第27話 “調査隊副隊長・玲玲、雲”
「手出さないでヨ、開守。オマエが出たら楽しみがなくなるネ」
「……楽しみか……わかった」
開守は短く応じる。
視線は外さないまま、一歩だけ後ろへ下がる。
その動作には、焦りも不満も見えない。
(玲玲は少々、猫の少女と関わり過ぎた……この任務、遊びの1つくらいなければやっていけないだろう)
胸中に浮かんだ考えを、表に出すことはない。
ただ静かに、成り行きを見守る。
「なるほど……キミ達強いんだ。エルフのお兄さんと……“神楽ちゃん”」
「いや“神楽ちゃん”って誰アルか!! 私には〝玲玲〟って立派な名前があるアル!!!」
真剣勝負の直前だというのに、タイガはいつも通りだ。
たまらず玲玲が声を荒げる。
「〝アルアル〟って……ぷっ! あはは! まんま昔のアニメの中国の人じゃん!!」
「……っ!! よくわかんないけど……今めっちゃ馬鹿にされた気がするアル……ッ!!」
タイガの舐めたような言葉に、玲玲は顔を真っ赤にし、ピクピクと頬を引きつらせながら睨みつける。
「……ちなみに私も、純血のエルフではありません。混血です」
隣で雲がひと言、さらりと訂正を入れた。
緊迫した状況の中で、その|返事だけが妙に穏やかだった。
その時――いつの間にか縛られていた少女が、身をよじるようにして玲玲を見上げる。
「玲玲! やめてよ! おミャーは……他の奴らとは態度が違った……
村の破壊にも参加してなかった……おミャー本当はこんなこと、したくないんじゃないのか!!?」
ロープが食い込み、手首には赤い跡が浮かんでいる。
それでも少女は叫ぶ。喉が裂けそうな声で。
玲玲は、ほんのわずかに息を詰めた。
だが――
「……ううん、残念だけど……私だって、今までこの隊でいくつもの村を荒らしてきた」
「え!!?」
信じたかった答えが、あっさりと否定された。
「……ちょっとミーちゃんに優しくしてたのは、歳が近い女の子だったから……それだけアル……
私だって今まで、調査のためにたくさんの人達を傷つけたヨ」
その声音は、言い訳でも開き直りでもない。
事実を並べただけの、乾いた告白。
「そんな……なんでそんなこと……!!」
理解が追いつかない。
同じくらいの年頃の女の子が、なぜそんなことを背負っているのか。
「それだけ、人類は切羽詰まってるんですよ……」
代わるように、雲が静かに口を開く。
ため息混じりの声だが、そこに同情はない。
「〝魔王軍〟の猛攻によって、人類はこの約100年間ずっと押され続けている。
全大陸が侵略されるのも、時間の問題……〝勇者の装備〟の発見は、すべてにおいて最優先。
小さな村がいくつ潰れようが――それはもはや、犠牲とすら呼ばれない。
すでに住人が全滅した廃村であれば、なおさらです」
淡々とした説明。
理屈で固められた正義。
そこに、個人の涙が入り込む余地はない。
「そんな……そんなの暴論だ……!!」
少女が顔をゆがめ、怒りに震えた声を上げる。
「雲、少し喋りすぎだぞ」
横から開守が、低く制する。
声は小さいが、それだけで周囲が静まり返る。
「ああ、すみません。でも……隊長だって、駅のホームで言ってましたよね。我々がしてきたことを、堂々と」
「……そうだな。私としたことが、危うく隊の秘密を漏らすところだった」
「ご安心を、その秘密を知った者は……キチンと〝処分〟しますので」
雲は眼鏡をくいっ、と押し上げる。
そのレンズの奥で、理知的な光が冷たく瞬いた。
微笑みは柔らかい。
だが、その視線は刃物のように鋭い。
「べー! やれるもんならやってみろ!! ボクはオマエらなんかに負けないし、村もこれ以上壊させない!!」
「生意気な子供ですね……はっ、その方がいいか。罪悪感が薄れる」
そう言うと雲は片手で魔導書を開いたまま、もう一方の手をタイガへ向ける。
指先がわずかに動き、空気を〝掴む〟ような所作を見せた。
「そういえばさっき、私は〝混血のエルフ〟だと言いましたが……
純血ほどではないとはいえ、私も魔法は……〝得意〟です」
その言葉を合図に――
ふわ……と雲の周囲に漂い始めた土埃が、風のうねりに巻き込まれ、彼の足元へ集まっていく。
肌を撫でていた風が、急速に力を増していく。
「――駅の時と同じように……いえ、あの時よりも遥か遠くへ吹き飛びなさい!
『ヒューサル』っ!!!」
ビュオオオオオオオオッ!!!!!
雲が呪文を唱えたその瞬間、風が獣のような咆哮を上げ、タイガめがけて爆発的に放たれた。
「な……!? 〝中級風呪文〟!!?」
少女の声が裏返る。
自分も風呪文を扱えるからこそ分かる。
初級とは威力も速度も、まるで別物だ。
「はは! 流石だ雲副隊長!! 〝Lv.15〟の魔法使い!!」
「〝Lv.15〟っ!!? 逃げろタイガ!! ミャーの『ヒューサ』の上位呪文だ!! 体が切り刻まれるぞ!!!」
自分の倍以上のレベルを持つ相手。
その絶望的な数値の差に、少女の顔が青ざめる。
風が唸りを上げ、無数の刃がタイガへと突進していく――
だが彼は、そこから動こうとはしなかった。
「また吹き飛ばされてたまるか!! 絶対に吹き飛ばされない方法を考えたッ!!!」
叫ぶと同時に、自らの片脚を高く振り上げ――
「どりゃあ!!!」
ドズンッ!!
そのまま、足を地面に思い切り突き刺した。
「な……!! 自分の足を!!?」
「これで吹き飛ばされな……うわっぷ!!?」
ビュオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!
烈風が容赦なく叩きつける。
髪が逆立ち、服が激しくはためき、視界は土煙に染まった。
耳元で風が鳴る。
骨が軋むほどの圧が全身を押し潰しにくる。
それでも――
地面を削り取るような暴風の中で、タイガの身体だけが一点に縫い止められたまま、びくともしない。
「あわわわわわわわわ!!! ふぉうだ!! ふぉんふぉはふきとわされ……ってうわあ!!?」
ジャギィンッ!
空気を裂く鋭い音。風の刃がタイガの頬をかすめ、赤い線を一筋描いた。
「いてっ!! ほっぺキレたァ!!? かまいたち!? よし、それじゃあ……!!」
タイガは即座に腰から剣の〝鞘〟を引き抜き、構えると――
「でェい!!! たあァ!!!」
ガキィィンッ! カキンッ!! シュバンッ!!
飛来するかまいたちが、タイガの前で次々と弾けた。
抜き身の刃ではない。手にしているのは剣の鞘。
だが彼は、風の刃に角度を合わせ、叩き落とし、逸らし、地面へと流していく。
衝突のたび、乾いた音が立て続けに響き、火花と砂塵が舞い上がった。
「な……鞘だけで、『ヒューサル』を……!!?」
雲が、信じられないものを見るように目を見開く。
この魔法を正面から受け止めきれる者など、王都ですら数えるほどしかいない。
それを――剣すら抜かず、鞘一本でやってのけている。
「わわ……!! ぺっ! ぺっ! 砂が口の中に入った!!!」
タイガは顔に砂を浴びながらも、まるで遊んでいるような軽さで言った。
「く……!! やられっぱなしでたまるか!! ビイイイカアアジイイイイイイイイイイッッ!!!」
タイガは思いっきり雷を放つ。
稲妻は蛇のようにのたうち、雲目掛けて奔る――が。
ビシュンッ!!
雷は軌道を逸れ、地面に叩きつけられて霧散した。
「あれっ!? く~!! やっぱ遠くへのコントロールは苦手だな~!!」カキン! ガキン! ジャキイン!!
肩を落とすタイガ。
だがその間も、迫ってくるかまいたちに合わせて身体を傾け、手首を返して処理していく。
風の刃は、かすりもしない。
飛来するすべてを、鞘で弾き続ける。
「全然効いてないアル……なら……っ!!」
『ヒューサル』の風に乗って、玲玲が飛んできた。
両手に構えた細身の双剣が、風を切り裂きながら輝きを放つ。
「二刀流・〝或竜亜流・鍛剣〟っ!!!」
「っ! へへ、剣は近づけさせないよ!! くらえ磁力!!」
タイガは腕をバッと突き出し、掌から一気に磁力を放つ。
見えざる壁のような反発が前方へ広がり、玲玲の二刀を押し返す――はずだった。
――バシュンッ!!
一瞬にして玲玲の姿が霞み、空間に真一文字の斬撃が走る。
その剣技は、まるで舞う龍――
流麗かつ鋭利な連続斬撃が、タイガを包囲するように押し寄せる。
「んお!!? おおお!!!? 金属なのになんで近づけるんだ!!?」
「こんなちょっとの反発……力づくで押し切ればいいネッ!!!」
「く……っ! 同じ極の磁石を無理やり手でくっつけてるみたいなモンか……!!」
無数の斬撃に襲われながらも、タイガは、片足を地に突き立てたまま、踊るように軽やかに身体を捻り傾ける。
そうやって玲玲の連撃を紙一重で受け流し続ける。
カアンッ!! キンッ!! カアアアアン!!!
金属音が重なる。
鞘が刃を弾き、その軌道が逸れ、火花が散る。
玲玲の連撃は止まらないが、タイガの防御も崩れない。
「なっ……!? すべて鞘で捌いてるアル!?」
「う、嘘でしょう!!? 玲玲も私と同じ〝Lv.15〟……じゃあ、あの少年は……何レベ……!!?」
玲玲と雲の視線が揺らぐ。
2人の顔から、余裕が消えた。
(剣が重い……ッ!! 剣舞がいつもより遅い……!! けど、それにしても……!!!)
踏み込みは鋭いはず。
なのに、目の前の少年は合わせてくる。
「く……!! ふざけてるのカ!!! なぜ剣を抜かない!!?」
「あ~、剣壊れちゃったんだよね……ここに来る途中でさ」
「はあ!!? 壊れたァ!!?」
残念そうな、けれど呑気なタイガの返答に、玲玲の思考が崩壊しかける――
その隙を、タイガは見逃さなかった。
「そこだ!!!」
カァンッ!! ギィンッ!!
鞘が走る。
玲玲の双剣の芯を正確に叩き、握りを崩す。
両手の剣が同時に弾き飛ばされた。
「んな……っ!! しまっ……」
懐が空く。
――ズドンッ!!!
「んぐはあァっ!!!?」
鞘の一撃が玲玲の腹部を捉える。
風を裂く音とともに、彼女の身体が後方へ吹き飛ばされる。
「玲玲――!!?」
雲の声がわずかに乱れる。
ドグシャアアアア!!!
「グハァッ……あ……う……っ!」
玲玲は地面に叩きつけられ、白目を剥き気絶した。
「「「え……ええええええええええええええええええええええええええええええッッ!!?
り、玲玲副隊長がやられたああああああああアアアアアアアアッ!!!?」」」
隊員達の絶叫が重なる。
その喧騒を切り裂くように、タイガが視線を移す。
「次はオマエだ……っ!!!」
「うぐ……!! さ、させません! 『ヒューサル』っ!!!」
雲が再び呪文を唱えると、暴風が唸り、地面を抉りながらタイガへと襲い掛かる。
「もう食らうか!! んしょっと!!!」
タイガは足を引き抜くと、一気に腰を落とす――
ドンッ!!!
地面が陥没するほどの踏み切り。
爆風を巻き起こし、タイガの身体が空へと跳ね上がる。
「な……飛んだっ!!?」
そして、空中で回転しながら姿勢を整えると――
落雷のごとく、剣の鞘を構えて急降下。
「うおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!」
「んわ――ッ!! うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!?」
『ヒューサル』の突風は空を切り、虚しく地面を削るだけ。
そして――
ドゴオオオォッ!!!
「んがあ……っ!!!?」
鞘が、雲の頭部を正確に打ち抜いた。
眼鏡が砕け、破片が光を反射して宙に散る。
雲の身体が後方へ弾き飛ばされる。
「んひぃ……っ!!! そ、そんな……バカなァ……ッ……!」
彼は地面を転がり、そのまま意識を失った――
――風が止む。
土煙が、ゆっくりと収まっていく。
束の間、村に静寂が訪れた。
その中心に立っているのは……
剣すら持っていない、ひとりの少年――
「――え……ゆ……雲副隊長も……やられた……!!
副隊長2人が……たった1人の、子供に……倒されたああああああああああああああああああああああああああっ!!!?」
隊員達の悲鳴が、空を引き裂いた――
調査隊副隊長、薛 玲玲のステータス――
武闘家Lv.15 前職:農家Lv.3
HP:118 MP:0
ちから:81
みのまもり:21
すばやさ:98
こうげき魔力:0
かいふく魔力:0
きようさ:82
うんのよさ:15
所持スキル
〇基礎能力スキル
マッスル《F》[パッシブ]
肉体の力が高まり、ちからが上がる。
アジリティ《C》[パッシブ]
身のこなしが軽くなり、すばやさが上がる。
回避集中《D》[オートトリガー]
攻撃の回避に成功すると自動的に発動し、会心率が上がる。
〇技能スキル
剣術《D》[パッシブ]
剣を装備している間、攻撃力が上がる。
二刀流《E》[パッシブ]
両手に武器を1つずつ装備している間、攻撃力とすばやさが上がる。
格闘術《F》[パッシブ]
格闘攻撃時、攻撃力と会心率が上がる。
クンフー《D》[パッシブ]
格闘系武技の習得条件となる。格闘攻撃時、攻撃力とすばやさと会心率が上がる。
軽装慣れ《D》[パッシブ]
軽装時、すばやさが上がる。
農耕術《F》[パッシブ]
農具を使った作業の速度が上がり、作業による疲労が軽減される。
耕作《F》[アクティブ]
土地を整え、作物の成長効率を上げる。
天候読解《F》[パッシブ]
簡易的な天候の変化を感じ取れる。
〇武技スキル
パワースラッシュ《E》[アクティブ]
力をためて、重い一撃を放つ。
絡刃舞《E》[アクティブ]
自身の武器を敵の武器へ引っ掛けて絡め取り、投げ捨てる。
燕翔刃《D》[アクティブ]
高速の回転斬りを連続で放つ。
気功法《E》[アクティブ]
一定時間、自身のちからと回避率を上げる。
連撃掌《F》[アクティブ]
素早い打撃を2~3回連続で放つ。
飛燕脚《F》[アクティブ]
すばやさに応じて威力が上がる跳び蹴りを放つ。




