第3話 “ボクが賞金首なわけないじゃん、ないない!(※作品タイトル参照)”
――昼頃。
「へー、色んなクエストがあるんだな~」
少女は次に受けるクエストを探すため、ギルド内にある<炎石製の掲示板>を興味深そうに眺めていた。
「さっきのクエストは、ミャーには早すぎたな……《E》ランクの、もうちょっと簡単なクエストを選ばないとな~」
掲示板に貼られている札は、<炎の札>と呼ばれる特殊な依頼札だ。
誰かが依頼を達成するか、あるいは期限が過ぎると、札は静かに燃え尽きる仕掛けになっている。
ギルドの壁面には、あちこちに黒ずんだ焦げ跡が残っていた。
それは、いくつもの依頼がここから始まり、そして終わっていった証でもある。
少女は尻尾をゆっくり左右に揺らしながら、手近な札へ目を通していった。
◆ ◆ ◆
『ゼリースライムの捕獲』
〇クエストランク:《F》
〇依頼内容:
愛玩目的で需要が高まっている、ゼリースライムの捕獲。
捕獲した個体は、生きたまま冒険者ギルドへ納品すること。
〇報奨金:1体につき80ディジー
※需要の高い色、または希少個体には追加報酬あり。
『野犬の群れの駆除』
〇クエストランク:《F》
〇依頼内容:
汪林村へ続く街道付近に出現した、野犬の群れの駆除。
群れのボスと思われる個体に、モンスター化の兆候あり。
通行人への被害が出る前に、早急な対処を求む。
〇報奨金:280ディジー
『旺福村への輸送隊の護衛』
〇クエストランク:《E》
〇依頼内容:
資材の枯渇した旺福村へ向かう、輸送隊の護衛。
道中では、ランク《F》モンスターの出現が時折確認されている。
輸送隊の安全確保を最優先とすること。
〇報奨金:片道4,000ディジー
『デカさそりの討伐』
〇クエストランク:《E》
〇依頼内容:
朱円王国南西の森に出現した、デカさそりの討伐。
デカさそりは体長1mを超える巨大なサソリ型モンスターである。
強力なハサミは太い枝を捩じ切り、場合によってはドワーフの胴体すら真っ二つにするとされる。
さらに尻尾にはランク《F》相当の毒を持つため、接近戦には注意されたし。
〇報奨金:7,000ディジー
『行方不明の巫女の捜索』
〇クエストランク:《A》
■緊急クエスト
〇依頼内容:
行方不明となった巫女に関する情報を求む。
些細な情報でも、冒険者ギルド受付まで知らせること。
〇報奨金:有力な情報には、大金を支払う。
◆ ◆ ◆
「……う~ん、ミャーに合ったランクのクエストは……」
少女は札を1つずつ見比べながら、掲示板の前をゆっくり歩いていく。
安全そうだが、時間がかかりそうな依頼。
逆に短時間で終わりそうだが、リスクの高いもの。
どうにも、ちょうどいい依頼が見つからない。
そうして札を目で追っているうちに、少女は掲示板の端にある別の区画へ差しかかった。
「あ、ここは……〝賞金首〟の……」
そこだけは、他の依頼札とは少し雰囲気が違っていた。
赤黒い枠で囲まれた札。
荒々しい筆致で書かれた名前。
そして、札の中央に映し出された、凶悪な顔つき。
少し苦々しい顔をしながらも、その札へ目を向ける。
◆ ◆ ◆
『風船男ボイル』
〇《D》ランク賞金首
〇特徴:
風船のように、丸く膨れた巨体を持つ男。
ミストヴェル付近の街道で暴れている。
炎魔法を扱うため、接近時には注意されたし。
〇確認されたステータス
盗賊Lv.10 身長2m10㎝
・HP:75 ・MP:24 ・ちから:31 ・みのまもり:43 ・すばやさ:7
・こうげき魔力:6 ・かいふく魔力:0 ・きようさ:13 ・うんのよさ:9
〇確認された所持スキル
〇基礎能力スキル
タフネス《E》[パッシブ]
炎属性親和《F》[パッシブ]
悪食《D》[パッシブ]
〇技能スキル
体術《F》[パッシブ]
〇武技スキル
押しつぶし《F》[アクティブ]
〇魔法スキル
カガ《E》[アクティブ]
〇懸賞金10,000ディジー
『剣狼ファング』
〇《D》ランク賞金首
〇特徴:
かつて王都兵を斬りつけ、そのまま逃亡。
獣のように低い姿勢から斬りかかる、荒々しい戦闘スタイルをとる。
〇確認されたステータス
戦士Lv.11
・HP:80 ・MP:0 ・ちから:51 ・みのまもり:14 ・すばやさ:34
〇確認された所持スキル
〇基礎能力スキル
マッスル《E》[パッシブ]
〇技能スキル
剣術《D》[パッシブ]
〇武技スキル
燕斬り《E》[アクティブ]
〇懸賞金70,000ディジー
『怪人伊勢海老男』
〇《C》ランク賞金首
〇特徴:
甲殻類の鉗脚のような腕を持つ男。
その腕を武器に商人の馬車を襲い、多数の犠牲者を出している。
近距離での交戦は極めて危険。
〇確認されたステータス
職業不明。推定Lv.10以上
高い〝ちから〟と〝みのまもり〟を持つ。
〇確認された所持スキル
〇基礎能力スキル
マッスル《D》[パッシブ]
タフネス《C》[パッシブ]
〇武技スキル
ギロチンシザー《D》[アクティブ]
〇懸賞金150,000ディジー
『大槌のイツカイ』
〇《C》ランク賞金首
〇特徴:
人の背丈ほどもある巨大な木槌を担いだ女盗賊。
欲しいと思った物を、力尽くで奪っていく危険人物。
討伐よりも、まずは目撃情報の報告を推奨。
〇確認されたステータス
盗賊Lv.15(以前に戦士も経験していたと推測される)
非常に高い〝ちから〟を持つ。
〇確認された所持スキル
〇基礎能力スキル
マッスル《C》[パッシブ]
〇武技スキル
イカツイ・クラッシュ《D》[アクティブ]
〇懸賞金400,000ディジー
◆ ◆ ◆
「ひえぇ……みんなおっかねぇ顔してるにゃぁ……」
手配書の写真は、今にもこちらをにらみ返してきそうなほどの凄味があった。
少女は思わず耳を伏せ、尻尾の毛を少しだけ逆立てる。
「こんな奴らとは、関わらないのが吉だな……」
そう呟くと、そっと手配書から目を背けた。
だがふと……ひとつ気になることがあった。
「あれ……いや、まさか……あいつ……」
嫌な考えが浮かぶ。
それは素性の知れない少年……タイガの事だった。
(あれだけの力を持って、冒険者じゃない……もしかして……)
少女は思わず、一度視線をそらした手配書のコーナーへ、もう一度目をやる。
(あいつ……〝賞金首〟だったりしないよな!!?)
そんな事を思ってしまい、少女は固唾を飲む。
そして祈るように手配書を1枚1枚、確認していく。
(どうか……どうか、ありませんように……!!!)
額に大きな汗が浮かぶ。
何か……とても不吉な予感が、彼女の中に渦巻いていた――
――そして、数分後。
「は、はは……」
少女は、乾いた笑いを漏らした。
(そうだ……冒険者は、いつだって警戒しないといけない。正体の分からない行き倒れなんて、特にそうだ……)
そんな冒険者の基本すら、忘れていた……
(そう……だから……あいつは……)
そんな彼女が辿り着いてしまった結論。
それは――
「――賞金首……なわけねェじゃん!!!」
流石にそれは、警戒し過ぎである。
基本を忘れた彼女には、加減がわからなかったのだ。
「くっそ……っ!! 恥ずかしい……賞金首が冒険者ギルドに来るかよ。考えすぎだ……」
頬がカッと赤くなり、その猫耳もペタンと垂れた。
「あ~もう……調子狂う。やめ! やめ!! 余計な事は考えずに、次のクエスト探そ……」
頭をぶんぶんと振り、考えを切り替える。
札を1枚|ずつ目で追っていると、中央に見覚えのある札が目に入った。
「うわ……あったよ。あのクエスト……」
そこに貼られていたのは、〝蛾の王〟討伐の札だった。
「はは、掲示板の中央にデカデカとあるよ……ランクは〝《C》〟で報奨金は……〝18万ディジー〟!!!?? 金持ちじゃにゃいか……あいつ……」
思わず声が裏返る。
少女は口をぱくぱくと開け、その数字を何度も目で追った。
「ちぇ~、ミャーがクリアしたクエストは6,000ディジーだけなのに……うらやましい~」
口から漏れたのは、ため息混じりの本音。
「……ま、でも」
少女はぼそりと付け足す。
「そのクエストも、あいつが倒した蒼面蛾からのレアドロップ品をくすねてクリアしたんだけどな……」
掲示板の前で、ぺろりと舌を出す。
ほんのり罪悪感はあるが――後悔は、していない。
「へへ。あいつにはバレてないっぽいし、ちょっと得したな……」
「あ! いたいた!」
「ギクッ!?」
噂をすればなんとやら。
背後から飛んできた元気な声に、少女の心臓が跳ね上がった。
(あ、あれ? ……まさかレアドロップのことバレ……!?)
反射的に肩が強張る。
だが恐る恐る振り向くと――
そこには、そんな事情など一切知らない顔で、山盛りの虹肉を両腕に抱えたタイガが、にこにこと笑いながら駆け寄ってきていた。
「うわ……なんだその色の肉……」
「虹肉だよ! 食べる!? うんまいんだこれが!」
「食べにゃいよ……」
少女は1歩引き気味に答える。
色がもう、食べ物のそれじゃない。
「え~おいしいのに……これ噛むたびに味が変わるんだよ!! むしゃむしゃ……次はリンゴ味になった!! んめーッ!!」
「いや果物の味がする肉って……それ美味いのか?」
呆れ半分、警戒半分で、少女はその毒々しい虹色の肉をじっと見つめる。
タイガは肉を頬張りながら、掲示板に目をやる。
「ムシャムシャ……お、なにこれ? もしかして手配書?」
「ああ。ちょうどおミャーのがないか探してたところだ」
少女が冗談めかして言うと、タイガも大笑いする。
「ボクの手配書? あはは!! ボクが賞金首なわけないじゃん!! ないない!!」
「それくらい得体が知れないって言ってんだよ、おミャーは」
タイガの呑気な様子に、少女も肩をすくめながら答える。
彼女は無意識だが、こんなふざけた事を言えるのは、タイガに対する警戒心が薄まっているからだ。
「ゴクン!! ごちそうさまでした。あー! 美味しかった!!」
「いや食べるのはっや……あんなにあったのに」
「えへへ、森の中じゃほとんど食べてなかったから」
タイガは照れ隠しのように頭を掻いた。
だが、そこで少女はあることに気づいた。
「てかおミャー、金あったのか? まだ手続きとか森の調査があって、報奨金受け取ってないだろ?」
少女は先程、受付で言われたことを思い出す――
◆ ◆ ◆
『――高ランククエストなので、少しだけクリア申請に時間が掛かります。手続きや、ギルドの調査員が現地に行って、モンスターが本当に討伐されているか確認をしたりとか……まあ今回は動かぬ証拠があるので、省略してもいい気がしますけどね……』
そう言いながら受付嬢は、額に汗を浮かべ、カウンター裏で預かった一対の巨大な羽をチラリと見るのだった――
◆ ◆ ◆
「――いくら近場とはいえ、こんなに早くは終わらないだろ……?」
「うん! 実はボクお金持ってたみたい! なんかこの世界来るときに、色んな道具が入った袋を渡されたんだけど、そこに〝1万ディジー〟くらい入ってたんだ!」
「は!? 〝1万ディジー〟!?」
少女は思わず素っ頓狂な声をあげる。
<タイガの現在の所持金:9,900ディジー(100ディジーは虹肉代)>
「おミャーなんでそんにゃ大金持ち歩いてんだ!? 高ランクの冒険者でもあるまいし……」
「あ、〝1万ディジー〟って多いんだ! 流石女神様、太っ腹だね」
「いや、その金は神関係にゃいだろ」
少女はすかさずツッコミを入れる。
身なりからは到底そう見えないが、案外どこかの貴族の生まれか? と、ふと思う。
(それにしては、常識が無さすぎだ。貴族なら勉強もしてるはずなのに……)
「あ! ていうか、まだシチューの恩返しが出来てないよ!」
「あ? ……じゃあクエストの分け前をくれよ。〝蒼面蛾王〟もミャーのシチューのおかげで倒したろ?」
軽い冗談のつもりで言った。
けれど――
(ホントは礼なんて期待してにゃかったけど……こいつの所持金、報奨金も併せて〝19万ディジー〟だろ? ……ちょっぴりだけミャーに分けてくれても……にゃんて……)
ほんのちょっとだけ……心の奥底には〝おこぼれ〟への淡い期待があった。
けれど返ってきた言葉は、その予想を遥かに飛び越えていった。
「うん! じゃあ分け前は〝半分〟でいいかな?」
「そうそう、〝半分〟で…………って〝半分〟ッッ!!!!??」
少女の叫びがギルド内に響き渡る。
その驚きようは、目玉が飛び出しそうなほどだった。
「は、〝半分〟って……おミャー、9万ディジーだぞ!? 〝王都に住む庶民の年収〟くらいの大金だぞ!?」
「え!? そんなに稼いだの? やった! ボク達お金持ちだね!!」
タイガが、こちらへニコッと笑いかける。
少女は返す言葉を失った。
(え~……いいのかこれ……もらっても……にゃんだか騙したみたい……)
ただ行き倒れていた少年にシチューを食べさせた、いや食べられただけなのに……。
思わぬ大盤振る舞いに、少女の胸に謎の罪悪感が芽生えていた。
「……や、やっぱりいいよ。にゃんだか悪いし……」
「え!? そんなァ……それじゃあ恩返しできないじゃん!」
「別にてきとうに作ったシチューを食われただけだにゃ、気にしなくていいよ……」
(あ~!! ミャーのバカ! なんでこんにゃこと言ったんにゃ!!)
罪悪感に負けて口走った自分の台詞に、少女は心の中で頭を抱える。
まるでチャンスを自ら放り投げたような気分だった。
「ま、まあミャーも冒険者だし……成り上がれば9万ディジーなんて、はした金だにゃ!」
気丈にそう言いながら、掲示板のクエスト札を指でなぞっていく。
「ほ、ほら! 《C》ランクにもにゃると報奨金も10万ディジー以上のクエストだらけにゃ。ミャーはまだ《E》ランクだけど、いつかそこまで上がれ……ば……」
大金を逃した後悔と、それを誤魔化す空元気。
――けれど、そんな気持ちはすぐに別の感情に塗り替えられることになる。
ふと指先を止めた先……1枚の札があった。
「えっ……?」
ピタッと、少女の言葉が止まる。
視線の先にあったのは、金色の板に赤文字で印刷された〝異質な札〟。
他のクエスト札とは異なる雰囲気をまとい、そこだけ空気がひんやりと冷えているようにすら感じた。
「……うそ……だってこれって……」
「ん?」
無意識のうちに、その札に指先が伸びかけた。
けれど少女は、手を止めたまま札を見つめるだけで、それに触れようとはしなかった。
表情にわずかな陰りが差す。
それに気づいたタイガが、不思議そうに眉をひそめた。
「……どうしたの? なんかあった?」
「えっ……!? あ、いや……なんでもないにゃ」
慌てて作り笑いを浮かべ、目をそらす少女。
しかしその表情はどこかぎこちなく、さっきまでの軽快さは鳴りを潜めていた。
タイガは一瞬戸惑うも、それ以上は踏み込まず、「そっか」とだけ呟いた。
「ねえねえ! それよりもさ、街の探索に行こうよ!」
「え~? にゃんでミャーが一緒に……てかおミャーいつまで付いてくるつもりだ?」
少女はあからさまに嫌そうな顔を見せる。
しかしタイガはまったく気にした様子もなく、屈託のない笑みで答えた。
「ん? ……まあ、少なくともシチューの恩を返すまで!」
「うわ、ありがた迷惑……」
付きまとわれても困る……
特に〝あの札〟を見てしまった今は――
(……こいつといると調子が狂う……さっさとおさらばしたいにゃ)
そう思っているのに、なぜかうまく距離を取れない自分に、いらだちさえ感じていた。
「ねえねえ! それじゃあ酒場に行こうよ! ウマイモンごちそうするよ!!」
どこまでも能天気な声。
無邪気なその言葉が、やけに遠く聞こえる。
(う~ん……どうしたもんか……あ、そうだ!)
少女は何かを思いついたように顔を上げる。
「そういやさ、おミャー〝仮ライセンス〟も貰ってねえんだろ?」
「へ? 〝仮ライセンス〟?」
計算通りの反応を見て、少女は内心でニヤリとする。
「ああ、冒険者ギルドの仮ライセンスだ。あれば〝冒険者試験〟の時も登録が楽になる。おミャー、試験受けるんだろ? なら今のうちにやっとくにゃ」
「そっか! わかった!」
素直にうなずいたタイガは、先に立ってカウンターへと向かう。
少女は少しだけ目を伏せてから、ゆっくりとその背中を追った。
さっきまで指を向けていた〝あの札〟に、最後に一度だけ視線を送る。
その目はどこか……決意とも、不安ともつかない、複雑な光を宿していた――
~あとがき~
第4話は明日の18時に投稿です。
第1章完結まで毎日投稿中!!
【掲示板に貼られているクエスト】
『蒼面蛾王の緊急討伐』
〇クエストランク:《C》
〇依頼内容:
朱円王国周辺の森林地帯に出現した、〝森の主〟蒼面蛾王の討伐。
対象の出現以降、周辺では蒼面蛾の数が急増し、狩人や旅人にも被害が出ている。
高い飛行能力と風属性魔法を持つため、複数人での討伐を推奨する。
〇討伐証明:金色の満月模様がある羽
〇報奨金:180,000ディジー
※ランク《C》以上の冒険者、または同等の戦力を持つパーティでの受注を推奨。




