第38話 “勇者になりたいのに賞金首になっちゃったボク”
――ミヤコとタイガがヤマモモ村を出発する3日前。
王都朱円。
その中心にそびえ立つ〝煌霞城〟内にて。
城内へ足を踏み入れて、まず目に飛び込んでくるのは、鮮烈な紅の色彩だった。
深紅の絨毯が王の間へ続く回廊をまっすぐに貫き、漆黒の石床に鮮やかに映える。
朱塗りの柱には金箔が施され、龍や鳳凰の意匠が精緻に彫り込まれている。天井から垂れ下がる赤絹の幔幕は、風を受けるたび緩やかに波打っていた。
本来なら、その回廊は厳粛な静寂に包まれているはずだった。
だが今は――場違いなほど慌ただしい2人分の足音が響いている。
回廊を急いできた2人は、王の間から現れた巨漢を見つけると、ぴたりと足を止めた。
「開守!! どこ行ってたネ!!」
「今朝目覚めたばかりでしょう!? まだ絶対安静ですよ!!!」
焦りながら声を荒げるのは、その巨漢の部下、調査隊副隊長の玲玲と雲だった。
真紅の光に包まれた回廊で、2人の声はやけに鋭く反響する。
対する巨漢――開守は、2人の騒ぎをものともせず、ただ落ち着いた眼差しで歩を進めていた。
しかしその巨体には包帯が幾重にも巻かれ、腕や脚はギプスで固定され、至るところにガーゼが貼られている。
赤い装飾に囲まれたその姿は、まるで血煙の戦場から帰還したばかりの戦士のようだった。
「お前達……王の間の前だぞ、静かにしないか」
「静かにって……そんな姿でよく冷静でいられますね……!!」
2人の焦りとは裏腹に、開守の声音は凪いだ湖面のように穏やかだった。
だが、その沈着さの裏で重い責務を背負っていることは、誰の目にも明らかだった――
「今回の失態……王へ直接ご報告し、謝罪してきた。寝てなどいられん」
「報告なら、もう私達が帰った時にしたヨ!!」
「〝私が〟ですね!! ボロボロの体に鞭打って数時間で報告書をまとめ上げ、提出しています……っ!!」
玲玲と雲は開守ほどではないが、彼らも体中に包帯を巻いていた。
それだけ先日の少年……タイガとの戦いは激しかったのだ。
「ねェ開守……王様はなんて言ってたアル? 開守、クビになったりしないアルか?」
玲玲は瞳を潤ませながら、怯えるように問う。
雲もまた、硬い表情のまま僅かに汗をにじませ、答えを待っていた。
「……大丈夫だ。まあ、次はないだろうがな」
「ッ!! そっカァ……! よかったアル!!」
玲玲は子供のように開守へ抱きつき、涙ぐんだ顔を安堵の笑みにほころばせた。
その無邪気な仕草に、雲もまた肩の力を抜く。
だが、彼はすぐに真顔へ戻り、一歩前へ出た。
「……で? あの〝少年〟……確か〝タイガ〟とか言いましたか……彼の処遇はどうするのですか?」
名を口にした途端、回廊の赤い灯が一層濃く燃え上がったように見えた。
開守の表情は険しく引き締まり、その声音は低く響いた。
「ああ、ヤツに関しては――」
――
――――
――――――
――そして現在。
ちょうどミヤコとタイガがヤマモモ村を出発した頃。
王都朱円の冒険者ギルド・朱牙にて――
「――た、大変です!!! 大変ですよ~!! マスターァ!!!」
普段はクールビューティーとして通っている受付嬢の、素っ頓狂な大声が広間に響いた。
冒険者達も思わず手を止め、何事かとざわめきが走る。
「どうしたの? 蘭、そんなに大きな声を出して」
ギルドマスターは、騒がしい声にも眉1つ動かさず、長椅子に腰掛けて冷静にお茶を啜っていた。
艶やかなチャイナ服が体の曲線を際立たせ、普段なら誰もがその色香に目を奪われる――はずだった。
「大変なんですよ!! 1週間ちょっと前に、<永遠の石>の中に閉じ込められた少年が居たじゃないですか……」
「ああ……あの面白い坊やね。あの子結局、冒険者試験受けなかったらしいのよね……ふふ。気まぐれなのか、なんなのか……」
マスターは遠い目をし、思い出を味わいながら微笑を浮かべる。
だが、その余韻を叩き割るように、蘭と呼ばれた受付嬢は机の上へドンッ!! と1枚の紙を叩きつけた。
「受けられるわけありませんよ……だって、彼は……ッ!!」
その紙は、つい先程届いた〝大陸政府〟からの重要通達。
ギルド内に緊張が走る。
「……? なになに……こ、れは……」
視線を落としたマスターの顔が、艶やかな笑みを浮かべたまま石像のように固まる。
その数秒後、彼女の喉から絞り出された声は――
「え"え"え"え"え"え"え"え"えええ""えええええええエエエエ"エ"エ"エエエエエええええええええええええ"ええええエエエ"エ"エ"エ"エエエエ"エエエエエエエエェェ"ェェェェェェェェえ"えええええ"ええ"えぇ"ぇぇ"ぇぇぇぇぇええ"え"え"えええええええええエエエエエ"エ"エ"エ"エエエエエ"エ"エ"エ"エえええええええええ"え"え"え"ええええええええええええええええ"え"え"エ"エエエエエエェェェ"ェ"ェェェェ"ェェェェェェェェッッ"ッッッッ!"!"!"!"!!!!!!"!"!"!"!!!!!???"?"?"?"??"」
広間を揺るがす大絶叫だった。
目をひん剥き、口を大きく開けたマスター。
その姿には、もはや色香も威厳もなかった。
――のちに受付嬢、周 静蘭は語る。
『ここで働いて4年になりますが……マスターのあんな顔と声は、生涯忘れられません――』
――
――――
――――――
――それから数時間後、場面はタイガとミヤコの旅に戻る。
2人は村から一番近い大きな都市、ラクシャマ王国の城下町に来ていた。
「んお~!! スパイシーないい香り~! 何か食べていこうよ!!」
「そうだにゃ。じゃあブルティア料理でも食べるか? この街でも食べられたはずだ」
「お~!! 村で食べたあの魚だね! いいじゃん、食べよう食べよう!!」
「ふっ……まあ村で獲れるのよりは味は劣ると思うけどにゃ」
ミヤコはなぜか城下町の魚と張り合うように言いながら、飲食店街へと足を進めた――
◆ ◆ ◆
「――んめええええええええええええええええええええェッ!!!!」
「……う、うめェ……っ」
無邪気にブルティアを頬張るタイガと、なぜか手を止めたまま硬直するミヤコ。
◆ ◆ ◆
<ブルティアの炭火スパイス焼き《C》>
炭火で炙られた皮は香ばしくはぜ、クミンなどの香辛料と香草の匂いが鼻をくすぐる。
焼き上がった魚の表面は金色に輝き、箸を入れれば白い身がふわりとほぐれ、脂がじわりと溢れ出す。
柔らかな身の甘みとハーブの爽やかさに、あとからレモンの酸味が追いかけてくる、たまらない1品だ。
◆ ◆ ◆
「味付けのレベルが違ェ……こ、これがプロの……い、いや! でも鮮度は村の方が高かったにゃ!!」
「うんうん!! どっちも美味しいよ!! サイコー!!!」
意地を張るミヤコと、ただ幸せそうに食事を楽しむタイガ。
対照的な2人の姿は、屋台の前でひときわ目立っていた。
「まあ、ちょっといい屋台を選んだもんな……これ1つで30ディジー。お値段も周りと比べてだいぶ高いが、おミャー金持ってるもんな」
「うん! ボクちょっとお金持ち!!」
エッヘンと胸を張るタイガ。
意味は分かっていないが、とりあえず〝勝ち誇るポーズ〟だけは全力だ。
そんな調子に呆れながらも、ミヤコはふと真剣な顔つきに戻り、身を乗り出して小声で囁いた。
「……それにしても……なぁ、さっきから気づいてるか?」
「ん? なにが~?」
タイガの能天気な返事に、ミヤコはジト目を向ける。
「見られてるんだよ……っ! さっきからずっと。多分、冒険者っぽいヤツらに……」
言葉の通り、剣や槍を携えた旅人風の者達が何人も通り過ぎ、そのたびに、妙な緊張を帯びた探るような視線を2人へ向けていく。
「あ~、確かにね。ミヤコの耳が珍しいからじゃない?」
「いや〝ケモニア〟なんか、いっぱいいるし……猫の〝ケモニア〟なんて、特に多いし……」
実際、通りを歩くだけでも耳や尾を持つ人々は珍しくない。
中には背に翼がある者までいた。
「ミャーよりも……タイガ、多分おミャーの方をみんな見てる」
「え? そうなの? えへへ、知らない間にボク有名人になっちゃったかな?」
のほほんと笑うタイガに、ミヤコは眉をひそめる。
(タイガが朱円の〝森の主〟を倒したことがここまで伝わってるとか? それとも……)
ミヤコの中に、不吉な予感がじわりと広がっていた。
だが、当のタイガはというと――
「んお~!! んめええェッ!!!」
両頬をパンパンに膨らませ、夢中で魚を食べ続けている。
「……まあ、いいか」
周囲から注目されているのに、全く気にも留めず食事を楽しむタイガ。
その姿にミヤコも毒気を抜かれ、不安をひとまず飲み込む。
「せっかくのいい飯なんだ、楽しまなきゃもったいないよな……あ~む!! ――ガキィッ!!!」
豪快に魚へ噛みついたはずのミヤコの口から、金属を噛んだような嫌な音が響いた。
「いってぇええええええッ!!!??」
「んえェ!? どうしたのミヤコ!?」
「あが……ってぇ……っ!! にゃんだ~? フライパンの欠片でも入ってたか? 異物混入だぞ……って、えええ!!!?」
慌てて口から取り出したものを見て、ミヤコは目をひん剥いた。
掌の上でぎらりと光ったのは、魚の中から出てきたとは思えないほど眩い――黄金の円盤。
「ひゃ……100ディジー金貨ァ!!?」
ミヤコは思わず目をパチクリさせ、今しがた自分の口の中から出てきたモノを眺める。
「お~! なに、魚の中にあったの? ラッキーじゃん!!」
「いやラッキーすぎてこえ~よ……なんだよこれ、なんで……はッ!?」
そこでミヤコは、はっと胸元に手を当てる。
服の下では、勇者のペンダントが淡い光を放っていた。
「……やっぱ、<うんのよさ>100アップは伊達じゃねーにゃ……飯食ったのに、収支プラスじゃないか……」
眩い金貨を掲げながら、ミヤコは乾いた笑みを浮かべるしかなかった――
<タイガ達の合計所持金:
タイガの所持金13万9,850ディジー+ミヤコの所持金9,000ディジー(蒼面蛾のレアドロップクエストで得た報奨金6,000ディジー+元々の所持金3,000ディジー)-⦅30(屋台のご飯代)×2⦆+100
=14万8,890ディジー>
◆ ◆ ◆
「――よし! 腹ごしらえも済んだし、冒険に行こう!!」
満足そうに腹をなでながら、タイガは屋台から路地に出るなり言った。
「冒険って……少しはゆっくりして行かないのか?」
「思い立ったが吉日だよ!!」
「……まあいい、それなら冒険者ギルドに行くにゃ」
目的地は決まった。
2人は何日かぶりにギルドに足を運ぶことにした――
◆ ◆ ◆
――ラクシャマ王国の冒険者ギルド・<黄金の砂時計>。
石造りの建物はどっしりとした威厳を放ち、その壁面には砂漠の民特有の象形文字や幾何学模様が刻まれている。
入口には赤や青の布が幾重にも垂れ下がり、強い日差しを遮って涼やかな陰を作っていた。
2人は石畳に心地よい足音を響かせながら、ギルドの内部へと入った。
「お~! 凄いね、なんだかピラミッドみたい!」
「ピラミッド……? またよくわかんにゃいこと言ってるな……」
内部は外観以上に豪奢だった。
高い天井には黄金の装飾を施した梁が渡され、天窓から砂色の光が斜めに差し込んでいる。
冷たい黄色の石床には幾何学模様のカーペットが敷かれ、赤や青、緑の色彩が目を引いた。
壁際では、冒険者達が水煙草の煙をくゆらせながら、依頼について話し込んでいる。
中央には丸い木製の酒場カウンターが据えられ、その奥に受付カウンターがある。
カウンター傍の〝クエスト依頼板〟には羊皮紙の依頼状がびっしり貼られ、冒険者達が群がっていた――
――その受付カウンターの前。
「へっへっへ~、お姉ちゃ~ん。ちょっとこれから遊びに行こうぜ~」
「はいはい、また今度ね」
黒髪に褐色の肌をした受付嬢は、踊り子風の艶やかな衣装に似合わぬほど落ち着いた声で、酔っぱらった冒険者を軽くあしらっていた。
フラれた男がカウンターに突っ伏すと、隣の冒険者が「またかよ」と肩をすくめ、ホールのあちこちから小さな笑いが漏れる。
そんなカウンターの騒ぎを尻目に、ミヤコはタイガに解説する。
「さ~て、ミャーのランクでも受けられるクエストは……
てか、おミャーのレベルなら、いきなり《D》ランクくらいのクエストも受けられるかもな」
「へ~。ボクって〝Lv.6〟だけどこれって高いんだ」
「そうそう〝Lv.6〟ならきっといいクエストが……って〝Lv.6〟!!!?」
ミヤコはぎょっとして叫んだ。
「嘘つけよ!! たった〝Lv.6〟で〝Lv.15〟の〝双職者〟を倒せるわけねーだろ!!!」
「嘘じゃないよ~! 〝Lv.6〟って書いてるもん!!」
タイガは嘘つき呼ばわりされて、子供みたいに頬をぷくっと膨らませる。
「え……じゃあ前に別の職業でレベル上げてたとか?」
「ん? レベル上げをして、Lv.6になったんだよ……? ミヤコと会う3日前に〝この世界に来て〟そこから三日三晩、森の中で戦ってたんだ。まあその時は3までしか上がらなかったけどね~」
「へ……? 〝この世界に来た〟……?」
(そういやこいつ、最初に会った時もそんなこと言って……)
その言葉に引っ掛かり、ミヤコの耳がぴくりと動いた。
「それでミヤコを追って村まで走った2日でLv.5に。その後、開守と戦って6になったんだ」
「ちょっと待て。おミャー、さっきの〝この世界に来た〟ってどういう意味なんだ?」
「ああ。ボク〝元いた世界で死んじゃって〟それでここに〝転生〟してきたんだ」
「は……? て、〝転生〟……!? それに死んだって……」
〝転生〟……そして、すでに1度死んだことがあるという告白。
その瞬間、ミヤコの脳裏に、龍煌驛のホームで耳にした小さな呟きが蘇る――
――
――――
――――――
『――まあ……それにボク、もう〝1回死んでる〟し。死ぬのは〝かくごのうえ〟だよ』
――
――――
――――――
「――おミャー……冗談言ってるわけじゃないよな?」
「マジだよ、マジ。大マジよ!!」
タイガは呑気に言うが、ふざけている雰囲気は全くない。
逆にその無邪気さが、不気味な真実味を帯びていた。
「……ちょっと、鑑定していいか?」
「ん? 鑑定? よくわかんないけどいいよ~! ボク受付に行ってくるね~!!」
「か、〝鑑定〟――!!」
ミヤコの瞳が、鋭く光を帯びる。
「んお!? なんか今くすぐったかった……!!」
スキルが発動し、タイガのステータスが映し出される――
「――ホントに〝Lv.6〟だ……でも、レベルしかわからねェ……」
嘘ではない。だが、常識で考えればあり得ない。
そう、タイガが〝異常〟であることだけは間違いない。
「え~……にゃんだこれ……死んで転生ェ……? 嘘にしろ本当にしろ、なんだか変なヤツと旅に出ちまったな~」
「すみませ~ん!! 何かいいクエストありませんか~?」
「あ、もう行ってる……まあ、いいか……」
ミヤコは呆れたように猫耳を伏せた。
(ま、変なヤツだってのは重々承知の上だったし……いまさらか)
己の胸に生まれた不安も、仲間の正体への疑念も、全部どこかに吹っ飛ばしてしまう――そんなタイガを前に、ミヤコも深く考えることは止めた。
「あ、ようこそ! 冒険者ギルド・<黄金の砂時計>へ!!」
「お~? おいおい、姉ちゃんこっちにもスマイルくれよ~!!」
受付嬢は、酔っ払いを軽くかわしながら、タイガににこやかに応対する。
「クエストをお探しですね……それではランクを……ん? ……えと……あれ……?」
だが、彼女はタイガの顔を見た途端、その笑顔を固まらせてしまった。
「うん? どうしたの……?」
「え……あ、あれ……? だって……へ?」
タイガが首を傾げる一方で、受付嬢の顔から血の気が引いていく。
その額にはじっとりと冷や汗が浮かび、手元の羊皮紙がわずかに震えていた。
「おいおい、どうしたんだよ姉ちゃ~ん? 顔色悪いぜェ……?」
近くにいた酔っ払いの冒険者も異変に気づき、訝しげに目を細めた。
その視線が、ふとタイガの顔に向く。
「……ん? 坊主。お前……どっかで見た顔だな……」
「え? おじさんとボク会ったことあったっけ?」
「え~と、確かぁ……今朝貰った~……」
男はポケットを探り、何かを取り出そうとする。
彼が酔った手つきでいくつものポケットを探っている間に――
「なあ、タイガ」
ミヤコがカウンターへ追いつき、横から声をかけた。
「そういや、おミャー職業はなんだ? 何かステータスが高い特殊な職業とかじゃないのか?」
「うん? 職業?」
「え……ま、マジか?」
ミヤコは耳を疑った。
「この世界で生きてて、自分の職業を知らないなんてこと、ありえないだろ……」
「むう……だからボク、まだ〝この世界に来て日が浅い〟んだよ」
その言葉に、ミヤコはじっとタイガを見つめる。
(ほ、ホントにこいつ……〝異世界人〟なのか……?)
さっきまで半信半疑だった話が、急に現実味を帯びてきた。
「え~と、職業はな……ステータス欄のレベルの前に書いてあるやつだよ」
「レベルの前……どれどれ、確か……」
タイガがステータスを確認しようとした――その瞬間。
「え"え"え"え"ええええエエ"エエえええええええエエエエエ"エエエエエッ!"!?」
ギルドの大広間に、酔っ払い冒険者の絶叫が木霊する。
その悲鳴を聞き、周囲の冒険者達が「なんだ?」と騒ぎ始める。
「うわ!!? なに!? どうしたのおじさん!!?」
「て、ては……ては……しょ……ッ!!!」
酔っ払いは呂律の回らぬ声を上げながら、手に握った羊皮紙とタイガの顔を交互に見比べ、額に脂汗を浮かべる。
その異様な様子に、ようやくタイガも不安を覚える。
「だ、だいじょうぶ……? おじさ……」
タイガが心配そうに、優しく声をかける。
だが、男はなぜか真っ青な顔で後ずさる。
「あ、アレ……お前……アレと……」
「うん……? アレ?」
酔っ払いの冒険者が震える指で示したのは、ギルドに鎮座する巨大な掲示板。
クエスト依頼の数々に紛れて、異彩を放つ1枚の羊皮紙が目に入る。
「え!!? あれボクの写真じゃん!! えへへ……やっぱりボク有名人?」
そう――その羊皮紙の中央には、タイガの顔が大きく印刷されていた。
「ホントだ。なんでおミャーの顔が……いや、ちょっと待て……これって……」
ミヤコの視線が、紙の上段に並んだ黒々とした文字をとらえる。
そこに記されていたのは――
━━━━━━━━━━━━━
《 W A N T E D 》
D E A D O R A L I V E
~タイガ~
懸賞金:1,000,000ディジー
━━━━━━━━━━━━━
「――こ、これって……」
ミヤコは紙面に並ぶ文字を追い、息を呑む。
そして次の瞬間――
「――て……〝手配書〟じゃねェかあ"あ"ああああああああああああああああああああああァァ"ァ"ッッ!"!"!!??」
「ええええええええええェェッ!!!?」
タイガも同時に絶叫。
2人の声が響き渡り、ギルド内は一気に騒然となる。
タイガは慌てて掲示板から紙を剥がし取り、ミヤコと一緒にその内容をまじまじと見つめる。
そして、ミヤコが紙を裏返すと――その目が、裏面に記された罪状の欄で止まった。
「<罪状:王国調査隊に対する襲撃>……って……そ、そうかァ……あ、あはは……」
ミヤコは紙面を凝視したまま、口元をわななかせる。
(あんな強引な手段をとる奴らでも、紛れもなく王国の正式な調査隊……
それに手を出したんだ……こうなるのは……当然――)
――そう、頭では理解できる。
けれど。
「いや――やっぱ納得出来るかあああああああああああああァァァッ!!!!」
ミヤコは飲み込みかけた憤りを、怒声と共に吐き出す。
「タイガはミャーの故郷を助けてくれたのに……!!」
握り締めた拳が震える。
「こんな仕打ちって……ッ!!!」
悔しさと怒りが胸を焼く。
ざわ……ざわ……と、ギルド内の冒険者達がざわめき始める。
恐怖にひきつった声が、あちこちから漏れた。
「ひゃ……100万ディジーって……こいつ〝《B》ランク〟の賞金首じゃねーか……っ!!!」
「な……〝《B》ランク〟……!? ドラゴンやゴーレムとかと同じランクか……!!!?」
「バケモンだ……皆殺しにされるぞ……ッ!!!」
その声が連鎖のように広がり、恐怖が一気にギルドを支配した。
もはやギルド中の者達は、タイガを人間ではなく〝怪物〟として、怯えきった目で見ていた。
「指名手配……?」
唖然としたまま、自分の顔写真が印刷された手配書を見つめるタイガ。
さすがにこの状況では、いつもの呑気な笑顔も消える――と思いきや。
「“つまりWinner(・∀・)?”」
「敗北者だよッ!!!」
ミヤコは思わず、腹の底から叫んだ。
「敗北者……? “取り消せよ……!!! ハァ… 今の言葉……!!!”」
「取り消さねェよ!! おミャーわかってんのか!!? この状況ッ!!」
ミヤコは周囲を見回す。
引かれている――どころじゃない。
全員が、息の仕方すら忘れている。
そんな状況を前に、タイガは少し頭をひねったあと、勢いよくカウンターに飛びついた。
「ねえ! お姉さん!!」
「ひいィ!!!?」
受付嬢は、タイガが磁石みたいにカウンターへ吸いついた瞬間、悲鳴を上げて仰け反った。
「何か指名手配を取り消す方法ないかな……? そのためならボク、どんなクエストだってやるよ!!」
「ひッ……ひエェェェ……っ!!」
受付嬢は青ざめたまま、掠れた声を漏らす。
(めっちゃビビられてる……そりゃそうだよな〝《B》ランク〟って……ミャーが同じ立場でもああなってる――)
――〝《B》ランク〟。
それはこの世界の人々にとって〝人智を超えた脅威〟と同義だった。
受付嬢はがくがくと震え、涙を滲ませ、今にも崩れ落ちそうな声を絞り出す。
「だ、だれかァ……助けてェ……ッ!!!」
その瞳からこぼれた雫が、カウンターへ落ちる。
誰にも届くはずのない小さな音――だが、ある男の胸にだけは、雷鳴のように響いた。
「――お……ッ!! おまっ……!! お前ェ……っ!!!」
「ん?」
振り向いた先にいたのは――さっきまで受付嬢をナンパしていた酔っ払い冒険者だった。
「……ね、姉ちゃんには……!!」
剣を抜き放つ手が震える。
刃先がカタカタと鳴るのに、それでも彼は吠えた。
「受付の姉ちゃんには……指一本触れさせねェぞォオオ!!!!」
「へ……?」
その雄叫びが、恐怖に固まっていた冒険者達を奮い立たせた。
彼らは次々と、腰の武器へ手を伸ばす。
「そ、そうだ……!! このギルドを襲おうなんて、見過ごせねェ!!!」
「黙ってやられてたまるか!!! 命なんざ、冒険者になった瞬間に捨てた!!!」
身につけた鎧や、手にした武器がカタカタと鳴る。
歯の根が合わない者もいる。握った柄が汗で滑りそうな者もいる。
それでも彼らは、じりじりと前へ出た。
「え……? い、いや待って……! ボクは別に戦うつもりは……」
「いけえええええええええええェェッ!!!! かかれえええええええええええええええェェッ!!!!!」
タイガの制止を振り切って、ギルド内にいた冒険者全員が怒号と共に襲いかかってきた。
「う、うわ……うわあああああああああああああああああああああああああああッ!!!!?」
「た、タイガァ!! 逃げるにゃァ!!!」
2人は反射的に踵を返し、ギルドの扉を突き破る勢いで外へ飛び出した。
砂を蹴り、城下町の大通りを全力疾走する。
「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!! 待てえええええええええええええええ!!! 賞金首いいいいいいいいいいいいいいいいイイイイッ!!!!」」」
背後から雄叫びが津波のように押し寄せる。
振り返れば、武器を振りかざした冒険者達の群れ。
「うわ~~~~ん!!! どうしてこうなっちゃったの~!!!?」
「知るかあああああああ!!! このふざけた世界のせいだにゃああああああああああァ!!!!」
喧騒が城下町を揺らし、必死で逃げる2人を冒険者達が追い立てる。
しかし――
そんな状況でも、タイガはふと何かを思い出したように顔を上げた。
「ああ!! そうだミヤコ!! そういえば、さっき言ってた話だけどさァ!!!」
「なに!!? それ今言わないといけないこと!!!?」
全力疾走しながら、タイガは叫ぶ。
「ボクの職業さ……<〝バンディット〟>だった!!!」
「はあ!!? <〝バンディット〟>!!?」
ミヤコの声が裏返る。
「それおミャー〝ならず者〟って意味だろ!!!?」
「〝ならず者〟!!? なんだよそれ~!!?」
タイガの悲鳴が重なる。
「うわ~ん!!! 勇者になりたかったのに〝賞金首〟になっちゃった~!!!!!」
「〝ならず者〟の〝賞金首〟って最悪じゃねェか!!! そんな奴が〝勇者〟になんて、なれるわけねェだろォ!!!」
容赦のない、理不尽な現実。
だが。
タイガは足を止めない。
振り返らない。
追いかけてくる怒号の中で、少年は胸いっぱいに息を吸い込み――
「――いいや!!! なるッ!!!」
――叫んだ。
「それでも〝勇者〟に――ボクはなる!!!!」
その声は、どこまでも真っ直ぐに響いていく。
城下町を飛び出した2人の影が、大地に長く伸びる。
砂塵が舞い上がり、追っ手の声は次第に遠のく。
こうして。
〝勇者〟を夢見ながら、
〝賞金首〟になってしまった少年の――
少しばかり、常識から外れた――
けれど確かに〝世界を変えるかもしれない〟冒険が、幕を開けるのだった――
――
――――
――――――
――あの日、〝勇者〟は泣いていたわ。
『何も変えることが出来なかった。何もかも手遅れだった』って――
この世の果てには、邪智暴虐の〝魔王〟がいる。
すべてを支配し、世界を我が物にしようとしている。
〝女神〟の――あの子の願いに応える者よ。
ならば行きなさい、大っきなこの異世界へ――
~あとがき~
【ヤマモモ村編、完!!】
明日から第2章開始です!!
よければブックマーク、評価等で応援よろしくお願いします!!
感想、コメントなども待っております!!
現在のタイガのステータス――
バンディットLv.6
HP:343 MP:201
ちから:117
みのまもり:77
すばやさ:170
こうげき魔力:115
かいふく魔力:66
きようさ:231
うんのよさ:88
所持スキル
〇基礎能力スキル
タフネス《E》[パッシブ]
体が頑強になり、最大HPとみのまもりが上がる。
マッスル《D》[パッシブ]
肉体の力が高まり、ちからが上がる。
アジリティ《D》[パッシブ]
身のこなしが軽くなり、すばやさが上がる。
脚力《D》[パッシブ]
足を使った行動をする際、ちからが上がる。
水属性耐性《F》[パッシブ]
水属性から受けるダメージを軽減する。
風属性耐性《F》[パッシブ]
風属性から受けるダメージを軽減する。
封印耐性《F》[パッシブ]
封印に対する抵抗力が上がる。
雷属性親和《F》[パッシブ]
雷属性による攻撃の威力が上がり、雷属性から受けるダメージが減少する。
〇技能スキル
剣術《E》[パッシブ]
剣を装備している間、攻撃力が上がる。
斧術《E》[パッシブ]
斧を装備している間、攻撃力が上がる。
軽装慣れ《F》[パッシブ]
軽装時、すばやさが上がる。
伐採術《E》[パッシブ]
木を伐採する際の作業効率が上がり、疲労が軽減される。
水泳《F》[パッシブ]
水中での行動力が上がる。
〇武技スキル
パワースラッシュ《F》[アクティブ]
力をためて、重い一撃を放つ。
〇???スキル
???《?》
詳細不明。




