第31話 “おかえり”
揺らめく砂塵の中で、雲は激しい衝撃でズレてしまった眼鏡を直す余裕すらなかった。
「……え……? た、隊長……? 嘘ですよね? あなたがそんな……小さな少年に……」
震える声で、必死に開守に問いかける。
「ねえ……なんとか言ってくださいよ……〝開守〟……っ!!」
だが、返事はない。
開守は白目を剥き、広場のクレーターの真ん中に倒れていた。
「……っ!!! やられた……!!!」
雲の声が震えを増す。
やがて、彼の驚愕は絶叫となって爆発した。
「開守が……!!! たった1人の子供に……倒されたああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「「「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁっっ!!!!!!」」」
その瞬間――村中に調査隊員達の悲鳴が響き渡った。
自分達のボスをやられ、阿鼻叫喚に陥る調査隊。
「なんなんだよ!!!! あの小僧は……ッ!!!!!」
「この世のモノじゃねェ……!!! 正真正銘のバケモンだァ!!! あいつは……!!!!」
怒号と恐怖の声が入り混じり、取り乱す隊員達の中へ、突如として巨大な物体が豪快に投げ込まれた。
ドシイイイイイィンッ!!!
「「「うわあああああああああ!!!?」」」
隊員達はその巨大な衝撃に押し潰されそうになりながらも、物体の正体を目にした瞬間、一斉に目を見開いた。
「え……た、隊長おおおおおおおおおおおオオオオオォォ!!!!?」
それは目を開けたまま、気絶して動かなくなった開守だった。
開守を投げ込んだのは、まだ僅かに全身に雷を纏い、瞳に鋭い光を宿すタイガ。
本気で怒っているのか……彼はいつもとは違う小さな声で、低く呟く。
「……オマエらが勝手に……この村を、〝犠牲〟にしようとするんじゃねェ……ッ!!!!」
そして調査隊に向かい、いつもの強い声で告げた。
「約束だッ!! ボクがそいつをやっつけたら、全員村から出ていくって!!
さあ!! 出てけェ!!!!」
「ひいいいいいいィィ!!!? わかりましたああああああああァァァッ!!!!!!!」
言葉の力強さに、調査隊は悲鳴を上げた。
そして慌てて開守や気絶した仲間を連れて、我先にと村から撤退していった。
「ちょ……ちょっと待ってください! 私、まだ……動けな……ッ!!」
地面に倒れたままの雲が、必死に隊員達に呼びかけるが……
「うおっ!!?」
そんな彼を誰かがスッと担ぎ上げた。
「……まさカ……開守がやられるなんてネ……」
「玲玲!!」
声の主は、タイガとの戦闘で気絶していたはずの玲玲だった。
少女は驚きながら、問いかける。
「……おミャー、いつ目を覚ましたんだ?」
「2人の戦いの決着がつく少し前アル……」
玲玲は答え、しばし目を伏せてから静かに呟いた。
「開守は私が会った奴の中じゃ最強だったアル……なのにあんな、私と変わらないくらいの背丈の子供が倒すなんテ……」
玲玲は小さくため息を漏らす……
だが、やがて前を向いて吹っ切れたように言った。
「はあ……負けた負けた!! これは王国調査隊の大きな汚点になるアルな!!」
「……なんで少し嬉しそうなんですか、あなた……!」
その声に含まれるどこか晴れやかな響きを雲が指摘する。
「じゃあねミーちゃん。今日のところは退くけど、私達、〝勇遺物〟を諦めたわけじゃないアル」
「ああ、わかってるよ……」
玲玲は雲を肩に担ぎ、その場を離れる。
そして、彼女が数歩進んだところで――小さくこぼれた呟きが、風に乗って聞こえた。
「……またね」
「え……?」
少女が聞き返す間もなく、玲玲は一目散に走り出した。
「さあ! 私達も逃げるアルーっ!!」
「あ、ちょ……! 私脳震盪だからあまり揺らさないで……ちょ……!! 玲玲ーーーーーー!!!!」
そんな少し賑やかなやりとりを残して、副隊長の2人は村から去っていった。
そして、調査隊員達はすべて村からいなくなった。
さっきまでの激戦が嘘だったかのように、人の気配が消える――
「よし……! どうやらちゃんと全員、帰ったみたいだね」
誰もいなくなった村の入り口を見つめ、タイガはほっとしたように深く息をついた。
「……タイガ……えと、その……」
「あ! ちょっと待ってね。今ロープとるよ」
少女が言い終わるのを待たずに、タイガは彼女の元へ歩み寄ると、手首に食い込んだロープをゆっくりとほどいた。
「あ、ありがとう……あの……それで……」
彼女は礼を述べた後、何かを言おうと口を開くが、うまく言葉にできない。
まだ戦いの緊張が残っているのか、声は小さく震えていた。
言葉を探す少女を前に、タイガが別の話題を切り出した。
「あ! そういえばさ、ボク猫ちゃんに聞きたいことがあったんだ!!」
「え……?」
少女は驚きと戸惑いの入り混じった表情で、タイガの方を見る。
タイガの声は、さっきまで命を賭けた戦いがあったとは思えないほど、あっけらかんとしていた。
「キミさ……〝名前〟なに?」
「へ……? あ、そういえば……まだ名乗ってなかったのか……」
そう、凄い今更だが、少女はタイガが自分の名前を知らなかったという事実に、どこか拍子抜けする。
「えと……ミャーはな……」
タイガは、真っ直ぐに少女を見つめている。
待つ姿勢。急かさない目。
それが、妙に胸をくすぐる。
(にゃ、にゃんか今更過ぎて逆に恥ずいな……)
あれだけの激闘の後だからこそ、なんだか気恥ずかしくなってしまう少女。
……どうして今、こんなにも鼓動がうるさいのか。
けれど、彼女は改めてタイガを見た。
服は裂け、体は擦り傷だらけ。
頬には乾ききらない血の跡。
(……こいつ……名前も知らにゃいミャーの為に、戦ってくれたのか……
こんなにボロボロになってまで……)
不思議な温かさが、体の内側へじわりと広がる。
それは罪悪感ではない。
もう、後悔でもない――
――沈黙が流れる。
そして少女は、小さく息を吸った。
「……ミャーの名前は……〝ミヤコ〟だ」
「そっか、ステキな名前だね!」
少女の名前を聞いたタイガの表情は、ぱっと明るくなった。
その顔は子供のように無邪気で、ボロボロの体が負った痛みを感じさせなかった。
「なあ……タイガ……」
ミヤコはほんの少し顔を赤らめながら、タイガの瞳をじっと見つめて言う。
「ミャーの……〝大切な故郷〟を、守ってくれてありがとう……!!」
ミヤコは……ようやく、心から笑ってそう伝えることができた。
「うん! どういたしまして! ミヤコ!」
タイガも満面の笑みを浮かべて答えた。
その場には、やわらかな陽光が差し込み、穏やかな空気が満ちていた――
――夕方頃。
かつて少女が何度も駆けた、村の外れの細い道を、2人は並んで歩いていた。
西の空は茜色に染まり、遠くの木々が長い影を落としている。
「あ痛っつつ……ッ!」
ふと、タイガが歩きながら顔をしかめ、足を引きずる。
「おい! だいじょ……ぶなわけないよな、肩貸すよ」
「ううん! ちょっと足が痛くなっただけだから大丈夫!!」
言葉こそ軽いが、その歩みは明らかに鈍っていた。
ミヤコの目には、とても〝大丈夫〟には見えない。
「助けてもらっておいて言うことじゃないけど、無理しないでくれよ……」
「あはは! 開守とか言ったっけ、あいつめっちゃ強かったもんね~!!」
「そんにゃ他人事みたいに……」
自分が倒した相手の強大さを、呑気に笑って話すタイガ。
その態度に合わせるかのように、彼の身体も――
グ~~~ッ!!
腹の虫が盛大に自己主張している。
「そんなことよりお腹空いたな……早くご飯食べた~い!!」
「まあ……それについては助かったにゃ。あいつら、食料落としてくれて……」
ミヤコとタイガは、調査隊が馬車の荷台から落としていった保存食を、それぞれ両腕に抱えていた。
2人で食べれば、3週間は持ちそうな頼もしい戦利品だ。
「あはは!! だってあんなに焦って逃げていったもんね~!!」
「はは! あれはスカッとしたな、いい気味だにゃ~!」
2人が笑い合う声は、夕暮れの道に心地よく響いた。
だが……ふと、前を歩いていたミヤコが足を止める。
「……着いた、ここだ」
彼女の前にあるのは、村の外れにひっそりと建つ一軒家。
かつてミヤコと母が暮らしていた、彼女にとって懐かしい我が家だった。
「……ふうー…………よし!」
ミヤコは大きく深呼吸し、震える指で取っ手を握る。
そして……ゆっくりと扉を開けた。
「……さあ、入るぞ……あ、ビックリするなよ」
「わかってるよ。おじゃましま~す!」
タイガが元気よくあいさつし、家の中へ足を踏み入れる。
しかし返事はなく、タイガの声だけが家の中へ吸い込まれていった。
夕焼けが窓から差し込み、室内を柔らかな赤色に染めている。
その玄関の奥、リビングの机の脚にもたれかかるように、人影が静かに座っていた。
ミヤコが村を出たあの日と変わらぬ服装。
胸元には、白い花のブローチが色褪せながらも、確かに輝きを残していた。
――それはミヤコの母、チーシャの白骨化した亡骸だった。
「……ご愁傷様です」
タイガはぺこりと頭を下げる。
それは、彼が辛うじて知っている、死者に捧げる唯一の言葉だった。
「……おかあさん……」
ミヤコはゆっくりと歩み寄り、膝をついて母と同じ目線になる。
「……ただいま……っ!」
当然、家の中は静まり返ったまま。
だが……その時、まるで誰かからの返事のように、部屋のカーテンがふわりと優しく揺れた――
~あとがき~
第32話は明日の20時10分に投稿です。
第1章完結まで毎日投稿中!!




