第61話 “獣と人の間”
「な……っ!!? 同じ〝転生者〟って……まさかクロト、キミも!!?」
思わず立ち上がったロマの声が、酒場のざわめきにかき消される。
その反応を愉快そうに眺めながら、クロトは肩を揺らして笑った。
「ははっ!! やっぱりか。ルリノ嬢から聞いたよ、キミの功績は。水回りを整備して、見たこともない異国の料理まで広めたと……典型的なスローライフ系〝転生者〟だな」
「うぐっ……悪かったな、テンプレ通りの異世界生活を送ってて……」
痛いところを突かれ、ロマは言葉を失う。
クロトはそんな彼を面白がるように、軽くジョッキを揺らして続けた。
「いいや、いいじゃないか。〝スローライフ系〟は嫌いじゃないぞ!! 元の世界は色々と騒がしかったからな……それにあの村、まだ少ししか回れていないが、悪くない!!」
クロトはいつもの大仰な調子で笑った。
だが、からかっている様子はない。
「そりゃどうも……」
ロマは鼻の頭をかいた――
――しばらくして、ロマが思い出したように口を開く。
「あ、そうだ。クロト、そういえば今、この酒場にはもう1人〝転生者〟がいるぞ」
「なんと!!? それは一体……」
「ああ、ついてきなよ。えっと、確かあいつらは……」
ロマは辺りを見回す。
昨日出会ったばかりの少年の姿を探すために――
――
――――
――――――
――その少し前。
酒場の中央では。
「「「かんぱーいッ!!!」」」
タイガは酒場の男達とジョッキを高々と掲げていた。
泡立つビールの香りが鼻をくすぐる。
「ボクお酒飲むの初めて!! いただきま~す!!」
(すっかり意気投合してんにゃ、あいつ……)
酔っ払いと肩を組み、わいわい騒ぐタイガ。
(ロマのツレだって言ったら、速攻で囲んできた港の連中もアレだけど……それにしたって馴染むのが早すぎるだろ)
ミヤコは猫耳をピクつかせながら、ジト~ッとした視線をタイガに送った。
だが当の本人は、そんな視線に気づく気配もなく、勢いそのままにジョッキを口へ運ぶ――
――が。
「――ぶはあああぁぁぁーーーーーーッッッ!!! ナニコレにっがァッッッ!!!!」
次の瞬間、金色の液体が噴水のように弾け飛んだ。
照明の光を反射した滴がきらきらと舞い、店内のざわめきが一段と大きくなる。
「いやにゃにやってんだァ!!? おミャー!?」
「げほっ!! ごほっ!! ……うう……お酒無駄にしちゃってごめんなさい……布巾ありますか?」
むせ返りながらも、しょんぼりと肩を落とし、差し出された布巾でテーブルをふく。
その健気さがまた可笑しかったのか、周囲の男達は腹を抱えて笑い転げた。
「ははは!! まだ兄ちゃんには、ちょっと早かったか!」
「うん……そんなすぐに大人になれるわけじゃないよね……反省」
しゅんとした表情を見せたのも束の間、タイガはふっと顔を上げると満面の笑みで叫んだ。
「よし!! じゃあ代わりにハンバーグ10個ください!!!」
「お~!! 代わりに大食いか!! いいぞ、イケイケー!!」
どっと歓声が沸き上がり、誰かがテーブルを叩いた。
ジョッキまでガタガタと跳ねる。
「はしゃぎすぎだ、あいつら……」
「パーティーだもの、はしゃぐべき」
カウンターの隅。
酒場の喧騒を少し離れた位置から見つめるミヤコの横で、ノエルは静かにソフトドリンク入りのグラスを傾けた。
その仕草は落ち着いているのに、言葉の端には妙なノリの良さがある。
「おほ~!! ハンバーグなんて久々だな~!!」
テーブルの方では、タイガが運ばれてきた皿を前に、子供のように歓声を上げていた。
鉄板の上でまだジューッと音を立てるハンバーグからは、香ばしい肉の匂いと甘いソースの香りが立ちのぼる。
厨房では料理人達が汗を拭いながら、次々と肉をこね、焼き上げていく。
「なんだい兄ちゃん! ハンバーグ知ってんのか!! これはロマがアイデアを出して作った料理なのに」
「え? じゃあここには元々ハンバーグはなかったんだね……そういえば……」
ロマの言葉をタイガは思い出す――
――
――――
――――――
『――ああ、味は保証するよ。なんたってオレが〝元の世界の知識〟で作った料理もある――』
「――ロマとボクは同じとこから来たんだ!! だからボクも色んな料理を知ってるんだよ~!!」
「へ~!! 兄ちゃんロマと同郷だったのか!! あいつと仲良くしてやってくれよ!!」
「うん! ロマはもう友達だよ!!」
ピースサインをしながら、豪快に笑うタイガ。
男達はすっかり気をよくして、タイガの周りはますます賑やかさを増していく。
そんな中、1つの影がそっと近づく。
「ん……? それお肉? 嗅いだことない、いい匂い……」
ノエルの犬耳がぴんと立った。
鼻先がひくひくと小さく動く。
「店員さん、私もこれ〝15個〟ちょうだい」
「じゅ……〝15個〟ォ!!?」
思わぬ大食い宣言に、周囲が一斉にどよめいた。
隣のテーブルの男が思わずジョッキを落としかける。
「す、すげェ……あの細っこい嬢ちゃんも、食う気満々じゃねぇか……!」
「凄いね! ワンちゃん!! キミもかなりイケるんだね!!」
「うん。パーティーの中で一番食べるのは私」
ノエルは涼しい顔で言い放ち、タイガの真正面に腰を下ろす。
「お~? これはフードファイト勃発か~?」
「へへ、いいね! 負けないぞ!!」
「そんなつもりはなかったけど……まあいっか」
タイガが歯を見せて笑い、ノエルは無表情のまま。
だが2人の間には、静かな火花が散っていた。
そして、テーブルに次々と運ばれてくる山のようなハンバーグ。
湯気が立ちこめ、ソースの香りが一層濃くなる。
「キタキタ!! ウマそ~!! それじゃあ、“この世の全ての食材に感謝を込めて”」
「「――いただきます」」
2人が同時に手を合わせる。
タイガは迷いなくハンバーグにかぶりつき、肉汁が口の中に広がった瞬間、満面の笑みを浮かべた。
「んお~!!! うめェ~~~!!」
その向かいでノエルはナイフとフォークを静かに操り、上品に肉を口へ運ぼうとする――
――だが、その瞬間。
「おおォいッ!! 待ったァァッッ!!!」
怒号が響き、ノエルの腕をガッと掴む者が現れた。
「あっぶねェ!! 危機一髪……ッ!!」
クロトだった。いつもの涼しい笑みはどこにもなく、今にも血の気が引きそうな顔をしている。
「え? ……なに、クロトも欲しいの? なら自分で注文するべき」
「バカ!! そうじゃない!! ハンバーグって〝玉ねぎ〟入ってるだろ!!? そうだよな!? ロマくん!!」
「え……? あ、ああ……そうだけど……」
突然の剣幕にロマは目を丸くしたが、すぐに理由を察して手を打った。
「あ! そうか。彼女、犬だから〝玉ねぎはダメ〟なのか……」
「そうだ……!! 死んでもおかしくないんだぞ、〝玉ねぎ中毒〟は……!!」
クロトはノエルの手からフォークを取り上げ、汗だくの顔で彼女を見つめる。
「〝ケモニア〟に配慮してない店も店だが……お前も匂いでわかるだろう!? 気を付けろ!!」
「ごめん。お肉のいい匂いに気を取られて、うっかり」
ノエルはまるで他人事のようだ。その落ち着きっぷりとは裏腹にクロトの方が慌てふためいていた。
どう見ても凸凹な2人だが、どこか息の合ったやり取りにも見える。
「え~ふぉ、よくわふぁんないふぇど、ファンちゃんはファンファーグ|ふぁべられないんふぁね《食べられないんだね》。ゴクン……それは残念だったね」
タイガは口いっぱいに肉を詰め込みながら、もぐもぐと同情を口にする。
「うん。でも確か……玉ねぎって猫もダメだったはず……」
「へー、そうな……え? まさか……」
タイガはバッと振り返る――
――視線の先では。
「はむっ……ん~! あったまるにゃ~!!」
ミヤコがスープに入った玉ねぎを、ちょうどスプーンで掬って口に運んだところだった。
「うわあああああああああああぁぁァァァッッッ!!!? ミヤコおおおおおおおおおおォォォッッ!!!?」
「んにゃ? いったいなん……うわァッッ!!?」
タイガは悲鳴と共にミヤコへ飛びかかり、その体を必死に揺さぶる。
「吐けェェェ!! 食ったもん今すぐ吐けェえええええええええッッ!!!!」
「ゆゆゆゆゆゆらすななななななななッッ!!!!」
ミヤコはガッとタイガの腕を掴み、強引に動きを止めた。
「にゃにすんだっ!! いきなり!!!」
「ミヤコ!! 猫ちゃんは玉ねぎ食べちゃダメなんだよ!!? すぐに吐いてえええええェ!!」
「あ~? 玉ねぎィ……? 別に食べても、どうってことにゃいけど……」
ミヤコはぽかんとした様子でタイガを睨み返す。
「てか今までだってミャー、玉ねぎ食べてきたし……」
「え……? な、なんで? どういうこと?」
タイガの混乱を見かねて、ノエルが一歩前に出る。
「多分、猫さんは〝獣性が薄い〟ケモニアだから大丈夫なんだと思う」
「〝獣性〟?」
首をかしげるタイガに、ノエルは静かに自分の籠手を外した。
「こういうこと」
籠手の下から現れた素手は、まるで犬そのものだった。
手の甲にはモフモフの短い毛が生え、指先には柔らかな肉球。
「うお!? 凄い……犬の手じゃん!!」
タイガが思わず感嘆の声を漏らす。
ミヤコの方に目をやると、その手は人間とほとんど変わらない。毛はなく細く、スベスベしていた。
こうして並べてみると――その〝差〟は一目瞭然だった。
「私は〝獣と人間の狭間〟のケモニア、猫さんは〝人間寄り〟のケモニア……だから、こういう違いも出る」
「へ~!! 同じケモニアでも色々違うんだね~!!」
タイガは感心したように頷き、ほぉと息を漏らす。
ノエルは一瞬だけ口角を上げたが、すぐに自分のテーブルの上を見て肩を落とした。
「そう……だから困った、私これ食べられない……」
皿の上には、湯気を立てる肉厚なハンバーグが山のように積まれている。
香ばしい匂いが漂うたび、ノエルは鼻先をくすぐられて小さく顔をしかめた。
「……勝負はあなたの勝ち。これ優勝賞品」
そう言ってノエルは、自分の席の皿をすべてタイガの前へと押しやる。
「ええ!!? ちょ……流石にちょっと多いんだけど!!?」
「残すともったいない、食べるべき」
ノエルは当然のように言い放つと、すっと席を立ち、またミヤコの隣に戻っていった。
残されたタイガの前には、肉の山――いや、もはや〝肉の壁〟がそびえ立つ。
「ぐぐぐ……!! ね、ねェ……これみんなでシェアしな……」
冷や汗を垂らしながら周りに助けを求めるタイガ。
だが、その声よりも早く、周囲の酔っ払い達が一斉に立ち上がった。
「うお~っし!! 兄ちゃんのいいトコ、見ってみったい!!! あっソーレ!!」
「「「見ってみったい!! 見ってみったい!!!」」」
酔いの回った男達がテーブルを叩き、掛け声の調子をさらに速めていく。
「うえェ!!? こ、この量は……」
「いけ~!! 男ならカッコいいトコ見せてくれェ~ッ!!!」
「うぐ……!! そうだよね……男の子なら……で、出来らあっ!」
タイガはあおりを受け、少しやけ気味に肉をかき込み始める。
「うおおおおおおお!!! バクバクムシャムシャッ!! バキバキグピグピィッ!!!!」
「いけいけェ!!」
「FOOOOO~!!!」
熱気と酒気に満ちた酒場の空気が、一気にタイガを飲み込んだ。
彼の涙も、やがて歓声と笑い声にかき消されていった――
第62話は明日の20時10分に投稿です。
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