第58話 “冒険者とは”
――そうしてようやく薄暗い路地の切れ目から、ぱっと陽の色が差し込んだ。
5人はそのまま路地裏を抜け、昼の日差しが降りそそぐ表通りへ飛び出す。
さっきまでの息苦しい空気が嘘みたいに、そこには港町らしい賑わいと明るさが広がっていた。
「はあ……っ!! はあ……ッ!!」
「だっはっはっは!! いや~危なかったね~!!!」
胸元を押さえながら必死に息を整える青年とは対照的に、タイガは息一つ乱さず、妙に楽しそうに笑っていた。
さっきまで全力で走っていたはずなのに、その顔には疲れの色すら見えない。
ミヤコは耳をぴくりと動かし、追っ手の気配がないことを確かめると、警戒を解いて小さく息を吐いた。
ロマも足を止めて背後を振り返り、人混みの向こうまで目を走らせる。
どうやら、ここまで追ってくる者はいないらしい。
逃げ切れたと分かって、5人の間に安堵が広がる。
その時だった。
ゴォン、ゴォン――と、低い鐘の音が街並みをゆっくり渡っていった。
「あ……!! い、いけない、もうこんな時間……っ!!」
その音に、エプロン姿の女性がはっと顔を上げた。
青ざめていた表情に、今度は別の焦りが浮かぶ。
「ああ。そうだよね、仕事があるよね」
ロマはすぐに事情を察し、女性の顔を見る。
「ここからは、自分の足で帰れるかい?」
「は、はい……!! すぐそこですので……」
彼女は通りの先を指差した。
視線の先には、色とりどりの布が飾られた小綺麗なブティックが見える。
どうやら、あそこが勤め先らしい。
「道案内ありがとう!! ロマも言ってたけど、これからは気を付けてね」
タイガは明るく声をかけ、ひらひらと手を振った。
その横で、青年も少しためらってから控えめに手を上げる。
「き、気を付けて……」
「はい!! ……皆さん、本当にありがとうございました!! 失礼します」
女性は深々と頭を下げた。
その礼は先ほどよりもしっかりしていて、恐怖の只中にいた時より、ほんの少しだけ声にも力が戻っている。
そして彼女は踵を返すと、表通りを小走りに駆けていった。
エプロンの裾が人波の向こうへ紛れて見えなくなると、その場には少し遅れて静けさが落ちた。
時計台の鐘が、最後にもう1度だけ微かに響き、その余韻が街のざわめきに溶けていった――
――女性が去ってしばらくしてから、改めてタイガ達は青年へ向き直った。
「い、今更ですが……ボクは〝チビュウ〟と言います……」
金髪の青年――改めチビュウは背筋を伸ばし名乗った。
まだ頬の腫れも、服についた汚れも痛々しいままだが、それでも路地裏で何度も涙をこぼしていた時よりはどうにか人前に立てる顔を作ろうとしているのがわかる。
「よろしく! チビュウ!!」
「は、はい……こちらこそ、よろしくお願いします。タイガさん」
タイガが差し出した手に、チビュウは一瞬びくりと肩を揺らす。
遠慮がちではあったが、伸ばした両手でタイガの手をぎゅっと握り返す。
「……ホントに凄かったです、タイガさん。あの乱暴者達を、一瞬でやっつけちゃうなんて……」
伏し目がちに言いながらも、黄色の瞳の奥にははっきりとした憧れが宿っていた。
怯えや気後れはまだ消えていない。
けれどそれ以上に、目の前の少年への驚きと尊敬が勝っているらしい。
「タイガさんも……冒険者なんですか?」
「え? ああ、ボクはちが……」
「あああ!!!? そうそう!! タイガは冒険者にゃんだ!! しかも〝《B》ランク〟のな!!」
余計なことを口走りかけたタイガの前に、ミヤコがすかさず身を滑り込ませた。
「ん……? どうしたのミヤコ……」
2人は声を落とし、周囲に聞こえないよう言葉を交わす。
(いいからミャーの話に合わせろ!!)
(う、うん……わかった……)
多少ぎこちない誤魔化し方ではあったが、そんな違和感など一瞬で吹き飛ぶほどの言葉がチビュウの耳を打った。
「〝《B》ランク〟ッ!!!? クロトさんと同じ!!?」
チビュウの目が大きく見開かれる。
今にもこちらへ身を乗り出しそうな勢いだった。
「え……彼も〝《B》ランク〟なのか……」
ロマも思わずそう零し、昨日の朝のやり取りを思い返す――
『――気にするな? いいや気にしろ!! なにせここには、この〝超イケメン天才冒険者〟――〝クロト様〟がいるのだからなッ!!』
(――〝天才冒険者〟か……ふざけた態度だったが、実力は確かなんだな……)
胸の内ではなんとも言えない引っかかりが残る。
それでもロマは、あの黒衣の冒険者に対する評価を、ほんの少しだけ改めざるを得なかった。
だが――
「マジかよ、なんかすげーイヤだにゃ」
「おい、正直すぎるよ」
ミヤコはロマが口にせずにいた感想を、臆面もなく言ってのけた。
ロマは思わず、その遠慮のなさにツッコミを入れる。
「あ、はは……確かにクロトさんは、ちょっと自意識過剰なところはありますが……それでもホントに凄い人なんですよ!!」
チビュウは、そこだけは譲れないというように力いっぱい言い切った。
「へ~! やっぱイケメンだったしなァ……スゲェ人なんだ!!」
タイガは感心したように頷く。
その隣で、ロマは眉を上げる。
「2人も《B》ランクの冒険者に会うとは……《B》ランクって、かなり珍しかったと思うけど、気のせいだったか?」
「とんでもない!! 冒険者の中でも《B》ランクに到達出来る人は、ごく一握りですよ!!!」
ロマの何気ないひと言を聞いた途端、チビュウはぐっと身を乗り出した。
遠慮がちだった受け答えはどこへやら、冒険者について語るうちに、どんどん声が大きくなる。
「冒険者のランクは最下級の《F》ランクから……あ、仮ライセンスを含めると《G》からあります!!」
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【冒険者のランク】
《G》ランク:仮ライセンス。簡単な手続きで誰でも登録出来る。
受けられるのは低危険度の雑務や、単独でもこなせる簡易クエストだけ。
町の手伝いや、街道周辺の安全確認などが主な仕事になる。
《F》ランク:試験に合格すると得られる、正式な冒険者としての最初のランク。
危険度の低い討伐依頼などを受注出来る。
《E》ランク:一般的な冒険者の主力層。
ギルド所属者の中では最も人数が多く、危険地帯の調査、中型モンスター討伐、商隊護衛など、実戦的な依頼を任される。
《D》ランク:中堅の壁を越えた実力者。
着実に成果を積み上げた者が辿り着くランク。
このランクで現役を終える者も多く、地方ギルドでは主戦力として扱われることも珍しくない。
《C》ランク:上位熟練者の領域。
幾つもの危険な任務をくぐり抜けて、ようやく届くランク。
クエストの危険度が跳ね上がり、下級魔族や大型モンスターとの戦闘も多い。
《B》ランク:卓越した実力と実績を持つ、ほんの一握りの上位層。
一国や大都市にまで名の知られた凶悪な魔物の討伐依頼、熟練の冒険者でも足を踏み入れたがらない危険地帯の踏査、上級貴族や大商会から持ち込まれる特別依頼などを任されることもある。
一般の冒険者から見れば、もはや雲の上の実力者――
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「――もちろん、ここからもっと上のランクもありますが……こんな感じに、普通は《C》ランクまで上がるだけでも人生を懸けるレベルなんです!! それなのに、その更に上の《B》ランクなんて……とんでもないことなんですからッ!!!」
最後はほとんど叫ぶような勢いだった。
チビュウは肩で息をしながら、熱に浮かされたような顔で言い切る。
殴られた痛みも忘れてしまったかのように、その目には強い光が宿っていた。
「へ、へ~……そうなんだね……」
ロマはやや気圧されながらも、どうにか相槌を返した。
横でミヤコも、さすがに少しだけ目を丸くしている。
「それにクロトさんは……普段はあんな態度ですが、ホントはとっても優しい人なんです。ボクもモンスターに襲われてる時に命を救われて……」
「へー、彼が……」
昨日会ったクロトは、そんな風には見えなかった――
『――はぁ……まったく、ドジな奴だ。さっさと運べ、〝モブくん〟』
『は、はい……っ!!』
――尊大な物言いで、チビュウに荷物持ちをさせていたクロト。
正直に言えば、少しどころか、かなり鼻につく相手にも見えた。
けれどチビュウの語る彼は、少なくともそれだけの人物ではないらしい。
「いい人なんだね~」
「はい!!」
タイガは何の疑いもなく頷く。
チビュウの返事にも迷いはなかった。
助けられた者だけが向ける、まっすぐな信頼がそこにはあった。
「ホント……ボクなんかが一緒に居られるのが不思議なくらい……凄い人です」
そう言った途端、チビュウの声が少ししぼむ。
さっきまで勢いよく語っていたぶん、そこに混じった自嘲がかえって目立った。
「あ、コラ。またそうやって自分を卑下して……よくないぞ」
そんな彼にロマは、砕けた口調で注意する。
「あ、はい……すみません」
「うんうん!! キミは勇敢なんだから!!」
タイガも笑いながら、力強く彼を励ます。
いや……タイガは、励まそうと意識しているわけではないのだろう。
彼にとってはただ事実を言ったまでだった。
だから言葉に迷いがない。
その証拠に――
まるで今しがた良いことを思いついた子供みたいに、タイガはぽんと手を打ち……
「あ、そうだ!! チビュウ!!」
次の瞬間、タイガは満面の笑みで言い放った。
「ボクの仲間になってよ!!!」
「……え?」
「「……は?」」
一切の曇りもためらいもない言葉だった。
だからこそチビュウはもちろん、少し遅れてミヤコとロマまで揃って間の抜けた声を漏らした。
第59話は明日の20時10分に投稿です。
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