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勇者になりたいのに賞金首になっちゃったボク ~人助けするたびに、懸賞金と仲間が増えていく~ バンディット!!  作者: ちゃんなか
異世界の夜明け!ヤマモモ村編

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第1話 “BET IT ALL, FIND ANOTHER WORLD”――異世界の夜明け(後編)

 少女がリュックを背負(せお)い、森から走り去ろうとした直後……


 近くの茂(しげ)みがガサリとざわめき、青く美しい羽を持つ、蛾(が)のようなモンスターが飛び出してきた。


「グギャギャギャアアアアアアアアアアアアッッ!!!!」

「っ!!? もう来たのか!!? く……ッ!!」


 少女は反射(はんしゃ)で腰(こし)のナイフに手をかけ、思いきり引き抜(ぬ)く。

 刃(やいば)が淡(あわ)く光り、空気を裂(さ)く音が2度走った。


「〝スプリットファング〟ッ!!」

「グギャアアアアアアアアアッ!!?」


 モンスターの体に、鮮(あざ)やかな2本の切り傷(きず)が刻(きざ)まれる。

 蛾(が)はそのまま地面に落ち……ぴくりとも動かなくなった。


「うわ!? こいつスゴイ怖(こわ)い顔だね!!?」

「蒼面蛾(ソウメンガ)……この辺りの森に生息する〝人面蛾(じんめんが)〟だ……!!」


 少女の言う通り。

 蛾(が)の胴体(どうたい)には、〝青白い人の顔〟のようなものが貼(は)りついていた。

 まるで悲鳴を上げているかのような、歪(ひず)んだ表情(ひょうじょう)で。


「今この森では、蒼面蛾(ソウメンガ)が大量に発生してるんだ……!! しかもこいつらは夜行性(やこうせい)……昼間とは比(くら)べものにならない数で押(お)し寄(よ)せるぞ……ッ!!!」

「大量に!? それじゃあ……」


 少年は目を見開き……


 次の瞬間(しゅんかん)には、その青い瞳(ひとみ)を輝(かがや)かせて言った。


「この綺麗(きれい)な蝶々(ちょうちょ)が、沢山(たくさん)いる幻想的(げんそうてき)な光景が見られる!?」

「バカ!!! それより前に襲(おそ)われるわ!!! こいつら人喰(く)うんだぞッ!!!!」

「え~~~~~ッ!!!? 人喰(く)うのォッ!!!!?」

「おミャーそんな呑気(のんき)で今までよく生き残れたな!? 早く逃(に)げるぞ!!!」

「へ? うわ!!?」


 少女はグイッと彼(かれ)の手を掴(つか)み、森の出口へ向けて駆(か)け出した。

 強引に引っ張(ぱ)られ、彼(かれ)は思わず声を上げる。


「ねえ!! どこに逃(に)げるの!?」

「とりあえず森を抜(ぬ)ける!! 街道まで追ってこなければいいが……!!!」

「そっか! わかった!!」


 素直(すなお)に頷(うなず)く少年。

 だが少女の頭の中は、ぐちゃぐちゃだった。


(く……っ! てかなんでミャーはこいつを連れて逃(に)げてるんだ!! ほっとけばよかったのに……さっきのシチューの件(けん)と言い、今日は変だ……!!)


 そう考えながら……彼女(かのじょ)はふと気づく。


(あれ……てかこいつを連れてって……どうやって……)


 咄嗟(とっさ)のことで気づかなかった。

 自分が、少年の手をギュッと握(にぎ)りしめていたことに。


「うわあああァ!!? なに手ェ繋(つな)いでんだァ!!!!」

「ええええ!!!? いやキミから握(にぎ)ってきたよねッ!!?」


 少女が思いきり手を振(ふ)りほどくと、彼(かれ)も今回ばかりはツッコミに回る。


「き、気やすく触(さわ)るな!! ケダモノ!!! シャアアアアア!!!!」


 彼女(かのじょ)は顔を真っ赤にし、耳をピンと立てながら、少年から距離(きょり)を取った。


「え~……ボクなにもしてないよ~」


 彼(かれ)はマフラーを指で捩(ね)じり、困(こま)ったような顔をする。


「ホントに調子が狂(くる)う……!! なんなんだ、こいつは……」


 少女は尻尾(しっぽ)を落ち着きなく揺(ゆ)らし、色の違(ちが)う両目で彼(かれ)を睨(にら)みつける。



 だが、その時――



「グギャギャギャギャ!!!!」

「ギャー!! ギャー!! ギャギャギャーッ!!!」


「――っ!!?」


 前方の茂(しげ)みが、あちこちで同時にガサガサと揺(ゆ)れた。

 鮮(あざ)やかな羽根が見え――蒼面蛾(ソウメンガ)が飛び出してくる。


 しかも、4体。

 月明かりを受けた翅(はね)の模様(もよう)が、ひらり、ひらりと宙(ちゅう)に揺(ゆ)れる。


 4体は横に広がり、じりじりと距離(きょり)を詰(つ)めてくる。

 逃(に)げ道を塞(ふさ)ぐような動き。囲(かこ)い込(こ)む気だ。


「しまった……ッ!!! もうこんなに……!!」

「お~!! やっぱり綺麗(きれい)だな~!!!」


 この状況(じょうきょう)でなお、少年は羽根の模様(もよう)に見とれている。


「グギャアアアアアアアアアアアア!!!」


 場違(ばちが)いな彼(かれ)の感想をかき消すように、1体の蒼面蛾(ソウメンガ)が突進(とっしん)してきた。


「ぐ……!! 〝スプリットファング〟ッ!!」


 少女は1歩踏(ふ)み込(こ)み、躊躇(ちゅうちょ)なく短剣(たんけん)を振(ふ)り抜(ぬ)く。

 蒼(あお)い羽が切り裂(さ)かれ、鱗粉(りんぷん)と共に宙(ちゅう)を舞(ま)った。


 月光を受けて煌(きら)めくその光景は、まさに幻想的(げんそうてき)。

 だが、その実態(じったい)は紛(まぎ)れもない地獄(じごく)だった。


「ギガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァ!!!」

「アギャギャギャアアアアアアアアアアアアアアアァ!!!」


 倒(たお)したのは、たった1体。

 背後(はいご)から、残る3体が一斉(いっせい)に襲(おそ)いかかってくる。


「く……! 同時に3体……いけるか……ッ!!?」

「ボクも手伝うよ!!」

「おミャーは余計(よけい)な事すんな!! 行き倒(だお)れてたんだろ!! 足手まといだ!!!」


 少女は叫(さけ)び、彼(かれ)の言葉を切り捨(す)てるように前へ出た。


「む〜!! ボクだって戦えるのに〜」


 後ろから聞こえる不満など聞こえないふりをして、彼女(かのじょ)はナイフを振(ふ)りかざす。


「〝スプリットファング〟ッ!!!」

「〝ファング〟……ッ!!!」

「〝ファング〟ッッ……!!!!」


 閃光(せんこう)が走る。

 刃(やいば)は風のように敵(てき)の懐(ふところ)へ潜(もぐ)り込(こ)み、影(かげ)と影(かげ)の隙間(すきま)を滑(すべ)るように舞(ま)った。

 2本の光が、何度も、正確(せいかく)に――蒼面蛾(ソウメンガ)達を切り裂(さ)いていく。


「ギャギャギャギャ!!?」

「ギギャアアアアアアアアアア!!!?」


 蒼(あお)い羽が散る。

 たちまちのうちに、3体を仕留(しと)める早技(はやわざ)。


 だが、その代償(だいしょう)は重い。


「はぁ……っ!! はぁ……っ!!」


 少女は膝(ひざ)に手をつき、肩(かた)で息をする。

 息をするたび、胸(むね)が焼けるように熱い。


(く……っ! 〝消費(しょうひ)MP〟が多い……!! 森を出るまで、持ち堪(こた)えられるか……!?)


 弱音が喉元(のどもと)までせり上がる。

 だがそれを、少女は力ずくで押(お)し戻(もど)した。


(いや……まだだ……ッ!!! ミャーは独(ひと)りで生きていくって決めたんだ!!!)


 唇(くちびる)を噛(か)みしめ、曲げていた腰(こし)を無理やり伸(の)ばす。


「こんなところで……! 終われ――」


 顔を上げようとした、その時――




 ――ビュオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!




「「ッ!!!?」」


 森の木々を揺(ゆ)らし、空気が爆(は)ぜるような轟音(ごうおん)が響(ひび)いた。

 一拍(いっぱく)遅(おく)れて、凄(すさ)まじい突風(とっぷう)が2人を叩(たた)く。


「うおォ!? 今度はなんだァ!!?」

「……おいおい……まさか……これって……ッ!!!」


 少女は風に煽(あお)られる髪(かみ)も構(かま)わず、顔を青ざめさせる。

 胸(むね)の奥(おく)を貫(つらぬ)く、最悪の予感。


「は……はやく!! はやく逃(に)げな……ッ!!」


 だが――もう、遅(おそ)かった。


「グギガギャアアアアアアアアア!!!」

「ゴガギギャギャアアアアアアアアアアアア!!!!」

「っ!!!?」


 周囲(しゅうい)の木々が一斉(いっせい)に揺(ゆ)れ、

 その影(かげ)から、次々と蒼面蛾(ソウメンガ)達が姿(すがた)を現(あらわ)す。


 数は――今までとは、桁(けた)が違(ちが)う。


 見渡(みわた)す限(かぎ)り、数十体以上。

 四方八方を、完全に囲(かこ)まれていた。


「アギャギャギャギャギャア!!!!」

「ガギグギャアアアアアアアアアアア!!!!」

「ギャイギャイギャイギャイイ!!!!」

「キシャアアアアアアアアアァァァァ!!!!!」


「にゃ……にゃんだよ、これ……」


 少女の声が、震(ふる)える。

 顔から血の気が引き、視界(しかい)が狭(せば)まっていく。


「こんな……数……どうやって……」


 誰(だれ)が見ても、詰(つ)みだった。



 だが――



 絶望(ぜつぼう)は、まだ終わらない。




 ――ビュオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!




 再(ふたた)び吹(ふ)き荒(あ)れる爆風(ばくふう)。

 先程(さきほど)よりも勢(いきお)いを増(ま)し、2人の頭上へ襲(おそ)い掛(か)かる。


「――!!? ……あ……あ……嘘(うそ)だろ……なんで……」

「んぐぉ!!? これはさっきの……ッ!!!」


 少年は腕(うで)で顔を守りながら、風の〝出どころ〟を探(さが)す。

 森の奥(おく)――ではない。



 ――上だ。



 いつの間にか2人は、森の中にぽっかりと開けた草地へ飛び出していた。


 白い光が真上から降(ふ)り注ぎ、周囲に群がる蒼面蛾(ソウメンガ)達の蒼(あお)い羽を、不気味なほど鮮明(せんめい)に照らし出していた。



 そして――



 淡(あわ)い夜の光を背(せ)に、羽ばたく巨大(きょだい)な影(かげ)があった。


 ゆっくりと、焦(じ)らすように降(お)りてくる。


 近づくにつれ、その全貌(ぜんぼう)が明らかになる。


 蒼面蛾(ソウメンガ)と同じ、青い羽。

 だが、その輝(かがや)きはまるで別物だった。


 月光を受け、闇夜(やみよ)に浮(う)かび上(あ)がる鮮烈(せんれつ)な蒼(あお)。

 羽の中央には、満月のような金色の円紋(えんもん)。


 優雅(ゆうが)な羽ばたき。


 だが、そのサイズは、小さな家屋を優(ゆう)に超(こ)えている。


「すンゲェーッ!!!! デッケェー!!!!!」


 少年は目をキラキラと輝(かがや)かせ、完全に見惚(みと)れている。

 一方、その横の少女は、彼(かれ)の表情(ひょうじょう)とは正反対に、顔が完全に青ざめていた。

 まるで2人を囲(かこ)む、蒼面蛾(ソウメンガ)のように。


 彼女(かのじょ)の腰(こし)は砕(くだ)け、その場にへたり込(こ)んでしまう。


「な……なんで……群れのボスが……〝近森の主(きんりんのぬし)〟が、こんなところまで……」

「へ~!! こいつがボスか~! そりゃあデケェはずだ」


 少女の恐怖(きょうふ)など意に介(かい)さず、少年は平然と見上げ続ける。


「……〝蒼面蛾王(ソウメンガオウ)〟……最近の蒼面蛾(ソウメンガ)大量発生の原因(げんいん)で……ギルドが〝緊急(きんきゅう)討伐指定(とうばつしてい)モンスター〟にしてたヤツだ……

 ランクは《C》、蒼面蛾(ソウメンガ)は《E》ランクだから、こいつらよりも2つもランクが上だ……」


 ◆ ◆ ◆


 【蒼面蛾王(ソウメンガオウ)】

 〇分類:蛾型(ががた)モンスター(特殊個体(とくしゅこたい))

 〇ランク:《C》

 〇二つ名:《近森の主(きんりんのぬし)》

 ■緊急(きんきゅう)討伐指定(とうばつしてい)モンスター


 ◆ ◆ ◆


「丁寧(ていねい)な解説(かいせつ)ありがと!!」

「いつまでたっても呑気(のんき)なおミャーに!!! ちゃんと状況(じょうきょう)を理解(りかい)させるためにしたんだ!!!!!」


 少女は全力でキレながらツッコミを入れた。

 だが、その声は怒鳴(どな)っているはずなのに、今にも泣きそうだった。


「あは……あはは……もう終わりだ……ミャー……こんなところで……」


 どうしようもなさすぎて、もはや笑いすら零(こぼ)れてくる。

 目の前には、視界(しかい)を埋(う)め尽(つ)くす蒼(あお)い羽。

 見上げれば、月光を背負(せお)って降(お)りてくる〝蛾の王(がのおう)〟。


 少女の耳は、ふやけた紙のようにへたり込(こ)み、尻尾(しっぽ)は根元から折れたかのように、地面に倒れている。

 彼女(かのじょ)の瞳(ひとみ)から、光が消えていく。

 涙(なみだ)すら出ない。出せない。


 心は乾(かわ)き、ひび割(わ)れ、その隙間へ冷たい現実(げんじつ)だけが突(つ)き刺(さ)さる――




――だが、そんな少女の前で、小さな影(かげ)が豪快(ごうかい)に笑った。



「あはは!! ボスってことはさ……こいつ、〝やっつけたら〟スンゲェいっぱい経験値(けいけんち)もらえるかな!?」

「……は……? 〝やっつけたら〟……?」


 絶望(ぜつぼう)で頭が白くなっていた少女には、言葉の意味が一瞬(いっしゅん)理解(りかい)できなかった。


 だが――


 遅(おく)れて、頭を殴(なぐ)られたような衝撃(しょうげき)が走る。


「――はッ!!!? おミャーあれを〝倒(たお)す〟って言ってるのかッ!!!?」


 少女は強引に正気へ引き戻(もど)された。


「うん! でへへ~!! はじめてのボス戦だ!!!」


 少年は恐(おそ)れるどころか、ワクワクしながら巨大(きょだい)な蛾(が)を見上げている。

 こんな状況(じょうきょう)なのに、彼(かれ)は好奇心(こうきしん)を隠(かく)そうともせずに笑っていた。


「む……無茶だ……っ!! あんなのどうやって……人間の何倍もあるバケモノだぞ!!!?」


 その絶叫(ぜっきょう)を遮(さえぎ)るように、少年がくるりと振(ふ)り返った。


 これまで彼女(かのじょ)の恐怖(きょうふ)にまるで反応(はんのう)しなかった彼が、一度だけ、安心させるように笑う。


「だいじょうぶ! 〝命の恩人(おんじん)〟に、指一本触(ふ)れさせないから!!」

「へ……?」


 ずっとマイペースを貫(つらぬ)いてきた少年から、不意に返された言葉。


 しかも、それはまるで――


(にゃんだよ……それって……ミャーを守ってくれるってことか……?)


 ひとりぼっちでも生きていく――そう決めた少女に、寄(よ)り添(そ)うような言葉。


(違(ちが)う……ありえない……だって、誰(だれ)も助けてなんて……)


 記憶(きおく)の底に沈(しず)めた暗い光景が、再(ふたた)び浮(う)かび上がりかける。


 だが、それをかき消すように少年は宣言(せんげん)した――


「――さあ……クエスト、開始だァ!!!!」

「ゴアアアアアアアアアアガギギャギャギャギャアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!」


 応(こた)えるように、蛾の主(がのぬし)――〝蒼面蛾王(ソウメンガオウ)〟も咆哮(ほうこう)する。

 絶叫(ぜっきょう)とともに、ヤツの体が淡(あわ)く発光した。


 光は渦(うず)を巻(ま)き、濃密(のうみつ)な魔力(まりょく)の塊(かたまり)となって膨(ふく)れ上がる。


「……っ!!? 〝呪文(じゅもん)〟が来るぞッ!!!!」


 少女が叫(さけ)んだのとほぼ同時に、蛾王(ガオウ)の体から爆風(ばくふう)が解(と)き放たれた――



 ――ビュルゥオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!

 ズゥウワシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!!!



 ――これまで森に吹(ふ)き荒(あ)れていた突風(とっぷう)。

 その正体が、今ここで牙(きば)を剥(む)いた。


「これは……〝風属性(かぜぞくせい)呪文(じゅもん)〟かッ!!? うわあああァッ!!!?」


 少女は吹(ふ)き飛ばされまいと、必死に足を踏(ふ)ん張(ば)る。

 土が舞(ま)い、息が削(けず)られる。


 だが、前方の少年は――


 この暴風(ぼうふう)の中で、微動(びどう)だにしなかった。


 ただ剣(けん)の柄(つか)を握(にぎ)り、目を閉(と)じる。

 まるで世界の音を一度全部消して、何かに集中しているように。


「ふぅ……」


 少年が静かに息を吐(は)いた瞬間(しゅんかん)、パチ……パチ……と、乾(かわ)いた音が周囲(しゅうい)に生まれた。


 雷(かみなり)だ。


 小さな青い稲妻(いなづま)が、少年の周囲(しゅうい)を走り始め、空気を焦(こ)がしていく。


 水色のマフラーが、緩(ゆる)やかに棚引(たなび)く。

 彼(かれ)の黒いクセっ毛が、ふわりと持ち上がる。



 バチィバチィ!!



 黒髪の間を、青い電光が通る。

 それに押し上げられるように、青いメッシュがギザギザと天へ跳(は)ね上がった。



 同時に、顔つきも変わる。



 つい先程(さきほど)まで、無駄(むだ)にきらめいていた青い瞳(ひとみ)から、甘(あま)さが消えた。

 細められた眼差(まなざ)しは、獲物(えもの)を捉(とら)えた肉食獣(にくしょくじゅう)のように鋭(するど)い。

 口元には、迷(まよ)いのない決意だけが浮(う)かんでいた。


 さっきまでの能天気(のうてんき)な少年は、そこにはいない。

 雷(かみなり)を纏(まと)った〝勇む者(いさむもの)〟の顔だった。


 髪(かみ)の先端(せんたん)から、細かな電光が散る。

 それらは何かに引き寄(よ)せられるように集まりはじめ、やがて太く、眩(まばゆ)い光の筋(すじ)となって――


 剣(けん)へと、吸(す)い寄(よ)せられた。


 刃(やいば)に、雷(いかづち)が走る。

 青白い閃光(せんこう)が刃(やいば)全体を包み込(こ)み、低く唸(うな)るように震(ふる)えた。



 少年は全身に力を込(こ)め、足を踏(ふ)み込(こ)み――



 剣(けん)を横薙(よこな)ぎに振(ふ)るった。


「はああああああァッ!!!!!」


 剣(けん)から烈風(れっぷう)が放たれる。

 それは蛾王(ガオウ)の爆風(ばくふう)と正面からぶつかり――



 ――ビュオオオオオオオオオオオオオオォォォ……ッ!!!



 次の瞬間(しゅんかん)、場に静寂(せいじゃく)が落ちた。


「グオオオォッ!!?」


 最初にその意味に気づいたのは、蛾王(ガオウ)だった。

 自分の呪文(じゅもん)が――打ち消された。



『――何かがおかしい。

 目の前の獲物(えもの)は……一体なんなんだ……?』



 そう思考を巡(めぐ)らせた時には、もう遅(おそ)かった。


「子猫(こねこ)ちゃん! かがんで!!」

「え?」


 言われるまでもなく、彼女(かのじょ)は腰(こし)が抜(ぬ)けたまま動けずにいた。

 だが不思議と、彼(かれ)の背中(せなか)を見ていると――


 失ったはずの力が、胸(むね)の奥(おく)からじわりと戻(もど)ってくる気がした。


 少年は振(ふ)り抜(ぬ)いた剣(けん)を縦(たて)に構(かま)える。


 バチバチバチィ……ッ!!!


 帯電は一気に増(ま)し、剣(けん)に絡(から)みつく雷(かみなり)が暴(あば)れだす。

 眩(まぶ)しさで目がくらむ程(ほど)の光。


 そして――


 少年は、剣(けん)を思いっきり振(ふ)り抜(ぬ)いた。


「〝ビリット……スラアアアアアアアァァァッッッシュ〟!!!!」


 刃(やいば)がぐるりと1回転する。



 ピッシャアアアアアアアアアアアアンッッッ!!!!!



 剣先(けんさき)から溢(あふ)れた閃光(せんこう)が、円となって広がり――蛾(が)の群れを、まとめて包み込(こ)んだ。

 剣(けん)に纏(まと)った雷(かみなり)が、周囲(しゅうい)の蒼面蛾(ソウメンガ)を1匹(いっぴき)残らず焼き尽(つ)くしていく。


「――っ!!!」

「――ギャ……ッ!!!!?」


 悲鳴を上げる暇(ひま)もない。

 蒼(あお)い羽は光の中で崩(くず)れ、鱗粉(りんぷん)は火花へ変わり、闇(やみ)へ散る。


 蒼面蛾王(ソウメンガオウ)も目を見開き、ただその光に呑(の)み込(こ)まれることしか出来なかった――



「――グギ……!!? ギギギギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッ!!!!!??」




 ――あたり一面を閃光(せんこう)が覆(おお)い、やがてすべての音が消えた。


 光が引いていき、視界(しかい)が戻(もど)ってくる。

 まぶたの裏(うら)に焼きついた残光が、まだちらついていた。


「う……っ! ま、まぶし……!! にゃにが……?」


 少女は片目(かため)だけ薄(うす)く開き、次にもう片方(かたほう)をそっと開く。

 涙(なみだ)も出ないほど乾(かわ)いていた瞳(ひとみ)に、遅(おく)れて光が馴染(なじ)んでいった。



 そして――



「――え……エエエエエエエエエッ!!?」



 目の前に広がる光景は、信じられないモノだった。



 ――森の中を、鮮(あざ)やかな青い鱗粉(りんぷん)と羽が、ゆっくりと舞(ま)い散っている。

 まるで夜空に降(ふ)る雪のように、淡(あわ)く、静かに。

 月明かりを受けたそれは、あり得(え)ないほど綺麗(きれい)で……

 だからこそ、恐(おそ)ろしいほど現実離(げんじつばな)れしていた。


 その美しい幕(まく)の下で、

 大量の人面蛾(じんめんが)が、地面に転がっていた。


 羽は裂(さ)け、胴(どう)は焦(こ)げ、

 青白い顔は、悲鳴の途中(とちゅう)で固まったみたいに歪(ひず)んだまま。


 そして、その中央には――

 彼(かれ)らの主、蒼面蛾王(ソウメンガオウ)が白目を剥(む)き、巨体(きょたい)を横たえていた。


「森の主を……倒(たお)しちゃった……」


 少女の声は、かすれていた。

 理解(りかい)が追いつかない。

 喉(のど)の奥(おく)だけが、ひどく冷えていく。


 蒼面蛾王(ソウメンガオウ)の体表で、バチッ……バチッ……と断続的(だんぞくてき)に火花が弾(はじ)ける。


 帯電の痕跡(こんせき)。


 雷撃(らいげき)の余韻(よいん)を残すように、焦(こ)げた匂(にお)いが夜風へ混じる。


「……ホントに……こいつら全部……」


 自分の目でしかと見届(みとど)けたのに、少女は受け入れられない。

 無理もない。


 だって……

 それをやったのは……


 目の前にいる、小柄(こがら)な少年なのだから。


「だっはっはっは!!! よし!! クエストクリアだあああアアアアッ!!!!」


 彼(かれ)は満面の笑みで叫(さけ)び、両腕(りょううで)を上げた。

 その無邪気(むじゃき)さに、少女は言葉を失う。


「お……おミャー……いったい、にゃにモノなんだ?」

「ん? そういえばまだ名乗ってなかったね」


 彼女(かのじょ)が戸惑(とまど)い混(ま)じりに問いかけると、少年はニパ~っと笑いながら答えた。


「ボクは〝タイガ〟!! よろしくっ!!!」


 月の明かりが揺(ゆ)れ……その笑顔だけが、やけにまぶしく見えた。

 ~あとがき~


 ここまで閲覧いただきありがとうございます。

 初めての投稿作品なので、色々と拙い点もあったかもしれませんが、楽しんでいただけたのなら幸いです。


 よければブックマーク、評価等で作品の応援おねがいします。


【モンスター図鑑】


【蒼面蛾王(ソウメンガオウ)】

 〇分類:蛾型(ががた)モンスター

 〇ランク:《C》

 〇生息域(せいそくいき):朱円王国(しゅえんおうこく)周辺の森林地帯の奥

 〇活動時間:夕暮(ゆうぐ)れ~夜明け(夜行性(やこうせい))


 〇二つ名:〝近森の主(きんりんのぬし)〟


 〇所持スキル


 〇基礎能力(きそのうりょく)スキル

 アジリティ《D》[パッシブ/変異型(へんいがた)]

 風属性(かぜぞくせい)耐性(たいせい)《C》[パッシブ/変異型(へんいがた)]

 麻痺耐性(まひたいせい)《C》[パッシブ/種族型]

 夜目(よめ)《D》[パッシブ/種族型]

 軽やかな羽《C》[パッシブ/変異型(へんいがた)]


 〇技能(ぎのう)スキル

 飛行《C》[アクティブ/種族型]

 触角探知(しょっかくたんち)《C》[アクティブ/種族型]


 〇武技(ぶぎ)スキル

 羽で打つ《C》[アクティブ/自己(じこ)習得型]

 月光鱗粉(げっこうりんぷん)《C》[アクティブ/変異型(へんいがた)]


 〇魔法スキル

 ヒューサ《C》[アクティブ/風属性(かぜぞくせい)/変異型(へんいがた)]

 ヒューサル《D》[アクティブ/風属性(かぜぞくせい)/変異型(へんいがた)]


 〇異能(いのう)スキル

 月光《C》[オートトリガー/変異型(へんいがた)]



 朱円王国(しゅえんおうこく)近郊(きんこう)の森に突如(とつじょ)として現れた、蒼面蛾(ソウメンガ)の異常成長(いじょうせいちょう)個体(こたい)。


 通常(つうじょう)の蒼面蛾(ソウメンガ)は、胴体(どうたい)だけでも人の頭ほどの大きさを持つ。

 しかし、この個体(こたい)は人間の数倍に及(およ)ぶ巨体(きょたい)へと変貌(へんぼう)しており、翼(つばさ)を広げたときの幅(はば)は家屋1軒(いっけん)よりも大きい。

 異常成長(いじょうせいちょう)の原因(げんいん)は分かっていない。

 冒険者(ぼうけんしゃ)ギルドでは、魔力汚染(まりょくおせん)、あるいは土地そのものに生じた異変(いへん)が原因(げんいん)ではないかと推測(すいそく)されている。


 この個体(こたい)が出現(しゅつげん)して以降(いこう)、周辺の森では以下の異常(いじょう)が確認(かくにん)された。


 ・蒼面蛾(ソウメンガ)の大量発生

 ・夜間における深刻(しんこく)な視界不良(しかいふりょう)

 ・精神錯乱(せいしんさくらん)および幻覚被害(げんかくひがい)

 ・狩人(かりゅうど)や旅人の相次ぐ失踪(しっそう)


 これを重く見た朱円(しゅえん)の冒険者(ぼうけんしゃ)ギルドは、蒼面蛾王(ソウメンガオウ)を緊急(きんきゅう)討伐対象(とうばつたいしょう)に指定。討伐(とうばつ)クエストを発行した。


 羽は深い蒼(あお)色を基調(きちょう)とし、その縁(ふち)は銀色に染まっている。

 通常種(つうじょうしゅ)の羽に刻まれていた歪(いびつ)な三日月(みかづき)模様(もよう)は、蒼面蛾王(ソウメンガオウ)では鮮(あざ)やかな金色の円へと変化しており、夜空に浮かぶ満月を思わせる。


 胴体(どうたい)に浮(う)かぶ顔も、通常種(つうじょうしゅ)以上にはっきりと人間の顔に似ている。

 目と口を閉じている間は穏(おだ)やかな表情(ひょうじょう)に見えるが、ひとたび目を見開き、口を大きく開けば、その顔は狂気(きょうき)じみた笑みへと一変する。



 異能(いのう)スキル〈月光〉は、一定量以上の月の光を浴びることで自動的に発動する。


 月光を受けた羽は青白い光を放ち、蒼面蛾王(ソウメンガオウ)の飛行能力(ひこうのうりょく)と風属性(かぜぞくせい)魔法(まほう)を強化する。


 さらに、発動中に武技(ぶぎ)〈月光鱗粉(げっこうりんぷん)〉を使用すると、まき散らされた鱗粉(りんぷん)が月光を複雑(ふくざつ)に反射(はんしゃ)。周囲(しゅうい)を淡(あわ)い光で満たし、この光を長時間見続けた者に、方向感覚の喪失(そうしつ)、精神錯乱(せいしんさくらん)、幻覚(げんかく)などを引き起こす。


 また、〈月光〉の輝(かがや)きには周囲(しゅうい)の蒼面蛾(ソウメンガ)を呼(よ)び寄(よ)せ、興奮状態(こうふんじょうたい)にする作用もある。


 集まった蒼面蛾(ソウメンガ)が3匹(さんびき)を超えると、それぞれの〈群飛〉が自動的に発動する。そのため、蒼面蛾王(ソウメンガオウ)との戦闘(せんとう)が長引くほど群れの連携(れんけい)は強まり、討伐(とうばつ)の難度(なんど)も上昇(じょうしょう)していく――



 ――遠目には神秘的(しんぴてき)で美しく、近づけば本能的(ほんのうてき)な恐怖(きょうふ)を呼(よ)び起こす。


 まさしく、〝森の主〟と呼ぶにふさわしい異形(いぎょう)である。

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