第26話 “クエスト開始っ!!”
「生きてた……生きてたのか……おミャー……ッ!!」
「うん! 親切なおじさんに助けてもらったんだ」
タイガは少女に向かって、ニッと無邪気に笑ってみせた。
その表情は、あの夜、森で出会った時と何ひとつ変わらない。
湖の底へ沈んでいったはずの姿が、今こうして目の前にある。
その事実が、眩しさとなって胸を射抜いていた。
「い、いや……生きてたのは、まだ受け入れられますが……なんで我々に追いつけるんですか? 我々は列車と馬車を乗り継いで、ここまで来たんですよ……?」
そう、あの蒸気列車は轟音と共に大地を爆速で駆け抜ける。
徒歩で追いつくなど、常識で考えれば不可能に近い。
雲の声には、理屈を積み上げる者の戸惑いがにじむ。
だがタイガは、なんてこともないように答えた。
「うん? あ~、線路の上を走って来た」
「「「はぁ!!??」」」
その場にいたほぼ全員の声が裏返った。
「は、走って来た!!? あ、ありえない!! そんなこと……普通の人間に出来るわけ……!!」
雲の声がわずかに上ずる。
理屈が通じない者を相手に、彼の冷静さは揺れていた。
しかし当の本人は、肩をすくめるだけだ。
「え~、ありえないって言われてもなぁ。実際、駅までは走って来たし……そこからは猫ちゃんの〝におい〟を追って村まで来たんだ」
「〝におい〟!!? 犬かおミャーは……!!」
――そうだ。
この少年に常識をぶつけても意味がない。
ほんの短い時間だったが、少女はそれを骨身に染みて知っている。
彼は、理屈より先に走る男だ。
彼のとんでもない言動に、張りつめていた緊張が少しほどける。
「てか……」
だが彼が次に口を開いた時、その軽さが消えた。
「そんなことは、どうでもいいだろ……お前ら、なんで猫ちゃんの故郷を壊してるんだ! ここに住んでる人達はどこに行ったんだ!!」
声音が落ちる。
ふざけた調子も笑みもない、真っ直ぐな問い。
「……住人は全員死んでいた。〝流行り病〟でな」
「っ!!?」
開守のその言葉に、タイガは息を呑み、わずかに目を伏せた。
「……そうか。ご愁傷様です」
タイガは黙って屋根から飛び降りると、少女の方へペコリと丁寧に頭を下げた。
「だから装備を探すために、村の家を解体しているのだ……別に構わんだろう? もう誰も住んでいないのだ」
開守の理屈は、感情を切り捨てれば、筋は通っている。
だが――
タイガの視線が鋭くなる。
「……それでいいなら、なんで猫ちゃんは泣いてるんだ……ッ!!」
「……タイガぁ……っ!!」
理屈を突き崩すのは、たった1つの事実だった。
少女が、泣いている。
タイガにとっては、それだけで立ち塞がる理由になった。
「また我々の邪魔をするつもりか? ……駅でも聞いたが、今度はなんだ。キミがここを守る理由は」
開守の問いは冷静だ。
今度もまた、論理としては確かに正しい。
だがタイガは、それに即答した。
「ここは〝命の恩人〟の故郷だ! 守るのに理由がいるなら、それで十分だろ」
「……!! 命の……恩人……?」
少女の思考が追いつかない。
自分は彼を湖に沈めた。酷い言葉も投げた。
それなのに彼は、自分を〝命の恩人〟と呼ぶ。
(もしかして……あのシチューのことか……?)
思い当たるのは、それしかない。
空腹で倒れかけていた彼に、たまたま食事を分け与えただけ。
(だとしたら……たったそれだけで……この村を……ミャーを守ろうと?)
釣り合いなんて取れてない。
けれど……彼は、真っ直ぐにこちらへ救いの手を差し伸べてきた。
少女は喉の奥に引っかかった声を、無理やり引きずり出す。
震える息のまま、タイガを見上げた。
「……ご……ごめんなさぃ……タイガぁ……酷いこと言った……酷いことした……でも……でもぉ……ッ!!」
情けない。
みっともない。
それでも――彼と向き合う。
「お願い……!! ミャーの故郷を……守って……ッ!!!」
「うん!! あたりまえだッ!!!」
タイガは、なんの迷いもなく答えた。
目の前には何十人もの調査隊員――全員が敵。
けれども彼は、一切の物怖じを見せなかった。
「こいつ……正気か!!?」
「俺達調査隊、全員とやり合う気か……!!」
「はっ! バカだぜこいつ……いけェ! やっちまえェ!! おりゃああああああああああああッ!!!」
調査員達が一斉にタイガへと襲いかかる。
だが、彼はその動きを歓迎するかのように、口の端を吊り上げた。
「へへっ!! 一気に固まって来るなら……!!」
タイガは一歩も退かず、真正面から腕を突き出す。
掌を前に向け、指先に力を込めた。
すると――
「おりゃあああああああぁぁ……ってあれッ!!? なんだこれ……!!?」
「うわあああああぁぁぁァァ!!?」
勢いよく振り下ろされるはずだった剣が、槍が、斧が――
タイガの目前で、ピタリと止まった。
「お、おい!! なんだこれ……つ、剣が……動かねェ!!!」
「お、俺の斧もだ……一体どうなっているんだ!!?」
隊員達は必死に柄を引き戻そうとする。
だが、武器は空中に固定されたまま、ビクともしない。
「へへっ!! 金属は近づけないよ。ボクは〝磁石〟の力を使えるんだ!!!」
「じ、〝磁石〟……?」
タイガの言葉を聞き、少女はこれまでの事を思い出す――
『――うん……? お!!! すンげェ~~~ッ!!!!』
そう言いながら元気よく飛び跳ね、機関車の側面に……
ガチィン!! と足裏を磁石のように貼り付けるタイガの姿を――
「――だ、だからあいつ……壁に張り付いたり出来たのか……」
理論は荒唐無稽だが、目の前の現象がそれを肯定している。
「金属とかなんだとか……俺には関係ねェ!! どおりゃあッ!!!」
「うおッ!!?」
大柄な調査員が、巨大な木槌を振り下ろす。
ゴオオォンッ!!!
風が唸り、地面が震える。
轟音とともに、タイガの姿が土煙に飲み込まれた。
「た、タイガァッ!!!」
絶叫する少女。
しかし――
「へへへ……今のはちょっと驚いたよ」
煙の向こうから、軽い声が返る。
「っ!!? こ、こいつ……っ!!」
土煙が晴れる。
押し潰されたかに見えたが、タイガはその腕で、木槌を受け止めていた。
しかも……
「か、〝片手〟でこの巨大な木槌を……ッ!!?」
「よ~し……それじゃあ一気にやっちゃうか……!!!」
軽く笑いながらも、目は真剣だ。
タイガは膝を折り、低く構える。
抑えた木槌を押し返しながら、全身に力を巡らせる。
「……ビー……ビーー……ビーーーーーー……ッ!!」
空気が震える。
パチパチパチ……!!
タイガの髪の毛が逆立つ。青いメッシュが稲妻のように天を指す。
彼の顔つきが鋭くなる。
青白い火花が、腕から胸元へ、胸元から全身へと走る。
「っ!? なんだぁ!?」
「なんかヤベェぞ!!! 逃げろォッ!!!」
足元の砂利が、カタカタと跳ね始める。
火花が弾けるたび、空気が熱を帯びていく。
次の瞬間、タイガは顔を上げた。
「さあ……クエスト開始だッ!!!
ピイイィィィリャアアアアアアアアアアーーーーーッッ!!!!」
閃光が炸裂する。
蒼い雷が放射状に広がり、調査員達を一斉に貫いた。
「「「うわあああああああああああああああ!!!??」」」
轟音が遅れて爆ぜる。
視界が白に染まり、次いで黒煙が渦を巻く。
「ぎゃあ"あ"あああああああああ"あ"あ"ああああああ"あ"ア"ア"ア"アアァァァ……ッ!!」
「う"わ"あ"ああああああああああ"あ"ばばばばばばばばばばばばばばばばッ!!!」
強烈な悲鳴が雷鳴に混じる。
雷撃を受けた者達が、バタバタと地面に倒れ込む。
そして――
焦げた匂いと、立ちのぼる煙。
辛うじて逃れた調査員達が、呆然と立ち尽くしていた。
「あ、ああ……なんてこった……!!
武闘派と呼ばれる我ら王国調査隊が、一瞬で半分以上……黒焦げにされちまった……!!」
怯えた声が、場に零れた。
地面に倒れ伏す隊員達の中央で、タイガだけが平然と立っていた。
「〝雷呪文〟……しかもこの威力、〝中級〟以上……っ!!!」
雲は驚きながらも、冷静に分析を試みる。
「ほう……」
一方、開守は短く声を漏らす。
それだけだ。
目の前でたくさんの調査員がやられたというのに、その顔には、動揺の色すら浮かばない。
ただ観察している。
未知の現象を、興味深い標本でも眺めるかのように。
「……オイ、なにか人を縛れるもの持ってくるネ」
「え……? は、はい……!」
玲玲は低い声で、迷いなく命じた。
隊員のひとりが慌てて馬車へと駆け、荷台をひっくり返す勢いでロープを引き出してくる。
混乱の中でも、命令系統だけは崩れていない。
「さあ……次は誰から、シビレたい?」
「ぐ……! 近づけない、どうすれば……」
タイガの電撃の余韻が場を支配し、隊員達は尻込みして動けなくなっていた。
その時――
「お前達……下がるアル」
2つの影が、進み出る。
「ふ、副隊長!!」
前に出たのは、玲玲と雲。
さっきまで怯えていた隊員達の顔に、安堵が広がる。
「はぁ……面倒なことになりましたね」
「私達がこいつをヤレば、それで済む話アルヨ」
軽く肩を回しながら、玲玲は腰の2本の剣を抜き放つ。
カシャン、と澄んだ音が響いた。
雲も脇に抱えていた分厚い魔導書を、静かに開く。
ページがめくれる音とともに、周囲の魔力がわずかにざわめいた。
「おお……!! 副隊長が2人掛かりで……」
「はは、そうさ! 俺達が戦うことない! この2人に任せて、倒せなかった奴なんて今までいねェんだから!!」
タイガに怯えていた隊員達は、一転して勢いづき、声を弾ませた。
――2人が並び立った、その瞬間。
場の空気が、明らかに変わった。
猫のケモニアの少女、現在のステータス――
盗賊Lv.7
HP:46 MP:16
ちから:13
みのまもり:12
すばやさ:36
こうげき魔力:13
かいふく魔力:0
きようさ:21
うんのよさ:14
所持スキル
〇基礎能力スキル
アジリティ《E》[パッシブ]
身のこなしが軽くなり、すばやさが上がる。
〇技能スキル
短剣術《E》[パッシブ]
短剣を装備している間、きようさと会心率が上がる。
料理《E》[パッシブ]
料理をする際の精度が上がり、調理時間と失敗率が減少する。
忍び足《E》[アクティブ]
足音と気配を抑えながら移動し、敵とのエンカウント率を下げる。
〇武技スキル
二連突き《F》[アクティブ]
短剣による素早い突きを2回連続で放つ。
キャットネイル《E》[アクティブ]
猫の爪で相手をひっかく。
盗む《F》[アクティブ]
一定確率で相手の所持品を盗み取る。
〇魔法スキル
『ヒューサ』《E》[アクティブ]
MPを消費し、風属性の攻撃を放つ初級魔法。
〇異能スキル
鑑定《E》[アクティブ]
対象のステータスや装備品、所持スキルの一部を判別する。アイテムに使用した場合は、その価値や効果などを判別できる。




