第5話 “勇者の紋章”
「……チクショー。なんでこんなことに……」
マスタールームの中は意外と広く、豪奢なカーペットに重厚な本棚、そして天蓋付きのベッドまで置かれている。壁のランプが揺らめくたび、家具の影がぼんやりと伸び縮みしていた。
そんな部屋の隅、ガラスの台座に収められた水晶の中で――
タイガは大の字になって寝転がり、ムスッとした顔で天井を睨んでいた。
「きゅうくつだあああーーー!!」
先程までは水晶の中でジタバタ暴れ、叫び、どうにか出ようと四苦八苦していた。
しかし無駄だと悟ると、今はふてくされながら水晶の中でゴロゴロしている。
「ふふ……いいわねェ。その表情……」
その様子を、ソファに腰を下ろしたギルドマスターが、頬杖をついてじ~っと観察している。
唇には艶やかな笑み。まるで宝石でも愛でるかのように、水晶の中のタイガを見つめていた。
「ふふ、最近はあんまりワクワクする新人が来なかったから、退屈してたけど……坊や、見所があるわね」
「ミドコロ? 別にボクなんもしてないよ」
そっけないタイガの反応に、ギルドマスターはますます機嫌を良くしたように口元を吊り上げる。
「そういう無自覚なところが、生意気で……愛らしくて……たまらないわ~……シャアァァァ〜~~……ッ!!」
そう言うと、お姉さんの目はすぅ……と細くなり、瞬間、瞳孔が縦に長くなる。
口元から伸びたのは、チロリと動く細く長い舌――その先は、〝二股〟に分かれていた。
「うお!? なにその舌!! 怪我したの!?」
「あら、失礼」
彼女は何事もなかったようにぺろりと舌を引っ込め、肩をすくめて言った。
「私はね、〝蛇のケモニア族〟なのよ」
「〝ケモニア〟……? なにそれ?」
「動物の特徴を持つ人間族よ。ていうか、あのツレの猫ちゃんだって〝ケモニア〟だったでしょ?」
「へ~、そうなんだ!」
タイガは納得したように頷く。
「……怖い?」
ぽつりと、彼女が問いかける。
「別に。初めて見たから驚いたけどね」
その言葉に、彼女はほんの一瞬、目を見開いた後――ふわりと微笑んだ。
「そっか……良かった」
「なにが?」
「ふふ、なんでもない! 明日には賢者様が戻ってくるわ。そしたら外に出られるから、それまでゆっくりお姉さんとお話しましょ?」
そうお姉さんが言った時――勢いよく扉が開き、受付嬢が顔をのぞかせた。
「ちょっとマスター!! いつまで水晶眺めてるんですか! まだまだお仕事い~っぱいありますからね!!」
「シュ~……いいとこだったのに……」
ギルドマスターは名残惜しそうに舌をペロリと揺らし、肩を落とした。
その背中を見ながら、タイガはふたたび仰向けに転がりながら、ぼそっと呟いた。
「……は~……あの猫ちゃんに〝言いたいこと〟あったのにな……」
そして、夜は更けていく――
◆ ◆ ◆
――王都の城の一室。
(うっひゃ~! すんごいところに来ちゃったにゃ……)
少女は深紅の長椅子に座ると、もぞもぞと落ち着かない様子で身じろぎした。
ふかふかすぎる座面に体が沈み込み、まるで飲み込まれるような感覚だ。
「うへ~、フカフカでキモチィ~……」
その居心地の良さに感動しつつも、同時にどうにも気が休まらなかった。
室内を見回せば、どこもかしこも贅沢な品々ばかり。
真紅の絨毯、黄金の装飾、そして天井いっぱいに彫られた龍の意匠……
まるでおとぎ話の中の楼閣に迷い込んだような気分だった。
「……豪華な調度品ばっかりだにゃ……1個くらい盗んでもバレにゃいか?」
思わず口をついて出た、軽口にも似たよこしまな言葉。
だがすぐに、「いかんいかん!」と首を振ってその考えを追い払う。
「てか……にゃんでミャーみたいなのが、こんなスゲーとこに通されてるんだ?」
その瞬間、部屋の正面――朱塗りの大扉の向こうから答えが返ってきた。
「それはキミが、〝世界を救う〟情報を持っているからだよ」
「っ!!」
少女の背筋がビクリと跳ねる。
ギィ……という重たい音と共に扉が開き、堂々とした体躯の男が姿を現した。
身長は2mを優に超え、黒地に銀糸のチャイナ服を纏っている。
立ち襟には白龍の刺繍、袖口は赤と金。服の前合わせには細い金のボタンが並び、胸元には金の紋章バッジがついている。
その大男に続いて、やや若い男女が2人入ってくる。
どちらも同じ様式の制服に身を包んでいる。おそらく彼らも調査員なのだろう。
だが制服の装飾は抑えめで、胸には銀の紋章バッジを装着しており、階級差が一目で分かる。
男の方はノートらしきものを脇に抱え、女の方は小柄だが目つきは鋭く、腰には双剣を吊るしていた。
大男が静かに前へ進み出る。
場の空気の変化に気づき、少女は長椅子から立ち上がり、あわてて背筋を伸ばす。
その巨体が少女の前まで来ると、立ち止まり、まっすぐに視線を向けた。
「私は王国調査隊隊長、開守。キミがギルドから来た、〝勇者の紋章〟の情報を持つ子かね?」
「は、はい! ミャーは……」
「おっと、すまない。座ってくれたまえ、立ち話ではなんだしな」
「あ、はい……!」
うながされて彼女は再び長椅子に腰を下ろす。今度は、ふかふかの座面の感触に浸る余裕などない。
開守もまた向かいに座る。
彼が乗った椅子は、ギシギシッと重々しい音を立てる。
「さて、それではさっそく本題に移るが……情報は確かかね?」
「は、はい……ミャーもさっき、そんなに大事なモノだってことを初めて知ったんですけど……」
少女は、自分が幼い頃に封じていた記憶をそっと掘り起こす。
それは、決して軽んじてはならないもの――彼女の故郷にまつわる大切な秘密だった。
「ミャーの故郷に……〝勇者の紋章〟が刻まれたペンダントがあります……!」
◆ ◆ ◆
――その頃、ギルドでは。
「ぐがあーーー……! ぐがああああああーーー……ッ!!」
マスタールームの灯りはまだ落とされておらず、暖かなオレンジ色の光が静かに室内を照らしていた。
そこにはひとり、未だ水晶に閉じ込められた少年の姿があった。
タイガは呑気に昼寝(もう夜なのだが)をしており、水晶の中で、手足を投げ出して眠っていた。
小さな鼻ちょうちんを膨らませながら、すやすやと寝息を立てている。
透明な結晶の内側には、吐息でほんのりと曇りが生まれていた。
その時、マスタールームの扉がギィ……と音を立てて開いた。
長身の女性――ギルドマスターが姿を現す。
「まったく……あの子はマスターをなんだと思ってるんだか。仕事が多くてかなわないわァ……」
「んあ?」
パチンッ、と鼻ちょうちんが割れ、タイガはゆっくり目を開けた。
「あら、ごめんなさい。起こしちゃった?」
「いや、いいよ……ん~! よく寝たー!!」
水晶の中で気持ちよさそうに伸びをするタイガに、マスターはくすっと笑みを漏らす。
「最初はあんなに暴れてたのに、もう慣れたのね」
「うん、騒いでもしょうがないもん。なるようになるさ」
あっけらかんと答えるタイガ。
そんな彼の目の前に、半透明のメッセージウィンドウが現れる。
◆ ◆ ◆
<基礎能力スキル:封印耐性《F》を習得しました>
◆ ◆ ◆
「あ、なんか手に入れた~」
にへっと笑うタイガの様子に、マスターは肩をすくめて小さく呟いた。
「……何も考えてないだけなのか、それとも相当な大物なのか……」
彼女はタイガの正面、水晶と向かい合うように椅子へと腰を下ろした。
「それにしても……あの猫ちゃん、あなたを置いてっちゃったらしいわよ?」
「え!? なんで!?」
思いがけない情報に、タイガはガバっと上体を起こした。
「それじゃあ、もうこの街にいないの!?」
「いいえ。けれど会うのは難しいかも……彼女が言っていたことが本当ならね」
マスターは一度、言葉を切ってから続ける。
「あの子、〝勇者の装備〟についての情報を持っている……らしいわ」
「〝勇者の装備〟?」
聞き慣れない単語に、タイガが首を傾げる。
「ええ……〝勇遺物〟とも呼ばれる、かつて世界を救った伝説の勇者が身に着けていた奇跡の遺産よ。
未だ全貌はわかっていないけれど……その装備を身に着けた者は、〝神にも匹敵する力〟を得ると言われてるの。
世界中の国が、国家予算を注ぎ込んで捜索しているくらい……」
「へ~、やっぱ最強なんだね! 〝勇者の装備〟は」
理解したのかしていないのか、呑気な反応を返すタイガ。
「ええ。その装備を探すための専門の部隊だってあるんだから……それが〝王国調査隊〟。猫ちゃんは、そこにお呼ばれされたのよ」
「そっか……じゃあさ! その〝王国調査隊〟のとこに行けば、また会えるんじゃない!?」
ぐっと前のめりになるタイガ。
もちろん水晶の中から距離を縮めることはできないが、その気持ちだけは前へ飛び出しそうだった。
だが――
「……それはどうかしら」
――マスターはふと視線を落とし、声を低めた。
「ん? どういうこと?」
「……あいつら、ちょっとね……やり方が〝過激〟なのよ」
その言葉が、薄い膜のように漂っていた緊張を、ピンと張り詰めさせた――
◆ ◆ ◆
――夜。
静まり返った城の奥深く。
その一室には、ほの暗いランプの光のもと、2つの人影が、ひそやかに言葉を交わしていた。
「さて、先程の話だが……副隊長、お前はどう思った?」
「……情報提供者の少女……正直言って得体は知れませんが、彼女の言っていたことには一定の信憑性があります」
開守からの問いに、低く抑えた声で語るのは、眼鏡をかけ、分厚いノートらしきものを脇に抱えた、副隊長の男。
白髪に尖った耳を持つ長身の男で、胸元には彼が副隊長である事を示す、銀のバッジが冷たく光っている。
見た目は若々しいが、その落ち着いた物腰からは積み重ねた歳月がにじみ出ていた。
その鋭い瞳の奥には冷たい光が宿り、静かな威圧感を放っている。
「そうだな。彼女が語った村……〝ヤマモモ村〟とか言ったか。あの辺りには確か、勇者の伝承がいくつか残っていたはずだ」
「ですが……彼女が我々を案内したとして、現地の住民達が素直に協力してくれるとは限りません。むしろ、その可能性は低いでしょう。なにせ彼女は……」
副隊長の言葉を遮るように、開守は小さく鼻を鳴らして笑った。
「ふん。何を白々しい……協力しないなら、〝いつもの手段〟を使えばいいだけのことだろう?」
それを聞いた副隊長も、肩をすくめて苦笑を浮かべる。
「……はは、あまり気は進みませんねェ」
そう言いつつも、彼の目元には、うっすらとした愉悦の色が滲んでいた。
~あとがき~
第6話は明日の18時に投稿です。
第1章完結まで毎日投稿中!!
『勇者の紋章』について――
勇者ゆかりの地や遺物に刻まれた、世界に広く知られる紋章。
各地に残された痕跡は、勇者がいかに広大な範囲で活動していたかを物語っている。
その意匠の中心には、1本の直線が貫くように走っている。
それは剣の刃を象徴し、上端の鋭い三角形は切っ先を示す。
直線を中心に左右対称に広がる曲線は、鍔にも翼にも見え、その末端には3つの点が連なる。
それらが星を表すのか、あるいは爪を表すのか――その解釈は見る者に委ねられている。
全体は完璧なシンメトリーを成し、整然たる美しさを放つ幾何学模様として、人々に畏敬の念を抱かせてきた。




