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勇者になりたいのに賞金首になっちゃったボク ~人助けするたびに、懸賞金と仲間が増えていく~ バンディット!!  作者: ちゃんなか
異世界の夜明け!ヤマモモ村編

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第25話 “大切な場所”

「――手記の内容(ないよう)は以上ですか……」


 雲(ユン)が感情(かんじょう)の一切(いっさい)を交(まじ)えず、拾い上げた手記を閉(と)じた。


「……ミーちゃん……」


 玲玲(リンリン)は言葉を失っていた。

 村人達の悲劇(ひげき)と、それを記録し続けたチーシャの日記。

 そのすべてを耳にし、少女の絶叫(ぜっきょう)まで目の当たりにした彼女(かのじょ)の表情(ひょうじょう)には、深い陰(かげ)りが差していた。




 しかし――




 同じ副隊長である雲(ユン)と、隊長の開守(カイシュウ)は冷静なまま、日記の情報(じょうほう)を分析(ぶんせき)していた。


「〝勇者の装備(そうび)〟のありかでも、書いてあればと思ったのだがな……」


 開守(カイシュウ)の声には、わずかな落胆(らくたん)だけがあった。


「ですが、無駄(むだ)というわけでもありません」


 雲(ユン)は即座(そくざ)に続ける。


「この日記から、村の生活水準(せいかつすいじゅん)と技術段階(ぎじゅつだんかい)は、ある程度(ていど)把握(はあく)出来ました。どうやらこの村の人達は、高度な魔法技術(まほうぎじゅつ)なども持っていなさそうです。

 隠(かく)すとすれば……地中か、床下(ゆかした)か、あるいは単純(たんじゅん)な隠(かく)し倉庫(そうこ)。方法は、極めて原始的でしょう」

「ふむ……なら、やり方も単純(たんじゅん)だな」


 開守(カイシュウ)は踵(かかと)を返す。


 そして、声を張(は)り上(あ)げた。


「行け、調査隊(ちょうさたい)!! 村をひっくり返して〝勇者の装備(そうび)〟を探(さが)し出(だ)せェ!!!」



 ――

 ――――

 ――――――



 ――その頃(ころ)。


 村の外れに佇(たたず)む、1軒(いっけん)の家。

 かつて、少女とチーシャが一緒(いっしょ)に暮(く)らした家。


「ううう゛……っ!! ああああ……うわああああああああ゛……っ!!!」


 少女は床(ゆか)に膝(ひざ)をつき、泣(な)き崩(くず)れていた。



 変わり果てた、母の姿(すがた)を前に――



(おかあさん……もう一度、話したいよ……抱(だ)きしめてほしいよ……

 ミャー、この村から出てずっと……寂(さび)しかったんだ……悲しかったんだ……)


 恨(うら)みと怒(いか)りで塗(ぬ)り潰(つぶ)してきた感情(かんじょう)の奥底(おくそこ)から、純粋(じゅんすい)な愛情(あいじょう)が、悔恨(かいこん)が、溢(あふ)れ出す。

 涙(なみだ)は止まらず、嗚咽(おえつ)が喉(のど)を震(ふる)わせる。


「会いたいよ……あいたいよ"ぉ……!! おがあざん……!!!

 まだ話したいことが……たくさんあるのにィ……ッ!!!」


 その嘆(なげ)きに、返ってくる声はない。



 代わりに――




 ドオオオォン!!!




「っ!!? な……なに……!?」


 村の中央から、凄(すさ)まじい轟音(ごうおん)が聞こえた。




 ドオオオォン!!! バキバキバキィ!!!




 ――まるで、何かを粉々(こなごな)に砕(くだ)き、無造作(むぞうさ)に放(ほう)り捨(す)てているような音。



「なにが……起こってるんだ!!?」


 涙(なみだ)を拭(ぬぐ)う暇(ひま)もなく、少女は立ち上がる。


 足に力が入らない。

 心はまだ、母の前に置き去りだ。


 それでも……音は止まらない。


 少女はふらつく身体を引きずるようにして、駆(か)け出(だ)した――



 ――

 ――――

 ――――――



 ――そして……村の中央。



「どおりゃァっ!!!」


 調査隊(ちょうさたい)の1人が、巨大(きょだい)な木槌(きづち)を肩(かた)に担(かつ)ぎ上(あ)げ、そのまま勢(いきお)いよく振(ふ)り下(お)ろす。



 ドカアアン!!! バキバキィ!!!



 激(はげ)しい音を立てて崩(くず)れたのは、村の中央にあった1軒(いっけん)の古びた家。

 その玄関(げんかん)が粉々(こなごな)に砕(くだ)け、土埃(つちぼこり)が宙(ちゅう)を舞(ま)う。



 ――中には、白く乾(かわ)いた腕(うで)の骨(ほね)が転がっていた。かつてここに住んでいた誰(だれ)かの、確(たし)かな痕跡(こんせき)だった。



「な……ッ!? なにを……やってるんだ……ッ!!?」


 少女は立(た)ち尽(つ)くす。


 涙(なみだ)で歪(ゆが)んだ視界(しかい)の中、〝故郷(こきょう)〟が壊(こわ)れていく。



 ドガアアアアァン!!!

 バキバキベキィ!!!



 あたりを見回すと、他の家にも同じように調査員(ちょうさいん)が木槌(きづち)を振(ふ)り下(お)ろしていた。

 屋根が傾(かたむ)きかけた家、壁(かべ)が崩(くず)れ落(お)ちた家……すでに完全に潰(つぶ)れてしまった家もあった。

 かつて人々が暮(く)らしていた証(あかし)が、ただの障害物(しょうがいぶつ)のように扱(あつか)われている。


「あ……カッハァ……ッ!! はあ……っ……はあっ……!!!」


 目の前の光景に、呼吸(こきゅう)の仕方すら分からなくなる。



 ……なんで、こんなことに……?



 そんな破壊(はかい)の渦中(かちゅう)、調査員(ちょうさいん)の背後(はいご)に静かに歩(あゆ)み寄(よ)ったのは、開守(カイシュウ)だった。


「一撃(いちげき)で玄関(げんかん)だけか。甘(あま)いぞ。ちょっと貸(か)してみろ」


 彼(かれ)は無表情(むひょうじょう)のまま木槌(きづち)を受け取り、何の躊躇(ためら)いもなく構(かま)える。


「こうやるんだ――〝パワースタンプ〟!」

「あ……っ! や……やめ"ろ"お"お"お"お"お"お"おおおおおォォッ!"!"!"」


 少女の悲鳴も虚(むな)しく、開守(カイシュウ)の木槌(きづち)が家屋の中心へと振(ふ)り下(お)ろされ――



 ドカアアアアアァン!!! バキベキボキィ!!!



 響(ひび)き渡(わた)る轟音(ごうおん)とともに、家屋全体が粉砕(ふんさい)される。

 柱も壁(かべ)も、家具も――遺骨(いこつ)もすべてが吹(ふ)き飛(と)ばされ……誰(だれ)かの人生が、記憶(きおく)が、ただの瓦礫(がれき)と灰(はい)の山になった。


「……あ……ああ……ッ!!」


 少女はその光景に全身を震(ふる)わせながら、唇(くちびる)を噛(か)みしめ、目の前の男を怒(いか)りと絶望(ぜつぼう)の入(い)り混(ま)じった瞳(ひとみ)で睨(にら)みつけた。


「……ぐ……っ!! おミャーら……一体……ッ!!!

 なにをやってるんだあ"あ"あ"あ"ああ"ァ"ァァァァァァァァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァァァァァァ"ァ"ァ"ァッ!!"!"!"」


 彼女(かのじょ)は咆哮(ほうこう)と共に、腰(こし)に差していた短剣(たんけん)を引(ひ)き抜(ぬ)いた。

 そして、そのまま開守(カイシュウ)に向かって飛びかかる。


「う"わ"あああ"あ"あ"ああああああァ!!"!"」


 理性(りせい)も技術(ぎじゅつ)も投(な)げ捨(す)てた、渾身(こんしん)の一閃(いっせん)――



 だが――



「そんな感情任(かんじょうまか)せの攻撃(こうげき)など……」


 開守(カイシュウ)はまったく怯(ひる)むことなく、その場で軽く身を捻(ひね)る。

 刃(やいば)の軌道(きどう)を見切り、まるで流れるように少女の手首を右手で捉(とら)える。



 バシィッ!



「んなっ……!?」



 その瞬間(しゅんかん)――



 少女の身体が宙(ちゅう)を舞(ま)った。

 開守(カイシュウ)は掴(つか)んだ手首を軸(じく)に少女の勢(いきお)いを利用し、そのまま地面へ叩(たた)きつけた。



 ドシャアッ!!!



 鈍(にぶ)い衝撃音(しょうげきおん)と共に、砂埃(すなぼこり)が舞(ま)い上(あ)がる。

 少女の細い背中(せなか)が地面に激突(げきとつ)し、一瞬(いっしゅん)、肺(はい)の空気がすべて押(お)し出(だ)される。


「かっ……は……ァ……ッ!!」

「まずまずの速度だな、うちの隊員共と遜色(そんしょく)ない……だが……」


 開守(カイシュウ)は見下ろしたまま、彼女(かのじょ)の腹部(ふくぶ)を無造作(むぞうさ)に踏(ふ)みつけた。


「ぐえ……ッ!!?」

「その程度(ていど)の速さじゃ、俺(おれ)には届(とど)かん」


 少女は苦しみに顔を歪(ゆが)めながらも、踏(ふ)みつける開守(カイシュウ)を睨(にら)み上(あ)げる。

 怒(いか)りと痛(いた)みと、どうしようもない無力感が混(ま)じった視線(しせん)。


「おミャーら……にゃんでこんにゃことをしてるんだ!!?

 この村には、〝勇者の装備(そうび)〟を探(さが)しに来ただけだろ!!? なのに……どうして村を……ぶっ壊(こわ)すんだっ!!!!」

「ああそうだ。これは〝調査(ちょうさ)〟だ」

「!!?」


 開守(カイシュウ)は顔色ひとつ変えずに返す。


「〝装備(そうび)〟を手っ取り早く見つける為(ため)に、村を〝ひっくり返して〟探(さが)すことにした。

 ちょうど邪魔(じゃま)をする〝村人〟もいないことだしな……」

「な……!! なんてことを……!!! 家の中には、〝みんなの死体〟があるんだぞ!!?」


 その叫(さけ)びにも、開守(カイシュウ)は眉(まゆ)ひとつ動かさず、静かに言い放った。


「それがなにか、〝問題〟か?」

「っ!!!? く、狂(くる)ってる……っ!!! おミャーなんか!!! 狂(くる)ってるッ!!!!」


 少女は涙(なみだ)をこぼしながら、怒(いか)りと悲しみのすべてを吐(は)き出(だ)すように叫(さけ)ぶ。

 だが、開守(カイシュウ)は淡々(たんたん)と続ける。


「恨(うら)むなら、〝装備(そうび)〟のありかをまったく残さなかった村長と、キミの母を恨(うら)むんだな。

 その2人なら何かを知っていただろうに……〝装備(そうび)〟の隠(かく)し場所が分かっていれば、我々(われわれ)もこんなことをせずに済(す)んだ。

 あの無駄(むだ)に長い日記には、〝なに〟も書かれていなかったからな」

「〝なに〟も!? 〝なに〟も書かれていなかった!!? ふざけるな!!! あの日記には……おかあさんの〝想い〟が……っ!!!!」



 叫(さけ)びながら、少女は振(ふ)り返(かえ)る。



 日記が残されていた村長の家――祖父(そふ)の家を。



「え……あ、ああ……っ!!!」



 だが、そこにあったのは――



 もはや〝家〟と呼(よ)べるものではなかった。



 瓦礫(がれき)と化した屋根、砕(くだ)けた壁(かべ)。

 土埃(つちぼこり)にまみれた床(ゆか)に、ひしゃげた家具の残骸(ざんがい)。

 かつて祖父(そふ)が暮(く)らしていたぬくもりは、すべて踏(ふ)みにじられ、破壊(はかい)され、無惨(むざん)に消えていた。



 ……そして、少女の目に――



 瓦礫(がれき)の隙間(すきま)から覗(のぞ)く、白い骨(ほね)が映(うつ)る。



「う"わ"あ"あああああああああああああ"あ"あ"あ"あ"あああああァ"っ!!!!

 おじいちゃんの……おじいちゃんのいえ"があああああああ"あ"あ"あ"あああああああああああァァっ!"!"!!」

「ふん……大層(たいそう)な地下室まで用意してあったのに、なにもなかった。村長の家にないとなると……探(さが)すのは骨(ほね)が折れそうだ」


 開守(カイシュウ)は、まるで壊(こわ)れて打(う)ち捨(す)てられた玩具(おもちゃ)を見るような冷めた目で、瓦礫(がれき)の山を見下ろしていた。


 「この村の人々の〝想い〟など、全て無価値(むかち)だった」とでも言いたげなその態度(たいど)に、少女の目が怒(いか)りで燃(も)え上(あ)がる。


「よくもォ!!! よくもおまえェ!!!!」

「はっ、駅の時とは随分(ずいぶん)と態度(たいど)が違(ちが)うな……邪魔(じゃま)をするなら、一度痛(いた)い目を――」



「――開守(カイシュウ)っ!! やめるネ!!」



 突如(とつじょ)、開守(カイシュウ)を遮(さえぎ)る鋭(するど)い声が響(ひび)く。

 王国調査隊(ちょうさたい)・副隊長の玲玲(リンリン)だった。


「ミーちゃんに酷(ひど)いことするのは違(ちが)うネ!! 離(はな)してあげてヨ!!!」

「……玲玲(リンリン)。情(じょう)でも湧(わ)いたか? ……まあいい」


 開守(カイシュウ)はそう言うと、少女を踏(ふ)みつけていた足をどけ――そのまま片手(かたて)で彼女(かのじょ)の体を持ち上げた。


「うわ!? や、やめろ!! はな……!!」


 その抗議(こうぎ)すら最後まで言わせず、開守(カイシュウ)は彼女(かのじょ)の体を玲玲(リンリン)の方へと投げつけた。


「わあッ!!? ぐあァ!!!」


 どぐしゃっ! という音と共に、少女は玲玲(リンリン)の足元へと転がる。


「ミーちゃん! ……大丈夫(だいじょうぶ)?」

「ぐ……!! うぅぐ……ッ!!」


 うずくまり、腹(はら)を押(お)さえたまま、少女は苦しげにうめく。

 言葉すら出せないその姿(すがた)に、玲玲(リンリン)の目が揺(ゆ)らぐ。


「玲玲(リンリン)、そいつを抑(おさ)えていろ……これ以上邪魔(じゃま)をされては、加減(かげん)ができん」

「……っ!! ……わかったネ……」


 玲玲(リンリン)はそっと少女の上に跨(また)がると、両腕(りょううで)を押(お)さえ込(こ)んだ。

 細身の体をしならせながら、関節を的確(てきかく)に締(し)め上(あ)げ、動きを封(ふう)じていく。


「……うう……!! はっ!!! おいっ!!! やめてくれェ!!! これ以上村を壊(こわ)さないでェ!!!! あぐァ……!!!」

「大人しくしテ、動くと痛(いた)くなる締(し)め技(わざ)ネ……」


 それでも少女は必死にもがいた。



 力任(ちからまか)せに暴(あば)れても意味がないことは分かっている――



 けれど、叫(さけ)ばずにはいられなかった。


「こ……こんなに村を無茶苦茶(むちゃくちゃ)にしたら、おミャーらの探(さが)すモノだってただじゃ済(す)まないだろ!!?」


 その言葉にも、開守(カイシュウ)は表情(ひょうじょう)1つ変えず、機械のような口調で応(おう)じる。


「いいや、これで〝ただで済(す)む〟から〝勇者の装備(そうび)〟なのだ。俺(おれ)の木槌(きづち)程度(ていど)じゃ傷(きず)1つつかない……

 だからいっそのこと、この村の全てを瓦礫(がれき)の山に変えてしまった方が早い。

 その中で、ただ1つ輝(かがや)くものがあれば――それこそが〝グランのペンダント〟だ」

「〝グラン〟……?」


 少女は、その聞(き)き慣(な)れない名を確かめるように呟(つぶや)いた。


 答えは、背後(はいご)から返ってきた。


「〝勇者の名前〟ですよ」


 雲(ユン)が歩(あゆ)み寄(よ)る。

 バキ……ボキィ……と砕(くだ)かれた家屋の残骸(ざんがい)を、わざと踏(ふ)み鳴(な)らしながら。


「王都じゃ一般教養(いっぱんきょうよう)です。この村じゃ教えていなかったのですか?」


 彼(かれ)は、ため息交じりにそう言った。


「というか、あなたも心当たりはないんですか? そのペンダントを見た場所の……」

「だ、だって……ミャーがペンダントを見ちゃったとこ……その後、倉庫ごと取(と)り壊(こわ)されて……老朽化(ろうきゅうか)が原因(げんいん)だって……」

「そこまで徹底(てってい)しますか……」


 雲(ユン)はそう吐(は)き捨(す)てながら、眼鏡(めがね)の位置を直す。


「それでペンダントのことを知ってそうだったのは、村長とその娘(むすめ)だけ、と……

 これは全部ぶっ壊(こわ)すしかなさそうですね~」

「な……っ!? やめろ……やめてくれよ……!! にゃんで……にゃんでこんな酷(ひど)いこと……!!!」


 少女の声は、次第に怒(いか)りから懇願(こんがん)へと変わっていた。




 だが――




 ドガアアアドガアアアアドガアアアァン!!!

 バキベキ!!! バキベキィ!!! バキボキベキィ!!!




 破壊(はかい)の音は止まらない。

 調査員達(ちょうさいんたち)が無感情(むかんじょう)に木槌(きづち)を振(ふ)り下(お)ろし、家々を容赦(ようしゃ)なく叩(たた)き潰(つぶ)していく。


「う"わ"あ"あ"あああああああああ"あ"あ"あ"あ"あああああああああああああ"あ"あ"あ"あ"ああああ"あ"あ"……ッ!!?

 やめてよ……みんにゃのいえ……こわさないでよ"ォ!!!!」

「はっ……何を言って……」


 雲(ユン)は鼻で笑うように息を漏(も)らした。

 少女を見下ろしたまま、乾(かわ)いた声を落とす。


「そもそも、我々(われわれ)をここまで案内したのは、他ならぬ〝あなた〟ですよ?」

「っ!! ……それはァ……っ!!!」


 反射的(はんしゃてき)に言い返そうとして……言葉が詰(つ)まる。


「だ、だってミャー……にゃにも知らなくて……」


 絞(しぼ)り出(だ)した声は、自分でも頼(たよ)りなかった。


 その瞬間(しゅんかん)、開守(カイシュウ)が一歩前に出る。

 感情(かんじょう)のない声色のまま、刃物(はもの)みたいに問いを差(さ)し込(こ)む。


「知らなかった? キミは我々(われわれ)が少々強引な手段(しゅだん)をとることも知っていただろう?」

「ええ、そしてそれを止めようとした少年を……湖の底に沈(しず)めた」

「……っ!!! ……あ……っ……ああっ……!!!」


 その言葉に引きずり出されるように、あの少年の姿(すがた)が浮かんだ――



 ――

 ――――

 ――――――



『――だって、命の恩人(おんじん)の〝大切な場所〟でしょ? それを荒(あ)らす奴(やつ)らを見過(みす)ごせないよ……!!』




(――〝大切な……場所〟……そうだ、なのにミャーは……!!!)



 ――

 ――――

 ――――――



『落ちろ!! 『ヒューサ』ッ!!』


『おあああああァッ!!?』



『ね、ねごぢゃ……がぼ……っ!! まっで……!!!』


『おご……!! ゴボォ……!! まだ……おぼ……ォ……』




 ――沈んでいく少年の顔が、意識(いしき)に焼きついて離(はな)れない。


 彼(かれ)が守ろうとしてくれた〝大切な場所〟は、今まさに自分の目の前で壊(こわ)されている――



 ――

 ――――

 ――――――



「ふぅ……大変だな……これ村中の家全部やるんですか?」


 軽薄(けいはく)な調査員(ちょうさいん)の声が、瓦礫(がれき)の上を滑(すべ)った。


「ええ、お願いします。あと念のため、あの〝キャメラ〟とかいう道具で、どこでもいいので村の中を撮(と)っておくように言っといてください」

「へ~い、了解(りょうかい)しました」


 調査員(ちょうさいん)が肩(かた)を回し、木槌(きづち)を担(かつ)ぎ直(なお)す。


 そして……ふと、ある家の前で足を止める。


 木槌(きづち)が持ち上がる。


「……あ……まって……!!」


 少女はその家を見て、思わず声を上げた。


「それは……〝シヤ〟の……っ!!!」


 そう、そこは彼女(かのじょ)の友人〝シヤ〟の家だった――



 ――

 ――――

 ――――――



『――ようバケネコ! 今日もヘンな耳だな~!!』


『――おい化(ば)け猫(ねこ)~!! また川に遊びに行こうぜ!!』


『――オレ、お前のこと〝好き〟だ』


『――お前のそういう、みんなと違(ちが)って強いところが!』



 ――

 ――――

 ――――――



「やめろォ!! やめてぐれェ!!!」

「……っ!!! ミーちゃん!!! 動いちゃ……っ!!」

「うぎィ!!?」


 少女の絶叫(ぜっきょう)が、空を割(わ)るように響(ひび)く。

 だが、その体は再(ふたた)び締(し)め付(つ)けられ、自由を奪(うば)われる――それでも彼女(かのじょ)は叫(さけ)ぶ。


「これ以上……ミャーの……っ!!! ここは……ミャーの……たいせ……!!!!」



 ――だが、言葉がそこで止まった。



(っ!! ……言えない……そんな資格(しかく)、ない……っ!!)


 過去(かこ)に吐(は)いた自分の言葉が、返ってくる――



 ――

 ――――

 ――――――



『――こいつらが……ミャーの故郷(こきょう)を荒(あ)らしたって、別にいい……むしろいい気味にゃ……』


『――〝故郷(こきょう)〟が誰(だれ)にとっても、大切だにゃんて思うなよ……!!』




『――そもそも、我々(われわれ)をここまで案内したのは、他ならぬ〝あなた〟ですよ?』



 ――

 ――――

 ――――――



「あ……っ! うぁ……ああ……!!!」


(今さら……こんなボロボロになってから……今さら……っ!!)


 口にしかけた言葉が、罪悪感(ざいあくかん)に押し戻される。


(ミャーに……ここが〝たいせつ〟だなんて言う資格(しかく)……ない……っ!!)


 その迷(まよ)いを嘲笑(あざわら)うかのように、調査員(ちょうさいん)の腕(うで)がゆっくりと持ち上がった。

 握(にぎ)り締(し)めた柄(え)が軋(きし)み、巨大(きょだい)な木槌(きづち)が頭上を覆(おお)う。

 シヤの家に、ひときわ重い影(かげ)が落ちた。


「一撃(いちげき)で木(こ)っ端(ぱ)みじんにしてやるぜ……! よっとォ!!!」


 巨大(きょだい)な木槌(きづち)が、空気を唸(うな)らせながら落ちてくる。

 空気が押(お)し潰(つぶ)され、風圧(ふうあつ)が頬(ほお)を叩(たた)く。

 少女はただ、その軌道(きどう)を見つめるしかなかった。


「ああ……っ! いや……や"め"て"え"え"え"ええええええええ"え"え"ええええええええ"え"え"え"ええェェ"ェ"!"!"!!」


 悲鳴は掠(かす)れ、裂(さ)け、形を失う。


 その瞬間(しゅんかん)、世界の輪郭(りんかく)がわずかに歪(ゆが)んだ。

 風が止み、舞(ま)い上(あ)がっていた土埃(つちぼこり)が宙(ちゅう)で揺(ゆ)らぎ、遠くの破壊音(はかいおん)が水の底に沈(しず)むように薄(うす)れていく。


 振(ふ)り下(お)ろされた木槌(きづち)が、家屋に触(ふ)れる……




 寸前(すんぜん)――




 ピッカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァ!!!!




 空を裂(さ)く閃光(せんこう)が、森の方角から一直線に奔(はし)った。

 轟音(ごうおん)が遅(おく)れて到達(とうたつ)し、村全体が跳(は)ね上(あ)がる。


「ぎや"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あああああああああッばばばばばばばばばばばばばばばばばばばっばッッ!"!"!!」

「!!??」


 木槌(きづち)を振(ふ)り下(お)ろしていた調査員(ちょうさいん)の身体を、稲妻(いなずま)が直撃(ちょくげき)した。

 彼(かれ)は全身を激(はげ)しく痙攣(けいれん)させながら、地面に転がる。

 焦(こ)げた匂(にお)いが立ちのぼり、黒煙(こくえん)が細く揺(ゆ)らぐ。


「んな!!? 〝雷撃(らいげき)〟!? 一体どこから!!?」


 雲(ユン)の冷静な瞳(ひとみ)に、初めて揺(ゆ)らぎが走った。


「雷(かみなり)の魔物(まもの)か……? この森に……こんな強力なモンスターが……?」


 開守(カイシュウ)が構(かま)えを取りながら、地面へ目を落とす。


 そこには、放射状(ほうしゃじょう)の焦(こ)げ跡(あと)が焼き付いていた。


「ら、〝雷撃(らいげき)〟……? それにあいつの腹(はら)……」


 痙攣(けいれん)する調査員(ちょうさいん)の腹部(ふくぶ)には、まるで蹴(け)られたかのような真っ黒な足跡(あしあと)が付いていた。



 ――彼女(かのじょ)は、そのイカヅチに見覚えがあった……



 それをやったのは、まぬけで、呑気(のんき)で、行(い)き倒(だお)れて人のシチューを全部食ってしまうような迷惑(めいわく)な奴(やつ)で……



 けれど……まっすぐな瞳(ひとみ)をした少年――




「――おい!!! オマエらァッ!!!!」


 叫(さけ)び声(ごえ)が響(ひび)く。


 あの駅のホームでも聞いた――忘(わす)れようのない声。



 目を向けると、調査員(ちょうさいん)が壊(こわ)そうとしていた〝シヤの家〟の屋根の上に――




 ――あの少年が立っていた。



「……っ!! な……なんで……おミャーが……」


 少女の目から、ポロリと涙(なみだ)がこぼれる。

 信じられない。

 あの時、自分が沈(しず)めてしまったはずの、彼(かれ)が――




 ――〝タイガ〟が、そこにいた。




「……っ!!? 事情(じじょう)はよくわかんないけど……これ以上は……この村を壊(こわ)させない……!!!」

「……ほう……」


 開守(カイシュウ)が興味深(きょうみぶか)そうに目を細めた。


 風が吹(ふ)き抜(ぬ)ける。

 土埃(つちぼこり)が舞(ま)い、タイガの髪(かみ)を、マフラーを揺(ゆ)らす。


 彼(かれ)の瞳(ひとみ)は、一直線に開守(カイシュウ)を射(い)抜(ぬ)いていた。




 そして――




「この村は、猫(ねこ)ちゃんの……〝大切な場所〟なんだ!!!!」


 声が、空を打つ。


 少女が言えなかった言葉。

 喉(のど)の奥(おく)で凍(こお)りついていた言葉。

 それを、彼(かれ)は迷(まよ)いなく口にした。



 まるで……彼女(かのじょ)の代わりみたいに――



「……っ!! タイガぁ……!!!」


 頬(ほお)を伝う涙(なみだ)の理由が……変わっていた。




 それは後悔(こうかい)でも、罪悪感(ざいあくかん)でもない――




 ――砕(くだ)け散(ち)ったはずの心の奥(おく)に、小さな明かりが灯った。

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