第54話 “いざ港町へ”
――それから、泣き止んだミヤコは目元を拭い、扉の向こうをジトっと見つめた。
「……で? 〝用事〟は終わったから入ってきてイイけど?」
「んぐ!!?」
ルリノの胸がドキンと跳ねる。
「うう……」
「あはは、バレちゃってたね〜」
呑気に笑うタイガの横で、ルリノは肩をすぼめた。
「み、ミヤコさん……」
ルリノは恐る恐る扉を開くと、ミヤコに向かって勢いよく頭を下げた。
「ごめんなさい!!! 私、小屋から女の子の声が聞こえてきて気になっちゃって……!!!」
「おミャー……しっかりしてるように見えて、意外とイイ性格してるな」
皮肉を返され、ルリノはさらに縮こまる。
「うええェ……ごべんなざい……ぼんどうにごべんばざい〜!!!!」
「お、おい……そんなに泣くにゃって」
(村に来た客人を怒らせてしまった……しかもミヤコさん達は昨日、村を救ってくれた恩人なのに……!! 私、村長代理失格だ……!!!)
頭を下げたまま、ルリノはぽろぽろと涙をこぼす。
「……まったく……」
ミヤコはため息をつき、少し表情を緩めた。
「……別にいいよ、ホントは気にしてないから」
「……え?」
ルリノが、涙を溜めた目を丸くする。
「てか……実は最初から気づいてたし、おミャーが外で聞いてること。だから別にさっき聞かれたことは全然気にしてねえよ」
「……え……あ……ふぇ!?」
あっさりと言われ、ルリノはぽかんと口を開けた。
それから、今度は頬をぷくっと膨らませる。
「も~!! 酷いです!! 私罪悪感で押しつぶされそうになったのに~!!!」
「あはは! ごめんにゃ。でも盗み聞きは良くないことだ」
「あ……それはホントに……ごめんなさい……」
怒ったと思ったら、またシュンとなるルリノ。
そんな彼女がおかしくて、ミヤコはつい笑ってしまう。
「あ、ボクもロマとミヤコの会話聞こえちゃった。ごめんね2人とも」
「あ~? おミャーは元々全部知ってただろ。別にいいよ」
ラフに詫びるタイガを、ミヤコも軽く流す。
ロマも「気にしてないよ」とでも言うように気だるげに手を振る。
そして手を宙に浮かせたまま、彼はゆっくりと口を開く。
「……で? 今日はやけに客人が多いけど、キミ達は何の用で来たのかな?」
「え? えっとね……私は……」
ロマと目が合い、ルリノは口ごもる。
(ロマに、都市でのこと……そして、悪夢のこと……話すべきか……)
「……あの……実は……」
言いかけて、ルリノは唇を結んだ……
それから笑みを作り、努めて明るい声を出す。
「タイガさんとミヤコさんに、港町の方の案内はしてあげたのかなって思って! 昨日はバンブームのせいで1日潰れちゃったから」
「え? ああ、確かに。出来ていなかったね」
ロマは思い出したように手を叩く。
「それじゃあ今日は2人を港町に連れて行くか。キミ達、予定は空いてるだろ?」
「ああ、特にやることはにゃいな」
「港か~!! やっぱ海賊いんのかな?」
「いや、そんなのいないよ……いたとしても、そんなのよりも、もっと〝面倒なモン〟がいるからね……」
冗談めかしていたロマの声が、最後だけわずかに低くなった。
タイガは小首を傾げる。
「〝面倒なモン〟……?」
「まあ、今のオレ達には関係のないことさ……」
ロマはそれ以上語る気はないらしく、わざと話を切るようにルリノの方を見た。
「キミも来るかい? 昨日も行ったらしいけど、遊ぶ暇なんてなかっただろう?」
「そうね……でも、今日はバンブームの被害のことで駐在さん達と話し合わないといけないから」
「そうか……それは残念」
ロマは少し肩を落としたが、すぐにタイガ達へ呼びかけた。
「それじゃあ行くぞ! 港町へ!」
「「おお~!!」」
3人が扉へ向かう。
その背中を見つめ、ルリノはうつむいた。
(……結局言えなかったな……ううん、いいのよこれで。だって……マリー先生だっているんだし、余計な心配は……)
彼女が1人、不安を抱えている中、扉の側でロマがふと足を止めた。
「……ちゃんと言ってよ、パンクしちゃう前に」
「へ……?」
「昨日言っただろう? 『オレが支える』って」
「っ!!」
ロマはルリノに優しく微笑みかける。
「いつだって大丈夫だから……まあ、ホントにヤバそうな時は無理にでも問いただすけどね」
「ロマ……!! うん、ありがとう。でも、今はもう少し頑張ってみるね……」
「そう」
短く告げると、ロマは悪戯っぽく笑った。
「で? 家主が外出するけど、キミはいつまでそこに突っ立っているんだい?」
「あ……!! ご、ごめんなさい……お邪魔しました……」
うながされ、ルリノもロマの小屋を出る。
気まずそうに笑う彼女に、ロマは肩をすくめて返した――
――
――――
――――――
――それからタイガ、ミヤコ、ロマの3人は森の中を進んでいった。
木々の隙間からこぼれる陽光が地面に揺れ、風の匂いに混じって、少しずつ潮の気配が濃くなっていく――
――やがて、歩き始めてからしばらく経った頃。
森を抜けると、潮風が頬を撫でた。
湿った空気に混じる塩の香りが一気に広がり、次の瞬間――視界いっぱいに蒼が弾けた。
水平線の果てまで広がる海。
陽光を跳ね返す無数の白い帆。
昼下がりの港町〝グリングリン・ポート〟は、ちょうど活気の真っ盛りだった。
「うひょ~っ!! 潮風が気持ちィ~~~!!!」
タイガは両腕を広げて叫び、体全体で海を感じる。
木造の桟橋には大小さまざまな船が並び、漁師達は網を干し、商人達は声を張り上げて品を売り込んでいる。
魚の生臭さ、焼いた貝の香ばしい匂い、潮の音――それらが混ざり合い、まるで1つの生き物のように町が呼吸していた。
「ここが〝グリングリン・ポート〟だ。大陸西部じゃかなり大きな港町で、南からは香辛料、北からは木材や機械、東からは絹と宝石が届く。昼になると、こうして一斉に市場が開くんだ」
ロマはそう言いながら、両手をポケットに突っ込み、軽く肩を上げる。
「グリングリン・ロッジの人達も、よくここまで降りてくる。自給自足は悪くないが、たまには贅沢したくなるもんさ。港の人達は面倒見が良いから、ちょっとした買い物でも、おまけをつけてくれる」
「いい人達にゃんだな」
ミヤコが目を細めて呟くと、ロマは口元をゆるめた。
「まぁね。さ、ちょっと街を回ろうか」
通りには、果物や貝殻細工を売る露店が並んでいる。
子供達が走り回り、カモメが屋根の上で鳴き声を交わす。
海から吹く風が、潮と太陽の匂いを運んでくる。
タイガは胸いっぱいに空気を吸い込んだ。
「いや~……ホントいい風だなァ~」
「だろ? 森に籠もるのも悪くないが、たまにはこういう喧騒も悪くないさ」
ロマの口元には、心地の良い笑みが浮かんでいた。
ミヤコもそんな雰囲気にほだされ、ほんのりと頬を緩めていた。
――だが、その視界の端に映った影を見た瞬間。
表情が、ぴたりと止まる。
背中に大剣を負い、鋲付きの鎧を纏った男――どう見ても〝冒険者〟だった。
その姿に、ミヤコは思わず息を呑む。タイガが今〝追われる身〟であることを、改めて思い出したのだ。
「お……おい、タイガ……」
「ん? どうしたの……?」
露店の前で足を止めていたタイガへ、ミヤコはそっと身を寄せる。
声を潜め、なるべく他人に聞かれないように。
「おミャー、一応顔を隠した方がいいんじゃにゃいか?」
「ん? あそっか! ボク〝賞金首〟だもんね」
「馬鹿!! 声がでかい!!」
ミヤコの慌てたツッコミが飛ぶ。
その声につられて、通りすがりの人々がちらりと2人の方を見た。
ロマも不思議そうに振り返る。
「どうしたんだい?」
「へ!? え、えっとだにゃ……」
しどろもどろになるミヤコ。
タイガは慌てて笑い、両手をぶんぶん振って誤魔化した。
「あ、ああ! そうだ! ボク〝麦わら帽子〟買いたいな~って話しててさ! 出来れば顔が隠れるくらい大きいヤツ!」
その不自然な明るさに、かえって怪しさが増している気もする。
ロマは一瞬だけ眉を上げたが、すぐに通りの一角へ視線を向ける。
「麦わら帽子か……それならほら、そこに」
指差した先には、ちょうど麦わら帽子が山のように積まれた露店があった。
陽光を受けてきらめく藁の山。その中で、風がさらさらと優しく鳴る。
タイガの目がぱっと輝いた。
「おお~!! ちょうどいいところに!! え~と、なにかいいのはないかな~……」
(麦わら帽子……? それならもっとちゃんと顔を隠せるモノを……いや、露骨に変装してますって感じより、むしろそっちの方がいいかも?)
ミヤコは一瞬首をかしげたが、すぐに考えを改めて露店を見回した。
「へ~、色々と売ってあるんだにゃ。そういや装備もボロくなってたし、後で武器屋にも寄ろうかな」
ミヤコは腰の短剣に視線を落とした。
刃には細かな欠けがいくつもあり、革巻きの柄もすっかり擦り切れている。
戦いの跡が、彼女の旅の長さを物語っていた。
一方のタイガは、露店の麦わら帽子をじっと見つめ、腕を組んで唸っていた。
「む~……」
「ん? どうしたタイガ、そんなに唸って。早く買えよ、アレとかちょうど大きくていいじゃにゃいか」
ミヤコが指差したのは、白いリボンがついた麦わら帽子だった。
ツバは広く、端の編み目が少し荒い。藁の色もまだ焼けていない生成りで、素朴だが顔を隠すには申し分ない。
だが、タイガは頬をぷくっと膨らませて首を振る。
「え~……だって、思ってたのと違うもん……」
「んにゃ? 思ってたのって?」
ミヤコが問い返すと、タイガはガバッと顔を上げた。
「ボクが思ってたのは、つばの部分がギザギザしてなくて、もっと〝短くて〟、リボンも赤いヤツなんだ!!」
「え……いや顔を隠すためだからつばは〝広い方〟がいいだろ!!」
本来の目的をきれいさっぱり忘れている。
ミヤコは思わず、全力でツッコミを叩き込んだ。
「やだー!!! もっと〝海賊王〟みたいな麦わら帽子がいいー!!!」
そう叫ぶや否や、タイガは地面にごろんと倒れ込み、手足をじたばたと振り回し始めた。
「おいやめろ! 駄々をこねるな!! 顔を隠す前に目立ってどうすんだよ!!!」
あまりにも堂々とした大騒ぎに、周囲の買い物客達がちらちらとこちらを見始める。
「へへ、ごめんなぁ坊や。気に入るモノが無くて……」
露店の主人は困ったように笑いながら、子どもをあやすような口調でタイガをなだめた。
周囲の客達もくすくすと笑う。
頬がじわりと熱くなるのを感じながら、ミヤコはたまらず口を開いた。
「大丈夫にゃ、おじさん。あの帽子をください」
とにかく、一刻も早くこの場を収めたかった。
ミヤコは半ば投げやりに、1番大きな帽子を指差す。
「おや、いいのかい? 40ディジーになります」
「意外と良い値段するな……まあデカいからか、しょうがない」
「まいどあり」
ミヤコは腰袋から小銭を取り出し、店主に渡す。
手渡された大きな麦わら帽子は、藁の香ばしい匂いがして、まだ編みたての柔らかさが残っていた。
それをぶっきらぼうにタイガの頭に乗せると、帽子のツバが顔の半分を覆い隠した。
「ほら、これで我慢しろ」
「え~、ブー……まあ顔は隠れてるけどさぁ……」
帽子の下で唇を尖らせるタイガ。
その様子を見ていたロマは、腕を組んだまま小さく眉をひそめた。
「ところで、どうしてそんなに顔を隠したいんだい?」
何気ない問い。
だがその一言に、ミヤコがギクッと体を震わす。
また慌てふためきそうになる彼女よりも、タイガが先に反応する。
「あ……いや……あんまり顔日焼けしたくないんだよ~、こう見えてボク美容に気を使ってて~……」
へらへらと笑いながら、いかにもその場しのぎの言い訳を口にする。
「へ~……まあ海は肌が焼けるからね~」
ロマは意外にもあっさり頷き、からっと笑った。
その様子に、タイガとミヤコはそっと顔を見合わせる。
そして、ほとんど同時に小さく息を吐いた。
「よかった、なんとかごまかせた……」
その安堵のつぶやきが、ロマの耳に届いたかは分からない。
だが、彼は一瞬だけ目を細め、潮風に髪を揺らしながら考え込むような仕草を見せた。
(……顔を隠す……ねェ……)
わずかに口角を上げ、ロマはそれ以上追及しなかった。
「さて……じゃあ次は武器屋でも覗いてみようか。そこの店は値段は張るけど、職人の腕は確かだよ」
そう言って歩き出すロマの背中を、タイガとミヤコはゆっくりと追う――
<タイガ達の所持金:14万8,850ディジー>
第55話は明日の20時10分に投稿です。




