第28話 “調査隊隊長・開守”
――村の中央、広場。
さっきまで広場を埋め尽くしていた王国調査隊は、すでに半数以上が地に伏していた。
あちこちに、気を失った隊員達が転がっている。
その中には、副隊長の玲玲と雲の姿もあった。
そして、その中心に――
ただ1人。
タイガだけが、ほとんど無傷のまま立っていた。
頬に走る一筋のかすり傷。
それすらも勲章のように見える。
彼の眼には、揺るぎない〝自信〟の光が宿っていた。
「さあッ!! まだやるか!?」
覇動を帯びたタイガの叫びが、広場をビリビリ震わせる。
その気迫に押され、調査隊の面々はビクッと身をすくませ、一歩、また一歩と後ずさる。
「ひ、ひィ!!?」
まるで怪物を見るような目でタイガを見つめ、腰を抜かす者もいた。
だが、そんな混乱の中――
ただ1人、静かに立ちはだかる男がいた。
「……やるな、〝お前〟」
野太く響く声。
「駅で見た時は、副隊長と同じくらいの実力者だと思ったが……その2人をこうもあっさりと倒すとは……この2日間で何があった?」
「全力で走り続けただけだよ。〝ちょっと〟途中でモンスターも倒したけど」
「その〝ちょっと〟で随分とレベルを上げたな……」
タイガに問いながら調査隊の隊長・開守が、一歩、また一歩と前へ進み出る。
その巨体がぬぅっと動くたびに、地面が微かに沈んだかと錯覚するほどの重厚な気配をまとっていた。
その威圧感に、隊員達がざわつく。
「た、隊長……」
開守は周囲に冷たい視線を走らせ、低く、落ち着いた口調で命じる。
「動ける者は、倒れている者の救護をしろ……〝俺〟はこいつの相手をする」
「で、ですが……副隊長が2人もやられてるんですよ……!!?」
1人の隊員が縋るように声を上げるが、開守は彼をじろりと見下ろすと、言い放つ。
「……わからないか? 〝邪魔〟になるからどけと言っているんだ」
「っ!!? わ、わかりましたッ!!」
その一言に、隊員達は蜘蛛の子を散らすように広場の端へと退避していった。
その様子を見送りながら、タイガはゆっくりと開守に向き直る。
「……見たところ、オマエがボスだな? ねえ、ボクがオマエをやっつけたら、全員村から出て行ってくれる?」
対する開守は、わずかに口角を吊り上げ――
「ああ、約束しよう……そんなことはありえないがな」
余裕の態度で答える。
2人の間に、じりじりと熱を帯びた空気が張り詰めていく。
見えない火花がバチバチと飛び散っているような気配があった。
その様子を、広場の端から隊員達が不安げに見つめる。
「な、なあ……隊長が戦ってるとこ、見たことあるか……?」
「い、いや……でも玲玲副隊長が言うには、『自分よりもめっちゃ強い』って……」
「でも相手は、その副隊長2人を一瞬で倒しちまったんだぞ……! いくらあの2人より強いからって……!!」
ささやき声が交錯する。
どうやら副隊長2人がやられ、隊員達の自信はすっかり折れてしまっているようだった……
「にゃんだあいつ……あんまり信頼されてにゃいのか……?」
そんな隊員達を見ていた少女が小さく首を傾げると、すぐ隣から、冷静な声が返ってきた。
「ふ……っ。隊の中でも、隊長の戦う姿を見たことのある者は、あまりいませんからねェ……」
「にゃあ!!? お、おミャー!! 生きてたのか!!?」
振り返ると、少女の隣に運ばれていた雲が、いつの間にか目を覚ましていた。
「勝手に殺さないでください……おっと、警戒しなくても大丈夫。脳震盪です、当分動けませんよ……」
地面に倒れたまま、雲はひび割れた眼鏡をぎこちなく直しながらも、どこか飄々と笑っていた。
「はは……でもまあ、隊長の実力を知る者は、彼があの少年に負けるだなんて全く思わないでしょうね」
「あんにゃバケモノみたいな戦いを見てもか……?」
「……ふふ……」
雲はそれ以上は語らず、ただ静かに笑うのみ。
視線を向ければ、広場の隅に避難している隊員達の中にも数人、まだその目に希望を宿し、開守を見つめている者がいた。
(……あの隊長……そんにゃに強いのか……?)
少女の中で、不安がざわつく。
(……く……! あいつ1人に戦わせて、ミャーはここに来てから何も出来ていない……!!
なにか……なにかミャーに出来ることは……!!)
悔しさと焦りが、少女の胸をギュッと締めつける。だが、すぐに1つの可能性に気づいた。
(そうだ……! 通用するかわからにゃいけど……やるだけやってみる……!!
〝鑑定〟!!)
少女の瞳が一瞬、鋭く光を放つ――
◆ ◆ ◆
【異能スキル:鑑定】
使用すると、相手のステータスや装備品、スキルの一部を判別することが出来る。
◆ ◆ ◆
(――ぐ……っ!! やっぱりミャーのスキルランクだと情報がほとんどわからない……!!!
何か役に立つものは……
……え?)
少女は自分の目を疑った。
鑑定スキルでかろうじて表示された情報――それは、にわかには信じがたいモノだった。
「にゃ、にゃんで……こいつの〝レベル〟……」
「……ふっ……」
その動揺を視界の端で捉えた雲が、小さく笑みをこぼす――
「――俺が戦いに用いるのは、この身1つ……〝磁力〟は通用せんぞ」
「なら正面からぶっ飛ばすまでだ」
「ふっ……俺を吹き飛ばせるかな? ……ふぅ……コオォォォォ……ッ!!!」
「……ん?」
開守は目を閉じ、深く、長く息を吸い込む。
その息づかいが、明らかに変わった――
◆ ◆ ◆
【武技スキル:気功法[アクティブ]】
一定時間、自身の<ちから>と<回避率>を上昇させる。
◆ ◆ ◆
――開守の気の流れが静かに、しかし着実に膨れ上がっていく。
「よくわかんないけど、ヤバそうだ……くらえェッ!!」
様子を見ている暇はない。
タイガは剣の鞘を構え、勢いよく開守の頭へと振り下ろした――
――だが。
「はあ!! 〝虎硬身〟っ!!!」
「んなあ!!?」
乾いた衝撃音。
だが、その感触は明らかにおかしかった。
まるで金属を殴ったかのように、鞘が弾き返されたのだ。
「いっ……てえええええええ……っ!!! どんな石頭してるんだ!?」
タイガは顔をしかめ、痛む腕を押さえる。
生身とは思えない、鋼鉄のような頭の硬さだった。
「〝虎硬身〟は発勁により筋肉を瞬時に鋼のように硬化させる防御技だ……
今の俺の体は、〝虎〟の牙さえ跳ね返す堅牢さだ」
「へえ~、〝虎〟の牙か。そりゃあ〝タイガ〟にとっては厄介な相手だね……がおー」
余裕の態度で自身のスキルを解説する開守。
それにタイガも、おどけた調子で返す。
「それじゃあシビれるのはどうだ!! ビリビリィ……ッ!!」
タイガの体からバチバチと雷がほとばしる。
「効かん!! 〝飛燕脚〟っ!!!」
その瞬間、開守が構えを解く。
そして跳ねるようにタイガへ踏み込み、鋭い膝蹴りを放つ。
ドガァ!!!
「ぐえ……ッ!!?」
膝がタイガの顔面に直撃し、その体が宙に浮いた。
猛烈な衝撃に、視界がぐるりと回った。
「このまま吹き飛べ! 連撃……」
「させるかッ!!」
――ガッ!
空中で体勢を崩しながらも、タイガは両脚で開守の腰をロックするように絡め取る。
そのまま全身に魔力を集中――
「ピッカァーーーーーーーーーーッッ!!!!」
バチバチバチバチィッ!!!!!
強烈な電流が、タイガの体を通じて開守に流れ込む。
雷の波が肉体を貫き、皮膚の奥で火花が散った……だが……
「ぬうゥ……っ!!!」
開守は歯を食いしばり、その痛みに耐える。
そして両手でタイガの胴を鷲づかみにした。
「んえ……?」
「でええェいッ!!!!」ヒュン!!!
開守はタイガを強引に引きはがす。
そして全身に力を込めて――地面に叩きつけた。
「うぎゃああああああああああッ!!?」
ドグシャァァンッ!!!
タイガの身体が頭から地面に突き刺さり、土が弾ける。
地面が抉れ、砂塵が広がる。
衝撃音が広場に響き渡り、直後に静寂が訪れた。
「た、タイガァッ!!!」
「あれは頭がカチ割れましたね……もう助からないでしょう」
雲の冷静で残酷な一言に、少女は絶望する。
「そんな……た、タイ……ッ!!」
少女の心が崩れかけた――その時。
「痛ってええええええエエエエエェ!!!? よくもやってくれたなッ!!!」
「「えええええええええええええええっ!!?」」
直後の静寂を破ったのは、元気すぎるほどのタイガの絶叫だった。
顔を上げたその姿に、少女も雲も思わず二度見する。
「はあ!!? 頭から地面に突き刺さったんですよ!!? 無事なわけ……」
雲が目を見開く。
常識的には、絶対に助からない一撃だったはずなのに……
「石頭はお互い様のようだな」
「そんなことないよ……すっっっげェ痛かった……ッ!!」
タイガの額からは、一筋の血がツーっと流れていた。
けれど、まだ立っていること自体が〝異常〟だ。
それほどの一撃を食らいながら、タイガは顔をしかめつつも立ち上がり――開守の方へと向き直る。
「す、すげェ……っ! 隊長の方が押してるぞ……!!」
「ああ、あのガキも相当ヤベエが、隊長の方が優位だ!!」
「いけェ!! 隊長! そんなヤツ、やっつけちゃってください!!」
隊員達の士気が、先程とはまるで違っていた。
仲間がやられ一度は折れた心が、今では開守を中心にまとまり直している。
「むう……完全にボクの方が悪者って感じだな~。ボク勇者になるのに……」
ぷくーっと頬を膨らませるタイガ。
「勇者か……スジはいいが、まだまだ経験値不足だ。
……なあ。お前は何故、勇者なんてものを目指すんだ?」
突然の問いだが、タイガはあっさりと答える。
「だって〝女神様〟にお願いされたもん。『魔王を倒す勇者になって』って」
「は? 〝女神様〟?」
思わぬ単語に、開守が表情を険しくする。
「……聖職者にしては、随分とラフな格好だな」
「セーショクシャ? ……ああ! 教会でセーブさせてくれる人のこと?」
ふざけているようにしか聞こえないその答えに、開守だけでなく、周囲の者達も思わず唖然とする。
(〝女神様〟……ギルドでも言ってたけど、こいつが信仰してる神様って一体……?)
少女の胸にも疑問が湧く。
彼女の知る限り、〝魔王討伐〟を願う女神など、どの神話にも存在しなかった。
「ったああああああアッ!!!」
額の血をぬぐったタイガが、再び開守に向かって猛突進する。
「せいっ! そらっ!! たぁぁぁッ!!!」
タイガの鞘が、風を裂く。
次々と襲いかかるその連撃――
だが開守は、その場から一歩も退かなかった。
右からの水平打ちを肘で弾き、左下からの打ち上げを手のひらで逸らす。
縦、横、斜め……どんな角度の攻撃も、次々と受け流していく。
「あ、あれだけの連撃を、全部素手で……」
(ありえない……<防御力>だけじゃない、あの動きに必要なのは……)
2人の戦いを見ていた少女は、開守の動きに違和感を覚えていた……
開守はタイガの攻撃を一切の無駄なく、無表情のまま捌いていた。
「ダメか……でもこれなら、どうだッ!!!」
タイガは一度距離を取ると、勢いよく跳躍する。
そのまま天から開守へと落下する。
「くらえッ!! だあああああああああああああああああああアッ!!!」
両手で握った鞘を構え、渾身の一撃を真上から振り下ろす。
「あ……あれ……あの技は……っ!!」
「雲副隊長をやった……〝あの技〟だッ!!!」
調査隊員達がざわめく。
あの時と同じ……いや、それ以上のパワーが込められていた。
だが――
「……ふっ」
開守は静かに足を踏み出し、ふわりとその場から横に身を捌く。
まるで一陣の風のように、攻撃を紙一重で躱す。
ズガアアアアンッ!!!
鞘が振り下ろされた場所には、土煙だけが激しく舞い上がった。
「なっ……!?」
そしてタイガが顔を上げた時には、開守の姿は消えていた――
「〝鉄山靠〟っ!!!」
背後から、鋭く重い声が響く。
振り向く間もなく、開守の鋼の肩がタイガの背に叩き込まれる。
ドガアアアアアアアアアアアァンッ!!!!
「うべぇえええええええエッ!!!?」
炸裂する衝撃。
体重と気を乗せた体当たり――それはまさに“痛恨の一撃”だった。
タイガの身体が空中で弾かれ、弧を描いて吹き飛ばされる。
ドッシャーーーーーーーーーーーーン!!!
そのまま村の家へと激突。
崩れかけた木造の家屋の玄関がバキバキに砕け、タイガの体が内部へと叩き込まれた。
そして、不運なことにそこは……
「な……!! し、シヤの家が……ッ!!!」
かつて少女の友達・シヤが住んでいた、思い出の家だった。
破片が舞い、煙が立つ中、誰もが崩れた家を見つめていた。
「た、隊長……すげえ……ッ!!」
「信じらんねぇ……あの一撃を避けただけじゃなくて、あんな……!!」
静まり返った広場に、隊員達の息を呑む音だけが残る。
「くっ……!! にゃんで……にゃんであんなに強いんだ!! だってあいつは……ッ!!!」
少女が唇を噛みしめ、震える声で叫ぶ。
「だってあいつの〝レベルは15〟だったッ!!! 副隊長2人と全く同じだろ!!? なのになんでこんな……ッ!!!」
少女は鑑定スキルで見た開守のステータスと、目の前の現実の乖離に混乱する。
「しかもあの隊長、職業は〝兵士〟だろ……?
〝兵士〟は<防御力>特化で、<すばやさ>は低いはず……!! なのにあんな、動き……!!」
彼女とて冒険者ギルドの一員。
戦闘職の特徴くらいは頭に入っている。
「ふふふ……そうか。あなたの鑑定スキルじゃ、〝今の職業のレベル〟までしかわからないんですね……」
雲が静かに笑みを浮かべる。
まるで予想していたように淡々と、だが確信に満ちた声で告げる。
「そうです……確かに隊長はLv.15の〝兵士〟です……〝今は〟ね」
「今……は……?」
少女が言葉を繰り返す。
その瞬間、背筋に冷たい何かが走った。
「ま、まさか……!? あいつ……ッ!!」
「そう……〝開守〟はかつて――〝武闘家〟としてもLv.15に到達していた男!
つまり彼は……2つの〝職業〟をLv.15にした〝双職者〟なんですよ……っ!!!」
「な……〝双職者〟……!!?」
1つの職でもLv.15に到達するのは並大抵の事ではない。
それを2つ。
それも、防御力特化の「兵士」と、回避・機動の「武闘家」。
対照的な特性を両立し、なおかつそれを完全に制御している。
「〝兵士〟の<防御力>と〝武闘家〟の<すばやさ>……!!
それら2つを併せ持った〝開守〟はまさに超人!!!
その戦闘力は《C》ランクの冒険者以上ですッ!!!」
その場にいた誰もが思い知った。
彼らが今、目にしているのは――常識を超えた〝怪物〟だ。
調査隊副隊長、唐 雲準のステータス――
魔法使いLv.15 前職:武闘家Lv.5
HP:112 MP:182
ちから:21
みのまもり:26
すばやさ:43
こうげき魔力:81
かいふく魔力:2
きようさ:33
うんのよさ:23
所持スキル
〇基礎能力スキル
アルカナ《D》[パッシブ]
魔力の器が拡張され、最大MPとこうげき魔力が上がる。
アジリティ《F》[パッシブ]
身のこなしが軽くなり、すばやさが上がる。
氷属性親和《D》[パッシブ]
氷属性による攻撃の威力が上がり、氷属性から受けるダメージが減少する。
風属性親和《F》[パッシブ]
風属性による攻撃の威力が上がり、風属性から受けるダメージが減少する。
魔力感知《F》[パッシブ]
周囲の魔力を感じ取る。生き物の位置や魔法攻撃の兆候を察知しやすくなる。
〇技能スキル
格闘術《F》[パッシブ]
格闘攻撃時、攻撃力と会心率が上がる。
クンフー《F》[パッシブ]
格闘系武技の習得条件となる。格闘攻撃時、攻撃力とすばやさが上がる。
魔導具術《D》[パッシブ]
杖や魔道書を装備している間、こうげき魔力が上がる。
魔力制御術《D》[パッシブ]
魔法を使用する際のMP消費量が減少する。
〇武技スキル
鉄山靠《F》[アクティブ]
全身を使って相手へぶつかる体当たり技。
マナブースト《E》[アクティブ]
発動後、次に使用する魔法の威力を上げる。
〇魔法スキル
『ツィル』《C》[アクティブ]
両手に収まるほどの氷塊を作り出して放つ初級氷属性魔法。命中した対象のすばやさを少し下げる。
『ツィルダ』《D》[アクティブ]
人間ほどの大きさの氷塊を作り出して放つ中級氷属性魔法。命中した対象のすばやさを大きく下げる。
『ヒューサ』《E》[アクティブ]
突風を発生させ、対象を吹き飛ばす初級風属性魔法。
『ヒューサル』《F》[アクティブ]
鋭いかまいたちを発生させ、対象を切り裂く中級風属性魔法。
〇異能スキル
鑑定《C》[アクティブ]
対象のステータスや装備品、所持スキルの一部を判別する。アイテムに使用した場合は、その価値や効果などを判別できる。




