第45話 “野菜の森”
ルリノ達が去ってから、しばらくして――
「――まあ、やることもないし……さっき言ってた村の案内をしてやるよ」
「おー! ありがとう!!」
軽く身支度を整えると、ロマは小屋を出た。
彼らが進むのは、獣道に近い細い道だった。
左右から草木が覆いかぶさり、湿った落ち葉が足元でくしゃりと鳴る。
「てか……結局村に行くなら、さっきルリノ達についていけばよかったな……」
ぼやきながら、ロマが先頭を歩く。
「あれ? 村っていう割には、周りに家が全くないね」
「ああ、オレの家は村のかなり外れにあるから……まあ、人が寄り付かない奥地で、ちょっとした異世界スローライフを堪能中ってわけさ」
ロマは軽い口調で言い、ふっと笑う。
気だるげな物言いだが、どこかこの暮らしを気に入っているようにも見えた。
「それに村に近すぎると……ちょっとな」
「え? ちょっと?」
意味深な呟きに、タイガは首をかしげるが、ロマはそれ以上何も語らなかった。
「へ~。まあ、呑気に過ごしてるわけだ……んにゃ?」
ぼんやり聞いていたミヤコが、ふと顔を上げた。
そよ風に運ばれた〝何か〟が、彼女の鼻先をくすぐったのだ。
「にゃ、にゃんだ? この匂い……グウ~」
「ん? ミヤコ?」
彼女の腹から、大きな音が鳴った。
「あ、そういえば朝から何も食べてなかったね……それにしても大きな音だね~」
「い、いやこれは……!! ジュル……しょうがねえだろ、だって……っ!!」
ミヤコは耳をピンと立て、赤面しながら弁解する。
だがその様子は明らかにおかしかった。
腹の虫だけではなく、口からよだれまで垂れている。
「ふふ、流石ケモニア。早くも感じ取ったか」
「え? 感じ取る?」
「ほら、〝土壌〟の性質が変わってきただろ?」
ロマに促され、タイガは足元を見た。
いつの間にか、地面は湿り気を帯びた黒い土へと変わっていた。踏みしめるたび、柔らかく沈む。
「お~!! なんだこれ!? 地面が黒いカーペットみたい!!」
タイガが軽く足踏みすると、靴裏に黒い土がへばりついた。
「ここら辺は〝火山性土壌〟の〝黒ボク土〟になっていてね。火山灰によって出来た土壌で、近くに定期的に小さな噴火をする火山があるんだ」
「火山で出来た土か~。変わってるね~」
「いや、確かに世界的に見れば珍しいけど、日本じゃわりと馴染み深い土壌だよ。キミ日本人だろ?」
「マジ!? ああでも……確かに黒い土なら見覚えあるかな?」
タイガはポンと手を叩き、懐かしそうに足元を見つめる。
「でもこんな感じだったかな~? なんかちょっと違う気が……」
「はは。まあ〝黒ボク土〟といっても、オレ達の居た世界の物とはかなり違う。そもそも、この森がだいぶ現実離れして……お、ちょうどいい。あの木を見てみろ!!」
「へ? 木?」
タイガは道端に立つ1本の木を見た。
茶色くごつごつした幹に、青々とした葉が生い茂る――至って平凡な木だ。
「別に普通の木じゃ……あれ……? ん!!?」
だがすぐにその違和感に気づく。
幹から、〝何か〟が生えている。
緑色の太い茎。その先端に、モコモコとした房がぎゅっと集まっている。
それは、タイガの元いた世界でも見慣れた野菜――
「――なんで〝ブロッコリー〟が木から生えてんの!!?」
◆ ◆ ◆
《ブロッコリー》
アブラナ科アブラナ属。
野生種のキャベツから、長い年月をかけた品種改良によって生まれた野菜。
タイガの元いた世界でも広く食べられていた。
◆ ◆ ◆
だが……
「あれ? おかしいよね……? 野菜に詳しくはないけど、ブロッコリーってこうやって生えないよね!?」
「安心しな。こんな風に木の幹に根を張るなんて、元の世界ではありえない」
片眉を上げながらも、ロマはそのありえない光景を慣れたように語る。
「流石異世界……こんな事もありえるんだ……んえ?」
驚くタイガの鼻先に、彼の意識を奪う〝モノ〟が風と共にやってきた。
「くんくん……え!? なにこの〝いい匂い〟!!?」
「ふふ。その正体は、この先の木々を見ればわかる」
ロマに言われるまま前方の木々を眺め、そして気づく……
「あ、あの木にはピーマンが!! あっちはキャベツ!? うおォー!! カボチャまで!!?」
森の至る所に、新鮮な野菜が実っていた。
枝先にツヤツヤなピーマン。
根元には瑞々しいキャベツ。
つるの先からは大きなカボチャがぶら下がっている。
その光景に、タイガの目が爛々と輝いた。
「すっげェ!!! なんだここ!!? 野菜がいっぱい!! それに……クンクン」
タイガは思いっきり辺りの匂いを嗅ぐ。
「めっちゃ美味そうな匂い……!!! すごいね~ミヤk……うわッ!!?」
辺り一面の芳醇な香りに心奪われながら、タイガはミヤコの方を振り向くが――
「――う……美味そう過ぎるにゃ~だらぁぁぁぁぁ……!!!」
「いやよだれ!? よだれ出過ぎだよミヤコ!!!」
大きく開いた口から、大量の水が垂れ続けている。
「あはは、凄い顔……でもあれ? 猫って完全肉食動物。野菜は食べないんじゃ?」
「ミャーはケモニアだぞ!! 猫とは似てるけど完全に一緒じゃない……そ、それでもホントは野菜ってあんまり好きじゃないんだけど……!!」
そう言いながらも、ミヤコはゴクリと喉を鳴らす。
タイガも香り豊かな野菜達を前に、腹をグ~!! と鳴らした。
その音を聞き、ロマは小さく笑う。
「はは、食べてみるかい?」
「い、いいの!!?」
「ああ。ここは別に誰かの畑って訳じゃない。〝自然〟にできたモノだから自由に食べていいよ」
「それじゃあ遠慮なく!!! “この世のすべての食材に感謝を込めて、いただきます”」
タイガは木の側まで跳ねるように近づき、ブロッコリーにゆっくりと手を伸ばした。
「茹でなくても、そのままいけるよ」
「ふ、不思議な感じ……ホントになんで木から生えてるんだろう?」
その言葉を聞くと、ロマは自慢げに腰へ手を当てた。
「ふふ。それはこの森に特殊な〝菌根菌〟がいるからさ」
ロマは近くの樹皮を軽く指先で叩いた。
よく見ると、幹の表面には白く細い筋が網のように走っている。まるで木そのものに血管でも浮かんでいるかのようだった。
「キンコンカンコーン?」
「いや学校のチャイムじゃなくて、菌だよ。目に見えないほど小さな微生物の事ね」
タイガは「へぇ~」と頷くが、理解しているかはかなり怪しい。
「〝菌根菌〟ってのは植物と共生する菌の事さ。植物が光合成によって作ったエネルギーを貰う代わりに、根っ子じゃ届かない場所まで菌糸を延ばし、栄養を植物に届けるのさ」
ロマが指差した根元にも、白い糸が走っていた。
それは蜘蛛の巣のように木々と野菜を繋ぎ、時折、淡い緑の光を脈打たせている。
まるで森そのものが、静かに呼吸しているようだった。
「ま、〝菌根菌〟自体は元の世界でも居たんだけど……この森にいるのは普通の菌じゃない……」
ロマは人差し指をピッと立て、楽しそうに目を細める。
「なんとこの菌は……〝モンスター化〟しているのさ!! 菌類型モンスターとでも言うべきかな。故にヤツらは普通の〝菌根菌〟とは生態が大きく異なる。というか、それは見れば分かるよね。ヤツらは菌糸の力が強すぎて、本来は地面に根付く野菜を木の幹から生やしてしまうんだ」
そう、それがこの異様な光景の正体。
普通なら地面に根付くはずの野菜達が、幹に寄り添うように芽吹き、枝先に実り、森そのものと溶け合っている。
深緑。黄緑。翡翠色。
森は緑ばかりのはずなのに、不思議と鮮やかだ。
目に見えないサイズの〝モンスター〟が、異常でありながら、同時に幻想的なこの風景を作り出しているのだ。
ロマは早口になり、説明を続ける。
「それに、キミが今手を伸ばしているブロッコリー。〝菌根菌〟は本来、ブロッコリーみたいなアブラナ科の植物とは共生出来ないんだけど、こいつらはそんなことお構いなしに……」
「うめーーーーーエエエエエェェェ!!!!!」
「って聞いてないし……」
タイガは説明の途中でブロッコリーにかぶりつき、歓喜の雄たけびを上げていた。
「なんだこれ!!? ドレッシングとかなくても全然いける!!」
「んにゃあァァ……!!! ピーマン美味ェにゃあ……!!! なんも調理とかしてないのに、青臭くなくて風味が豊かだぁ……っ!!!!」
ミヤコも、あまりの美味しさにいつになく体を震わせている。
「はは! この森の野菜が美味いのは〝火山性土壌〟の成分と……近くの海から潮風に乗って届く、海由来のミネラルのおかげだ。大地と海、その両方の恵みがこの森に集まる。まさに自然の味付けさ」
「大地と海のパワーか!! うめェ~~~ッッ!!!」
タイガはロマの話にも少しだけ耳を傾けながら、次々と野菜をほおばる。
「ふふ。まあでも、〝ドレッシング〟がないわけじゃない」
「え!? あんの!?」
「ああ。あそこの木を見てごらん」
ロマが指したのは、くすんだ青色の葉をつけた、周囲とは少し違う雰囲気の木だった。
「まさか……〝ドレッシング〟まで木から出るの!!?」
「ご名答! ちょっと待ってな」
ロマは腰のベルトから短剣を抜き、木に小さな傷をつける。
するとそこから、トロ……っとした〝緑色の樹液〟が溢れ出す。
「うわ!? 緑色!? なんか……凄い見た目……」
「まるで化け物の体液みたいだにゃ……」
2人は若干引き気味だったが、ロマは気にせず勧める。
「まあまあ。見た目はアレだが、ここの野菜との相性はピッタリだ。試してみな」
「えっと、じゃあ遠慮なく……レタスで食べてみよう」
木の根元に生えていたレタスを採ると、タイガは恐る恐るその緑の樹液をつけ、かじった。
「っ!!? なんだこれ!? ちょっとピリ辛でうめええエエェ!!!」
「ホントか!!? みゃ、ミャーも……んほおおーっ!!! まるで香辛料みたいにスパイシーだ!! しかも味に深みがある!!」
さっきまで不審がっていたのが嘘のように、2人は樹液のドレッシングに夢中になった。
「不思議だなァ……!! 木からドレッシングが出るなんて、やっぱファンタジーの世界だね~!!」
「いいや。木の樹液を美味しく利用することなら、元の世界でもあったさ。カエデの樹液から作るメープルシロップなんかがそうだろう?」
ロマは「大げさだ」とでも言いたげな顔をしながら、どこか自慢げに話を続ける。
「このドレッシングには、〝テルペン類〟っていう香り成分がたっぷり含まれてる。植物が虫や動物から身を守るために作る成分の中には、人間にとって香りのいいものも多くて、アロマなんかにも……」
「ミヤコ!! こっちの木からミカンの匂いがするよ!!」
「柑橘系ドレッシングか!! え~と、それに合う野菜は~」
「聞いてないし……」
ロマの講釈に飽きたのか、タイガとミヤコはさっさと先へ進んでいた。
「……キミ達の足元にある草、それも〝ベビーリーフ〟みたいなモノでね。食べられるよ」
「マジ!!? めっちゃ踏んじゃってるけど、いただきま~す!!」
「こういう話は聞くのね……」
ロマは呆れながらも、解説から食材紹介へ切り替えた。
「あの木はハーブ風、あっちは燻製風のドレッシングが出るぞ」
「わ~!! 種類豊富だ~!!」
タイガとミヤコは揃って身を乗り出し、ロマの指先を追う。
「であっちはゴマドレ風で、あれはラー油風、そしてあれは牛乳風だな」
「いや流石におかしいだろ!! なんで木から牛乳が出るんだよ!!!」
豊富すぎる樹液の種類に、ミヤコも思わずツッコんだ。
「あくまでも〝風〟だよ。まあ異常な事には変わりないが……」
ロマは肩を落とし、「自分には知る由もない」と半ばお手上げといった様子で息をつく(ならさっきまで解説していたのはなんだったのか)。
「あ! そうだ!! ミヤコ、ちょっとリュック貸して」
「ん? なにするんだ?」
ミヤコは首をかしげながらリュックを渡す。
その中からタイガは、あるモノを取り出した。
「よいしょっと……キャベツでいいかな? ほら、食べな~おいしいよ~」
「……ピィ?」
それは、朝方タイガが捕まえたピンク色の小さなモンスター〝メルヘンスライム〟だった。
スライムはかごの中で怯えながらも、目の前に差し出されたキャベツを見ると、ゆっくりと近づいてきた。
「ピ……ピィ?」
「うん、だいじょうぶ。とってもおいしいよ~」
「ピィ……シャク……」
スライムは恐る恐る、タイガの差し出したキャベツをかじる。
すると、次の瞬間――
「――ッ……!!! ピィイイイイイイイイーーーーーーッ!!!!!」
スライムは目を輝かせ、この日最大の叫び声を上げた。
「でへへ~! 気に入ったみたいだね」
「ピィィ!!! ピィイイイイ!!!! シャクシャクシャク!!!!」
ピンクの体を揺らしながら、スライムは目の前のキャベツに夢中でかぶりつき続ける。
「こいつは……メルヘンスライムかい? 珍しい……しかもピンク。確か今なら、30万ディジーくらいで取引されてるかな……」
「マジ!!? 30万!!!?」
ミヤコの目がぱっと輝く。
尻尾まで、分かりやすく機嫌よさそうに揺れていた。
(へへ! ラッキー!! やっぱ<うんのよさ>100アップのおかげかな……)
彼女は胸元のペンダントへ、そっと意識を向ける。
やはり伝説といわれた勇者の装備、その恩恵は大きい。
「よく生け捕りに出来たね……すばしっこいし脆いから、いっそのこと仕留めて〝コア〟だけを抜いて売るヤツらも多いのに」
「ピィー!!? プルプル……!!!」
ロマの言葉にスライムは悲鳴を上げ、また怯えはじめてしまった。
「あー!! また元気なくなっちゃったじゃん!!! ロマが物騒な事言うからだよーっ!!!」
「ごめんごめん。ただスライムのコアは、魔力を貯めておく魔道具に出来てね……特にメルヘンスライムのコアは小さいのに、通常のスライムよりも多くの魔力を貯められて価値が高いんだ」
「ピィィィ……!!! ピィィィ……ッ!!!!」
ロマの話を聞いて、更にスライムは怯えてしまった。
「あ……ごめんね。キミ達にとってコアは〝心臓〟、大切な部分だからね……でも体が無事ならコアを抜いても、もう一度入れれば、また動き出すらしいよ」
「へ~!! 面白い体してるね~!!!」
タイガはスライムへ顔を近づけ、まじまじと観察する。
「しかも別のスライムのコアでも、〝適合〟さえすれば動き出すんだってよ。ホント不思議な生態だ……そもそも他のモンスターには〝コア自体がない〟からね。異世界モノでは、仕留めたモンスターのコアを売りさばくのは定番の流れなのに」
ロマもタイガの隣で興味深そうに、その小さなピンクのボディを舐め回すように見つめる。
「ピ……ピィィ……」
その2人の視線に、スライムはかごの中で少し恥ずかしそうに体を背けた。
「おい2人とも、そこまでにしとけよ~。嫌がってんだろ? ストレスかけて弱らせるなよ」
「あ……ごめんね、また怖がらせちゃったね。はいキャベツ」
「プゥ……シャクシャク……」
ミヤコに注意され、2人はスライムから離れる。
タイガの謝罪を受けてもスライムは不満げだ。だが、キャベツはしっかりとかじっていく。
「まったく。かわいそうだのなんだの言ってたのに、おミャーが怖がらせてどうするんだ」
「うぅ……めんぼくない……でもミヤコに注意されるなんて意外だな」
「フン!!」と鼻を鳴らしながら、ミヤコはかごを大事そうにリュックにしまう。
「あたりまえだ、こいつは大事な30万ディジーだからな」
「ピィ!!?」
「なんだそういう理由か……」
「オレはてっきり、愛着でも湧いたのかと思ったよ」
現金な理由に、タイガとロマは2人して肩を落とした。
そんなやり取りを切り上げるように、ロマは「さて……」と村へ向かって歩き出した。
「まあ……道草を食うのはそれくらいにして、そろそろ村の方へ行くよ」
「あ! 待って!! このナスを食べ終わるまで~」
「ミャーもこのニンジンを……っ!!」
「早くしろ!!!」
満面の笑みで野菜をほおばる2人に、ロマは思わず声を荒げる――
第46話は明日の20時10分に投稿です。




