第42話 “錬金”
街道を駆ける2つの足音。
タイガはミヤコを背負っているというのに、その足取りはまるで乱れない。
「あば……あばばーばばーばば……っ!!」
「ミヤコ……もう少しの辛抱だからね……!!」
(……ついて来れないなら、少しスピードを緩めようと思ったが……人を背負ったまま、この速度についてくるなんて……しかも息ひとつ切らしていない……)
前を走るロマは、タイガの小柄な体に見合わないスタミナとパワーに驚いていた。
「このペースなら想定よりも早く着きそうだ。その子……ミヤコちゃんって言ったっけ。彼女の〝職業〟と〝レベル〟は?」
「確か〝盗賊〟のLv.9って言ってた!!」
「Lv.9か……ならHP的に1時間はもつ……うん、きっと助けられる……!!」
ロマの言葉を聞き、タイガの声が弾む。
「ホントに!?」
「ああ。村へ入る手前にオレの家がある。そこで治療するぞ。……ほら、見えてきた」
ロマが指さしたのは、森の入り口の木々に囲まれた小さな丸太小屋だった。
小屋の周囲には花壇が広がっているが、そこに咲くのは色とりどりの花ではない。
紫に染まった茎を持つ草、葉が魚の鱗のように硬質な植物、クラゲのような形の奇妙な花――どれも不思議な薬草ばかりだった。
その一角からはかすかに薬品めいた刺激臭が漂い、近づく者にただならぬ気配を感じさせる。
「おお~? なんだこれ! 変な草ばっかり生えてるな~!!」
興味深そうに花壇を眺めるタイガに、ロマは急かすように声を掛ける。
「さあ、早く治療するぞ」
「あ、うん! お願いします!!」
――
――――
――――――
――ロマに案内され、タイガは小屋の中に足を踏み入れる。
そこに広がっていた光景は……お世辞にも綺麗とは言えなかった。
扉を開けたとたん、長らく掃除されていなかったのか、埃がふわりと舞い上がる。
床には大小の木箱や麻袋、厚い本が乱雑に積まれ、足の踏み場を探すのも難しい。
壁際に並んだ棚は、許容量をとうに超えていた。溢れた本は床に雪崩のように崩れ、その隙間には、透明なガラス瓶や、青や緑に光る試験管が押し込まれている。
部屋の中央に据えられた大きな机は、さらに混沌としていた。広げられた羊皮紙には数式や薬草の図がびっしりと書き込まれ、インクのしみがあちこちに残っている。
その上には乾燥した根の束や、粉末状の鉱石を詰めた瓶が転がり、独特の匂いが空気に混ざり合っていた。
「うひゃ~!! スゲェ散らかってるなぁ……」
「おい、随分と正直に言ってくれるな……いやまあ、この有様じゃ何も言い返せないが……ちょっと待ってて」
ロマは肩をすくめると、部屋の隅にあるベッドへ向かい、手早く毛布をはたいた。
すると、毛布に厚く積もっていた埃が宙へ散り、部屋の空気は灰色の靄に包まれる。
「げほっ……けほ……っ!!」
タイガは激しく咳き込み、涙目で顔をそむけた。
「よし。じゃあ、ミヤコちゃんをそこへうつ伏せに寝かせて」
「う、うん……わかった!」
タイガは言われた通り、慎重にミヤコを背から降ろし、ふかふかとは程遠いベッドにそっと寝かせた。
「う……っ! ケホッケホッ……!! あ、あれ……? ここは一体どこだ……? ゴロゴロゴロ……」
あまりの埃っぽさにむせ返りながら、ミヤコがかすかに目を開ける。
喉を震わせ、不安げな猫のような声を洩らした。
「あ! ミヤコ!! 待っててね。今から〝解毒〟するから……」
「へ? 〝解毒〟……? ちょ、ちょっと待て……ミャーに解、うぐ……っ!!」
言い終える前に、全身が痺れる痛みに襲われ、ミヤコは小さな体をぎゅっと縮める。
「だ、大丈夫!? ミヤコ!? ロマ!! 早く医者を呼んで!!!」
「大丈夫、そんな面倒なことはしなくていい……」
ロマはそう言って、深緑のロングコートを翻した。
現れたのは、薬品の染みがあちこちに残る白いシャツと黒いネクタイ。
実験の痕跡が刻まれたその姿は、場数を踏んだ科学者のような風格を漂わせていた。
さらに腰には革製のホルダーが装着され、そこには赤・青・緑の試験管が収められている。
ロマはその中の1本を抜き取り、試験管の中で液体がゆらめくのを確かめると、自信ありげに笑った。
「オレがその〝医者〟……ではないけど、〝解毒薬〟は作れる」
「え!? ロマ、薬作れるの!!? スゴォイ!!!!」
タイガは目を輝かせ、子供のように両手を握りしめたままロマを見上げた。
その反応に、ロマはわずかに口元を緩める。
「ふふ、それほどでもないよ。でも運が良かったねキミ達。〝グリングリンスネーク〟が持つ猛毒を打ち消すには、貴重な素材を使った薬が必要なんだけど、ちょうど今、オレはそれを持ってる」
ロマはウィンクをしながら、赤い液体の入った試験管を高々と掲げてみせた。
「お~!! それがその貴重な薬?」
「いいや、これはその薬の〝素材になる薬〟だ。感謝してよね、最後の1本だ。オレでも3か月に1本作るのが限界なんだ」
ロマは得意げに言う。
軽い口ぶりではあるが、その言葉の端々からは、それが本当に貴重なものであることがうかがえた。
「へ~そうなんだ。そんな貴重な素材なのに、ありが……え?」
タイガが礼を口にしかけたとき、ロマは試験管の蓋を外した。
そして、まるで水でも飲むみたいに自然な動きで――それをそのまま口へ運ぶ。
「ゴクゴク……ぷはぁっ!! っっっまずい!! もう一杯!」
「いや飲んだァァァッッ!!!?」
タイガの絶叫が部屋に響いた。
「なんで飲んだのさ!!! それ最後の1本って言ってたよね!!?」
「いや、飲んでない」
「『まずい』って言ってたよね!? 『もう一杯』って言ってたよね!!? だからなんでそんな嘘つくのさ!!!」
タイガはたまらずロマに詰め寄り、肩を掴んで前後に揺さぶる。
「どうすんのさ!! これじゃあ薬作れないんでしょ!!? ミヤコ助かんないの!!!?」
「大丈夫だって、ちゃんと作るから」
ロマは、ついさっき貴重な素材を飲み干したとは思えないほど、涼しい顔で答える。
「あと必要なものは……〝マングス草〟だったね」
そう言うとロマは部屋を出て庭に向かった。
花壇の一画には、緑と白の縞模様をまとった毒々しい草が群生していた。
見るからに食べるには不向きなそれを、ロマは躊躇なくむしり取ると、そのまま口に放り込んだ。
「モシャモシャ……あーッ!! 舌が痺れる感覚がたまらない!!」
「ま、また食べてる……てか『舌が痺れる』って、それも毒草なんじゃ……」
タイガは青ざめ、じりじりとロマから距離を取った。
だがロマは舌の痺れなど気にも留めず、部屋に戻る。
それから、棚に置かれた透明なフラスコを取り出し、慣れた手つきで漏斗を取り付ける。
「ふう……さて、準備は完了だ。それじゃあ……」
ロマは表情を引き締め、フラスコの上へ右手をかざす。
「一体何を……っ!?」
タイガの言葉が途中で途切れた。
部屋の空気が張り詰め、衣擦れの音さえ遠のいていく――
――やがてロマの掌に、淡い光が宿り始めた。
右手を握り込むにつれ、魔力がぎゅうっと凝縮されていく。
「え……? なにこれ、もしかして魔法!?」
「いいや、違う。これは……ふぅー……っ!!」
ロマは目を閉じ、ひと呼吸置く――
――そして唱えた。
「……〝錬金〟ッ!!」
その声と同時に、ロマの身体が閃光を放つ。
ハチマキの端とコートの裾が、風を浴びたようにはためく。
魔力の奔流が部屋中にあふれ、紙片や小物をふわりと浮かび上がらせる。
続いて右手を絞るように捻ると、そこから赤く輝く液体がにじみ出し、滴り落ちた。
「え!? そ、それなに……? 血、じゃあないよね……?」
「ああ。これがさっき言ってた〝解毒薬〟さ」
「え!!? 薬なのこれ!?」
ロマは、その赤い〝解毒薬〟を一滴もこぼさぬよう、漏斗を通してフラスコへ注ぎ入れる。
「……ふう……っ。まあこんなもんかな」
光が収まり、部屋に静けさが戻る。
ロマはフラスコを軽く振り、その色合いを見定めると、小さくうなずいた。
「うおー!!! スゴーイ!! 〝錬金〟って言ってたけど、ロマは〝錬金術師〟なの!?」
「ああ……いや、正確には〝違う〟んだけど……まあ似たようなモノさ」
ロマは引き出しから金属の注射器を取り出すと、カチリとキャップを外した。
そのまま迷いなく針をフラスコに差し込み、赤い薬をゆっくりと吸い上げていく。
「さ~て、それじゃあ患部に直接ぶっ刺しますか」
プシュッと空気を抜く音。
針先から薬がわずかに飛び出す。
注射器を構えたロマは、ベッドに歩み寄り――ミヤコのスカートをガッと掴む。
「んにゃっ!!? な、なにするんだ!!?」
突然のことに、さっきまでぐったりしていたミヤコも猫耳をびくんと跳ねさせ、反射的に両手で裾を押さえ込む。
「ん? ああ、恥ずかしがらなくていいよ。これは医療行為だから」
「やめろォ!! は~~な~~せ~~ッ!!!」
ベッドの上で足をばたつかせ、ミヤコは全力で抵抗する。
「暴れるなよ、ダルいなぁ……」
ロマは片手でスカートを掴んだまま、もう一方の手に握った注射器を器用に構え直す。
その手際の良さが、かえってミヤコの恐怖を煽っていた。
スカートを死守しようとするミヤコ。
その攻防を見ていたタイガは、慌ててベッドの頭側へ回り込む。
「ダメだよミヤコ、困らせちゃ」
「んにゃ!!?」
タイガは彼女の手をぎゅっと押さえた。
もちろん助けるつもりで。
だが結果として、それはミヤコの動きを封じる形になってしまう。
「よし、ナイスだタイガ。大丈夫、ちょっとチクッとするだけだから」
「んにゃ~!!!? や~め~ろ~ォッ!!! そもそもミャーは毒なんて……あ……んにゃああああああああああああああッッッ!!!?」
そして……彼女の必死の防御は破られ、その小さな丸みが露わとなった――
第43話は明日の20時10分に投稿です。




