第35話 “弔い”
――翌朝。
昇る朝日。
柔らかな光が村と森を照らし、空気はどこか清々しい。
だが……その静けさを突き破るように、森の奥から豪快な声が響き渡った。
「でェやあああああァ!!!!」
ドオオォンッ!!! スパアアアアアアン!!!!
大木が轟音を立てて軋み、土煙を巻き上げながら地面に倒れ伏す。
〝てつのおの〟を担いだ少年――タイガは、笑顔で立っていた。
武技スキルに頼らず、たった数回斧を振るっただけで太い幹を切り倒すその腕力は、まさに化け物じみている。
「よし! いい感じ~! 〝斧スキル〟と〝伐採スキル〟も手に入れて、木を切るスピードがめっちゃ上がったぞ!!」
◆ ◆ ◆
<技能スキル:斧術《F》を習得しました>
<技能スキル:伐採術《F》を習得しました>
◆ ◆ ◆
「……にゃんか……あいつスキル覚えるの早過ぎね?」
森の端に設けた、木材加工用の作業場。
そこではミヤコが、タイガの切り出した木材を受け取り、黙々と墓標に加工していた。
完成した十字架は、あとで墓地へ運ぶため、原っぱの端へ次々と並べられていく。
「〝技能スキル〟って早いモノでも覚えるのに1か月くらいかかるって聞いたことあるんだけど……」
(……ま、こいつが色々とおかしいのは今に始まったことじゃないか)
それでも、その呆れにはわずかな安心が混じっていた。
たった数日の付き合いだが、彼が常識外れであることにはもう慣れ始めていた。
「えっへへへへへ……!!」ドオオォンッ!!! スパアアアアアアン!!!!
「なに斧振り回しながら笑ってるんだ、ちょっと怖ェぞ……」
木を斬り倒しながらにやけるタイガに、ミヤコは思わず引き気味のツッコミを入れる。
「え~? だってさ~」
彼は斧を肩に担ぎながら、満面の笑みをこちらに向ける。
「ミヤコが自分から『お墓を作ろう』って言ってくれたのが嬉しくってさ」
「……っ!! ……まあ……な……」
不意に胸を突かれ、ミヤコは視線を逸らす。
それは昨夜――母の死の真相、そして最期に残された〝想い〟を知り、涙が枯れるまで泣いた後に決めたことだった。
「……正直言って、今でもミャーなんかに弔われて、みんなが喜ぶなんて思えない……けれど……」
言葉はたどたどしい。
それでも、瞳の奥には確かな決意が宿っていた。
「これはミャーなりの……みんなへの感謝だ……!!」
「……そっか」
タイガはそれ以上何も言わず、短く答えて微笑む。
ミヤコの表情は、昨日までとは違う。
影を残しながらも、そこには前を向こうとする明るさが宿っていた――
「――でも……それにしても……ぐぐぐぐ……っ!!」
呻き声を漏らしながら、ミヤコは自分の手で組み上げた木の十字架を睨みつけていた。
「形がバラバラ過ぎるにゃーッ!!!! お墓作んの難過ぎるだろーーッ!!!」
そう――目の前に並んでいるのは、こつこつ作り上げてきた数十基の墓標。
だが、そのどれもが傾いて形が不揃いで、均整の取れた墓標には程遠かった。
小さな子供の工作を並べたような光景に、ミヤコの顔は真っ赤になっていく。
「んにゃーーーッ!!! こんな不細工なお墓じゃみんなが化けて出てくるにゃッ!!!」
両手で頭をかきむしり、のけぞるミヤコ。
本気で、ちゃんと弔いたいからこその苛立ちだ。
「あははっ、そんなことないよ!」
隣でタイガが、いつもの調子で笑う。
「昨日も言ったけど、お墓が少しヘンテコでも、ミヤコが自分なりに考えた弔い方なら絶対喜んでくれるって!」
「そうか~? ほら……」
ミヤコは一際ボロボロな十字架を持ち上げ、苦い顔をした。
否……それは十字架というより〝残念なおもちゃ〟だった。
縦の棒はぐらつき、横木はミシミシ……ギシギシ……と今にも外れそう。
しかも左右の長さが倍ほど違うせいで、持ち上げるとグニャリと傾き、まるで踊っているかのように揺れる。
「ミャーならこんなお墓に埋葬されたら、絶対に呪ってやるにゃ」
「あはは……まあ、流石にその……ちょっと作り直した方がいいのも何個かあるかもしれないね……」
そのあまりの出来の悪さに、タイガも思わず目をそらし、苦笑いを浮かべる。
「……ふう~……何日かかるかな……」
ミヤコの肩が少し落ちる。
それを見たタイガは、すかさず胸を張って言った。
「何日でも付き合うよ、ご飯はボクが森から獲ってくるし!」
「ああ、缶詰はおミャーが全部1日で食っちまうんだもんにゃ……」
ミヤコがため息交じりに呟く。
昨日の昼の時点で、保存食の缶詰はすべてタイガの胃袋に消えていた。
仕方なく昨夜作った晩ごはんは〝チリピョンの丸焼き〟。
野性味あふれる食卓を思い出し、ミヤコはこめかみをぴくりと震わせるのだった。
(まあ……あのデカガエルがいる街道まで一瞬で行って、何体も捕まえて帰ってこられるのはすげェけどさあ……!!)
その規格外ぶりには、感心せずにいられない。
「はあ……まあ食料の心配はしてねェよ……あの時、おミャーがいたら、みんなも食料に困らなかったのになァ……」
軽口めいた呟きには、少しの切なさが滲んでいた。
ミヤコは肩をすくめ、遠い目をして森の奥を眺める……
「……でも……お墓が完成したら……もう、行かないとだよな……」
小さく漏らしたその言葉。
墓が完成するまでの期間――それは同時に、この村に滞在できる時間を意味していた。
「……ずっとここに居たい?」
「いや……流石に無理だよ、廃村にずっとなんて……それに、みんなも望まないだろ? ミャーがいつまでも旅立てずに、この村に縋るなんて……」
「確かに、そうだね」
それだけを交わすと、ふたりの間にしばし沈黙が落ちた。
その沈黙を、タイガの斧が大木を裂く豪快な音が埋めていく。
その合間に風が草を揺らし、鳥が遠くで短く鳴いた。
(どうしようかな……この村のこと……)
ミヤコはふと手を止め、空を仰いだ。
木々の隙間から雲ひとつない青空が、どこまでも遠く広がっている。
その眩しさに目を細めながら、先ほどの言葉を思い返す。
(ミャーがミャーなりに……か……)
その視線の先では、鳥の群れがゆったりと旋回していた。
幾羽もの影が輪を描くように舞い、やがてまた高みへと昇っていく。
まるで、旅立つ誰かを見送るように。
ミヤコはしばらくその光景を見つめ、静かに決意を固めていった――
――
――――
――――――
――それからの3日間。
十字架作りは失敗の連続だった。
釘が曲がって傾いたり、タイガの怪力で木がバキリと折れたり……不格好な墓標の山に、ミヤコは毎度頭を抱える。
合間にはチリピョンを捕まえての晩ごはん。最初は顔をしかめて口にしたミヤコも、次第にその味に慣れていき「いや、これに慣れるのはどうなんだ……?」と自分にツッコミを入れていた。
川での水浴びの時には、タイガの水泳の特訓をした。
いつまでもかなづちなのはいけないと意気込んでいたタイガだったが……結果は散々なモノだった。
それでもタイガは、この3日間で技能スキル<斧術><伐採術>を《E》ランクまで上げ、さらに基礎能力スキル<マッスル>も《D》ランクまで上昇させていた。
(スキルが《E》ランクになるのって、普通半年はかかるって聞いたことあるんだけど……それに《D》ランクのスキルまで……!! マジでこいつ……はぁ……)
その異常な成長速度に、ミヤコは口を半開きにするしかなかった。
とはいえ彼女も無収穫ではない。
ぎこちなかった木工の手つきは3日間で着実に洗練され、気づけば<木工>スキルと<マニューバ>(きようさアップ)スキルを習得していた。
タイガに影響されたのか、彼女の成長もまた異例の域に達していた。
墓標の形はまだ不揃いだが、少なくとも初日の〝ボロボロの十字架〟に比べれば、だいぶ様になってきていた。
墓標作りの合間には、村に残された遺骨を集め、1人ずつ丁寧に土へ還していった――
――
――――
――――――
――そして4日目。
「……う~~~~~~~~~……ッ!!! やったァ!! 完成~~~~~~~~~~~~~~~ッ!!!」
タイガの歓喜の声が森にこだまする。
「いや……お墓が完成したときって、そんな風にはしゃいでいいのか? もっと静かに、厳粛にしないとダメなんじゃ……」
「いいじゃん! 完成して、嬉しいものは嬉しいんだモン!」
村から少し離れた森の中の平原には、ずらりと墓標が立ち並んでいた。
「……これだけたくさんの人が、長い間、放置されてたんだな……」
木で組まれたその墓標は、縦の柱に横木を渡した十字の形。
その十字を囲むように、円形にくり抜いた木枠が組み合わされている。
十字と円が重なり合う墓標は、祈りを象徴するかのように静かに佇んでいた。
わずか数日の間に、たった2人でこれだけの数を築き上げたことは驚異的だった。
「……我ながらよくこんなにも作れたよな。まあ……出来はそこそこだけど……」
「それでも、最初に作ったモノよりはめちゃくちゃよくなったよ!」
「……それって、やっぱり最初のは酷い出来だなって思ってたんだな? 『少しくらいヘンテコでもいい』って言ってたくせに……」
「え!!? い、いや……それはァ……」
目をそらしてごまかすタイガ。
その不器用さに、ミヤコは思わず「ははっ」と小さく笑った。
「まあそれに……ごまかしってわけじゃないが、こんなにも豪華な〝彩〟があれば、みんなも文句はないだろ」
ミヤコの言葉どおり、墓標の周囲には鮮やかな白い花が咲き誇っていた。
澄んだ風のような香りが漂い、花々はそよぐたび、光を受けて銀の波のようにきらめく。
そう……それはかつて、ミヤコも必死に森の奥から採ってきた伝説の花〝ブレイブフラワー〟だ。
本来なら森の奥深くにしか自生せず、村人が目にすることは滅多にない。
幼い日のミヤコは、3日がかりで傷だらけになりながら、ようやく数本を持ち帰った。
だが……今回は違った。
「まさかあんにゃに簡単に採ってこれるとは……子供の頃の苦労は一体……」
「ちょうどいい〝おさんぽコース〟だったね!」
「はは……ミャーがあの時ボロボロになった大冒険が〝おさんぽ〟ですか、そうですか……」
ミヤコは呆れを通り越し、乾いた笑いを漏らすしかなかった。
成長した自分と、常人を超えた力を持つタイガにとって、あの森はもう恐怖の領域ではなく、気軽に散策できる庭のようなものになっていたのだ。
だが、それ故に。
今こうして花々に囲まれた墓標は、ただの木の十字架ではなく――静かに、確かに、失われた命を弔うにふさわしい荘厳さを宿していた。
「まあ……なんだ……でも……」
ミヤコは少し照れくさそうに、頬をポリポリと掻きながら、小さく呟いた。
「……ありがとう」
「えへへ~! どういたしまして!!」
タイガの無邪気な笑顔を見ていると、ミヤコの内側にも、ほんの少し温かなものが広がっていった――
あとがき
今回タイガが習得・ランクアップしたスキル。
<基礎能力スキル:マッスル《D》>
<技能スキル:斧術《E》>
<技能スキル:伐採術《E》>
今回ミヤコが習得したスキル。
<基礎能力スキル:マニューバ《F》>
<技能スキル:木工《F》>
~あとがき~
第36話は明日の20時10分に投稿です。
第1章完結まで毎日投稿中!!
今回タイガが習得・ランクアップしたスキル。
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<基礎能力スキル:マッスル《D》>
<技能スキル:斧術《E》>
<技能スキル:伐採術《E》>
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今回ミヤコが習得したスキル。
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<基礎能力スキル:マニューバ《F》>
<技能スキル:木工《F》>
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