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勇者になりたいのに賞金首になっちゃったボク ~人助けするたびに、懸賞金と仲間が増えていく~ バンディット!!  作者: ちゃんなか
異世界の夜明け!ヤマモモ村編

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第34話 “大好き”

 昼を少し過(す)ぎた頃(ころ)――


 ミヤコは、朽(く)ち果(は)てて廃墟(はいきょ)となった自宅(じたく)に独(ひと)りでいた。

 リビングの机(つくえ)。その冷たい木の脚(あし)に背(せ)を預(あず)け、床(ゆか)に座(すわ)り込(こ)む。


 それは――彼女(かのじょ)がここに戻(もど)ってきた時、母の白骨死体(はっこつしたい)がとっていたのと、まったく同じ体勢(たいせい)だった。


(……おかあさん……)


 膝(ひざ)を抱(かか)え、顔を深く埋(う)める。

 呼吸(こきゅう)は浅く、細い。


 消えない恐怖(きょうふ)と、拭(ぬぐ)えない罪悪感(ざいあくかん)。


(ミャーのせいで……凄(すご)く長い時間……苦しんだかもしれない……)


 広がるのは最悪の想像(そうぞう)――




 ――頬(ほお)がこけ、痩(や)せ細(ほそ)り、力なく壁(かべ)にもたれながら、必死に息を繋(つな)いでいる母。

 誰(だれ)にも助けを求められず、静かに衰(おとろ)えていく――




「――っ!! ううううぅ……!」


 堪(こら)えきれず、頭を膝(ひざ)に押(お)しつける。

 両手で髪(かみ)をぐしゃりと掴(つか)む。


(ごめんなさい……っ!! ごめんなさい……!!! おかあさん……)


 謝罪(しゃざい)の言葉だけが胸(むね)の内を埋(う)め尽(つ)くし、出口を失った感情(かんじょう)が自分を内側から圧迫(あっぱく)していく。

 この場所に独(ひと)り取り残されたような感覚が、ミヤコをひたすらに押(お)し潰(つぶ)す。



 やがて――力が抜(ぬ)けていく。


 髪(かみ)を掴(つか)んでいた腕(うで)も下がり、ただ膝(ひざ)を抱(かか)えたまま、呼吸(こきゅう)だけが細々(ほそぼそ)と続いた。

 燃(も)え尽(つ)きた後のように、全身から生気が失われていた。


(……ミャーもいっそ……おかあさんと同じように……このまま……)


 そんな危(あや)うい考えに、意識(いしき)が沈(しず)みかけた、その時――



 ――コトっ。



 小さな音。

 それは、この家の中では不自然なほど、はっきりと響(ひび)いた。


「……え?」


 ぼんやりと顔を上げたミヤコの目に、床(ゆか)に転がる〝ナニか〟が映(うつ)る。


「なに、これは……〝瓶(びん)〟? こんなの家にあったっけ?」


 手のひらほどの小さな瓶(びん)。

 調味料入れでも、花瓶(かびん)でもない。


 ラベルは、どこか湿(しめ)り気(け)を帯びたように曇(くも)り、文字も薄(うす)れて判読不能(はんどくふのう)になっている。

 見慣(みな)れたはずの自宅(じたく)に、記憶(きおく)のどこにも存在(そんざい)しない〝異物(いぶつ)〟がぽつんと落ちていた。


(家のものじゃない……でも、なんだろう……どこかで……)


 微(かす)かな既視感(きしかん)が、ふいによぎる。


 記憶(きおく)の糸を辿(たど)るうち、朝の出来事が蘇(よみがえ)った――




『――やっぱり先生だから……吐血(とけつ)を抑(おさ)える薬でもあったのか……?』




「――そうだ……!! あの時……」


 希望でもない。絶望(ぜつぼう)でもない。

 ただ、確(たし)かめなければならないという衝動(しょうどう)。


 体が重い。

 それでも、立ち上がる。

 ふらりとよろめきながら、扉(とびら)へ向かう。

 力の入らない手で戸を開ける。



 開いた戸の隙間(すきま)から、外の光が薄暗(うすぐら)い室内へ伸(の)びる。

 ミヤコは足を引きずるように、診療所(しんりょうじょ)へと歩き出した――



 ――

 ――――

 ――――――



「――やっぱり……そうだ……ッ!!」


 村で唯一(ゆいいつ)の診療所(しんりょうじょ)、その院長室の奥(おく)。

 コハンの白骨死体(はっこつしたい)の前にある机(つくえ)の上に、その小瓶(こびん)は無造作(むぞうさ)に置かれていた。

 瓶(びん)の形も、文字が消えかけたラベルも……自宅(じたく)で見つけたものと、ほとんど同じだった。


 ミヤコの脈(みゃく)が一気に速まる。


「同じ〝瓶(びん)〟……おかあさんとコハン先生が飲んでいた……薬……?」


 揺(ゆ)れる声が、診療所(しんりょうじょ)の静寂(せいじゃく)に吸(す)い込(こ)まれていく。


(いや……〝2人だけ〟なのか……?)


 疑念(ぎねん)が芽生えた瞬間(しゅんかん)、背中(せなか)に嫌(いや)な汗(あせ)が滲(にじ)んだ。


 小さな〝瓶(びん)〟――それは単なる偶然(ぐうぜん)の一致(いっち)なのか、それとも……


「さ、探(さが)しに行ってみよう……!」


 自分を奮(ふる)い立(た)たせるために声を張(は)り上(あ)げ、ミヤコは拳(こぶし)を握(にぎ)る。

 小さな村とはいえ、思い当たる人達の家を1軒(いっけん)ずつ調べるのは骨(ほね)が折れる。

 しかし――ミヤコには確(たし)かに〝あて〟があった。


 診療所(しんりょうじょ)から飛び出し、村の中央へと駆(か)ける――




「――あ! ミヤコ! いたいた!! いや~家に帰った時にも、声かけようと思ったんだけど……」


 背後(はいご)から能天気(のうてんき)な声が飛(と)び込(こ)んでくる。

 振(ふ)り向(む)けば、手をぶんぶん振(ふ)りながら駆(か)けてくるタイガの姿(すがた)。

 ついさっきまで、激(はげ)しく言葉をぶつけ合ったのに――彼(かれ)はまるで忘(わす)れてしまったみたいに、相変わらずの笑顔を浮(う)かべていた。


「タイガ!! あっちの家と、そこの家と……あと――あの家!! そこでこの〝小瓶(こびん)〟探(さが)してくれ!!」


 それだけ手早く伝えると、ミヤコはすぐさま走り去った。


「へ……? あ、ちょ! ちょっと待ってよ! ミヤ……わかった~……!!」


 突然(とつぜん)の頼(たの)みに戸惑(とまど)いながらも、タイガは文句(もんく)ひとつ言わず付き合ってくれた。


(ミャーの予想が正しければ……この薬を飲んでいた人は……!!)


 頭に浮(う)かんだ顔――狩人(かりゅうど)のベンガおじさん、村のナンバー2的なポジションのレオさん、おかあさんの友達のオレンちゃん。


 思い当たる人達には全員、共通点があった……それは――



 ――

 ――――

 ――――――



 ――時刻(じこく)はもう夕方。


 赤く傾(かたむ)いた陽が、壊(こわ)れた窓(まど)から細く差(さ)し込(こ)み、室内を血のような色に染(そ)めていた。

 再(ふたた)び、ミヤコの家。


「はあ……!! はあ……っ!!」


 机(つくえ)に両手をつき、肩(かた)で息をする。

 荒(あら)い呼吸(こきゅう)が、静まり返った部屋にやけに大きく響(ひび)く。


 その後ろで、まだ状況(じょうきょう)を掴(つか)みきれないタイガが首をかしげていた。


「とりあえず言われた通り瓶(びん)を探(さが)してきたけど……なにこれ? まさかなんかのお宝(たから)!!?」


 タイガは目を輝(かがや)かせて、小瓶(こびん)を宝石(ほうせき)でも見つけたかのように掲(かか)げる。

 その能天気(のうてんき)さが、逆(ぎゃく)に場の緊張感(きんちょうかん)を際立(きわだ)たせていた。


「いいや……多分、なにかの薬だ……おかあさん達が、死ぬ前に飲んでいた……薬」

「……っ!! 飲んでたって……だって……」


 タイガの表情(ひょうじょう)が変わる。

 ようやく、ただ事ではないと理解(りかい)し始める。


「この薬を飲んでいた人達はみんな……病気で死なずに餓死(がし)した人達……だと思う……」


 その呟(つぶや)きは、鉛(なまり)のような重さを帯びていた。

 ミヤコは瓶(びん)を1本ずつ机(つくえ)に並(なら)べながら、そのラベルを確認(かくにん)していく。


「集まった数は12本……あの日、生き残っていた人の数と、おんなじだ……」


 ラベルはどれも傷(いた)み、薬の名までは判別(はんべつ)出来ない。

 けれど文字の残り方は瓶(びん)ごとに違(ちが)い、中にはその一部をかろうじて読めるモノもあった。


(吐血(とけつ)を抑(おさ)える薬だと朝は思ったが……そんなモノがあれば、村のみんなに配っていてもいいはずだ……)


 不穏(ふおん)な推論(すいろん)が、少しずつ形を成す。


(生き残った12人の家以外には……なかった。病気の症状(しょうじょう)が抑(おさ)えられるモノなら、もっと沢山(たくさん)の人に渡(わた)すはずだ……)


 汗(あせ)ばんだ手が瓶(びん)を滑(すべ)らせそうになり、ミヤコは慌(あわ)てて強く握(にぎ)り直した。


(貴重(きちょう)な薬だから、出(だ)し惜(お)しみしていた? 生き残った何人かだけに渡(わた)すために……いや、みんなはそんなことしない……

 そんなことをする人達なら……ミャーに残った食料を全部渡(わた)すようなこともしない……!!)


 思い出すのは、村のみんなの優(やさ)しい笑顔。

 残り少ない食料を分(わ)け与(あた)えてくれた、温かい日々。


 ――そんな人達が、自分達だけが助かろうとしたなんて、絶対(ぜったい)にありえない。


(なら……考えられるのは……)


 心臓(しんぞう)が、嫌(いや)な音を立てて跳(は)ねる。


 その時、タイガがぽつりと呟(つぶや)く。


「……ねえ……ホントにこれ、ミヤコのおかあさん達が飲んでいた薬なの……?」


 声が少しだけ低い。

 さっきまでの軽さが、薄(うす)れている。


「そ、そんなのおかしいよ……だって……」

「ちょっと黙(だま)っててくれッ!!!」


 ミヤコは叫(さけ)んだ。

 それは、嫌(いや)な真実から目をそらすための怒声(どせい)だった。



 だが……叫(さけ)びの余韻(よいん)が消えると、彼女(かのじょ)は身を縮(ちぢ)めた。



「……ごめん……怒鳴(どな)って……」

「……いいんだよ」


 タイガは柔(やわ)らかな声で応(こた)える。

 責(せ)めるでも驚(おどろ)くでもなく、ただミヤコを見つめていた。


「今朝だって……ミャー、酷(ひど)いこと言った……」

「気にしてないよ」


 寄(よ)り添(そ)うような、軽い言い方。

 それが、むしろ彼(かれ)の真剣(しんけん)さを感じさせる。


「駅のホームでだって……酷(ひど)いこと言って、湖に落として……」

「あ~!! あれはちょっとヒヤッとしたな~。死ぬかと思った!!」


 タイガは大げさに肩(かた)をすくめ、明るく返した。


「う……!! ほ、本当にごめんなさい……!!」


 ミヤコは深々(ふかぶか)と頭を下げる。

 だがタイガは、軽く手を振(ふ)って笑いながら答えた。


「いいよ! 助かったんだし、もう気にしてない!!」


 夕日の赤を背(せ)にしたその笑顔は、あまりにも眩(まぶ)しかった。

 心が暗闇(くらやみ)へ沈(しず)みかけていたミヤコにとって、それは一瞬(いっしゅん)だけ差(さ)し込(こ)む救(すく)いの光のように思えた。


「……ありがとう……そう言ってくれると、ミャーも……」


 感謝(かんしゃ)を告(つ)げながら、ミヤコは再(ふたた)び手の中の瓶(びん)に目を落とす。



 しかし――



 その視線(しせん)の先にあったものが、彼女(かのじょ)を再(ふたた)び地の底へ突(つ)き落(お)とした。


「……え……? ……あ……あぁ……っ!!」


 思えば、ずっと違和感(いわかん)はあった――



 なぜ吐血(とけつ)していない遺体(いたい)が12体もあったのか。

 あの日、ミヤコが村の食料を持ち出すまで生き残っていた12人。

 病の進行があれば、数人は餓死(がし)する前に力尽(ちからつ)きていてもおかしくない。



 ――それなのに。


「……ミヤコ……? どうし……っ!!!?」


 タイガが心配そうに身を乗り出す。

 けれど、ミヤコの手にある瓶(びん)のラベルを見た瞬間(しゅんかん)――彼(かれ)は息を呑(の)んだ。

 呼(よ)びかけようとした言葉が、喉(のど)につかえる。



 彼女(かのじょ)の全身を締(し)め上(あ)げていくのは、恐怖(きょうふ)と、確信(かくしん)へ変わりつつある予感――



(――そうだ……全員が、餓死(がし)するまで……病気を耐(た)え抜(ぬ)いたなんて……おかしな話だったんだ……)


 鼓動(こどう)ばかりが、やけに大きく聞こえる。

 冷たい汗(あせ)が背筋(せすじ)を伝い、指先まで震(ふる)え始める。


(もしこれが病気を治す薬なら、みんなに渡(わた)してる……だからこれは……病気を治す薬なんかじゃ、ない……)


 点と点が、勝手に繋(つな)がっていく。



 繋(つな)がってほしくない形に――



 それだけじゃない。


 なぜ母も、コハン先生も、日記を〝ミヤコが村から出る日まで〟しか書いていないのか。

 その後の〝餓死(がし)するまでの数日間〟が――まるで存在(そんざい)していないのかのように。



 答えは、ひとつしかなかった。



(……みんな……みんな、餓死(がし)したんじゃない……ッ!! おかあさんの死因(しいん)……それは……ッ!!)


 ふと、手の中にある1本の瓶(びん)へ目が留(と)まる。

 それは12本の中で、もっともラベルの状態(じょうたい)が良いものだった。

 かすれも欠けもなく、はっきりとした印が――そこに残されていた。


 ミヤコの視界(しかい)が狭(せば)まる。

 赤黒い夕陽の光が、ラベルの上だけをぎらつかせる。




 そこに描(えが)かれていたのは――




「――ああ……ッ! うあ……あ……ッ!!」






 白地に黒く浮(う)かぶ、〝ドクロ〟のマーク――






「あああああああぁぁぁぁ……ッ!!! なんで……!! なんでェ……ッ!!!」


 喉(のど)から迸(ほとばし)る絶叫(ぜっきょう)は、もはや言葉ですらなかった。

 全てを理解(りかい)してしまった。あの日、自分が村から離(はな)れた後に起きたことを――


(あの日……ミャーが村を出たあと……

 みんなは……おかあさんは……この薬を飲んで……!! それで……ッ!!)


 想像(そうぞう)が、勝手に形を取る――




 ――瓶(びん)を手に取る母の姿(すがた)。


 震(ふる)える指先。


 そして……自(みずか)らの最期(さいご)を覚悟(かくご)し、瓶(びん)の中身を口に含(ふく)む――




 見たくもない母の最期(さいご)が、現実(げんじつ)と見分けがつかないほど鮮明(せんめい)になっていく。


 ミヤコはうずくまり、その場から動けなくなる。

 歯の根が噛(か)み合(あ)わず、呼吸(こきゅう)は切れ切れに乱(みだ)れた。


「……ミヤコ……」


 タイガはそっと彼女(かのじょ)の肩(かた)に触(ふ)れ、静かに呼(よ)びかける。

 けれどその声も、ミヤコの耳には届(とど)かない。


「うあああああァ……ッ!! あ……あああぁ……っ!!」


 崩(くず)れ落(お)ちそうな叫(さけ)び。

 耐(た)えきれない絶望(ぜつぼう)が、そのまま呻(うめ)きとなって漏(も)れる。


(なんで……なんでこんなこと……いつから、決めてたんだ?

 最初から……?

 ミャーに食料を与(あた)えた時には、もうみんなで薬を飲むことを……)


「ああああああああぁぁぁぁぁ……ッ!! うああああああぁぁぁぁ……」


 叫(さけ)びは泣き声へと崩(くず)れ、言葉の形をなさない。


「ミヤコ!! 大丈夫(だいじょうぶ)!!? ミヤコッ!!!」


 必死に呼(よ)びかけるタイガの声すら、まるで水の底から響(ひび)く音のように遠い。


「そんなぁ……!! そんなあああああぁぁぁ……!! うわああああああああああああッ!!!!」


(薬を飲む瞬間(しゅんかん)……一体……どんなことを思ってたんだろう……

 後悔(こうかい)……? 悲しみ……? 恐怖(きょうふ)……?

 嫌(いや)だ……考えたくない……考えたくないのに……!!)


 思考は止められない。

 嫌(いや)な映像(えいぞう)が次々と押(お)し寄(よ)せ、感情(かんじょう)をぐちゃぐちゃにかき乱(みだ)す。


 ミヤコは母が飲んだと思われる瓶(びん)を、両手で強く握(にぎ)りしめた。


「お"かあざん……! おがあ"……ざん……!!」


 舌(した)がもつれ、呼(よ)びかけさえまともな音にならない。

 この村に戻(もど)ってからずっと、彼女(かのじょ)の心は張(は)り裂(さ)けそうだった。



 ――そして今、とうとう限界(げんかい)が訪(おとず)れる。



(……自(みずか)らなんて……こんなの……おかあさん……

 そんなことをする原因(げんいん)になったミャーのこと……恨(うら)んでるに決まってる……憎(にく)んでるに決まってる……)


 心は真っ黒に染(そ)まり、罪悪感(ざいあくかん)に塗(ぬ)り潰(つぶ)される。


「おかあ……さ……んェ……?」


 だが、その時だった。

 歪(ゆが)んだ視界(しかい)の隅(すみ)に、ふと何かが映(うつ)る。


(瓶(びん)の底に……何か……ある……?)


 ミヤコは呼吸(こきゅう)を荒(あら)げながら、おぼつかない指で瓶(びん)をひっくり返す。

 ゆっくりと……恐(おそ)る恐(おそ)る。



 そこにあったものは――



 ――

 ――――

 ――――――



 ――それは、ミヤコがまだ7歳(ななさい)の頃(ころ)。

 村の子供達(こどもたち)は今流行(はや)りの〝シール遊び〟に夢中(むちゅう)だった。


 誰(だれ)かが村の外から持(も)ち込(こ)んだ遊びらしく、みんなは〝自分だけのシール〟を作っていた。

 紙や羊皮紙を小さく切って裏(うら)に麦粉(むぎこ)を煮詰(につ)めた糊(のり)や蜜(みつ)を塗(ぬ)り、簡単(かんたん)に貼(は)り付(つ)けられるようにするのだ。

 表には木炭や草花の汁(しる)で、星や獣(けもの)の模様(もよう)、あるいは冒険者(ぼうけんしゃ)を真似(まね)た紋章(もんしょう)を描(えが)くのが流行(はや)りだ。


「ほら見ろ! オレのは、ドラゴンだぞ!」

「いいね~、私(わたし)のは花の模様(もよう)だよ!」


 シールが出来上がると、家の壁(かべ)や樽(たる)、時には大人の服にまで、競い合うようにベタベタと貼(は)り付(つ)けた。


「ほっほっほ……これは困(こま)ったのう……」


 頬(ほお)をぽりぽりとかきながら、苦笑する村長。

 怒(おこ)るに怒(おこ)れない、穏(おだ)やかな光景だった。


「へへへ! 次は何処(どこ)に貼(は)ってやろうかな……!!」

「こらーーッ!! もう、やめなさい!!!」


 腰(こし)に手を当てて声を張(は)り上(あ)げるチーシャ。

 けれど眉間(みけん)に皺(しわ)を寄(よ)せつつも、本気で怒(おこ)っていないのは丸わかりだった。


「えへへ……やっとできたにゃ!」


 その時、ミヤコの手にも、ぎゅっと握(にぎ)りしめた1枚(いちまい)のシールがあった。


「なんだぁ? 化(ば)け猫(ねこ)、お前のシール変なの~!!」


 シヤがからかいながら覗(のぞ)き込(こ)む。


「にゃあ!? にゃんだと~!!」


 飛びかかろうとするミヤコを、母チーシャが慌(あわ)てて止めに入った。


「わぁ! 待った待った!! えと……子猫(こねこ)ちゃんはどんなシールを作ったのかな~?」

「あ! おかあさん!! えっとね~、ミャーはね~!」


 ニコニコと笑いながら、ミヤコは誇(ほこ)らしげにシールを見せつける。


「これは……あら、猫(ねこ)ちゃんの肉球?」

「そうにゃ!」


 フフン、と小さな胸(むね)を張(は)るミヤコ。

 自信満々な顔は、褒(ほ)められる準備万端(じゅんびばんたん)だ。


「わあ~! 凄(すご)くイイじゃない! 子猫(こねこ)ちゃんにピッタリ!」

「えへへ~、そうでしょそうでしょ~!」


 ぴょこぴょこと猫耳(ねこみみ)を揺(ゆ)らしながら、ミヤコは照れ笑いを浮(う)かべる。


「でも変だよ! その肉球の形!」


 だが、シヤが茶々を入れた。


「だって形が歪(ゆが)んでるんだぜ!」

「ち、違(ちが)う! 歪(ゆが)んでるんじゃなくてハート型(がた)になってるの!!」

「ん? ハート?」


 チーシャは目を凝(こ)らし、シールを見た。


 確(たし)かにその肉球は普通(ふつう)とは違(ちが)っていた。

 大きな丸の上に小さな丸が4つ並(なら)ぶ、あの形――ではなく。


 そこに並(なら)んでいたのは、小さなハートの連なり。


 掌(てのひら)を示(しめ)す大きなハートと、その上に4つ並(なら)んだ小さなハートが指のように寄(よ)り添(そ)っていた。


「ホントだ~! 確(たし)かにハートになってる!! かわいい~!!」

「でしょ~!! えへへへへ……」


 チーシャに褒(ほ)められて、ミヤコの頬(ほお)は思わず緩(ゆる)みきる。


「はっ! チーシャおばさんもそんなのがいいなんて、変なモノ好きの似(に)た者(もの)親子(おやこ)だな」

「にゃんだと!!? ミャーのことは百歩(ひゃっぽ)譲(ゆず)っていいけど、おかあさんのことを馬鹿(ばか)にするのは許(ゆる)さねェぞ!!!」


 シヤはわざとミヤコを怒(おこ)らせ、ケラケラと笑う。


「まあまあ、この肉球はワイルドなシヤ君にはちょっと可愛(かわい)すぎるもんね」

「む~……おかあさん、いつもなら怒(おこ)るところにゃのに、今日はなんだかシヤに甘(あま)いにゃ……」

「え~? そんなことないわよ~」


 そう言いつつも、チーシャの口元には小さな笑みが浮(う)かんでいた。


「へへ……〝似(に)た者(もの)親子(おやこ)〟か……」


 ふと漏(も)れた母の呟(つぶや)き。


「……?」


 その意味を、この時のミヤコはまだ知らない。

 ただ、母の横顔がいつもより少しだけ誇(ほこ)らしげに見えたことだけを覚えている。


「あ! そうだ……おかあさん、ちょっとしゃがんで!」

「へ? な~に?」


 チーシャは娘(むすめ)の目線に合わせるように膝(ひざ)を折る。


「えい! ペタ!」

「わわ! ちょっと~!」


 ミヤコは母の頬(ほお)に、〝ハートの肉球〟のシールを貼(は)り付(つ)けた。


「えへへ……それあげる! あと使ってないシールもあげる!」

「ちょっと~、顔に貼(は)るなんて……ありがとう……」


 苦笑しながらも、チーシャは頬(ほお)に触(ふ)れる。

 その指先は、ほんの一瞬(いっしゅん)だけ、その場所を大切そうに撫(な)でた。


 まるでそこに、〝宝物(たからもの)〟を預(あず)かったかのように。


「可愛(かわい)いシール貰(もら)っちゃった、どこに貼(は)ろうかな……ホウキとか?」

「え~ホウキ~?」


 ミヤコはぷくっと頬(ほお)を膨(ふく)らませる。


「もっと大事なモノに……ううん、大切な時に貼(は)ってほしいにゃ! だってこのシールは――」



 ――

 ――――

 ――――――



 ――そこで記憶(きおく)が途切(とぎ)れ、ミヤコの意識(いしき)は現在(げんざい)へ引(ひ)き戻(もど)される。


 手の中にあるのは、母が飲んだ瓶(びん)。


 その底に残されていたモノは――



 ――

 ――――

 ――――――



「――〝大好き〟って伝えるためのシールだにゃ!」


 幼(おさな)い日の声が、鮮明(せんめい)に蘇(よみがえ)る。


「っ!! ……そっか……」


 それを聞いたチーシャは、頬(ほお)に貼(は)られたシールへ指先をそっと添(そ)えた。

 愛おしそうに、娘(むすめ)の言葉を噛(か)みしめるように。


「そんなに大事なシール……もったいなくて、使えないかも……」

「え~? 使ってくれにゃいと意味がないにゃ~!!」

「あはは! そうね、じゃあ本当に大事な時の為(ため)に取っておくわ」


 その時の母の笑顔は、今も胸(むね)に焼き付いて離(はな)れない――



 ――

 ――――

 ――――――



 ――瓶(びん)の底に貼(は)られていたモノ。


 色褪(いろあ)せ、かすれてはいたが、ミヤコにはすぐに分かった。

 それは紛(まぎ)れもなく……幼(おさな)い自分が母へ贈(おく)ったシール。

 〝大好き〟と伝える〝ハートの肉球〟のシールだった。


「あ……あ……っ! おかあ……さん……?」


 母が最後に残したモノ。

 それは、絶望(ぜつぼう)ではなく――ミヤコへの愛の証(あかし)だった。




 ふと、崩(くず)れかけた家のカーテンが揺(ゆ)れ、風がそっと吹(ふ)き込(こ)む。

 耳に届(とど)いたのは、もう聞こえるはずのない……




 けれど確(たし)かにそこにあるように思える、あの優(やさ)しい声――




『――ミヤコ……大好き』


「……っ!!!」



 ミヤコは息を止め、声のした方へ顔を上げた。

 見開かれた瞳(ひとみ)に涙(なみだ)が膨(ふく)らみ、両の頬(ほお)を幾筋(いくすじ)も伝った。


「ああ……!! おかあさん……おかあさあああああああん……ッ!!!」


 瓶(びん)を抱(だ)きしめ、幼子(おさなご)のように泣(な)き叫(さけ)ぶ。

 その声には、押(お)し込(こ)めていた悔恨(かいこん)も、罪悪感(ざいあくかん)も、そして溢(あふ)れんばかりの愛情(あいじょう)も混(ま)じっていた。


「ごめんなさい……!! ごめんなさい……!!!

 お"かあざあああああ"あ"あ"あ"あ"あああああああああああああああああん"ん……!!!!

 うわ"あ"あ"ああああああああああああああ"あ"あ"あ"あああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ"ぁ"ぁ"ぁ"……ッ!!!

 ワガママ言ってごめんなさい……ッ!! ずっと勘違(かんちが)いしててごめ"んなさい……!!! みんなの病気のこと……気づけなくてごめんなさい"……ッ!!!

 ミャーも……ミャーもおかあさんのこと……

 ずっと、ずっと、大好きだにゃあああ"あ"あ"あ"ああああああああああああああああああああああああ"あ"あああ……!!!!

 う"わ"あ"あ"あ"あ"あ"ああああああああああああ"あ"あああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ"ぁ"……ッ!!!」



 嗚咽(おえつ)に震(ふる)える声を包(つつ)み込(こ)むように、また一陣(いちじん)の風が吹(ふ)き込(こ)む。



 冷たいはずの風が、なぜかやさしかった。



 泣きじゃくるミヤコの髪(かみ)を揺(ゆ)らし、頬(ほお)の涙(なみだ)をさらい……


 まるで〝そこに誰(だれ)かが居(い)る〟みたいに、そっと、頭を撫(な)でていった――

 ~あとがき~


 第35話は明日の20時10分に投稿(とうこう)です。

 第1章完結まで毎日投稿中(とうこうちゅう)!!

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