第56話 “タイガの夢”
「へっへへ~!! ジャッキーン!! カッコイイ~!!!」
タイガは自慢げに、先程買った剣を引き抜く。
〝はがねのつるぎ〟――銀色の刀身が太陽を弾き、白い光をきらりと返す。
「おいバカ! むやみやたらに武器を抜くな!!」
「あ、ごめん。そっか危ないよね……へへ、つい嬉しくてさ!」
慌てて剣を鞘へ戻した、その時だった。
刀身に走った光が、タイガの視線をそのまま海へ連れていく。
港の向こうでは、それより何百倍も大きな光が、水面いっぱいに砕けていた。
「この世界でも、海は青くてデカいよなぁ~!! この海の果てには何があるのかな?」
潮風が青いマフラーをさらい、長くなびかせる。
その先では、海と空の青が遠くでひとつに溶けていた。
タイガの隣に並び、ロマは静かに答える。
「この方向にあるのは……〝魔王大陸〟。名前の通り、〝魔王〟が支配する大陸だよ」
「〝魔王〟!!? なんだ、居場所分かってるんだ~!!」
拍子抜けしたような声で、タイガはあっけらかんと言う。
そのあまりの気軽さに、ロマは一瞬だけ言葉を失ってから、少し視線を海へ逃がした。
「……なあ……キミは……もしかして、〝魔王〟を……倒すつもりかい?」
その問いに、タイガは不思議そうに首を傾げる。
「え? そうだけど……ロマはそうじゃないの? 女神様から頼まれたでしょ?」
ロマはタイガから目をそらした。
船のきしむ音が、やけに大きく聞こえた。
「……断ったんだよ、オレは……荒っぽいのには慣れてなくてね」
静かなその声には、自分でもどうしようもない部分を認めるような、乾いた響きがあった。
「だから『転生なんてしなくていい』って言ったんだけど、女神様は『それでもいいから2度目の人生を謳歌しろ』って……」
「なんだ……てことは〝転生者〟が全員、タイガみたいに〝勇者〟を目指してるってわけじゃあないんだな」
ミヤコの言葉に、ロマは小さく頷く。
その横顔は、どこか冴えなかった。
だが、タイガはそんな空気をまるで気にしていなかった。
「へ~、そうなんだ」
返ってきた声は、驚くほどあっさりしている。
(はは……オレの身の上話には興味なしか……)
ロマは胸の内だけでそう零し、わずかに口元を緩めた。
呆れるというより、拍子抜けした、といった方が近い。
タイガの関心は今もずっと、遥かな水平線の向こうへ向いていた。
「〝魔王大陸〟か~。行くなら多分船だよね」
「……でも、普通の船じゃあ行けないよ」
「えっ?」
ロマの言葉に、タイガはようやく海から意識を引き戻し、きょとんとした顔で振り向いた。
「〝魔王大陸〟の周りには、強大な海のモンスターがうじゃうじゃいるからね。並の船じゃあ100%沈没するよ」
「マジ!!? じゃあどうやって行けばいいの?」
タイガは眉を寄せ、唸るように喉を鳴らす。
その横で、ロマは少しだけ視線を上げ、青空を横切るカモメをぼんやりと追った。
「まあ、飛行船でも作るか……それとも……」
わざと含みを持たせて言葉を切る。
「海の魔物を全て追い払えるくらい、強くなることさ」
「そっか~! ……今のボクなら、どこまでいけるかな? 魔王の城までとか?」
あまりにも気楽なその物言いに、ロマは呆れたように息を吐いた。
「バカ、《B》ランクくらいじゃ〝魔王軍〟の下っ端にすら勝てないよ。城どころか、大陸上陸なんて夢のまた夢だよ」
「え~!!? そうなの!?」
タイガは本気で衝撃を受けたらしく、目を丸くする。
そんな彼を見て、ロマは少しだけ声をやわらげた。
「なあタイガ……頼まれたからって、別に無理に〝魔王〟を倒そうとしなくていいんだよ? オレだって、『好きに生きろ』って言われたしさ……」
「ん? いや、確かに頼まれたのもあるけどさ……」
タイガは片手をぐっと掲げ、胸を張る。
「〝勇者〟はボクの〝夢〟なんだ!!」
「夢……?」
その言葉にロマは思わず、瞬きを繰り返す。
「うん! だからこれは、誰かにやらされてるわけじゃない……ボクが自分で『やりたい!!』って思ったことなんだ!!」
「……そうか……それじゃあ、止められないね……」
そこまで曇りなく言い切られてしまうと、もう何を返しても意味がない気がした。
ロマは返しかけた言葉を喉の奥へ引っ込め、そのまま静かに黙り込む。
(〝夢〟……か……)
タイガは港の際まで歩み寄った。
黒髪と青いマフラーが、潮風になびいている。
少年はまるで、そのままこの世の果てへでも行けると信じているようだった。
「ボク……もっと強くなるよ! 《S》ランク、いいや《SS》ランクくらい!! そうすれば〝魔王大陸〟にも……いいや、〝魔王〟だって倒せるはずだ!!」
その声は港に響き、岸壁にとまっていたカモメが驚いて飛び立つ。
ロマは思わず苦笑を漏らした。
「はは、そうかい。頑張りな」
「おミャー……簡単に言うにゃよ……」
ミヤコは眉を寄せ、尻尾の先で落ち着かなさそうに空気を叩いた。
だがタイガは、そんな反応さえ追い風に変えてしまうみたいに、ますます声を弾ませる。
「そうだね、簡単じゃないさ! きっと!! でも〝勇者になろう〟と思い続ける意思と、〝勇気ある仲間〟がいればきっと……出来るさっ!!!」
「ゆ、〝勇気ある仲間〟って……」
真正面から飛んできた言葉に、ミヤコはたちまち言葉を失った。
視線が落ち着きなくさまよった。
その様子を横で見ていたロマは、目を細める。
「ふふ……言いくるめられたね。彼の真正面からの想いに」
「う……うるせェ……」
ミヤコはぷいっと海へ顔を背けた。
猫耳だけが、まだ落ち着かなさそうにぴくぴく動いている。
そんな2人のやり取りを気にも留めず、タイガは今度はロマへ向き直る。
「ねえロマ……やっぱり仲間になってくれないの……?」
「え……?」
さっきよりも声を落として、タイガは言葉を続けた。
「だってキミは、見ず知らずのボク達を助けてくれた!! それにさっきの武器屋でも……ううん、出会ってからずっと思ってたけど、ロマはいい人だ。だからやっぱり……仲間になってほしいよ」
「……い、いい人……か……」
今度はロマの方が、まともに言葉を受けてしまった。
あまりにも飾りのない物言いだからこそ、変にかわすことも出来ない。
これで誘われたのは2度目。
脳裏に、前に言われた言葉がふっと蘇る――
――
――――
――――――
『――森の中で、途方に暮れてたボクを助けてくれた! ボロボロになったミヤコを助けてくれた! ロマは人を助ける〝勇気〟の持ち主だ!!
ボク達と一緒に〝勇者になろう〟っ!!』
(――〝勇気〟……か。キミにとって、それはよっぽど大事な事なんだろうね……)
ロマは照れ隠しのように、指先で頬をひと掻きした。
それでも答えはもう決まっている。
「恥ずかしいくらいの誉め言葉をありがとう……でもごめん。オレはあの村の事が気に入ってるんだ……離れたくない」
「……そっか……」
タイガは口を開きかけて、閉じた。
「にひひ! わかった!! いい村だもんね、あそこ!!」
「……ああ。この世界での、オレの故郷だ」
その言葉を口にした時のロマの声は、さっきまでよりも少しだけやわらかかった。
タイガも、もうそれ以上は食い下がらない。
どこか名残惜しさはあっても、その笑顔は妙に晴れやかで、無理に連れ出そうとする様子はなかった。
そんな2人の会話を聞いて、ミヤコがポツリと零した。
「故郷か……羨ましいな……」
「……ん? ああ、そうか……」
ロマはその小さな呟きに、一瞬首を傾げる。
だが、すぐに今朝のことを思い出す。
「ごめんね、嫌なこと思い出させちゃったかな……色々あるよね。魔王もモンスターも居るこの世界じゃ、特に」
「気にするな……別の世界から来たおミャーの方が、大変だったろ。色々と」
そう返すミヤコの声も、いつものような刺々しさはなかった。
潮風に撫でられながら、彼女は遠くを見るような目をしている。
その言葉に、ロマは少しだけ視線を落とした。
「まあね。最初はホント……まあ……助けてくれる人達が居なきゃ、どうしようもなかった。特にルリノには、ホント感謝してる……」
「……そうか」
ミヤコは短く相槌を打つ。
それだけだったが、余計な慰めよりもよほど素直に響く返事だった。
「別の世界の知識と、オレが女神から貰った能力で、少しでも恩返しが出来てるといいんだけどね……」
「出来てるだろ、充分すぎるくらいな」
ぶっきらぼうな言い方だった。
けれどそこに突き放す冷たさはなく、むしろ不器用なりに、ちゃんとそう思っていることが伝わってくる。
ロマは1度だけ目を細め、それから小さく息を漏らした。
「はは、そうだといいね……」
踏み込んだことは何ひとつ言わない。
けれど、それで十分だった。
その沈黙は気まずいものではなく、ほんの短いあいだだけ寄り添うための静けさだった――
――そんな2人のやり取りの最中。
岸壁へぶつかる波。船乗り達の怒鳴り声。露店の呼び込み。
頭上ではカモメが鳴き、どこかで荷車の車輪がガラガラと石畳を転がっている。
そんな港の音に混じって――
「……ん? 何か声が……」
タイガの耳が、ひとつだけ違う音を拾った。
海とは反対側。
倉庫と倉庫の隙間に、昼の光さえ入りきらない細い路地が伸びている。
その奥から――
ほんのかすかに、誰かのくぐもった声がした。
――だがミヤコとロマはそんなことにも気づかず、いつもの調子へ戻ろうと他愛のない会話をしていた。
「にしても、あの店主の格好ヤバかったよな……防具はまともな格好をした店員の店を頼む」
「はは、了解」
そのまま数歩、2人が並んで歩いた時だった。
ふとミヤコが、何かに気づいたように立ち止まる。
「……ん?」
「どうしたの?」
ロマが聞き返す。
ミヤコは、ついさっきまでタイガがいたはずの横を見ながら、ゆっくりと口を開いた。
「いや……あいつ、急に静かになったなって……」
その言葉を聞き、ロマも何気なくそちらを見るが――
――そこに、タイガの姿はなかった。
「……え?」
ロマの笑みが止まる。
ほんの少し前まで、確かに隣で剣を抱えていた。
あの大きな麦わら帽子なら、遠目でもすぐ目につくはずだ。
それなのに、どこにもいない。
「お、おい……タイガ?」
ミヤコが辺りを見回す。
港の通りには買い物客や船乗りが行き交い、露店からは威勢のいい声が飛んでくる。
だが、その喧騒のどこにも、あの間の抜けた返事はなかった。
「おいおい、あいつどこ行ったんだ……!!?」
ロマも人波の向こうを見回したが、あの麦わら帽子は見当たらなかった。
「まったく、勝手にどっかに……」
ミヤコが文句を言いかけた、その時――
――ピッシャーーーーーーン!!!!
路地裏の影を吹き飛ばす閃光と共に、轟音が鳴り響いた。
「んにゃァ!!? なんだァッ!!!?」
ミヤコは思わず絶叫する。
通りを行き交っていた人々も足を止め、ざわめきが一気に広がった。
「なに……? 今の?」
「路地裏から聞こえて来たぞ……爆発か?」
「だ、誰か見に行ったほうがいいんじゃ……」
どよめきは波のように広がり、誰もが一斉に路地の方へ顔を向ける。
「あの閃光……タイガだな……! そうに決まってる……っ!!」
ミヤコは額に汗を浮かべながら、路地裏へ駆け出した。
「あ! ちょっとミヤコちゃん!!」
ロマも慌ててその後を追う。
「あ~もう!! またトラブルの予感……!!」
「はは……同感だよ、ダル……っ」
タイガがまた何か面倒事を起こした。
そんな嫌な確信が2人の間にはあった――
第57話は明日の20時10分に投稿です。
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