第4話 “囚われのタイガ”
「すみませ~ん! 〝仮ライセンス〟ください!」
タイガが元気よく声を上げ、さっきの丸眼鏡の受付嬢に駆け寄る。
「は、はい、仮ライセンスの登録ですね。少々お待ちください」
先程はあれほど動揺していた彼女だったが、今はすっかり普段通りの落ち着いた対応をしている。
……タイガを見た瞬間、ほんのわずかに表情がこわばったのは、きっと見間違いだろう。
「文字はお書きできるでしょうか?」
「うん! 書けるよ!」
「それでしたら、お名前や種族など、分かる範囲でこちらの書類にご記入ください」
「わかるとこだけ? 結構テキトーでいいんだね」
「ま、出自がわからにゃいやつなんて、ざらにいるからな」
少女がそう補足するのを聞きながら、タイガは渡された書類にペンを走らせる。
しかし、その文字を見て――少女は目を疑った。
「おい待て……にゃんだその文字は」
「え? なにって〝日本語〟だけど?」
「いやどこの国の言葉だ!! こういうのは〝共通語〟で書くんだよ!」
少女のツッコミに、タイガはぽかんと口を開ける。
「〝キョウツウゴ〟?」
「あー、〝共通語〟以外の文字ですと……」
受付嬢がギルドの資料を確認し答える。
「申し訳ありません。当ギルドでは〝ニホン語〟に対応できる職員がおりませんので、以降の対応は口頭で行わせていただきます」
(……てかどこの国の言葉なんだろう、〝ニホン語〟って……)
受付嬢は内心、タイガの出身地に疑問を浮かべた。
「そうなの? お姉さん〝日本語〟は喋れるのにね」
「は? おミャーにゃに言ってんだ?」
タイガの意味不明な発言に、少女と受付嬢はそろって首をかしげた。
だが、いちいち彼の言葉に引っかかっても仕方がないと察した受付嬢は話を進める。
「えーと、それではまず……あっ、先に〝アレ〟をやっておきましょうか。少々お待ちください」
「〝アレ〟?」
受付嬢はカウンターの下へと身をかがめた。
やがて、すっと取り出されたのは――
1本の、〝細長い笛〟。
全体は艶やかな朱色。
磨き上げられた漆のように、光を柔らかく弾いている。
表面にはごく細かな金色の文様が走り、装飾品のようにも見えた。
「それ……笛?」
「ええ。〝笛子〟です」
受付嬢はそう答えると、
慣れた手つきで笛を唇へと運んだ――
ひゅうううううぅぅぅ~~~……
澄んだ音が、ギルドの空間に溶け出す。
高すぎず、低すぎず。
まるで水面に落ちた雫が、静かに波紋を広げていくような音色だった。
音は柔らかく反響し、木造の天井と柱を伝って、空気そのものを撫でていく。
「……わぁ……」
タイガの口が、ぽかんと開く。
その瞳は、好奇心でキラキラと輝いていた。
そして――
ギギ……
軋むような音が、頭上から響いた。
「……え?」
タイガが見上げた先……カウンターの上。
天井から吊り下げられていた、大きな木彫りの龍の首が――ゆっくりと、動き出していた。
まるで音に導かれるかのように、重厚な彫刻は、少しずつ、少しずつ下降してくる。
やがて龍の首は、カウンターのすぐ上まで降りてくると――
――ガパァと。
生き物さながらに、口を開いた。
その口の奥から、ころりと現れたのは……
曇り1つない〝透明な丸い水晶玉〟だった。
中を覗き込むと、光が幾重にも反射し、奥行きがあるようにも、底がないようにも見える。
じっと見つめていると、意識まで引き込まれそうになるほどだった。
「うわぁ~……なにこれ、綺麗だね~」
タイガが、思わず身を乗り出す。
「こちらが当ギルドの〝<永遠の石>〟ですね」
「〝<永遠の石>〟?」
「はい。この水晶に手をかざすことで、少量の血を採取し、自動的にステータスを登録してくれるものです」
「ま、よくある便利アイテムだにゃ」
少女がどこか冷めたツッコミを入れる横で、タイガは目を輝かせていた。
「へー! 手をかざすか~、こんな感じでいいの?」
興味津々で手を近づけるタイガに、受付嬢が注意を促す。
「あ、気を付けてください。かざすだけですよ、水晶に触ってしまうと……」
――その時だった。
「へ……へっくちッ!!」
「うわ!?」
少女が盛大なくしゃみをした拍子に、その身体がタイガへぶつかった。
不意を突かれたタイガは、バランスを崩す。
その反動で、彼の手のひらが――
ペタリ……
と水晶に触れてしまった。
ズズ……ッ!!
空気が歪むような低い音。水面に石を落としたような波紋が、水晶の内側に広がる。
「ああ!? まずいです!! すぐに手を離してくだ――」
「え? まずいって……えっ、ちょ、うわあああああああああああああああああああああァ!!?」
叫ぶ受付嬢の声もむなしく、あたり一面が青色の光に覆われ、そして――
◆ ◆ ◆
「――まっぶし……っ!? いきなり光って……ってあれ?」
タイガは目を細めながらあたりを見渡す。だが、目に映るものに違和感を覚える。
360度全身を眩い光に照らされて、まるで空間そのものが発光しているかのようだ。
色はない。ただ〝透明なまばゆさ〟が視界を覆い、真っ白な部屋に閉じ込められたみたいだった。
「た、タイガ……おミャー……!」
「あ~……やっちゃいましたか……」
少女と受付嬢の声が聞こえる。
タイガがその方向へ顔を向けると……
「うん、ごめん……触っちゃダメって言われたのに……ってうわ!?」
そこには超ドアップの少女と受付嬢の顔があった。
拡大レンズ越しの変顔みたいになってて、めちゃくちゃ圧がある。
「え!? なにこれ……なんで2人とも大きくなってんの!?」
「いや、ミャー達が大きくなったんじゃなくて……」
少女がタイガの姿を覗き込むようにして、呟いた。
「おミャーが小さくなってるんだ」
「ええ!?」
タイガは驚いて自分の手足を見ようとする……
が、それよりも先に、透明な壁のようなもの囲まれていることに気づいた。
そこには……
水晶の中にミニチュア化されて、封じ込められたタイガの姿があった。
「あらら、たまにやっちゃう人いるんですよね~」
「ご、ごめんなさい! ミャーがくしゃみをしたせいで」
困ったように頬をポリポリとかく受付嬢と、平謝りする少女。
「おミャーもごめんな」
「全く、いきなりぶつかられてビックリしたよ! ……あはは!! 顔でかー!」
タイガは一瞬ムッとしたような表情を浮かべたが、すぐにその状況を面白がり始める。
その能天気な様子が今は救いだった。
「凄いねこれ! どうなってんの?」
「〝〝<永遠の石>〟〟は、自身に直接触れたものを内側に引き寄せて封印する性質を持ってるんです。それを改良して、ギルドのステータス登録装置として使ってるんですよ」
受付嬢が丁寧に説明する。
「登録時は、封印の力を使って対象の血液を抜き出し、そこから情報を抽出・解析して、ステータスを割り出す仕組みです。
ただ、直接触れた場合には、元の封印機能が作動してしまって……こうなるわけです」
「へ~、そうなのか~」
タイガは理解しているのかいないのか、あっけらかんとした反応を返す。
水晶の中で、ちょこまか動いては周囲を見上げている。
「みんなデカくなって面白いけど、やっぱり閉じ込められるのは窮屈だな……ねえ!! ここから出してよー!」
「あ~、そ、それが……」
受付嬢は困ったように帳簿を開き、ぱらぱらとページをめくって確認する。そして、申し訳なさそうな顔で告げた。
「実は、水晶の中のモノを取り出すには〝賢者様〟の力が必要なのですが……今は全員、出払っておりまして」
「え?」
「少なくとも、今日いっぱいはこのままですね」
「えええェーーーッ!!? それは困るんだけど!?」
水晶の中で、声だけは大きいミニタイガが両手をバタバタと振り回す――
◆ ◆ ◆
――その時、カウンターの奥から、コツ、コツ、コツ……と、どこかで聞いたことのあるヒールの足音が響いた。
「さっき何か光ってたけど、またまぬけな冒険者が<永遠の石>に閉じ込められ……ってあら、坊やじゃないかい」
「お姉さん!」
現れたのは、背が高くプロポーション抜群の女性――このギルドのマスターだった。
「ねえ助けてよ! お姉さん、なんかすごい人なんでしょ?」
「ふふ、いくらギルドマスターでもそれは無理よ。その石をどうこうできるのは賢者の特権だから……お姉さんもお手上げ♡」
「そ、そんなァ……くっ! こんなところに1日も閉じ込められてたまるか!!」
タイガが叫ぶと、彼の周囲にバチバチとした雷が瞬き始める。
空気が一気に張り詰め、ピリピリと震えだした。
細かな電流が床を這い、タイガの髪が逆立つ。
まるで場そのものが、雷に支配されたかのようだった。
「へ? ちょ、そんなことしたって水晶は……ッ!!」
「ピ~~~~カ~~~~…………ジイイイイイイイイイイイイイイイイィィィィッ!!!!」
受付嬢の叫びも届かないまま、タイガは水晶の中で、全力の雷撃を放った。閃光が室内を焼き尽くすように走り、視界を奪う。
「うわあ!? 眩し!?」
「あらあら、珍しい。雷を使うのね」
(……雷……あの蛾の群れを黒焦げにした……)
少女の脳裏に、昨日の光景が鮮明によみがえる。
剣から走った電流。
一瞬で焼き尽くされた蛾の群れ。
感電し、巨体のまま動かなくなっていた〝蛾の王〟。
今思い出しても信じられないような光景だった。
何秒、いや、何十秒か。
水晶から発せられていたまばゆい光が、ゆっくりと消えていく。
その中から現れたのは、膝をつき、肩で息をしているタイガの姿だった。
「はあ……はあ……くそッ! びくともしない!!」
タイガはがっくりとうなだれた。水晶越しに落ち込むその姿を、ギルドマスターはまるで蛇を思わせる細い目で見つめる。
受付嬢が控えめに尋ねた。
「ど、どうしましょうか、マスター」
「ん、ひとまず坊やは私が預かっておくわ」
「え?」
驚く受付嬢をよそに、ギルドマスターは静かに水晶へと手をかざした。
彼女はその腕に、グッと力を込める。
次の瞬間――
水晶は、ふわりと宙に浮かび上がった。
彼女はそれを掴むことなく、まるで手のひらに従わせるかのように宙へ留めたまま、奥の部屋へと歩み始めた。
「え!? ちょちょちょ!! お姉さん!? どこに連れてくの!?」
「ここに置いとくわけにはいかないでしょ? 色々と秘密のモノもあるし。だから私の部屋に置いておくわ」
「いやマスターの部屋の方が機密書類とかいっぱいありますよね!? ちょ、いいんですか!!?」
受付嬢の制止にも構わず、扉の奥へと消えていくギルドマスター。
「うわ~!! 助けてー! 子猫ちゃ~ん!!」
「子猫ちゃんって呼ぶにゃ! ミャーにはちゃんとミ……っ!!」
そう言いかけた少女は、ふと口をつぐんだ。
(あ……そうか……ミャー、まだあいつに名乗ってもなかったにゃ)
「出してえええェーーーっ!! ここから出し――」
――バタン。
マスタールームの扉が閉じる……
カウンターには再び静寂が訪れる。
……いや、扉の向こうからはまだ少年の叫び声と、時折混じる女性の艶っぽい声がかすかに聞こえてくる。
それでも、さっきよりは確かに静かだった。
(まあ……別に名乗る必要にゃんてないか……)
「え、えーと……すみません、パーティーの〝お仲間さん〟、ギルドマスターに気に入られちゃったみたいで……」
「いや、別に一時的に一緒になっただけだ。〝仲間〟って程の間柄じゃない」
少女はそっけなくそう返すと、くるりと踵を返し、カウンターから離れていく。
(……ごめんにゃ。少しそこで大人しくしといてくれ――)
――向かうのは、ギルドの掲示板。
彼女はその中の1枚――ひときわ目立つ、金色の特殊な札の前で立ち止まり、じっと見つめた。
「このクエスト……」
震える指先で、少女はその札にそっと手を伸ばし……掴んだ。
札を握りしめ、彼女は再びカウンターへと戻る――
「――あの……再三すみません、このクエストだけど……」
少女が差し出した札に書かれていたのは――
◆ ◆ ◆
『〝勇者の装備〟の情報求む』
〇《受注可能ランク:不問》
■国家勅令クエスト
〇勇者が残した装備を、当国では探している。
どんな些細な情報でもいいので、心当たりがある方は王国調査隊へ。
〇報奨金:有力な情報には、大金を支払う。
◆ ◆ ◆
そして札の下部には、幾何学的な美しい紋章が刻まれていた――
剣の刃を思わせる1本の直線を中心に、翼のような曲線が左右へ広がっている。
その全体は完璧なシンメトリーを描き、整然とした美しさを湛えていた。
少女は、その紋章に見覚えがあった。
……だが、その正体を知ったのはついさっきだ。
――その紋章の下にはこう書かれている。
『この紋章は〝勇者の装備〟や、その力にゆかりのあるものに記される〝勇者の紋章〟である』
~あとがき~
第5話は明日の18時に投稿です。
第1章完結まで毎日投稿中!!
【アイテム図鑑】
『永遠の石』について――
世界各地で発掘される謎めいた鉱石。
触れたものを内部に〝ひとつだけ〟封印し、永遠に保存する力を持つ。
ただし、何を〝ひとつ〟として取り込めるかは、石の質によって異なる。
高品質の石なら、人をその装備ごと封じ込められるが、粗悪な石では衣服や装備を残して裸のまま取り込まれることもある。
さらに最悪の場合、血液だけを吸い尽くし、命を奪ってしまう危険すらある。
再利用するためには、中身を取り出す賢者の術が必要。
その性質上発見時には、すでに何かが封印されていることが多く、時には莫大な価値を持つ財宝や、冒険者にとって何より大切な〝あるもの〟が見つかることもある。
サイズや質によるが取引価格は1万ディジー以上で、中には100万ディジーを超えるモノも。




