第55話 “港町での買い物”
「――ほら、ここだ」
ロマが足を止めたのは、港の中央通りを少し外れた石畳の路地だった。
看板には波を切る剣の意匠と共に、〝IRON TIDE〟の文字。
扉の隙間から、潮風に混じって焼けた鉄と煤の匂いが漏れている。
「おお~! ボク武器屋来るの初めて~!」
「そうか、気に入ると思うよ」
ギィ……と扉を押し開ける。
微かな鈴の音と共に、むっとした熱気が頬を撫でた。
最初にタイガの目を奪ったのは、壁一面を埋め尽くす武器だった。
剣、槍、盾、鎧、弓――磨き上げられた刃がステンドガラスの光を反射し、店内のあちこちで煌めいている。
「おほ~!! すげぇ~! ゲームみたい!!」
タイガが目を輝かせて声を上げる。
彼の視線の先では、巨大な大剣が壁に飾られていた。刃渡りは彼の身長ほどもあり、刃の根元には海蛇を模した装飾がうねるように彫り込まれている。
その冷たい光を見ていると、まるで今にも波しぶきを上げて動き出しそうだった。
「フフ、ここは港で1番の武具屋だ。船乗りも冒険者も、みんなこの店の世話になってる。とてもいい店だよ……店主が〝変人〟であること以外は……」
「へ……変人……?」
ミヤコが怪訝そうに聞き返した、その直後だった――
「――おうロマ!! またガラクタを直しに来たのか!」
カウンターの奥から、低く太い笑い声が響いた。
現れたのは、筋骨隆々の男。
両腕には無数の火傷の痕が刻まれ、革のエプロンには煤がこびりついている。
片目にはゴーグルを掛け、もう片方の瞳は白く濁っていた。
だが、その奥に宿る光は獲物を見据える獣のように鋭く――刃の善し悪しを一目で見抜く者だけが持つ光だった。
「この人がこの店の看板親父にして、グリングリン地方で最も腕の立つ〝鍛冶師〟だ」
「ほぉ……見たところ、新顔の冒険者か?」
店主はごつい指で顎を撫でながら、タイガとミヤコをじろりと見た。
その眼光に射抜かれ、ミヤコは小さく体をビクッと震わせる。
「あ……ま、まあ、そんな感じです……」
ぺこりと頭を下げながら、ミヤコはロマの言葉を思い出していた。
(変人……? ちょっといかついけど、まともそうな人だけど……)
タイガも店主の前に飛び出し、元気よく挨拶する。
「よろしく!! おじさ……えっ」
だがタイガの言葉が途中で止まった。
彼の目が、ある一点に釘付けになる。
「なんで、おじさん……〝裸エプロン〟なの……?」
「んにゃッ!!? 〝裸〟!?」
ミヤコは目を見開き、反射的に店主の全身を見直した。
言われてみれば――確かに。
煤まみれのエプロンの下に、まともな服らしい服が見当たらない。
「おいおい、裸じゃねェぜ」
店主は「失敬な」とでも言いたげに鼻を鳴らし、くるりと後ろを向く。
盛り上がった背筋と、日に焼けた逞しい肌がどんと目に飛び込んできた。
だが、問題はその下だった。
そこにはぴっちりと張りついた、ごく小さな布しかなかった。
「あ、確かに。でもパンツじゃん!!」
「パンツじゃねェよ、水着だ水着! 鍛冶場はあちィからな」
堂々と胸を張る店主。
彼が履いているのはブーメランパンツのような代物だった。
「どっちでもいいよ……その小ささじゃ、普通に不審者にゃ……」
ミヤコは呆れ切った目で店主を見上げる。
(また変なヤツが出てきた……)
胸の内でそう毒づいた瞬間、店主がにやりと口元を吊り上げた。
「ほう……いい目をしてる」
「どこがだ。今呆れた目で見てたんだけど?」
ミヤコのツッコミなど意に介さず、店主はすぐに本題へ戻る。
「お前ら、何が欲しいんだ?」
職人らしい切り替えの早さだった。
「ボクは剣が欲しいな! 頑丈なヤツがいい!」
「……軽い短剣……」
元気よく希望を言うタイガと、変人の店主を警戒し声を低くするミヤコ。
だが店主は気にする様子もなく、答える。
「おうよ、剣も短剣もあっちにあるぜ」
店主が顎をしゃくる方向を見れば、壁一面に大小さまざまな武器がずらりと並んでいた。
鍔の形も刃の光り方も1本1本違っていて、鍛冶師の息遣いがそのまま宿っているようだ。
「ん~どれにしよう……そもそも武器にいくら使おうかにゃ~……」
ミヤコの視線が、いくつもの武器と値札の間を泳いだ。
壁にある武器一覧
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どうのつるぎ+3 《F》:200ディジー 攻撃力+9
せいどうのつるぎ+3 《F》:350ディジー 攻撃力+12
てつのつるぎ+3 《E》:1,100ディジー 攻撃力+15
ぎんのつるぎ+2 《E》:3,800ディジー 攻撃力+22
しんくのつるぎ+2 《E》:6,600ディジー 攻撃力+25
しろがねのつるぎ+3 《D》:9,500ディジー 攻撃力+28
火の粉のつるぎ+1 《D》:15,000ディジー 攻撃力+24 稀に相手を火傷にする
まほうのつるぎ 《D》:23,000ディジー 攻撃力+20 攻撃魔力+3
魔剣セイレーン 《D》:43,000ディジー 攻撃力+29 攻撃魔力+15
はがねのつるぎ+1 《D》:52,000ディジー 攻撃力+38
どうのナイフ+4 《F》:220ディジー 攻撃力+4 すばやさ+2
バタフライダガー+3 《F》:750ディジー 攻撃力+6 すばやさ+3
マリンナイフ+3 《E》:1,800ディジー 攻撃力+8 すばやさ+3
そよかぜのナイフ+3 《E》:4,200ディジー 攻撃力+7 すばやさ+6
サメのキバ+1 《E》:8,050ディジー 攻撃力+15
ひすいのナイフ 《D》:11,000ディジー 攻撃力+11 毒耐性《F》
スコーピオダガー+2 《D》:28,600ディジー 攻撃力+12 稀に相手を麻痺にする
黒曜石のナイフ+2 《D》:32,100ディジー 攻撃力+13 防御+5
かげろうのナイフ 《D》:38,000ディジー 攻撃力+14 すばやさ+11
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「少しマケてやってくれよ」
「おいおい、お前のツケもまだ残ってるのに……」
店主はわざとらしくため息をつき、太い指で頭をかきながら笑う。
その笑いには呆れも混じっているが、どこか憎めない温かさもあった。
「……ま、しょうがねぇ。少しだけな」
そう言って、ロマに目くばせする。
「お~、確かに武器の品質は高いにゃ……〝+値〟が4なんて初めて見た」
「はは! まあその分、高くなっちまってるがな」
店主は胸を張り、いかにも誇らしげに鼻を鳴らした。
彼は変人ではあるが、武器そのものへの自信は本物らしい。
「あれ? そもそもボク達って所持金いくらあるっけ?」
「ざっと〝14万ディジー〟だ」
その金額を聞いたロマと店主は、ほぼ同時に声を上げた。
「な……14万ッ!!?」
「お前ら、そんな大金持ち歩いてるなんて……」
どちらも本気で面食らっている。
旅人がふところに入れている額としては、どう考えても多すぎるのだろう。
だが、ミヤコはそんな2人の驚きを横目に、ふと思い出したように付け加えた。
「あ、それと……〝メルヘンスライム〟もいるから、これで軍資金はもっと増えるぞ」
そう言って、リュックから木製のかごを取り出す。
中には、昨日捕まえた小さなピンク色のスライムが、ぷるんと身を縮めるようにして収まっていた。
「こいつはレアモンじゃねェか!! しかもピンクは人気だからな。こりゃあ高値で売れるぞ」
「やっぱそうだよにゃ! へへ! いや~いいモン捕まえたな」
店主の言葉を受け、ミヤコは尻尾の先まで、分かりやすく機嫌がよくなっていた。
だが――
そんなミヤコの横で、タイガはかごの中をじっと見つめていた。
「ん~……プゥプル、昨日はあんなに元気だったのに、今日はずっと静かなんだよね……」
タイガの声には、さっきまでの浮かれた響きがない。
心配そうに、小さなスライムの様子を窺っている。
目を閉じ、全く身動きをとらないその姿に、不安を募らせる。
「まさか……死んじゃってないよね!!?」
「大丈夫、ただちょっと緊張してるだけだよ」
最悪の想像を口にするタイガへ、ロマは落ち着いた声でそれを否定する。
「彼らは極度の恐怖を感じると、甲高い声を上げながら一目散に逃げだす習性がある。けれどかごの中のこいつはそれが出来ない。だからただ静かに、この状況に耐え続けているんだ」
「……そっか……」
説明を聞いたタイガは、ほっとするどころか、むしろ少しだけ悲しそうな顔になった。
その小さなピンクのスライムは、かごの中で僅かに震えていた。
落ち着いているわけではなく、ただ耐えているだけ。
その事実が、余計に胸に引っかかったのだろう。
「ちょっと……悪いことしちゃったかな……」
ぽつりと漏れたその声は、誰に聞かせるでもない独り言みたいに小さかった。
けれど、そのつぶやきを、ロマだけは確かに聞いていた。
「……タイガ……」
思わず名を呼びかける。
だが、その先の言葉は続かなかった。
レアモンスターを捕まえ、金に換える。
それはこの世界では、ごく当たり前のことだ。
だからこそ、その当たり前の中で、小さな命の怯えに胸を痛めるタイガの感覚は、ロマには少しだけ眩しく映った。
結局、彼は何も言えないまま、その横顔を静かに見つめることしか出来なかった――
――そんな2人の後ろでは、ミヤコと店主の会話が続いていた。
「この店のどんな商品だって買える程の大金か……お前ら、〝ランク〟はいくつなんだ?」
「え!?」
不意に向けられた問いに、ミヤコはびくりと肩を揺らす。
ほんの一瞬だけ迷ったあと、額にうっすら汗を浮かべながら口を開いた。
「え、え~とぉ……〝《B》ランク〟……です」
「び……〝《B》ランク〟ぅッ!!?」
「……マジか……」
店主は目を見開き、思わず声を裏返らせた。
後ろで聞いていたロマも小さく声を漏らす。
その表情以上に、内心では驚いていた。
「おいおい、どこが新顔だい……人は見かけによらねェなぁ……まさかお前らみたいな子供が《B》ランクなんて……」
「あ、いや……《B》ランクはタイガだけ。ミャーは《E》ランクだ」
慌てて訂正するミヤコ。
それでも店主は、なお興味深そうに彼女の顔を見つめていた。
「普通はそれでも凄いもんだ、お嬢ちゃんの歳で冒険者なんて……〝特殊な種族〟ってわけでもないだろう?」
「うん、普通のケモニアにゃ」
そう答えると、店主は感心したように何度も頷く。
「〝《B》ランク冒険者〟なんて、俺は片手で数えられるほどしか会ったことねェぞ……」
「はは……」
ミヤコは答えながら、苦笑いを浮かべた。
その笑みはどこか引きつっていて、目の奥には小さな影が宿る。
(……ホントは〝冒険者〟じゃなくて〝賞金首〟にゃんだけどな……)
ふと、脳裏にあの紙切れがよぎる――
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《 W A N T E D 》
D E A D O R A L I V E
~タイガ~
懸賞金:1,000,000ディジー
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その手配書に写ったタイガの顔が、今も鮮明に浮かんでくる。
――懸賞金、1,000,000ディジー。
ミヤコの故郷を守るため、王国調査隊に刃を向けた代償だった。
(……ミャーの大切な故郷のために……タイガは追われる身に……)
胸の奥がきゅう、と痛む。
だがその痛みを誰にも気づかれぬよう、ミヤコは目を伏せた――
(――タイガは……どう思ってるんだろう……)
気になり、ちらとタイガの方へ視線をやる……が――
「――お~!! この剣いいかも~!!」
肝心の本人は、無邪気に剣を掲げ、目を輝かせていた。
「おいおい……ったく……ミャーが心配してるってのに、あいつは……」
重苦しい現実も、追われる身だという事実も、今のタイガの顔からは欠片も読み取れない。
あるのは、ただ新しいおもちゃを手に入れた子どものような、まっすぐな笑顔だけだった。
「お目が高い。それはうちで1番頑丈な剣、〝はがねのつるぎ〟だ」
「お~!! 1番欲しかったヤツじゃん!」
タイガは刀身を光にかざし、まるで宝石でも見つけたかのように頬を緩める。
鈍く白い輝きを返す刃は、無骨ながらも確かな頼もしさを宿していた。
<はがねのつるぎ+1《D》:52,000ディジー 攻撃力+38>
「悪いな。ランク《B》の武器なんて、うちには置いてないんだ……
作れないことはないけど、素材が高ェし、こんな港町の武器屋に置いてても売れねェんだ。
もっとデカい王都とかじゃないと、高ランクの冒険者は滅多に来ねェからな……」
「いいよ! これで充分!! パンパカパーン! 新しい装備を手に入れたぞ!!」
剣を天井に掲げ、タイガは嬉しそうに口でファンファーレを鳴らす。
「まあ元々《B》ランクの武器を買える程の金はないからにゃ……てか5万ディジーも普通に大金だ」
ミヤコは改めて、じっくりと値札へ目をやる。
(《D》ランク武器でも所持金の1/3以上だし……う~ん、ランクに見合った資金力ではないよな~……)
ミヤコは頬を引きつらせながら苦笑する。
剣だけで5万。
この後には防具もいる。宿代、食費だって掛かる。
頭の中で必要な金を並べていくほど、さっきまで大金に思えていた14万ディジーが、急に頼りなく見えてきた。
(……これ、全然余裕ないじゃん)
「ミヤコはなに買う?」
「んェ? あ~、ミャーは……それがいいな」
そう言ってミヤコが指さしたのは、小さな緑のナイフだった。
<そよかぜのナイフ+3 《E》:4,200ディジー 攻撃力+7 すばやさ+6>
「わ~!! 綺麗なナイフだね!」
タイガはミヤコの選んだナイフに、素直に見惚れた。
刃先に当たる光はやわらかく、まるで風を閉じ込めたみたいに軽やかだ。
一方でロマは、少しだけ眉を寄せる。
「《E》ランクの武器でいいのかい? キミ達のLv.的にはもう少し上の武器でもいいと思うけど……」
「いいんだよ、ミャーは前衛じゃにゃいし……その代わり防具の方を、ちょっといいのにしたい」
その返答に、ロマは納得したように小さく笑った。
「いいね! じゃあ防具も後で買いに行こう!! おじさん、それじゃあこの2つの武器ください!!」
タイガは笑顔のまま、剣とナイフを抱えて店主のもとへ駆け寄った。
「あいよ! <はがねのつるぎ>と<そよかぜのナイフ>で合計56,200ディジーね!!」
「おい、マケてくれるって話は?」
すかさずロマが横から口を挟む。
すると店主は「あっ」という顔をして、わざとらしく肩をすくめた。
「ぐ……覚えてやがったか……しょうがない、じゃあ50,000ディジーでいいよ!!」
「え……っ!? それじゃあナイフがタダになるじゃにゃいか!!」
あまりの値引きっぷりに、ミヤコは思わず声を上げた。
「はは!! 気にすんな嬢ちゃん! ロマの頼みだからしょうがねェ!!!」
店主のその言葉を聞き、ミヤコはじとっとした目でロマを見上げる。
「おミャー……にゃにか店主の弱みでも握ってるのか……?」
「いや人聞きが悪いなァ!? たまに店のちょっとした手伝いをしてるだけだよ……」
ロマは疑いの視線を向けられ、苦い顔をしながら頭をかいた。
だが店主は愉快そうに笑う。
「はは!! そのちょっとした手伝いで、あんなに水回りを快適にしてくれるんだ。大したもんだよ!!」
店主の言葉には、からかいだけではない本心からの感謝がにじんでいた。
ロマが手掛けた水洗トイレやシャワーは、この街の暮らしを確かに変えているらしい。
「そっか、ロマ凄いんだね~! じゃあおじさん、5万ディジー!! マケてくれてありがとう!!」
タイガは大きな金貨を5枚取り出すと、ぺこりと頭を下げながら店主へ手渡した。
「おうよ! まいどあり! また寄ってくれよ!!」
「うん! 次はこの店で1番いい武器を買うよ!!」
「お! じゃあとっておきのモンを用意しないとな!!」
タイガと店主の笑い声が、店内に明るく響く。
こうして誰かの買い物に付き合って、くだらないやり取りで笑って、少しだけ得をしたことで一緒に喜ぶ――ロマは、そんな時間を心地よいと思っている自分に気づいてしまったのだ。
「ロマもありがとう!! お陰でお得に買い物が出来た!!」
「え……? ああ。はは、お安い御用だよ」
不意に向けられた感謝の言葉に、ロマは一瞬だけ固まる。
けれどすぐに、いつもの軽い笑みを浮かべて返した。
その横で、ミヤコも視線を逸らしながら、ぽつりと続ける。
「……ありがとな」
その短い一言が、妙に胸に残った。
店の窓から差し込む光が、剣やナイフの刃にやわらかく反射する。
新しい武器を手にした2人の旅人と、その少し後ろに立つロマの姿は、静かな金属の輝きの中へゆっくりと溶け込んでいった――
<タイガ達の所持金:9万8,850ディジー>
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