第46話 “到着! グリングリン・ロッジ”
――しばらく歩いていると、木々の隙間から、ぽつぽつと木造の小屋が姿を現す。
ロマはバッと手を広げ、前方を指し示した。
「さあ、着いたよ。ここが……グリングリン・ロッジだ!!」
森に溶け込むように建てられたそれらは、遠目には秘密基地の集まりにも見えた。
「お~! 小屋がいっぱいだ~!! なんかキャンプ場みたいだね!」
「そう。この景色こそ、ここが〝緑の山小屋〟と呼ばれる所以だ」
ロマは少し誇らしげに言いながら、村の中へ視線を向ける。
小屋の煙突からは白い煙がゆるやかに立ちのぼり、屋根には苔が生えていた。
森の木々と同じく、小屋の窓辺や手すりにも野菜が根を張り、村の至る所で青々と葉を茂らせている。
たき火の匂い、煮炊きの香り、獣脂の混じったあたたかな空気。
森の静けさの中に、人の暮らしの気配が確かに息づいている。
そして、その穏やかな風景の中央に――
ひときわ圧倒的な存在感を放つ〝塔〟がそびえていた。
「うおー!!! でっけェなァーーーっ!!!!」
タイガは首を限界まで反らし、見上げながら叫ぶ。
村のど真ん中に立つ、巨大な木造の塔。
森の木々を眼下に収め、まるでこの一帯の空を支えているかのような威容を誇っている。
基部は太い丸太と分厚い梁でがっしりと組まれ、八角形の塔身は上へ行くほどわずかに細くなっている。
頑丈な木組みを見せる造りで、各階には外周を巡る見張り回廊が張り出していた。
最上部には鐘楼めいた屋根付きの展望台があり、風雨に晒された濃褐色の木肌には、長い年月が刻まれている。
「〝キッドタワー〟――木造にして高さ42mにもなる塔だ。〝勇者のいた時代〟に、伝説的な腕前を誇った建築士が建てたんだってさ」
「そ、そんな昔からあるのか……」
その長い歴史と、今なお崩れず立ち続ける姿に、ミヤコは思わず感嘆の声を漏らした。
「村の歴史は、この塔よりも古い。みんな森の野菜目当てにここに住み着いたんだろうな……森を抜ければ海が見える。歩いて30分ほどで〝グリングリン・ポート〟って大きな港町に着くんだ」
ロマは森の向こうを示した。
その先には、まだ見えない海と、港の賑わいが広がっているのだろう。
「港の人達とは古くからの付き合いで、村人は基本的に自給自足をしながらも、時折港に降りて食材や道具を仕入れてくる。祝い事がある時は村の広場じゃなく、わざわざ港の酒場を借り切って大騒ぎするんだ。5日後のルリノの快気祝いもそこで行われる」
山の村と、海の町。
静かな暮らしと、港の喧騒。
この土地には、その両方が寄り添うように存在していた。
「へ~! ロッジと港町か~!! 海の幸も山の幸も、どっちも楽しめそうだね!!」
タイガは期待に胸を躍らせ、両手を大きく広げた。
新しい土地の匂いも、まだ見ぬ景色も、全部が楽しみでたまらない――そんな顔だ。
「ああ、味は保証するよ。なんたってオレが〝元の世界の知識〟を生かして作った料理もある」
ロマは少し得意げに顎を上げる。
「〝元の世界の料理〟!? それじゃあ、えっと……あれ?」
タイガはぱっと食いつき、口元をほころばせる。
だが次の瞬間、その笑顔がピタリと固まった。
「そもそも、この世界にない料理がわかんないや……」
「うえぇ……?」
ロマは前のめりにずっこける。
「ま、まあ確かに……この異世界、思ったよりも充実してるもんな……」
微妙に勢いを削がれながらも、ロマは咳払いをして胸を張り直す。
「だが、料理だけじゃないぞ! この村にも港町にも、オレが水回りを整備したおかげで水洗トイレがあるし、風呂とシャワーだって完備だ!!」
今度こそ自慢げな口ぶりだった。
おそらく、それはこの世界では充分すぎるほどの偉業なのだろう。
……だが、タイガの反応は。
「え? 元々なかったの?」
「うおい!!? キミ異世界来て何日目!? こんな充実した設備、この世界じゃ王都や大都市にしかないぞ!!?」
すっかり肩透かしを食らったロマが、声を上げる。
(はは……この反応。ちょっと前のミャーみたいだな)
ロマに妙な親近感を覚え、ミヤコはくつくつと喉を鳴らした。
「ま、まさか今までずっと森の中にいた訳じゃないだろう……?」
「う~ん……いや結構、森にいたかもな~。この世界に来てからの、この〝2週間〟くらい」
その答えを聞いた瞬間、ロマの顔が引きつった。
「〝2週間〟!!? ってことは――」
ロマは、ついさっき小屋でミヤコが言ったことを思い出す――
『――言うて(タイガと)出会ってまだ〝2週間〟とかだし――』
「――ミヤコちゃんと出会ったのも、こっちへ来てすぐだったのか……この短期間でよくここまで馴染んだな……」
「馴染んだってか、超マイペースなだけだにゃ」
ミヤコはすっかり慣れきった調子でそう言った。
だがタイガ本人は、へらっと笑う。
「いや~それほどでも~」
「褒めてないにゃ」
皮肉をまるごと褒め言葉に変換し、照れくさそうに頬をかくタイガ。
ミヤコの尻尾は、呆れを示すようにぱたぱたと揺れた――
――そこへ、すぐ近くで木箱を運んでいた屈強な村人がロマに気づき、声を張る。
「あ……お~い!! ロマ、ルリノちゃん帰ってきたぞ!!」
「ああ、知ってる。さっき本人が家に来た」
その返事を聞いた村人は、意味ありげにニヤリと笑った。
「へ~……真っ先にお前の家に行ったわけだ~」
「……そうだね、嬉しい限りだよ」
ロマはわずかに肩をすくめ、村人から目をそらす。
その様子を横目で見ていたミヤコは、こそっと呟く。
「にゃんだ……あいつもめっちゃ馴染んでんじゃん」
「そうだね、上手くやってるみたい!」
タイガは素直に感心し、大きく頷く。
それにつられ、ミヤコの顔にもかすかな笑みが浮かんだ。
談笑を続けるロマと村人。
2人の間には穏やかな空気が流れていたが、やがて村人が声色を変える。
「あ! そうだロマ。ちょっと手伝ってくれよ。またアレが村に生えちまったんだ……」
「え? おいおい。昨日〝伐ったばかり〟じゃないか……わかった」
ロマは困り顔で息をつく。
「タイガ、ミヤコちゃん、ごめん。ちょっと用事が出来ちゃった」
「何か手伝い? ボクもやるよ!! 美味しい野菜のお礼だ!!」
「ま、ミャー達に手伝える事ならな」
タイガは袖を捲り、やる気満々だ。
ミヤコもぶっきら棒だが、手伝うつもりだ。
「ありがとう、2人とも。キミ達って……〝冒険者〟だよね?」
「あ……う、うん。そんなモノだにゃ」
(まあ、タイガは冒険者じゃなくて……うん……)
ミヤコは少し目を泳がせながら答える。
「……なら心強いか。うん、お言葉に甘えるよ。ついてきて!」
ロマは手招きしながら、2人を村の一角へと案内する――
第47話は明日の20時10分に投稿です。




