第2話 “冒険者ギルド”
――夜が明けた頃、王都・朱円の正門は、ゆっくりと開かれる。
◆ ◆ ◆
「おい! 起きろ!」
「……んあ?」
猫耳の少女が上げた声に、少年――タイガはようやくまぶたを持ち上げた。
昨夜、〝蛾の王〟を倒した後、彼は街道脇で泥のように眠りこけていた。
地面に敷いた布の上で丸くなり、朝露に濡れた草の匂いに包まれながら、気持ちよさそうに寝息を立てていたのである。
「う〜ん……もうすこし……ママン……」
「だれがママだ‼︎」
「あだっ!?」
寝ぼけたタイガの頭を軽くはたき、彼女は黙々と荷造りを進めていた。
「ほら、これはおミャーが持て」
彼女が顎で示した先には、2枚の巨大な羽が転がっていた。
昨夜倒した〝蒼面蛾王〟から切り取ったものだ。
薄い羽膜は朝日を受けて、青と銀の光を鈍く返している。
広げれば、タイガの体をすっぽり覆ってしまいそうなほど大きかった。
「朝一で〝ギルド〟に行くぞ。〝緊急クエスト〟だったんだ、早く報告しないとな」
「ん……? そういや〝ギルド〟ってなに?」
「は?」
タイガの何気ない一言に、少女の手がぴたりと止まる。
「おミャー、まだ寝ぼけてんのか? 〝ギルド〟って言えば、〝冒険者ギルド〟の事だろ」
「へ~〝冒険者ギルド〟か~。もしかして、そこがクエストを出したりしてるの?」
あまりにも常識的なことを聞かれ、彼女は眉根を寄せる。
「え……あたりまえだろ? まるで今、初めて知ったみたいな言い方だな……」
「うん。はじめて知った!」
「はあ!!?」
思わず彼女の声が裏返る。
「いやいや!! ちょっと待て!! 〝冒険者ギルド〟を知らないって、どんだけ田舎から来たんだよ!!? てかじゃあ、おミャー……〝冒険者〟じゃないのか!!?」
「ん? 冒険はしてるよ。この世界に来てから、毎日が大冒険だよ!!」
「いや、そういう事じゃなくて……はぁ……」
少女は大きなため息をつき、頭を抱えた。
(こいつ〝正規の冒険者〟じゃないな……手続きとか、ちょっと面倒かも……)
そう思いながら、目の前の少年に目をやる。
タイガは、まるで無垢な子供みたいに、きょとんと首をかしげていた。
どうやら彼女の言葉の意味を、本気でわかっていないらしい。
(あ~、もう……世話が焼ける……けど……)
少女は昨夜の事を思い出す。
人面蛾の群れ。
その中心にいた〝蛾の王〟。
あのままなら、自分は間違いなく命を落としていた。
そんな絶体絶命の状況で、自分を助けてくれたのが、目の前の少年――タイガだった。
「……はぁ。1回だけだからな……」
「ん? 何が?」
少女の小さな呟きに、タイガは不思議そうな顔をする。
だが、彼女はそれに答えなかった。
代わりに街道の先、朝日に照らされた朱円の正門を指さす。
「早く行かないと置いてくぞ。その羽抱えてついて来い」
「あ、うん! わかった!!」
彼女のそっけない言葉に、タイガは元気よく返事をした――
◆ ◆ ◆
「――お~!! デッケェーッ!!!」
タイガは思わず声を上げる。
見上げた先にあったのは、巨大な赤い門だった。
門の両側には、龍の首を模した飾りが突き出している。
鋭い牙をむき、こちらを睨み下す造形は、そこを通る者に覚悟を問うているようだ。
その門を構える建物もまた、尋常ではない大きさだった。
まるで巨人が出入りするために造られたかのような、どっしりとした木造の建築物。
壁にはいくつもの傷や補修の跡があり、長い年月、この場所に立ち続けてきたことを物語っている。
「てかさ……ここってまるで〝駐車場〟だね。馬車とかめっちゃ停まってるし」
タイガは門の前で足を止め、周囲をきょろきょろと見回した。
建物の周囲には、何十台もの馬車がずらりと並んでいる。
荷物を積んだ実用的なものもあれば、金の飾りや鮮やかな布で飾られた、見るからに高そうな馬車もあった。
「ん? まるでっていうか〝駐車場〟だぞ? ここ」
「え!? ホントに!? ……〝異世界〟にもあるんだね~」
少女の冷静な言葉に驚きながらも、タイガは改めてそこに並ぶ馬車へ目を向ける。
だが、そこにある馬車の中には、普通じゃないモノがあった。
荷台を引くその馬には〝翼〟が生えており、それはペガサスと呼ばれる幻獣に違いない。
それだけではない。
中には宙に浮かぶ大きな蛇……
いや、違う。
あれは〝龍〟だ。
龍が荷台を引く、最早〝馬車〟と呼んでいいのかすら分からないモノまであった。
「はは! でもやっぱ、ボクの居た世界とはかなり違うね!!」
「そうだろうな。ミャーも〝龍車〟はここで初めて見たにゃ」
少女は軽く頷くと、急かすように赤い門を指さした。
「ほら、早く行くぞ。手続きとか色々時間が掛かるからな」
「あ、うん!! わかった!!」
彼女は門の前まで進み、迷いなく扉を叩いた。
すると――
ゴゴゴゴ……
低く重い音を響かせながら、巨大な門がゆっくりと動き始める。
「え!? スゲー!! 自動ドア!?」
「こんくらいデカいと、自分じゃ開けられないからな」
開いていく門は、まるで大きな魔物がその口をあんぐりと開け、待ち構えているようにも見える。
その奥には、薄暗い通路と、行き交う人々のざわめきが広がっている。
夢追い人の、情熱と欲望が渦巻く魔窟。
これから自分が踏み込むその場所を前に、タイガの胸は自然と高鳴った。
少女は全く臆することなく、その中へズカズカと進んでいく。
タイガも小走りで後を追った――
◆ ◆ ◆
――冒険者ギルド・朱牙
中へ入った瞬間、熱気混じりのざわめきと、酒と魔力の混ざった独特の空気が全身を包む。
広々とした石張りのホールには、数十人の冒険者達が思い思いに集まっていた。多くの者が剣や斧、杖を背に携えており、喧騒の中にも緊張感が漂っている。
天井は高く、そこから吊るされた無数の赤提灯が、ゆらゆらと朱の光を灯している。
「うお〜! すげェ〜!! みんな強そうだね!!」
「でもミャー達、その強そうな人達にめっちゃ見られてるんですけど……」
そう……2人が中へ足を踏み入れた瞬間、ギルド内の空気が一瞬止まったような気がした。
それもそのはず。タイガの背中には、異様な存在感を放つ巨大な羽が括りつけられていたからだ。
普段は静かな笑みで受付に立つ美しい受付嬢も、今は驚きのあまり手を止めている。
「よく2つも、いっぺんに持てるな。分けて持ってこようと思ってたのに」
「うん、なんだかちっとも重く感じないんだ!」
まるで遠足のリュックでも背負っているかのような軽やかな足取りで、彼はそのまま、赤木のカウンターへと向かっていく。
カウンターの真上には、天井から大きな木彫りの龍の首がぶら下がっていた。
その鋭い眼差しは、ギルドに集う者すべてを見下ろしているかのようで、凄まじい威圧感を放っている。
少女はタイガの横に並び、一瞬だけ周囲の視線を気にしてから、小さく息を整えた。
そして、少し気まずそうに――
だが慣れた口調で、受付に声をかける。
「あ~……こいつ、正規の冒険者じゃないんですけどいいですか?」
「え? 正規じゃない!?」
少女の言葉を受け受付嬢はタイガと、その背負った羽を交互に見る。
「あ、でも一応ミャーの連れってことで……まあ、ミャーもまだ《E》ランクだけど……」
「……あ~、そうですね。しょ、少々お待ちください……」
受付嬢は動揺を隠せない様子で答えた。
その丸い金縁眼鏡の奥の瞳は、驚きで見開かれている。
「え、えと……今日はやはりその……モンスター討伐依頼の達成報告ですか?」
「はい、〝蒼面蛾王〟の討伐です」
彼女がその名を出した瞬間、ギルド内が騒めく。
「マジかよ、近森の主を倒したのかよ……!!」
「しかも、あんなガキが……っ!?」
周りの冒険者達と同じように、受付嬢も息を呑む。
「や、やっぱりそうですよね……〝緊急指定〟の……ちょ、ちょっと確認します」
彼女は一瞬だけ困ったような笑みを浮かべると、目の前の帳簿を閉じて奥の部屋へと引っ込んだ。
どうやら上司に相談しているらしい。
(はは、美人なお姉さんが戸惑ってるにゃ)
騒然とするギルドの中で、自分達が視線の中心になっている。
その状況に少女は、少しだけくすぐったいような気分になっていた。
「お~! ホントに凄い雰囲気があるね! 〝ユニバ〟のコラボエリアみたい!」
「〝ユニバ〟……? あ、こら! あんまりキョロキョロすんにゃ」
ただでさえ注目の的になっているというのに、タイガは興奮して首をぐるぐる回している。
そのたびに背負った巨大な羽もユサユサと揺れるので、周囲の視線がさらに集まる。
(うう……変に目立ってる……ミャー達……)
少女はその猫耳をペタンと垂らし、ギルド内の視線にただ耐え続けるのだった――
◆ ◆ ◆
――少しすると、カウンターの奥の部屋から……コツ、コツ、コツ……
赤木の床を、ヒールが叩く音が響く。
そしてそこから、おそらく受付嬢の上司らしき人物が姿を見せる。
「……へえ。あなた達が〝蛾の王〟を倒したのかい?」
現れた女性は背が高く、しなやかな肢体を黒地のチャイナ服に包んでいた。
その服はぴたりと身体に張り付き、豊かな曲線を余すことなく浮かび上がらせている。
大胆に開いた胸元には、目のやり場に困るほどの色香が漂っている。
腰まで届く赤紫の髪は、艶やかに光を帯びてゆるやかに揺れ、切れ長の紅い瞳は、まるで蛇のように鋭く、冷ややかな光を湛えていた。
(うお……これまたセクシーなお姉さんだこと……)
そのあまりのスタイルと迫力に、少女は思わず引きつった笑みを浮かべてしまった。
「あなた達2人で倒したの?」
「あ~……いえ、こいつが1人で……」
「へぇ、坊やが?」
女性の問いかけに、タイガはなんてことないように答える。
「うん。そうだよ!」
「へ~。坊や凄いじゃない」
「別に大したことじゃないよ。〝女神様〟がくれた力のおかげだし」
「〝女神様〟? ふうん……信心深いのね」
そのやり取りを聞きながら、少女は内心で(へ~……なんか意外)と感心する。
なんの宗教かは知らないが、自分の力は神様から与えられたものだと答える。
年齢のわりに、ずいぶん謙虚な考え方だ。
「あ、そうだ! 本題にゃんですが……これ、クエストの報奨金はどうなりますか? こいつ、冒険者じゃなくて……」
「ああ、そうねェ……うん、指定額通りでいいわよ」
「ほ、ホントですか!?」
「えっ!?」と受付嬢が目を丸くする横で、女性はあっさりとうなずいた。
「ええ。本来ギルドに入っていない人がクエストを達成しても、報奨金は減額。場合によっては、支払われなかったりするんだけど……今回のクエストは緊急だったし特別ね」
「あ、ありがとうございます!!」
少女は心の中でガッツポーズをした。
表には出さないが、口元がちょっとだけ綻んでいた。
そんな彼女の横で、タイガも両手を高く掲げて宣言する。
「パンパカパーン! ボク達はクエストをクリアしたぞッ!!」
その勢いで、周囲にパチパチと小さな雷が弾けた。
「うわっ!? か、〝雷〟ッ!?」
受付嬢がビクリと肩を跳ねさせ、思わず一歩下がる。
その様子にタイガは首を傾げて、にへっと笑う。
「よくわかんないけどありがとう! お姉さん!」
「ふふ、次はちゃんと正規のギルドメンバーになってからね? ちょうど3日後に〝冒険者試験〟があるわよ。受けてみたらどう?」
「〝冒険者試験〟? なにそれ“ハンター試験”みたいなもの?」
「“ハンター試験”がなにかはわからないけど……この国で年に1度行われる試験で、合格すれば正式な冒険者になれるの」
「へ~!」とタイガは無邪気に返事をする。
「冒険者か……なんだか楽しそうだね!! ワクワクする!!」
「……おミャー、〝冒険者〟とか〝ギルド〟とか、そんにゃことも知らずに旅してたのか?」
「うん!」
「そんな堂々とうなずくなよ……」
彼の世間知らずっぷりに、少女は思わず額を押さえた。
「ふふ、坊やなら〝《D》ランク〟スタートも夢じゃないわ。頑張ってね」
「うん! ありがとう! ギルドのお姉さん」
元気な声を背に、女性はすっと踵を返すと、長い髪をたなびかせながら奥の部屋へと消えていった。
「……はあ。やっぱ色々とスケールが違うな、マスターは」
「えっ!? あの人〝ギルドマスター〟にゃの!?」
「そうです。あの方が当ギルド・朱牙のトップです」
その言葉を聞いて、少女は(そりゃあの存在感にも納得だわ……)と小さくうなった。
「……あ……! そ、そういえば……」
彼女は、思い出したようにポケットの中から〝青い粉〟が入った瓶を取り出した。
「あんな大物の後に出すのも恥ずかしいんだけど……」
瓶の中には、淡い蒼の粉がふわりと漂っている。
光を受けるたび、蒼白い粒がきらりと瞬いた。
◆ ◆ ◆
<蛾面蒼粉>
〇蒼面蛾の顔部に蓄積した高純度の鱗粉と魔力が、異様な形で凝固した希少素材。
淡く蒼白い輝きを放ち、見つめ続けると〝顔が青くなってしまい何日も元に戻らない〟と言われている。
〇精神・幻覚系素材として需要が高い。
〇装飾品・護符・薬の素材。
◆ ◆ ◆
「蒼面蛾のレアドロップです」
(こいつが大量に倒した蒼面蛾から、くすねてたんだよな……)
少女は少し悪い顔でニヤッとしながら、蛾面蒼粉の入った瓶を提出する。
「あ、は~い。《E》ランクのクエストですね~」
受付嬢は手慣れた動きで瓶を受け取り、事務的に処理用のトレイへ置く。
「それじゃあ、これが報奨金の6,000ディジーです。お確かめください」
(……さっきまで目を丸くしてたのが、嘘みてぇに冷静だな……)
彼女は軽く肩をすくめ、小さな金貨が入った麻袋を受け取ると、すぐにカウンターを離れた。
~あとがき~
第3話は明日の18時に投稿です。
第1章完結まで毎日投稿中!!
【掲示板に貼られているクエスト】
『蛾面蒼粉の採取』
〇クエストランク:《E》
〇依頼内容:
蒼面蛾の顔部から、まれに採取される希少素材――蛾面蒼粉の納品。
装飾品、護符、薬などの素材として需要が高まっているため、規定量を指定の密閉瓶に入れた状態で、冒険者ギルドへ納品すること。
採取の際は、粉を直接吸い込んだり、目や皮膚に付着させたりしないよう注意されたし。
〇報奨金:1瓶につき6,000ディジー




