第62話 “村に潜む影”
「――うっぷ……もう食べられません……」
タイガは満腹でパンパンになった腹を抱えていた。
顔は真っ赤、息は荒く、まるで満月のようにお腹が丸く膨らんでいる。
「はは、お疲れ様。タイガ」
「バカなことしてんにゃ~、おミャーは」
「うぐ……“腹がいっぱいすぎてかなり具合悪いんだよォーッ”」
ロマが苦笑しながらタイガの腹をさすり、ミヤコは呆れ顔で尻尾をぱたぱたと揺らす。
汗と肉の匂いが混じった空気の中、テーブルの向こうからクロトが歩み寄ってきた。
「悪いな、うちの馬鹿犬のせいで」
「い、いいんだよ……ハンバーグは、めっちゃ美味しかったし……うぷっ……」
タイガは今にも倒れそうな声で、それでも笑みを作る。
椅子の背にもたれ、苦しげに息を吐くその姿を見て、クロトは小さく肩を竦める。
そんな2人のやり取りを見ていたロマが、ようやく切り出した。
「ああ、そうだ。クロト、もう1人の〝転生者〟ってのは彼の事ね」
「なんと! そうだったのか……タイガと言ったか。改めて自己紹介をしよう!!」
クロトは言うが早いか、勢いよく立ち上がった。
コートの裾を大きく翻し、片手を片目に当て、芝居がかった動きで天井を仰ぐ。
「オレ様はっ! ギルド登録から僅か2年で〝《B》ランクまで昇格した〟――超天才イケメン冒険者、クロト様だッ!!!」
ビシィッとポーズを決め、酒場中に響き渡るほどの声量で名乗りを上げる。
周囲にいたクロトのパーティーメンバーが「また始まったか」とでも言いたげに視線を向ける中、タイガは青ざめた顔で呻いた。
「へ、へ~……よろしくねェ……クロト……うぷっ……! 生まれそう……」
こみ上げるモノをこらえ、タイガは震える声でなんとか返事を絞り出す。
「〝《B》ランク〟ねェ……チビュウから聞いてたけど、にわかには信じられないにゃあ……まあ……」
ミヤコはちらりとタイガの方へ視線をやる。
彼は今にも椅子ごと倒れそうな体勢で、必死にバランスを取っていた。
(こいつの例もあるからな……こっちは〝賞金首〟だけど……)
尻尾を軽く揺らしながら、ミヤコは呆れ混じりに心の中で呟くのだった。
そんなミヤコの心情も知らずに、クロトは胸を張り、さらに勢いを増して喋り出した。
「そうだッ! 〝《B》ランク〟だ!!」
クロトは人差し指を立て、皆に見せつけるように腕を高く掲げた。
「このランクに辿り着ける冒険者なんざ、ギルド全体の1%にも満たない!! オレ様のことを〝英雄〟と称える者も多い――ある村じゃ銅像まで建ったくらいだッ!!
大都市の宿屋じゃ顔パスで泊まり放題!! 下町の屋台じゃツケが通る!! 女将さんは『今日も格好いいわね』が挨拶だ!! 言われなくとも知ってるがな!! ダーッハッハッハーッ!!!」
クロトの声がホール中に響き渡り、酒場の客達もなんとなくつられて拍手を送る。
「ヘ~、ソレハスゴイネ~」
ロマは片言のように返事をして、わざとらしく感心したふりをした。
だが――すぐに口元にうっすらと笑みを浮かべながら、タイガとミヤコの方を見た。
「でもそう言えば、もう1人〝《B》ランク〟の人に心当たりがあったような……」
「ギクッ……!!」
ミヤコの肩がピクリと跳ねた。
クロトも同時に身を乗り出し、目を見開く。
「なんだと……っ!? 〝《B》ランク〟なんて滅多に会うもんじゃないと思うが……!!」
(で、出来れば内緒にしてほしいにゃ……!! ちょっとこいつに言うと、面倒なことになりそうだし……)
ミヤコはロマの方を見つめ、目で「頼む」と訴える。
ロマは小さく肩をすくめて答えた。
(ん……? ああ、この自意識過剰男に張り合われたくないか……悪かったね、了解)
「あ~……まあここは港町だからな、色んなヤツが来るんだよ」
「なるほど、やはりこの規模の町になると高ランクの冒険者も立ち寄ることがあるんだな」
クロトは腕を組み、納得したように頷いた。どうやら、ごまかすことには成功したようだ。
ロマはこっそりとミヤコにウインクを送る。
「まあタイガ君、そんな訳で〝異世界転生者同士〟仲良くしようじゃないか」
「うん……よろしくね、クロト……」
タイガはその丸い体を必死に起こして、クロトに手を差し出した。
クロトもその様子に苦笑しながらも、その手を握った――
――
――――
――――――
――同時刻。
グリングリンロッジ近くの街道。
月の光が木々の隙間を抜け、まだら模様の明かりが地面を照らしている。
その中を、1人の男が静かに歩いていた。
腰に剣を提げたその男は、ロッジを守る駐在。
鍛え上げられた腕には、幾度となく剣を振るってきた証――古傷が刻まれている。
その傷跡が、淡い月光を受けてわずかに鈍く光った。
「……さて、そろそろ戻るとするか……」
男は片手で帽子のつばを押さえ、夜露を避けながら街道を進む。
遠くで虫の声が聞こえ、風が枝を揺らした。
静かな夜。
見慣れたはずの森が、今日はなぜか息を潜めているように感じた。
――ふと。
鼻先に、鉄のような匂いが混じった。
「……ん?」
男は足を止め、眉をひそめた。
風上から漂ってくるのは、戦場で幾度も嗅いだ、〝あの臭い〟だ。
しかし、この森でそれを感じる理由はない。
ゆっくりと、匂いのする方へと歩みを進める。
足音がやけに大きく響いた。
月明かりの乏しい茂みの奥――地面に黒く濡れたものが広がっている。
「……〝血〟か……?」
かすれた声が漏れた。
彼の喉は乾き、息が荒くなる。
足元を踏みしめるたび、ぬかるんだ音が「ぐちゃり」と響いた。
鼻を刺す悪臭が強くなる。
空気が重い。〝ナニカ〟が近くにある。
そして、木の根の陰を覗き込んだ瞬間。
男の目が、闇の中で何かを捉えた――
それは〝人の腕〟だった。
隣には脚、そして……頭。
血と泥にまみれ、誰が誰かも分からない。
切り刻まれ、重ねられたように転がる〝死体の群れ〟だった。
「な……ッ!?」
声にならない。
冷たいものが背筋を這い上がる。
地面を染める血の赤が、男の視界を埋め尽くした。
「う、うわああああぁぁぁぁぁあああああああああアアアアアァッ!!!?」
森の静寂を切り裂くように、駐在の悲鳴が響き渡る。
その声に驚いた鳥達が、一斉に闇へと舞い上がった。
風だけが、何事もなかったかのように木々を揺らしていた――
――
――――
――――――
一方、その頃のグリングリン・ポート。酒場の前では――
「――ふう~! いや~、いっぱい食べたな~!! ボク満足!」
タイガは満足げにお腹を叩く。
さっきまで風船のように膨らんでいた腹は、いつの間にか少しぽっこりした程度に戻っていた。
「おミャー、スゲェ消化スピードだな……」
「へへ、肉のお陰で旅の疲れも全快!! 食い溜めも出来た!!」
タイガは誇らしげにピースサインを掲げる。
その無邪気さにミヤコはあきれつつも、どこか安心したような笑みを浮かべた。
ロマはそんな2人のやり取りを眺めながら、ふと首を傾げる。
「そういえばキミ達、今日の宿は決めてる?」
「ん……? そうか。このまま港町に泊まるのもありか……」
ミヤコの返答を聞き、ロマは指を折りながら説明する。
「ロッジの宿は自然いっぱいで静かな夜を過ごせて安いけど、その代わりちょっと狭い。
一方港町の宿は広い場所も多くて設備もいいけど、全体的に値が張る。
中にはロッジより安い宿もあるけど……安全は保証出来ない」
「……今日もロッジでいいにゃ……」
「うん!! ボクもロマ達の村がいいな!!」
2人の意見は合致した。
ロマは目を細め、穏やかに笑った。
「よし! じゃあ村まで一緒に戻ろうか!」
「うん!」
3人が肩を並べて歩き出そうとした、その時。
「ちょっと待ったァッ!!」
背後から、やたらと通る声が響いた。
「……なんだい? クロト」
振り返ると、ランタンの灯を背にクロトが立っていた。
黒いコートの裾をひるがえし、腕を組み、何故か決め顔で。
「ふっ……オレ様もロッジの方に泊まりたい、案内をしてくれるかな? ロマ君」
ロマは片眉を上げ、ミヤコは「えっ!?」と目を丸くした。
「……面倒なのが増えたにゃ……」
その小さなつぶやきは、夜風にさらわれていった――
――村への帰り道。
「ふ……! 今日は久々に静かに寝れそうだ。都市では人々が常にまとわりついて、静寂などなかったからな……!!」
(どの口が言ってるんだ。ロッジが騒がしくなったら嫌だな……いや、いかんいかん! 友好的にしないと……)
そう思いつつも、ロマの顔には小さな陰りが残る。
そんなロマとは反対に、タイガは明るい声で口を開いた。
「ねえ! あのワンちゃんは村に泊まらないの?」
「ああ、ノエルか。あいつは……というより、オレ様のパーティーの冒険者共は、全員港町に置いてきた。あの人数だ、押しかけても迷惑だろう」
クロトが言うように彼が連れていた冒険者はざっと20~30人はいた。
不遜な態度を取る彼だが、そこら辺のことはわきまえているのだろう。
だがそこで少し疑問が残る。
「でも、仲間を全員置いてきて、キミは平気なのかい?」
「ふ……っ! 大丈夫に決まっているだろう!! あいつらが全員束になっても、オレ様には敵わない……オレ様はあいつらの100倍強いからなッ!!」
「100倍!? スッゴぉい!!」
誇らしげに決めポーズを取るクロトと、無邪気に目を輝かせるタイガ。
そんな他愛ないやり取りの中――森の奥から、冷たい夜風が吹き抜けた。
木々の間から見える村の灯が、ちらちらと揺れる。
「見えてきたね、村の明かりだ」
ロマの言葉に皆が村の方を見た、その瞬間だった――
「――っ!! 大変だァ!! 大変だァーッ!!」
突然、悲鳴にも似た叫びが森に響く。
駆けてくる影――それは村の方角からだった。
「え……? な、なんだッ!?」
タイガが目を丸くする。ミヤコとクロトは即座に身構えるが、ロマはその声に覚えがあることに気づいた。
「アレは……村の〝駐在〟? あんなに慌ててどうしたんだ……?」
やがて駐在の男が荒い息を吐きながら飛び込んできた。
額から汗を滴らせ、ナニカどす黒いモノにまみれた靴のまま足を止める。
「ろ、ロマ……! 大変なんだっ!! 村の近くに……!!」
「お、落ち着け……! 一体何が……」
ロマが心配そうに尋ねると、駐在は息を整えながら顔を上げた。
その表情には、恐怖と混乱が入り混じっていた。
「む、村の近くの街道で……〝大量の死体〟が……っ!!」
「なッ!!? 死体!!?」
その言葉に、場の空気が一瞬で凍りつく。
誰もが息を呑み、夜の闇がいっそう濃く感じられた――
第63話は明日の20時10分に投稿です。
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