第47話 “ロマの大切な場所”
――村の隅っこ。
そこは、集落と森の境目。
背後にはぽつぽつと小屋が並んでいるのに、1歩奥へ踏み込めば、すぐに雄大な木々が視界を埋め尽くす。
人の暮らしと、森の領域が、ぎりぎりのところでせめぎ合っているような場所だった。
そんな村の隅に、1つの小さな木造の小屋が建っている。
「ぐ……こいつは手ごわいな……」
「今日中に終わんのか? これ……」
小屋の周りでは、数人の村人達が途方に暮れていた。
彼らを苦しめていたのは、その小屋に起きた異変だった。
「あらら……派手にやられちゃったな……」
額に手を当て、ロマは首を振る。
無理もない……
その小屋の惨状を見れば――
ベランダにあたる部分。
手すりには当たり前のように白菜が生えていて、流石としか言えないが……問題はそこではない。
問題は、そのベランダの床を突き破るようにして悠々とそびえ立つ、1本の〝大木〟だ。
まるで小屋の内側から、森そのものが無理やり芽吹いたような光景だった。
「うわー!! なんだこれ、大変な事になってるね!!」
「木が小屋を突き破ってるのか!?」
タイガとミヤコの声に、木のそばにいた村人の1人が顔を上げた。
「お、ロマー!! 来てくれたか! そっちの2人は?」
「助っ人だよ。冒険者だ」
「そうか!! そりゃあ助かるよ!!! よろしく!!」
村人はぱっと顔を明るくし、2人に手を差し出した。
「うん!! 力になるよ!!」
「ま、出来るだけの事はするにゃ」
村人と友好の握手を交わすタイガ。
だがその手を握った瞬間、彼は気づく。
「あれ、おじさん……手が泥と汗まみれだ。しかも震えてる……」
「あ、ごめんな。汚かったか……」
「ううん! そういうことじゃないよ!!」
タイガは慌てて首を振る。
「すっげェ疲れてるじゃん!! しかも周りのみんなも……」
改めて見回すと、小屋の周囲はまさに死屍累々だった。
切り株に腰を下ろし、ぐったりとうなだれる者。
斧を杖代わりにして、どうにか立っている者。
地面に座り込み、荒い呼吸を繰り返している者。
手のひらから血を流している者までいる。
「これまさか……この木、1本を伐るためだけに、こんなことになってるのか……?」
ミヤコは信じられないといった様子で呟く。
だが、よく見れば村人達の周りには大量の斧が転がっていた。
「大げさだと思うかい? たかだか木の1本にこの有様。けどね……」
ロマは大きくため息をつき、問題の大木を見上げた。
その幹は一見すると普通の木に見える。
だが……
「この森のご多分に漏れず、こいつも普通じゃないのさ……この木は〝バンブーム〟。その名の通り、竹のような速度で成長する木さ」
その言葉に、タイガは思わず大木を見上げ直した。
「竹みたいな速度……?」
「ああ。芽が出たと思った次の日には、もうこの大きさだ。しかも見ての通り、木としての強度も異常に高い。村ではこいつが生えると、男達が丸1日かけて伐採するのさ。その間に斧は何本もダメになるから、力だけじゃなくて金もかかる」
村人達の周りに転がっている斧の半分ほどは、刃が砕けて使い物にならなくなっていた。
それが、目の前の大木の仕業……
近づいてみれば、硬く乾いた木肌には竹のような節が刻まれている。
幹の奥からは、ミシ……ミシ……と、まだ成長を続けているような嫌な音が聞こえていた。
そこへ、先ほどロマと談笑していた屈強な村人が、大きな木箱をどさりと地面に下ろす。
「おい! 追加の斧を持ってきたぞ」
「え!? その箱の中、全部斧だったの!?」
タイガは目を丸くした。
木箱の中には、銀色に光る斧がぎゅうぎゅうに詰め込まれていた。
まるでこれから木を伐るというより、戦争にでも向かうかのような量だった。
「これ……全部でいくらするんだ?」
「まあ安物だけど……でもこれだけの数だ。1万ディジー近いかな」
「1万ディジー!!? 大金じゃにゃいか……」
木を1本伐るだけで、そのコスト。
ミヤコは唖然とした。
「だけど、やらなきゃいけないんだ。じゃないと、こいつは数を増やすからな……」
ロマは、足元の黒い土を指差す。
そこには、まだ小さな緑の芽がいくつも顔を出していた。
可愛らしくすら見える若芽。けれど、その正体を知った今では、どれも小さな爆弾のように見える。
「ここら辺にある芽は、全部あいつがバラまいたもんだ。1本でもあれば、爆発的に増える。だから見つけたら早めに処理しないと、村ごと森に呑まれちまうのさ」
「村ごと……」
ミヤコの耳が、ぴくりと動いた。
「植物が異常成長するこの森は、その恵みのおかげで食べ物に困ることはないけど……少し油断していればこうやって住処を壊される」
「そうか……強すぎる植物はこういう事も……さっきは楽園みたいな森だと思ったけど、こんな大変な場所なんだにゃ……」
そう、ここはただの楽園ではない。
人と自然が、ギリギリの距離で付き合っている最前線なのだ。
「ロマ……しかも今日はこれ1本じゃねェんだ。村の中に、他にも5本ほど生えてたのを見つけた……」
「なんだって!!? まさか……昨日、処理し損ねた木があったのか……っ!!?」
ロマは頭を抱えた。
1本だけでも大変な木が、まだまだ残っている……
村人達の表情が、さらに重く沈む。
「こりゃあ、もっと冒険者の手を借りるしかねェな……今ルリノちゃんがクエスト依頼を出しに行ってるんだ。けど、この耐久度……ランクは《C》になるよな。しかも緊急……かなり金は飛ぶな……」
「せめてオレ達だけで、何本か倒せるかと思っていたんだが……くそ!! 昨日もやってるから、みんな疲れが溜まってる……1本も倒せやしねェ……ッ!!」
屈強な村人は唇を噛みしめ、自分の膝を殴った。
「こいつを含めて6本……ギルドに頼むんなら、1本当たり10万ディジー必要だな……痛すぎる出費だ」
「ああ。それに小屋の修理もあるんだ……今回はかなりキツイな。このままじゃ、村が潰れちまうよ……」
「そんな……ッ!!?」
村人の言葉に、ロマはショックを隠せなかった。
「冗談じゃない……せっかくこの世界で自分の〝居場所〟を見つけたのに……っ!!」
その瞳が大きく揺れる。
こぶしを握り締め、顔をうつむかせる。
「ロマ……」
ミヤコはその姿を見て、胸の奥がキュっと痛むのを感じた。
「居場所を……帰れる場所を無くすなんて、そんな思い……誰にもしてほしくねェよ……〝ミャーと同じ〟思いなんて……」
「え……?」
最後の方は、ほとんど独り言のような声だった。
だがロマは、確かにそれを聴いた。
「ミヤコちゃん……まさかキミ……」
「なるほど……わかった!」
問いかけようとしたロマの声を、タイガが唐突に遮った。
「とりあえず、この木に困ってるんだね!!」
タイガは木箱の中から斧を1本掴み取り、バンブームを見上げた。
「よし!! じゃあボクが伐り倒すよ!!」
「は……? い、いやいや!! 簡単に言うなよ!!」
勢いよく宣言したタイガに、ロマは慌てて待ったをかける。
そして村人達に聞こえないよう、少し声を落とした。
「た、確かにキミは転生者……初めから結構な実力はあると思う。けど、いくらなんでもたった2週間しか過ごしていないキミじゃレベルが……」
「よーーーし!!! ぶった伐るぞーーーーッ!!!」
「いや人の話を聞け!!!」
ロマの忠告が終わる前に、タイガはもうバンブームの前へ進み出ていた。
小さな身体に対して、手にした斧は明らかに大きい。
村人達が両手で振るうような重たい斧を、タイガは片手で軽々と持ち上げる。
「ふぅ……っ!!!」
タイガが短く息を吐いた。
その瞬間――場の空気が変わる。
バリ……!
小さな音が鳴った。
バリ……バリバリ……!!
「っ!!? な……なんだこれ……雷か!!?」
ロマは目を見開いた。
タイガの身体が、青白い光を帯び始めていた。
細い電流が腕を走り、肩を抜け、首筋から頬へと弾ける。
火花は髪の先で瞬き、空気を焦がすような鋭い匂いが漂った。
「いや、雷を使えることは知ってたけど……これは……帯電しているのか?」
ロマの言う通り、タイガは体に雷を纏っていた。
髪のメッシュは稲妻のように逆立ち、首元のマフラーが風もないのに激しくなびく。
青い光に照らされた横顔は、中性的な柔らかさを残しながらも、いつもよりずっと凛々しく見えた。
少年の輪郭が、雷の光でくっきりと浮かび上がる。
「まるで〝変身〟だ……」
思わずロマは言葉を漏らした。
タイガは斧をゆっくりと肩の上へ担ぐ。
電流が斧の柄へ伝わり、刃先に青い火花が散った。
心許ない安物の斧が、雷を纏うことで、まるで巨大な魔剣のような存在感を放つ。
「ごめんね……キミもただ生えてきただけだと思うけど……」
タイガは、目の前のバンブームへ静かに語りかける。
その声は優しかった。
けれど、次の瞬間――
彼の瞳に、強い光が宿る。
「だけど、ここはロマの〝大切な場所〟なんだ!!!」
「っ!!!」
その言葉に、ロマはハッと息を呑む。
「みんな!! 離れてて!!! いくよ……」
村人達が充分に離れたのを確かめ、タイガは斧を大きく振りかぶった。
青白い雷が、腕から斧へと流れ込む。
地面を踏み締める足に、力がこもる。
小さな身体が沈み込み、バネのように全身がしなった。
「〝パワー……スラアアアアアアアアッシュ〟ッッッ!!!!!」
ズパアアアアアアアアアアアアアン!!!!!
雷を纏った斧が、風を裂いて振り下ろされる。
刃が幹へ触れた瞬間、轟音が弾けた。
幹の断面から青白い火花が走り、木の繊維が一瞬遅れて爆ぜ飛んだ。
やがて――
ゴゴゴゴゴゴゴ……
巨大な幹が、家々とは反対の森側へゆっくりと傾き始めた。
「え……う、嘘だろ……倒れるぞォォォ!!!」
誰かの叫びを合図に、村人達が一斉に後ずさる。
バンブームは小屋から引き剥がされるように軋み、折れた床板と木屑を撒き散らしながら、横倒しになっていく。
そして――
ズガアアアアアアアアアアアアアン!!!!
大地を揺らす轟音と共に、大木が倒れた。
舞い上がった土煙が、村の外れに広がる。
遅れて、宙に散った木屑がぱらぱらと降り注いだ。
「「「え……ええェ~~~~~~~~っ!!!!!?」」」
「ま、マジかよ……っ!!!?」
「オレ達が……何百回も斧で伐りかかってもビクともしなかったのに、それを一撃で!!!?」
村人達は倒れたバンブームとタイガを交互に見る。
「っ……!! んな……!!? 信じられない……同じ転生者のオレだって、こんな芸当は……!!!」
ロマもまた、その常識外れの一撃に目を疑う。
「よっしゃ!! いっちょ上がり!! 残りも伐っちゃうから、案内して!!」
タイガは斧を肩に担ぎ直すと、もう次を見据えていた。
「ロマが連れてきた……冒険者だったか……? あの小さな体のどこに、そんな力が……」
「お、おい……あんた一体ナニモンだ!!?」
唖然とする村人達の問いかけに、彼はくるっと振り向く。
「ん? ボク?」
土煙の中、少年は歯を見せて笑った。
「ボクはタイガ!! よろしくっ!!!」
第48話は明日の20時10分に投稿です。




