第29話 “王国調査隊の力”
「時間を取られてしまったな……しかも人員もかなり減ってしまった……」
開守は顔についた土埃を払いながら、呟く。
だが、その声には、焦りも苛立ちもなかった。
それは、すでにこの場の勝利を確信した者の、冷ややかな態度だった。
「おい! 〝アレ〟を持ってこい!!」
その一声に、隊員達の間に緊張が走る。
「え……で、でも〝アレ〟は……」
躊躇いの混じった返答。
それを聞いてもなお、開守は微動だにせず、静かに告げた。
「わかっている。弾は貴重だ……だが、時短のためだ」
短く断言するその声には、一切の迷いもなかった。
「りょ、了解しました!!」
数人の隊員が馬車の方へ駆け出していく。
「にゃ、にゃんだ……? あいつら、何を運ぶつもりだ……」
少女が目を細め、遠ざかる隊員達を睨む。
彼らが馬車から運び出そうとしている〝何か〟――
得体の知れない、禍々しい気配がそこにはあった。
「ふふ……相変わらず容赦ないですねェ……」
雲は倒れ伏したまま、意味深に笑みを浮かべる。
やがて、隊員達が馬車の影から引きずるようにして〝それ〟を運び出してきた――
「隊長! 持って来ましたァッ!!」
彼らが数人がかりで運んできたモノを見た瞬間、少女は思わず息をのんだ。
(……な、に……あれ……?)
それは黒鉄で出来た、〝巨大な筒状〟の装置だった。
まるで獣の背骨のようなうねりを持ち、漆黒に鈍く光る鋲がびっしりと打ち込まれている。
先端には、大口を開けた獣の顎のような円形の開口部――
内部もとても黒く、深い穴が口を開けていた。
(……変な形……あんなもの、今まで見たことない……でも……)
心臓がドクン、と一際強く脈打つ。
(なんか……すっごく危険なニオイがする……ッ!!)
説明がつかないのに、体が逃げ出そうとする。
本能が〝アレはヤバい〟と警鐘を鳴らしていた。
「弾を込めろォ!!」
開守の号令に合わせ、隊員達が重たそうな鉄球を慎重にその筒の中へと押し込んでいく。
すると……
ゴゴ……ゴゴゴゴ……ッ……
鉄と革が軋む音ではない。まるで腹を満たした獣が喉を鳴らすような、低く湿った音だった。
空気が震え、地面がかすかに脈打つ。
鳥が一斉に飛び去り、空気の色すら変わったような錯覚に襲われる。
「……撃て」
開守が、短く命じた。
――ズガアアアアアァァァァァアアンンンッッ!!!!!!!!
鼓膜が破れそうな轟音とともに、地面が爆ぜ、空気が押し潰されたような衝撃が襲う。
その刹那――
村の家々が、数棟まとめて〝消えた〟。
「な……ッ!!?」
ドグシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!
バキバキバリバリバリィ!!!
風と瓦礫が少女に吹きつけ、視界がぐらつく。
目の前にあったはずの家々が、もはや〝崩壊〟ではなく、存在ごと吹き飛んだのだ。
「うあ……ああ……ッ!! なんだよ……なんなんだよこれェ……ッ!!!」
少女が震えながら、絞り出すように叫ぶ。
その隣で、雲が静かに告げた。
「……ふふ、さすが〝大砲〟ですね」
「え……? た、タイホウ……?」
少女には、その単語が何を意味するのかさえわからなかった。
「我が国、朱円が作った最新の兵器。
一発で城壁すら崩せる代物です……本来なら戦争用のモノですが……まあ、こういう用途にも使えますよね?」
その口調は、これがただの道具に過ぎないとでもいうように、あまりにも軽かった。
「しん……じられん、ない……にゃんで……あ、んな……あんにゃあ……ものを……!」
少女の声は、涙と恐怖にかすれていた。
その耳には、なおも――
黒い獣の口が、満足そうに唸る音が聞こえていた。
「さあ! もう一発だッ!!」
開守の号令とともに、隊員達は砲身をまだ破壊されていない家々の方角へと向ける。
そして、重い鉄球を再び大砲に込めていく。
「な……っ! ま、待って!! こんなの……ダメエェッ!!!」
少女は縛られたまま地面に投げ出された体を、捩りながら必死に叫んだ。
「弾込め終わりました!!」
「よし! それじゃあ……撃てェッ!!!」
「だ……ダメエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエェェッ!!!!」
少女の悲痛な絶叫を飲み込むように、砲身が無情に咆哮した。
ズガアアアアアアアアアアアアァァァァァアアンンンッッ!!!!!!!!
凄まじい轟音が大気を裂き、衝撃が地面を揺らす。
その激震に、少女は思わず目を閉じた。
(また……また撃たれた……っ! みんにゃの家が、無くなっていく……ッ!!)
脳裏をよぎるのは、母の日記に記されていた、あの言葉だった――
――
――――
――――――
『――私達には、あの子がいる。生き残ってくれるあの子が……覚えていてくれるあの子が……
それだけで、この村の〝想い〟は続いていく――』
(――みんなの想いは、私に託された。だけど、それなのに……っ!!
ごめん……おかあさん……みんにゃ……やっぱりミャーには、みんにゃの想いを受け継ぐなんて……出来な……ッ!!)
守ることが出来なかった。
思い出を……みんなの大切な場所を。
彼女の思考が絶望に染まりかけた、その時だった。
「お……おい!!! どうなってるんだッ!!?」
「……え?」
隊員達のどよめきが、耳に届いた。
「家屋の目の前で、砲弾が爆発したぞ!?」
「暴発……? いや、〝ナニカ〟に当たったのか?」
「〝ナニカ〟ってなんだよ……!?」
「いやあ……わからねえけど、どうせ今ので木っ端みじんだろ……」
たしかに、砲弾は目標に届く前に爆発していた。
煙と砂塵がもうもうと立ち上がり、その先が見えない。
「……ほう」
誰よりも早くその〝真実〟に気付いた開守は、目を細め、その土煙の中にある〝なにか〟を睨んだ。
徐々に視界が晴れ、砲弾にぶつかったモノが明らかになる――
「え……っ!? う、嘘……た……」
少女の瞳が、大きく見開かれた。
そこに立っていたのは――
――まっすぐな青い瞳。
ボロボロの体。
それでもなお、しっかりと……地面に立つ――あの少年だった。
「タイガァッ!!!」
その名を叫んだ瞬間、少女の頬に、また涙が流れた。
確かに彼はそこにいた。
砲煙を押し返すように、剣の〝鞘〟を構えたまま、力強く。
「な……う、嘘だろ……っ!! さっきのでまだやられてないのか……!!!」
「ていうかあいつ、なんで土煙の中から出てきた!? ま、まさか……大砲の弾を……っ!!?」
「ば、馬鹿言うな!! ありえねェだろ!! 大砲の弾を人間が受け止められるかよ!!!」
隊員達が次々と動揺をあらわにする中、ただ1人――
開守だけが冷静に、土煙の中に立つ少年を見つめていた。
「……あれだけの攻撃を食らってまだ立つとはな、凄まじい〝タフネス〟だ。
それに、あの砲弾を……防いだのか? その剣の鞘だけで」
「え!? 鞘で砲弾を!!?」
信じられないという目でタイガを見つめる隊員達。
その少年は、鞘を前に突き出した体勢で、まるで全てを押し返すようにそこに立っていた。
けれどタイガの目は、彼らではなく――少女の方へ向いていた。
「……ごめん」
「え……?」
あまりに唐突なその一言に、少女は思わず瞬きをした。
その時、タイガの瞳に浮かんだのは……先程自分が飛ばされた家の中で目にした光景だった――
――
――――
――――――
――ドッシャーーーーーーーーーーーーン!!!
瓦礫を撒き散らしながら、タイガは家の内部に叩き込まれた。
「あ痛てててて……うわっ!? やっちゃった……ボク、家を壊しちゃった……」
瓦礫を払いながら立ち上がる。
色褪せたカーテン、崩れかけた食器棚……そこは、すでに人の営みを失った廃墟だった。
「……荒れてるな……みんな死んじゃったってのは、本当みたいだね……」
ふと、家の奥に小さな影が見えた。
「……? 誰かいる……? あ……っ」
そこに横たわっていたのは、2体の白骨。小さな体と、大きな体。
親子なのだろう。親は子を庇うように抱き締めた姿のまま、永遠の眠りについていた。
「……ご愁傷様です……ん? これは……」
ぺこりと頭を下げたタイガの足元に、写真の面を下にして倒れた写真立てがあった。
拾い上げ、向きを直す。
「……これは……」
写っていたのは、幼き日の猫耳の少女と思われる子と、無邪気にピースサインをする少年。
そして2人を後ろから抱き締めるように笑う男性の姿。
「……いい写真だね……猫ちゃん、みんなに愛されてたんだね……」
タイガはそれを2人の前にそっと置いた。
「これ、大切な写真だよね……? ここに置いておくね――」
――
――――
――――――
「『――これ以上は村を壊させない』って言ったのにさ……壊しちゃった、壊させちゃった……」
「な……っ!! そ、それよりもおミャー、自分の体を……!!」
「でも!! ここからは絶対……ッ!!」
タイガは開守へと向き直り、力強く叫ぶ。
「もうなにも……壊させないッ!!!!」
「……タイガ……」
ボロボロになりながらも、ただ少女の故郷を守るために立ち上がった少年。
その姿が、彼女の胸を強く打つ。
(なんで……どうしてこいつ、ここまで……あっ)
思い出す。
あの日、駅のホームで彼が言っていたことを――
――
――――
――――――
『――目的って……別にボクはただ……〝勇者〟になりたいだけだよ?』
『……でも、それで村の人達が傷つくかもしれないんでしょ?
それをほっとくのは〝勇者〟じゃない……!!』
(――そうか……こいつ、本気で勇者になりたいんだ……)
少女は改めて、目の前の少年を見つめる。
「……へへ……ねえ猫ちゃん!!」
「……え?」
タイガはほんの少し目を閉じ、写真のことを思い出した。
そして――満面の笑みを浮かべて言う。
「……いい村だね! ここ!!」
「……ッ!! ……うん!!!」
その一言に、少女の胸の奥が、じんわりと温かさで満たされていく。
だが、開守の冷淡な声が、その温もりを切り裂いた。
「……なにも壊させない……か。だが、これはそう何度も受け止められるモノじゃないだろう?」
隊員達が再び大砲に弾を込め始める――
「ああ……だからそう何度も……ッ!!」
タイガはぐっと地を踏み、開守をまっすぐに見据えた。
「食らうわけないだろッ!!!」
次の瞬間、彼は一気に駆け出す! 砲弾が込められるよりも早く――
「撃てェ!!!!」
「な……ッ!!?」
――ズガァァァァアアンンンッッ!!!!!!!!!
再び大砲が火を噴く。込め終わる前だというのに、タイガを狙って轟音が炸裂する。
――ドカァァァアアアアァァァンンンッッ!!!!!!!
「うぐうううぅぅぅぅゥゥ……ッ!!!!」
容赦ない砲撃の衝撃が腕から全身へと走る。
だがタイガは、鞘一本でそれを受け止め……踏ん張り、止まった。
「はあ……っ!!! はァ……ッ!!!!
な、なんで……弾はまだ……んなっ!!!??」
そしてその時――彼は、信じられない光景を見る。
開守の背後から……さらに、〝新たな二門の大砲〟が、姿を現したのだった。
「うそおォん!!!? そんなの反則だァ!!!!」
「はっはっは!!! これが我が調査隊の力だァッ!!!」




