第40話 “異世界の森の中でひたすらに叫ぶ転生者”
――静けき森、鳥のさえずりが冴え渡る夜明け。
木々の狭間から、薄い日差しが覗き、徐々に大地を橙色に染め上げる――
「ビイイイイィィィッッリャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!」
――のをジレったいと言わんばかりに、雷鳴がその静寂を突き破る。
ピッシャアアアアアアアアアアアアアンッ!!!
その轟音に、辺りの鳥達は全て飛び立ち、モンスターでさえも縄張りを離れ、逃げ去る。
それほどの威力の稲妻。
だが放たれた雷は、狙った1本の木……その真横へと逸れ、土を抉って虚しく消えていった。
「う~ん……やっぱり真っ直ぐ飛ばないなぁ~……」
稲妻を放った張本人の少年――タイガは、ツンツンと跳ねた黒髪をわしゃわしゃとかき回しながら、難しい顔をしていた。
「やっぱ〝勇者〟なら魔法も使えた方がいいと思うんだけど……なかなか上手くいかないな~」
「てか……おミャーのそれって魔法なのか……?」
木陰からひょいと顔を覗かせるのは、猫の耳と尻尾を揺らす少女――ミヤコだった。彼女は腰に手を当て、じと目でタイガを見上げる――
――
――――
――――――
――2人の出会いは今から2週間前。
行き倒れていたタイガをミヤコが助けたのがきっかけだった。
そこからミヤコは、ひょんなことから王国調査隊を自身の故郷へ連れて帰り、彼らに村を荒らされたり……
その調査隊をタイガが追い払ってくれたり……
その後、タイガに魔王討伐の旅へ誘われ、一緒に旅をすることになったり……
王国調査隊を倒したタイガが〝賞金首〟になったりと……色々あった2週間だった。
街の冒険者ギルドで、タイガが〝賞金首〟だとバレて追い掛け回されたのが3日前。
以来、あてもなく旅を続けてきた2人は現在、街道沿いの森の中で特訓している――
――
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――――――
「――毎回ちゃんとした〝呪文〟の詠唱もせずに雷を出すなんて……あんま魔法は詳しくないけど、それっておかしなことじゃにゃいのか?」
「え、そうかなぁ……? あれ、てか〝呪文〟ってなに?」
「……おミャー、相変わらず知らないことだらけだな……」
ミヤコは呆れ顔をしつつも、橙色の瞳をきらりと光らせ、前に出る。
「〝呪文〟ってのはこれだよ……『ヒューサ』っ!!」
少女の掌から突風が放たれ、目の前の木を大きく揺らす。
「お~!! その『ヒューサ』ってのが〝呪文〟なんだ!」
「そう。念じながら唱えることで空気中のマナが反応して……それで……なんだっけ。まあとりあえず、魔法が発動しやすくなる便利な言葉だにゃ」
胸を張るものの、説明は途中で迷子になっている。
それでもタイガは素直に感心したように頷いた。
「まあ、ミャーも無詠唱で咄嗟に魔法を出したことはあるけど、それが毎回ってなるとかなり変だと思うぞ」
「なるほど、呪文は唱えた方がいいんだね~」
理解したのかしてないのか怪しいが、タイガはとりあえず納得してるみたいだ。
「そういや〝風の呪文〟ってもう1個あったよね。調査隊の人が使ってたやつ!!」
「あ~、あれは『ヒューサル』だな。ミャーが今使った『ヒューサ』の1つ上に当たる、〝中級風属性呪文〟だ」
2人は思い出す。あの眼鏡をかけ、尖った耳を持った調査隊員の姿を――
――
――――
――――――
『――駅の時と同じように……いえ、あの時よりも遥か遠くへ吹き飛びなさい!
『ヒューサル』っ!!!』
唱えた呪文と共に、ジャギィンッ! と空気を裂く鋭い音。
風の刃がタイガの頬をかすめ、赤い線を一筋描いた――
――
――――
――――――
「――確かに『ヒューサ』より威力凄かったもんね。ほっぺ切れたもんなぁ……あれは痛かった~」
タイガは頬をさすりながら、しみじみとあの戦いを振り返っていた。
「ミヤコは『ヒューサル』の方は使えないの?」
「ああ。呪文ってのはとりあえず唱えれば発動するってもんじゃにゃい。魔法の練度や集中力、その属性への親和性が足りないと……こうなる」
ミヤコはもう一度手を突き出し、大きく息を吸う。
「『ヒューサル』ッ!!」
ミヤコが唱えると、その掌から細く鋭いかまいたちが放たれ、真っ直ぐに木へと突き進んでいく。
――だが、かまいたちは数mも進まぬうちに目に見えて勢いを失う。
木へ届く頃には刃と呼べないほど弱まり、表面をかすめるだけの風と化していた。
「なるほどね。物凄く弱い魔法になっちゃうんだ」
タイガが腑に落ちた様子で呟く一方、ミヤコは目を丸くした。
「あれ? 前に試した時は、そもそも発動しなかったんだけど……」
「へ? そうなの?」
説明のために試しただけだったのに、予想外の結果が出てしまい、ミヤコは呆気にとられる。
「レベルが上がったからか? なんだかんだミャー〝Lv.9〟になったしなぁ……もしかして、練習すれば〝中級呪文〟使える……?」
小さな希望が灯る。
自分でも〝中級呪文〟を扱えるかもしれない。
そう思うと、ミヤコの猫耳が期待にぴんと立った。
「よし!! じゃあボク、〝雷の呪文〟を編み出すよ!! そうすれば真っ直ぐに雷を飛ばせるかも!!」
「いや編み出すって、もう雷の呪文自体はあるから、それを街の図書館で探す方が――」
ミヤコは途中まで言って、ふっと肩をすくめた。
「……まあいいか。それじゃあミャーは『ヒューサル』の練習だ!!」
そうして静けき森に雷鳴と疾風が吹き荒れ、辺りはその静寂を失った――
◆ ◆ ◆
「――“か・め・は・め・波っ!!!!!!!”」
「『ヒューサル』ッ!! ……『ヒューサル』ーーーーーーーーーっ!!! だぁあ!! 『ヒューサル』っ!!」
「“マスタアアアアアアアアアアアーーーーーーーーー……スパアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアクッッッ!!!!!”」
「『ヒューサルゥ』!! 『ヒューサ……ルゥゥゥウゥウゥゥゥゥ』!!!! ……んな~!!! 上手くいかねェな~……」
連続して魔法を放ち、ゼェゼェと肩で息をするミヤコ。
彼女は天を仰ぎ、ぐでェ……っと脱力する。
「“か……め……は……め……波ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!!”」
背後から聞こえてくる、妙に気合の入った声。
「……で、おミャーはさっきからなにをしてるんだにゃ?」
ミヤコは半眼で振り返る。
タイガは両足を踏ん張り、両手を前に突き出したまま、ものすごく真剣な顔でポーズを決めていた。
「ん? 〝必殺技〟の練習だよ?」
「いや〝呪文〟はどこにいった!!?」
案の定〝呪文〟ではなかったことに、ミヤコは鋭いツッコミを入れる。
「あはは! 同じようなもんだよ~」
だがタイガはズレたことを堂々と言いながら、また木に向かって構える。
「〝2000万V〟……〝放電〟!!!」
だが、雷はまたもや明後日の方向へ飛び、青い閃光は木々の隙間をすり抜けて森の奥へと吸い込まれた。
バリバリィ!!
遠くで何かに命中したのだろう。
一瞬、森の一角が白く照らされ、鋭い音が響いた。
「う~ん……やっぱ上手くいかないか」
タイガは腕を組み、首をひねる。
「まあボクって“ゴロゴロ”っていうよりも“ジキジキ”だもんね~」
「ゴロ……なんて?」
本人なりの分析らしいが、ミヤコには意味がまったく分からない。
その時――
森の奥の茂みが、ガサガサと激しく揺れた。
「ピギーッ!!!」
甲高い悲鳴が、木々の間に響く。
「っ!!? なんだ!?」
「ピギュ……ピギィー!!!」
叫び声の主は、必死にこちらへ向かって飛び出してきた。
枝をかき分け、葉を散らしながら、一直線にタイガ達の方へと突っ込んでくる。
「ピリギュアァーッ!!!」
「こ、こいつは……っ!!!」
その姿を見た瞬間、ミヤコの目が見開かれた。
水滴のようにぷるぷると震えるゲル状の体。
全体は淡いピンク色で、サイズは手のひらに乗るほど。
透き通った身体の中で、まん丸な両眼とにやけた口、小さな核のようなものがきらきらと揺れている。
それは――
「〝メルヘンスライム〟!!!」
ミヤコは興奮気味に声を上げた。
「〝レアモンスター〟だ!! 捕まえろォ!!!」
「〝レア〟!!? りょうかいっ!!!」
〝レア〟という言葉にタイガの目がキラリと輝く。
次の瞬間には、もう地面を蹴っていた。
「ピギッ!!? ピヤアアアアーッ!!!」
スライムは目をひん剥き、悲鳴を上げながら全力で逃走する。
だが相手が悪かった。
「逃がすな~ッ!!!」
「うおおおおおおおおおおおおォォォォォ!!!!!」
「ピギャアアアアアアアアッッッ!!!!???」
必死に逃げるスライム。
それを全力疾走で追いかける少年。
そしてその後ろで指示を飛ばす猫耳少女。
三者三様の叫び声が、夜明けの森にこだました――
――
――――
――――――
「――でっへっへ!! 捕まえたぞ~!!」
「ピィィ……」
タイガは両手でスライムを包み込むように捕まえ、満足げに笑っていた。
ぷにぷにとした感触が指の間で揺れる。
「ほら、捕獲かごだ。この中に入れろ」
「お、虫かごみたいなモノ? 準備がいいね~」
ミヤコが腰の袋から取り出したのは、手のひらほどの小さな折り畳み式の木製のかごだった。
タイガは感心しながら、スライムをそっと中へ放り込む。
かごの中で、ピンク色の小さな体が震えた。
「ピィィ!!! ピィィーーッ!!!」
「いや~、すごい小さいスライムだね~」
タイガはしゃがみ込み、興味津々でかごを覗き込む。
「〝メルヘンスライム〟だからな。普通のスライムよりも小さくて、世界中に愛好家がいるらしいぞ」
ミヤコは腕を組み、得意げに説明した。
「へ~、ヘラクレスやアトラスみたいなもんか!!」
「いやなんだそれ……異世界にいた生き物か?」
かごをトロフィーのように掲げ、会話を続ける2人。
「……」
小さなスライムはすっかり怯えきり、まったく声を発さなくなってしまった――
――その時。
再び2人の背後の茂みから、ずるずる……と黒い影が忍び寄ってきていた。
これだけ森で騒ぎを起こしたのだ、訪問者が多いのも無理はない。
影は人の腕ほどの長さだが、幅は異様に細く、まるでロープのよう。体をくねらせ、音もなく近づいてくる――
「――あれ? スライム黙っちゃった……ま、まさか死んじゃった!!?」
「いや、ただ怯えてるだけだろ。こいつ、見た目の通りスッゲェ貧弱だからな。普通のスライムよりも弱いらしいぞ」
「そっか……死んではないんだね……」
小さなスライムは、かごの中で静かに震えていた。
その姿に、タイガの心が痛む。
「……ちょっと、悪いことしちゃったかな……」
「はぁ? 何言ってんだ、おミャー相手はモンスターだぞ?」
「でも……だってさ……」
少しタイガの表情に影が差す。
そんな彼を、ミヤコは呆れ顔で見る。
「やっぱおミャー、異世界人だけあってちょっと……いやだいぶ変わってるよな。この世界のこともロクに知らないし……」
ため息をつきながら、ミヤコはスライム入りのかごを、背負っていたリュックの中に押し込んだ。
「変わってる……? でもそうだよなぁ~、ボクが知ってるのは元の世界のことだけだもん。ミヤコは〝アニメ〟とか〝漫画〟知らないもんね。あ~久しぶりに誰かと語りたいな~、アニメの話」
迫る影にも気づかず、他愛もない会話を続ける2人。
やがてその影は狙いを定め、シュルシュルと身をたわめると……一気に飛びかかった。
「はっ……大体ミャーはおミャーが〝異世界人〟だってことも、〝1度死んで転生した〟ってことも、まだ全部信じた訳じゃな――
って痛ってェエエエエエエエエエエエエエェェェッッッ!!!!??」
次の瞬間、ミヤコはビョーーーン!! と飛び跳ね絶叫した。
「なッ!!!? どうしたのミヤコ!!? 大丈夫!!?」
「お……お尻……お尻がぁぁぁァァ……ッ!!!」
ミヤコは地面に這いつくばりながら、涙目で叫ぶ。
タイガは彼女のお尻の方を見ると……
「お、お尻……? あれ? ミヤコの〝尻尾が2つ〟に……?」
そこには彼女に生えている猫の尻尾とは別の、細長いモノが引っ付いていた。
「な、なんだこれ……? あーッ!! 違う!! こいつは……っ!!」
それは、橙色の柔らかな毛並みを持つミヤコの尻尾とはまるで違っていた。
深緑と黒のまだら模様を浮かべた、うねうね動く不気味な生き物。
「〝蛇〟だ!! ミヤコのお尻に〝蛇〟が噛みついてる!!!?」
「にゃーーっ!!!? にゃんだってェ!!?」
ミヤコは振り返り、自分の尻にガブッと食らいつく〝蛇〟を見て、顔を真っ青にした。
「ぎやああああああああああああああああ!!!? にゃにこれええええええええ!!! いや~~~~~!!! 取ってーーーーーー!!!? 助けてえええええええええええ!!!!」
「ミヤコ!!! ぐ……こいつ、ボクの大切な仲間に……何してんだァッ!!!! くらえ!!! ビリビリ……!!!!」
タイガの瞳がギラリと光る。
次の瞬間、彼の両手の周囲に青白い電光が弾けた。
バチッ……バチバチバチッ!!
空気が焼ける匂いが広がり、細い稲光が指先から蜘蛛の巣のように広がっていく。
雷は音を立てて膨れ上がり、瞬く間に激しい光の塊となった。
矛先が向けられているのは――
ミヤコの、お尻。
「あれ……ちょ、ちょっと待って……そ、それミャーも巻き込まれ……っ!!?」
「ピッカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」
森を裂く閃光。
ピッシャアアアアアアンッ!!!!
落雷のような轟音と共に、青白い雷が炸裂した。
「ぎにゃあああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!?」
電撃は蛇を直撃し、瞬時に黒焦げにする。
……ミヤコもろとも。
彼女の体から、煙がプスプス……と立ち上る。
焦げた蛇がポトリと地面に落ち、その隣でミヤコがビクビクと痙攣していた。
「あ……やば、ミヤコにも当たっちゃった」
「あばば……あばばばばば……っ!!」
ミヤコは口からモクモクと黒煙を吐き、白目を剥いてバチバチ痙攣している。
と、その目の前にピッ……と鈴のような音と共に、薄い光の板がふわりと浮かび上がった。
澄んだ中性的な声が響く。
◆ ◆ ◆
<基礎能力スキル:雷属性耐性《F》を習得しました>
◆ ◆ ◆
「お! 新しいスキルじゃん、おめでと~」
「『おめでと~』じゃねェよ!!! 殺す気かァ!!!!」
ミヤコはガバッと跳ね起き、口から黒煙をブワーーッと吐きながら怒りの絶叫を放つ。
「う……っ!! あばばばばば……!!」
だが身体はまだ雷の余韻で震えている。
「……っ!!」
そして唐突に震えが止まったかと思うと……
バタン!!!
糸が切れたように、ミヤコはその場に倒れてしまった。
その後、再びビクビクと痙攣が始まる。
「うわァ!!? ミヤコ、大丈夫!!? ごめん!!!」
「ば……っ、ばばっ……あばばば……!!」
ミヤコは壊れた機械のように「バババ」しか言えなくなってしまった。
「わー!!! どうしようッ!! こういう時は薬草? ポーション? どっちも持ってないよーーー!!! 誰か助けてエエエエェェェェェェェェッッッ!!!!」
タイガの絶叫が森の中を再び震わせた――
41話は20時10分に投稿です。




