキルの相性は抜群だからね。鍛え研ぎ澄ましてある」
共有された情報に感心しながらも、ミヤコはその目の前の小さな虎に興味を持っていかれる。
「ミャーこんにゃ生き物初めて見た……な、撫でてみてもいいかな?」
「ボクもボクも~!!」
ミヤコとタイガは、危機感ゼロの瞳をキラキラ輝かせて一歩、また一歩と近づいていく。
「あ、待って2人とも……ちょっと変だって……!!」
だがロマはまだ警戒を解かずに、森の奥へと視線を固定したまま声を張った。
「え~? 何が変なの? こんなに大人しいのに……ほれうりうり~♪」
「ガァウ♪」
「つ、次はミャーに! ミャーにもやらせて……!!」
当の2人は完全に危険を忘れ、小さな虎を撫でまわし放題。
「い……いいなぁ……! ねえロマ、私も……」
ルリノも羨ましそうに指先をそわそわさせるが、ロマは微動だにせず……ただ冷たい声だけが漏れた。
「〝音〟が……違う」
「え?」
「さっき森の奥から聞こえてきた咆哮、そして足音と……〝大きさが合わない〟……」
ロマはルリノの行く手を腕で遮り、茂みから注意を逸らさなかった。
その奥で――
ガサァッッ!!!!!!
茂み全体が、まるで巨大な何かが潜っているかのように大きく揺れた。
「――!!! タイガァ!! ミヤコちゃん!! 避けろォッ!!!」
「へ……うわァッ!!!?」
ガキイィン!!!!
衝撃音が森に轟き、タイガの体が横へ吹き飛ばされる。
「え、た……タイガァッ!!?」
ミヤコも本能的に跳ね上がるように飛び退き、森の奥から必死に距離を取った。
「ぐ……!! ありがとうロマ。キミの声がなかったらやられてた……一体なんだ!? あの鋭い攻撃は……ッ!!」
タイガは間一髪、剣を引き抜き、その攻撃を防いでいた。
全員の視線が、ある一点へと吸い寄せられる。
「な……!? こいつは……ッ!!」
「ガウ?」
それは、先ほどまでふにゃふにゃ撫で回していたあの小さな虎の、すぐ真後ろに立っていた。
鋭く尖った耳。凛々しい双眸。剥き出しの牙。
白地に黒の縞。
どれも小さな虎と同じ――だが。
ただひとつ。大きさだけが、圧倒的に違った。
人の背丈の〝3倍〟は優に超える巨体。
大木のような四肢。
地面を踏みしめるたび、土がビキリと悲鳴をあげる。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!」
「ぐ……!!? は、迫力が違い過ぎるだろ……ッ!!」
ただの咆哮が、爆風のように襲いかかる。
思わず全員が顔を背け、体を押し流されないよう踏ん張る。
そして――
「ウウゥ……グルアアアアアアアアアアアァッッ!!!」
「!!?」
巨体が沈む。
地面が砕ける。
一瞬のうちに、虎は弾丸のように跳んだ。
狙いは……ただひとり。
「た――タイガァ!!?」
巨大な影が迫り、前脚が振り下ろされる。
鎌のように反り返った、何本もの爪。
空気がぶちぶちと裂ける音。
逃げ場は――ない。
タイガの瞳に、その爪が映った。
そして――
世界が白く弾けた。
第69話は明日の20時10分に投稿です。
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~あとがき~
【モンスター図鑑】
小さな虎のステータス
【白閃牙】
〇分類:虎型動物
〇成長段階:幼体
〇ランク:《E》
〇基礎ステータス
HP:48
MP:12
ちから:28
みのまもり:21
すばやさ:27
こうげき魔力:8
かいふく魔力:0
きようさ:9
うんのよさ:13
〇所持スキル
〇基礎能力スキル
タフネス《F》[パッシブ]
体が頑強になり、最大HPとみのまもりが上がる。
〇武技スキル
噛みつき《F》[アクティブ]
鋭い牙で相手に噛みつく。
威嚇《F》[アクティブ]
敵を激しく威圧し、ひるませる。
雪のように白い体毛と黒い縞模様を持つ、虎型動物。
幼体は好奇心旺盛で、人間を含む他の生物に近づくこともある。
一方、親は非常に警戒心が強く、特に子供へ危害を加えようとする相手には極めて攻撃的。
高い身体能力と鋭い感覚を生まれつき備えており、幼体の時点ですでに《E》ランク相当の力を持つ。




