第36話 “さよなら”
――昼頃。
「この世のすべての食材に感謝を込めて――」
タイガが朗らかに両手を合わせると、ミヤコもそれに合わせて小さく手を合わせる。
「「いただきます」」
今日の献立は、川で釣った魚の丸焼きだった。
香ばしい焦げ目がつくまで焼き上げた。
焼けた皮はパリパリと音を立て、ほぐれた身から白い湯気が立ちのぼっている。
タイガは、両手からはみ出すほど大きな魚に勢いよくかぶりついた。
「~~~~~ッ!!! んッまぁあああああああああーーーーーーーーいッ!!!」
途端に目をキラキラと輝かせ、喜び全開の雄叫びを上げる。
「パリパリで、ふわふわで……ちょっと甘くて……!! え~と……すっきりしてる!!!」
「いや無理に食レポすんにゃ、てか出来てないし……」
ミヤコはツッコミながらも、楽しげに補足を入れる。
「こいつは村近くの川で獲れる〝ブルティア〟っていう魚だにゃ。
わりと簡単に釣れるくせに全長は25~40cmもあるから、村のみんなは好んで食べてたにゃ」
「へ~! つまりミヤコの〝故郷の味〟ってことか」
「ふふ……いいや、こんなもんじゃないにゃ……ミャーの〝故郷の味〟は……!!」
ミヤコは意味ありげに笑うと、ポケットから小瓶を取り出した。
「じゃ~ん!! 家に残ってた〝特製の塩〟だ!! これをかけるとまた絶品になるんだにゃ~!!!」
「お~!! すげェー!!! 早くかけてかけて~!!!」
タイガが魚を差し出すと、ミヤコはそれに塩をパッパッと振りかける。白い粒がキラリと陽光を反射した。
「ガブッ!! モグモグ……んほ~~~~~~~っ!!! うんめええええぇぇぇぇぇ~~~~~~ッ!!!」
「あはは! そうだろそうだろ~!!」
(良かった、普通に使えそうだな……一応塩って腐らないとは聞いてたけど、何年も放置してたもんだからな~)
ミヤコは内心、ひとまず安心した。
事実上、毒見役にされたタイガはそんな裏事情も知らず、ただ幸せそうに頬張り続ける。
たき火のパチパチという音と、漂う香ばしい匂い。
2人の笑い声が混ざり合い、そのひとときは自然と「お墓の完成を祝う小さな宴」のようになっていた――
◆ ◆ ◆
「「――ごちそうさまでした!」」
手を合わせ、2人は同時に食事を締めくくる。
その声は晴れやかで、達成感に満ちていた。
「ふう~! 食った食った~!!」
「……なあ……ちょっと……いいか?」
ミヤコの真剣な声は、食後の緩んだ空気を引き締めた。
「うん? なあに?」
タイガは焼き魚で満たされた腹をさすりながら、のんびりと話に耳を傾ける。
「……明日にはさ……村を出ようと思うんだ。今日は残った時間で、まだ使えそうなものを探そう……
あと……お墓を作る時にも一応は探したけど、生前、村の人が大事にしていたものが残ってたら……ちゃんとお墓に供えたいと思ってる」
「……うん、わかった。手伝うよ!」
「……ありがとう」
ミヤコの言葉はどこか慎重で、ぎこちなさを含んでいた。それでも、タイガは真剣に頷き返す。
「そういえば、〝勇者の装備〟は結局なかったね~」
「……そうだにゃ……やっぱり小さい頃だったし、ミャーの見間違いだったのかな……
だとしたら……ミャーの見間違いのせいで……村は……」
その顔に、また影が落ちる。
村に帰って来てからずっと、まるで癖のように自分を責めてしまう――何度も繰り返してきたその表情を見て、タイガはぴしゃりと声をかける。
「こ~らっ! もう自分を責めるのはやめなよ!! ……そういうのはアレで最後だって言ってたろ?」
「そうだな……ごめん、自分で言ったことなのに」
そう――昨夜、母の〝小瓶〟に貼られていた、大好きの印であるシールを見つけたとき。
ひとしきり泣きじゃくったあと、ミヤコは強く誓ったのだ――
――
――――
――――――
『――ミャー……この村ではもう泣かない……もう暗い顔しない、もう自分を責めない……!!
……ここに来て、ちょっとネガティブになり過ぎた……これ以上泣いてると、みんなも心配だもんな――』
――
――――
――――――
「――大丈夫……ミャーはもう……大丈夫だから……」
自分に言い聞かせるように口にする。
「……なあ……タイガ……ミャー達が居なくなった後ってさ……村ってどうなると思う?」
「へ?」
唐突な問いに、タイガは一瞬きょとんと目を丸くする。
「え、え~とぉ~、それは……自然に還る、かな?」
「そうだ、ゆっくりと朽ち果てていくんだ……」
タイガが言葉を濁したのに対し、ミヤコははっきりと断言する。
「いや、それだけじゃない……もしかしたらまた調査隊の奴らが乗り込んで来て、村を荒らすかもしれないし……
それに山賊とかが迷い込んで、村のモノを盗んでいく可能性もある……」
ミヤコは1度、息を詰まらせた。
母の死の真相を知った時とは違う。今度は恐怖のせいじゃない。
自分で決めたことを、逃げずに口にする。その覚悟の重さが、彼女をためらわせていた。
「だからさ、考えたんだ……〝ミャーなりの……弔い方〟を……」
それからミヤコは、深く息を吸い……ひと呼吸置いて言った――
「――今夜さ……〝村を焼こう〟と思うんだ……みんなを弔うために……!」
「……そっか……うん、いいと思う」
それは、お墓を作っている最中からずっと心の中で温め続けていた結論だった。
自分達が去ったあと、村がどんな末路を辿るか。考えて、考えて……苦しいほどに考えて。
悲しくても、これしかない。そう思ったからこそ選んだ答え。
大きな覚悟を要する決断だった。
タイガもそれを察し、穏やかに、けれど迷いなく肯定した。
「……ごめんな……せっかく村、守ってくれたのに……結局燃やすなんて……
それじゃあ、あいつらが壊すのと……何も変わらない……」
「違うよ」
タイガは短く、しかし強い声で言い切る。ミヤコの瞳を見つめながら。
「あいつらが壊すのと、ミヤコが弔うのじゃ……まったく違う!!」
「……ッ!!! う……!! ううゥ……」
その言葉に、ミヤコの心が揺さぶられる。
視界が滲み、こらえきれないほど熱いものがこみ上げてきて……思わずタイガの服のすそを掴んでしまった。
「……ミヤコ……?」
「……これは……違う……泣いてない……泣いてないから……!!!」
顔を伏せ、唇を噛みしめ、目からこぼれそうになる雫を必死に堪える。
震える声には、強くありたいと願う幼さと、涙を認めまいとする強情さが入り混じっていた。
「……うん……そうだね……」
タイガはその気持ちを受け止め、ただ頷いた。
そして彼女の頭に手を置き、そっと撫でる。
「……!」
ミヤコは不意の感触に目を見開くが……すぐに目を閉じ、その優しさに身をゆだねた――
――
――――
――――――
――それから2人は村の中を探索しつくした。
その結果、まだ使えそうな布や工具をいくつか、保存のきく調味料なども少し持っていくことにした。
見つけた形見の品は、覚えている限り、それぞれの墓標へそっと供えた。
あと……ミヤコの友達、シヤの家にあった、幼い頃の2人が写った写真。それも思い出として持っていくことにした。
夜になる前に、2人は火が森へ燃え移らないよう、村の外周に生えた草木を刈り、川から運んだ水で森との境を濡らしておいた。幸い、今夜は風も弱い――
――
――――
――――――
――そして、陽はすっかり落ち、夜の帳が村を包む。
「……それじゃ頼む」
ミヤコは古くなった布と木材を合わせて作った即席の松明を掲げる。
「OK! えい!! 〝ビリビリ〟!!」
タイガは指先から青白い火花を散らし、松明へ火をつけた。
「ありがとう……そんじゃ……」
ミヤコはゆっくりと、かつて自分が母と暮らした家へと歩を進める。
松明の炎を映す瞳は、決意と躊躇の狭間で揺れていた。
けれど――
「――おかあさん……ずっとずっと、愛してるよ……!!」
そう言い、松明を家に近づける。
小さな火は、古びた木材に触れると一気に勢いを増し、あっという間に家全体を包み込んでいった。
母と笑い合ったリビング。
一緒に料理を作った台所。
あの温もりに満ちた日々が、炎の中に浮かび上がる。
「……さよなら……さよなら……!! 今まで……ありがとう……ッ!!!」
涙があふれそうになる。
けれど、泣くのは誓いに反するから。
だからミヤコは唇を強く噛み、顔を背けた。
崩れ落ちる屋根を背に、彼女は歩き出す。
「最後まで……見なくていいの?」
「村の家、全部焼くんだ……立ち止まってる暇はない……」
「……わかった」
言葉は短い。
だがその背中は、誰よりも重いものを背負っていた。
やがて村の中央へと歩きながら、ミヤコは次々に家々へ火を放っていく。
また1つ、見慣れた景色が失われるたび、息が詰まりそうになる。
それでも、前へ進むしかなかった。
故郷を自ら燃やす――その心情はタイガには到底計り知れないものだった。
だから彼は隣に立ち、黙って彼女を見守った――
――
――――
――――――
「――終わったにゃ……」
「うん……お疲れ様」
村の建物すべてに火を放ち、2人は少し離れた森の中から、その燃え盛る炎を見つめていた。
夜空を赤く染め上げる大火は、まるで村のすべての命が天に昇っていくかのようだった。
「……あらためて、ありがとな。タイガが居なかったら、村はメチャクチャにされてた」
「うん、どういたしまして」
炎を見つめたまま、静かに言葉を交わす。
「あはは……でも、これで……帰る場所無くなっちゃった……
これからどうしようかな……調査隊に目つけられたかもしれないし……そ、それに……」
ミヤコは、途切れがちな言葉を必死に紡ぐ。
沈黙すれば、悲しみが一気にあふれ出してしまいそうだから。
「あ……いや、ダメだな……これはネガティブになってる……えと……その……」
引きつった笑いで誤魔化そうとしても、うまくいかない。
「あの……えっとな……」
「……いいんだよ」
「……え……?」
タイガの言葉が、火のうなりを越えて、はっきりと届いた。
「……誰も〝見てない〟から……笑わないから……だから、いいんだよ」
「……え?」
タイガは炎から一度も目を逸らさない。
それでも、隣にいるミヤコを置き去りにはしなかった。
「そんな……だってミャー、誓ったのに……だから……だから……――ッ!!」
なおも否定しようとするミヤコの手を、タイガはギュッと握る。
握る手の強さから、「だいじょうぶ」という確かな思いが伝わってくる。
「……だいじょうぶ……だいじょうぶだから……」
「……ッ!! ……あ……う、ああ……!!」
そう、誰も見ていない――
焼けていく村を映す瞳からこぼれ、頬を伝った透明な雫も。
唇から漏れ出た、震えと悲しみを帯びた声も。
赤々と立ち昇る炎が、その雫を覆い隠す。
崩れ落ちる家々の轟音が、その声を包み込む。
まるで故郷そのものが、最後まで彼女の強がりに付き合うように。
だから誰も……何も見なかった。
何も……聞かなかった――
~あとがき~
第37話は明日の20時10分に投稿です。
第1章完結まで毎日投稿中!!




