第43話 “もう1人の転生者”
「――あれ? お尻、腫れてない……?」
ロマは首を傾げながら、蛇に噛まれたはずの患部を覗き込んだ。
そこには確かに、牙を突き立てたと見られる2つの小さな穴が並んでいる。
だが、その周囲は赤みも腫れもなく――まるで何事もなかったかのような健康的な肌色をしていた。
「おかしいな……〝グリングリンスネーク〟の毒なら、患部は醜く腫れ上がって、触れるだけでも激痛を伴うはずだが……」
「え? それってつまり……どゆこと?」
ロマはそうぶつぶつと漏らし、なおも患部を観察する。
タイガも訳が分からず、その様子を見守っていた。
「んえェ……もうお嫁にいけにゃい……んにゃッ!!?」
半泣きでぼやくミヤコ。
その尻を、ロマは確認するように人差し指でツツ……と軽く撫でた。
だが、ミヤコの顔に激痛の色はない。
代わりに、耳まで真っ赤になってびくんと飛び上がった。
「なにすんだおミャー!!! 変態ッ!!」
「これは……毒が無効化されている? ちょっと失礼、〝鑑定〟っ!!」
宣言と共に、ロマの瞳がギラリと光を帯びる。
ミヤコはゾクゾクと背筋を這い上がる妙な感覚に身をすくめた。
「ふにゃっ!!? い、いきなり〝鑑定スキル〟使うなよ……くすぐったい……!!」
「な……っ!? 驚いたな……まさか〝毒耐性《A》〟とは……」
ロマは額に汗を浮かべ、まじまじとミヤコを凝視する。
にわかには信じがたいが、確かに解析結果はそう告げていた。
「キミ……これほどの〝耐性スキル〟をどうやって……?」
「あ~……え~と……それはだにゃ~……」
しどろもどろにごまかそうとするミヤコ。
しかしその横で、タイガが「あっ!」と両手を打ち鳴らす。
「そっか! それ多分、〝勇者のペンダント〟のお陰だよね!!」
「ば……っ! おミャー!! なんでそれ言っちまうんだ!!」
何の悪気もなく、明るく言い放つタイガ。
それに対してミヤコの声には、猛烈な焦りが滲んでいた。
「え……? 〝勇者のペンダント〟……?」
ロマがすっと目を細める。
その視線を受けても、タイガはまるで気にした様子もなく、胸を張って答えた。
「うん! 勇者が残した伝説のすっごい装備なんだよ! ミヤコの故郷にあったんだ!!」
「な……っ!? それってつまり〝勇遺物〟か……!? 国や冒険者が血眼になって探してるっていうアノ……!?」
普段は気だるげなロマの表情が、この時ばかりは驚愕に固まった。
そんなロマの横で、ミヤコは冷や汗をかきながら声を荒げた。
「この馬鹿ァ!!! なんで全部言っちまうんだ!!!」
「へ? 言っちゃダメだった?」
「ダメに決まってるだろ!! こんな超絶貴重なモノ……持ってることがバレたら世界中から狙われるぞ!!!」
さっきまで倒れていたとは思えない勢いで、ミヤコはタイガに詰め寄る。
「あ~そっか! ごめん。次からは内緒にするね」
「おミャー……ホントにわかってんのか……?」
その呑気さに、ミヤコは頭を抱えたくなる。
彼女はじとりとした目でタイガを睨みつけた。
「……なるほどね……まあ、とりあえず毒の治療はいらなそうだ。〝グリングリンスネーク〟の毒は《B》ランクの耐性があれば無効化できるからね」
ロマは一通り状況を整理し終えると、手にしていた薬入りの注射器を机の上へ戻した。
その動作からは、先ほどまでの驚きが消えていた。
「てか薬作ったの無駄骨かよ~、ダル……っ」
気だるげに漏らしながら、今度は引き出しの奥から別の小物を取り出す。
「やっぱり、そうだったか……じゃあもう毒の治療はいらにゃいな。早くスカートを履かせて……」
「おっと待ちな」
スカートを戻そうとしたミヤコの手を、ロマががっちりと掴んで止めた。
「んにゃ!!? ま、まだ何か……にゃあッ!?」
「はいはい。傷口は残ってるんだから、ちゃんと処置しとかないとね」
言うが早いか、ロマはためらいもなくミヤコのお尻にぺたりと絆創膏を貼りつけた。
「ひゃああああ……っ!!!」
「よし、完了。はい、もう戻していいよ」
ようやく手を放され、ミヤコは慌ててスカートを履き直す。
耳まで真っ赤に染めたまま、ベッドの上で小さく縮こまった。
「んえぇ……すっごい恥ずかしい思いした……」
「はは、ごめんね……でも、〝毒が効いてない〟ならなんで倒れてたの?」
ロマの問いに、ミヤコは縮こまっていた体をバネのように跳ね起こした。
羞恥で赤くなっていた顔が、今度は怒りでさらに熱を帯びる。
「そこの〝バカ〟に浴びせられた〝雷〟のせいだよッ!!」
その〝バカ〟の間の抜けた顔を、ミヤコは勢いよく指差した。
「え!? ボク……?」
タイガはきょとんと目を丸くする。
「あたりめェだろ!!! あんにゃ魔法(?)くらって……ミャー瀕死になったぞ!!!」
<ミヤコの現在HP 7/52>
ピコン、と表示された数値が、妙に生々しく現実を物語っていた。
「〝電撃〟……ああ、あの黒焦げの〝蛇〟はキミがやったのか……しかもミヤコちゃんごと」
ロマは呆れたように眉をひそめ、タイガへ視線を向ける。
「タイガ、覚えておくんだ。この世界じゃ〝HPの8割以上〟を一気に削られると、まず間違いなく気絶する……」
「ええ!? そうだったの!? ご……ごめん……」
さすがのタイガも、ここでようやく事の重大さを理解したらしい。
しゅん……と肩を落とし、目に見えてしぼんでいく。
「ふん!! まったく何が『大切な仲間』だ! その仲間を殺しかけてちゃ話にならにゃい!!」
ミヤコは頬をぷくっと膨らませ、そっぽを向いた。
尻尾の先がぷるぷると震え、怒りを隠しきれていない。
「はは、まあ命が助かって良かったじゃないか。ほらこれ、HP回復のポーションだ」
ロマは苦笑しつつ、なだめるように試験管を差し出した。
中では緑色の液体がとろりと揺れ、淡い光を宿している。
「はぁ……ありがと……ゴクッゴク……」
ミヤコは渋い顔をしつつも、それを一気に飲み干した。
途端、全身から緑の光の粒が舞い立ち、彼女の身体をやさしく包み込む。
「ふわぁ……んぅ……凄いなこのポーション。一瞬でHPが全回復したぞ」
「即効性の《D》ランクポーションだ。この程度なら、いくらでも作れるよ」
ロマは得意げに口角を上げた。
事もなげな口ぶりが、かえって錬金術への自信を感じさせる。
「へ~、凄いんだな。おミャーの〝錬金術〟って」
「まあね。〝錬金術師〟自体、珍しい職業だからね」
ロマが軽く答える一方で、ミヤコはじっと彼を見つめていた。
そして、ふと思い出したように問いかける。
「それに……おミャーも〝転生者〟なんだって?」
「おや、それも聞いてたのか。そうだよ」
あっさりとした肯定。
それを聞いて、ミヤコはふう……と息を吐いた。
「はあ……こんなに早く2人目の〝転生者〟が現れるなんて……癪だが、こりゃあタイガの言ってることも間違いじゃないかもにゃ……」
ため息まじりのその言葉には、驚きと、まだ拭いきれない半信半疑が混じっていた。
「なんだ、タイガと一緒に居るのに、彼が〝転生者〟だってこと、信じてなかったのかい?」
ロマは意外そうに眉を上げる。
だがすぐに、自分で納得したように苦く笑った。
「まあ信じられるわけないか。こことは違う世界で一度死んで、それでこの世界に生まれ変わったなんて……」
「ああ。荒唐無稽な話過ぎてついていけないにゃ……」
ミヤコは少し声を落とし、ぼやく。
「でも、まあ……うらやましいよな。二度目の人生なんて……」
思わず零れた本音。
ミヤコはそこで、ふと黙り込む。
(……村のみんなだって……もし、生まれ変わって二度目の人生を送れたら……)
流行り病に倒れ、帰らぬ人となった故郷の人々。彼女の胸にその記憶が蘇り、眼差しは少し陰る。
そんな彼女を見つめながら、ロマもまた遠い目をした。
「はは、そうだね……二度目の人生を貰えたなんて……とんでもなくラッキーだと思う……でも……」
その声は、確かに笑っていた。
けれどそこには、どこか自分を遠くから眺めているような、乾いた響きがあった。
「オレの一度目なんて、〝あってなかったようなモノ〟だったけどね……」
「え……?」
その小さなつぶやきが、ミヤコの耳に届く。
ほんの一瞬だけ、部屋の空気が沈む。
軽口の混じるやり取りが途切れ、そこに別の時間が差し込んだようだった。
「それって……どういう……」
だが、ミヤコが問い終えるより先に――
「うう"~……ミヤゴ~……っ!!」
情けない泣き声が、空気を真っ二つに割った。
「“ごべーーーーん!!!! ボクが悪がったァーー!!!!”」
「うわっ……!? なんだタイガ、おミャーいきなり……ああもう!! ひっつくなッ!!!!」
タイガは涙をだらだら流しながら、磁石みたいな勢いでミヤコへ飛びついた。
がっしりと抱きつかれ、ミヤコの体がぐらりと揺れる。
「ビリビリさせてごめんなさ~いッ!!!! ゆるしてェ~~~ッ!!!!」
「うぐ……!!! やめろ!! 涙をこっちに飛ばすな!! ……わかったから、許すから!!!」
半ば押し切られるようにそう答えた瞬間、タイガの涙はぴたりと止まった。
そしてまるでスイッチで切り替えたみたいに、ぱっと顔が明るくなる。
「ホント!!? じゃあこれからも一緒に旅、続けてくれる? 仲間でいてくれる!!?」
「あ~? なんだそれ。ミャーが一体いつ旅を辞めるって言った?」
ミヤコは眉をひそめて返す。
するとタイガは、笑顔を少しだけ曇らせた。
「だってミヤコ……『雷を当てるヤツなんて仲間じゃない』みたいなこと言ってたから……」
「いや、そんにゃこと言ってねェよ……言葉を曲解しすぎだ……」
あまりにも極端な受け取り方に、ミヤコは呆れたようにため息をつく。
だがその声には、もう怒りはほとんど残っていなかった。
「やったァ!! じゃあこれで仲直りだね!! また冒険を続けられるよ~ッ!!!」
「はいはい……そりゃあよかったにゃ……」
はしゃぐタイガ。
それをジト目であしらうミヤコ。
さっきまでの騒動が嘘みたいに、2人の空気はもう元に戻っていた。
そのやり取りを見ていたロマは、ふっと笑みをこぼす。
「はは……いいパーティーだ。うらやましいよ」
その小さく零れた本音を、タイガは聞き逃さなかった。
ぱっと顔を上げ、くるりとロマの方へ振り向く。
「ん? もしかしてロマも冒険したいの? なら一緒に来なよ!!」
「え?」
あまりにもまっすぐで、あまりにも唐突な誘いだった。
ロマは一瞬、言葉の意味を飲み込みきれず、目を見開く。
「森の中で、途方に暮れてたボクを助けてくれた! ボロボロになったミヤコを助けてくれた! ロマは人を助ける〝勇気〟の持ち主だ!!
ボク達の〝仲間〟になって、一緒に〝勇者になろう〟っ!!」
「……っ!! な、〝仲間〟……ッ!!!」
その響きが、彼の奥に重く落ちる。
勢いよく差し出されたその言葉に、ロマの胸がかすかに揺れた。
視線を返した先……タイガの瞳には、打算も遠慮もない。
ただ〝一緒に来てほしい〟という気持ちだけが、まっすぐに宿っていた。
――けれど。
ロマは一度だけ目を伏せ、それから静かに答えた。
「……いいや。とても嬉しい提案だけど、残念ながらオレはこの村を出る気はないんでね……」
言葉はやわらかい。
だが、その断り方にははっきりと線が引かれていた。
「え~っ!!!? そんなァ……」
タイガは子供のようにしょんぼりとうなだれた。
「はは、まあそう気を落とすな。誘ってくれたのは本当に嬉しかったし、それにすぐにこの村から出るわけでもないだろう? 何かの縁だ、ここにいる間はオレが村の案内をしてやるよ」
「そっか~……ありがとう……」
礼は言う。
けれどタイガの顔は、まだ分かりやすく沈んだままだ。
そんな様子を見て、ミヤコが呆れたように鼻を鳴らす。
「うん、あんた賢明だにゃ。こいつに振り回されるなんて、普通はたまったもんじゃないからな」
「ブー!! なんだよミヤコ~!! キミ嫌々ついて来てるのか~?」
頬を膨らませて抗議するタイガ。
その子供っぽい反応に、ミヤコはぷいっと顔を逸らす。
「いや別にそうは言ってないけど……」
ぶっきらぼうな返事。
けれどその声音には、ほんの少しだけ温もりが灯っていた。
それを聞いた瞬間、タイガの顔がぱあっと明るくなる。
「へへへへへへ~っ!! じゃあ楽しいんだ~!!」
「にゃんだよ……悪いか?」
耳を赤くしながらも、ミヤコは否定しなかった。
その一言が嬉しくてたまらないのか、タイガの口元はにやにやと緩みっぱなしだ。
「でへへへ!! へへへ~~~っ!!!」
「ああもう! その気持ち悪い笑いをやめろ!!」
照れ隠しみたいに怒鳴るミヤコ。
するとタイガは余計に嬉しそうに笑う。
「はは、ホント仲いいねキミ達……」
ロマは小さく笑う。
いがみ合っているようで、どこか安心しきっている2人。
ぶつかっても、ちゃんと戻ってこられる関係。
その距離感が、彼には眩しく映った。
ロマはその光景を見つめながら、ほんの少しだけ、うらやましそうに目を細めた。
(ま、オレもこの世界で一応……〝親しい相手〟は出来たけどね……)
彼はある人の姿を思い浮かべた。
ロマとその人もまた、タイガとミヤコに負けないほど深い絆で結ばれている。
彼にとって、かけがえのない存在だ。
その時――
――小屋の扉が、コンコン、と控えめに叩かれた。
「ロマ~? 居る~?」
柔らかく澄んだ女性の声が外から響く。
「お……? この声は……」
「ん? 知り合い?」
タイガが首を傾げると、ロマは小さく、けれどどこか嬉しそうに頷いた。
「しばらく顔を見てなかったけどね……」
(はは、凄いタイミングだ。ちょうど彼女の事を考えていたところだ……)
そう言ってロマは扉の方へ歩み寄る。
足取りこそいつも通りだったが、その表情はわずかにやわらいでいた。
キシ……と古い扉が開く。
そこに立っていたのは――薄い金髪を腰まで伸ばした少女だった。
毛先や前髪には淡い緑が溶け込むように混じり、光の加減で金とエメラルドグリーンが交わり合う。
瞳は、透き通るような明るいグリーン。
華奢で儚げながら、体つきにはメリハリがある。
肌は雪のように白く、透き通っていた。
淡い緑のワンピースをまとい、腰には金糸で刺繍の施された帯を結んでいる。胸元では翡翠のペンダントが揺れ、長い髪は金細工の髪飾りで優雅に留められていた。
「あ! ロマ!! 良かった、居たんだね。久しぶり!」
「うん。帰ってきてたんだね。久しぶり、〝ルリノ〟」
その名を呼ばれた少女――ルリノは、微笑みを浮かべて頷いた。
再会の喜びが、2人の間に温かな空気を生み出していた。
第44話は明日の20時10分に投稿です。




