第22話 “チーシャの叫び”
もし……もしも。
誰かが村を出て、森を抜け、どこかで生き延びていたなら。
この手記も、遺された骨も、〝終わり〟ではなくなるかもしれない。
少女は廃墟の中で、そんな身勝手な願いにすがりそうになってしまった。
祈るしかなかった中で、それがほんの少しだけでも叶ったような――
――そんな錯覚。
『9日目――』
――
――――
――――――
――早朝。
まだ湿った冷気が地面に張りつく村を、土を蹴る音が裂く。
「はぁ……っ!!! はぁ……!!! そんな……ッ!!!!」
走るチーシャの瞳には、すでに涙が浮かんでいた。
荒い息は熱いのに、身体の芯は冷え切っていた。
「嘘だと……言って……ッ!! お願い……!!!」
祈りに近い言葉。
だが……その願いは、無惨にも砕ける――
――
――――
――――――
「――お父さんッ!!!!」
村長の家の扉が、乱暴に開かれる。
玄関からすぐのリビングに、駐在がいた。
いつもなら柱みたいに真っ直ぐ立っている男が、今は椅子に沈み、うなだれている。
拳だけが、壊れそうなほど強く握られていた。
「ぐ……っ!!! ちくしょう……!!!」
その声は怒鳴り声ではなかった。
耐えきれず、内側から漏れた音だった。
チーシャは……ゆっくりと、恐る恐る訊く。
「……レオさん……ねえ、おとうさんは……?」
「……すまねェ……見回りのオレが、もっと早くに気づいていれば……っ!!!」
「っ……!!? 嘘……いや……おとうざん!!!」
涙がぽろぽろ落ちる。
拭う暇もない。
レオは目を伏せたまま、短く告げた。
「……書斎の方だ……」
「うぅ……!!" う"あ"あ"あ"あああああ"あ"ッ!!!」
叫びが喉を裂く。
チーシャは書斎へ走った。
足音が廊下を叩き、家の空気が揺れる。
そして――
「――あ……え……?」
書斎は、驚くほど静かだった。
カーテンが閉じられ、朝の光は入らない。机の上の蝋燭が、ただ小さく揺れている。
椅子に腰掛ける背中が見える。
何度も見た父の後ろ姿。
子供の頃から見慣れた、書斎に向き合う姿。
いつも通りに見える。
だからこそ――呼吸が止まる。
「おとう……さん……?」
声を掛けても、返事はない。
静寂が重く、耳の奥が痛い。
そして、その横に――顔を覆い、震えるコハンがいた。
その存在が、この光景が〝いつも通りではない〟ことを決定的にする。
コハンは涙を零しながら、絞り出すように口を開いた。
「すまない……っ!!! チーシャ……すま"ない……!"!!」
「っ……!!! ……う"う……!! そんな――」
その背中は……動かない。
黙した部屋。
蝋燭だけが、淡く揺れていた――
――
――――
――――――
『――今朝……おとうさんが、死んでしまいました……』
「っ!!? そんな……っ!! おかあさん……!!」
少女は言葉を失った。
手記の端には、乾いた水の跡が残っている――
『――村長がいなくなって……これから村は、どうすればいいのか……
でも、それよりも……やっぱり身近な人の死は、辛い。
とても……苦しいです。
昨日まで元気だった人達も何人か体調を崩して……
今日は、山菜採りにも行けませんでした――』
(――悲しみ、苦しみ、絶望――
この時、おかあさんは……どんな想いで……)
手記に記された祖父の書斎……ちょうど今、その場所に少女は居る。
書斎の机の前、椅子に座る白骨は動くはずはない。
だが、あの時のチーシャ……自分の娘の気持ちを知った今、少女には祖父の背中がどこか悲しげに見えた。
日記の一文字一文字が、まるで母の心から零れた血のように見えた。
あの日、死んでいく村を見て、どんな気持ちで筆を取っていたのか……そう思うだけで、呼吸が浅くなる。
――そして。
次のページへ目を移した時、ふと……引っかかることがあった。
「……あ……あれ……?」
声に、僅かに疑問の色が混じる。
「次のページ、日付が飛んでる……なんで……」
全身の産毛が、ぞわりと逆立った。
これまでの日記は、1日たりとも欠かさず書かれていた。
だから、その空白は……あまりに不自然だった。
少女は首をかしげながらも、どこかで理解していた。
理屈ではなく、心の奥底で。
ページとページのあいだに、何か〝取り返しのつかないこと〟が起きたのだと。
不安という名の黒い波が、静かに彼女の心を飲み込んでいく――
そしてその予感は、最悪の形で的中することになる――
――
――――
――――――
『19日目。
……少し日記が途切れてしまいました。
その理由は――
ついに私にも、〝病気の症状〟が出てしまったからです』
「ッ!!!? あ……あっ……そんな……ッ!!!」
息が詰まる。
心のどこかで否定し続けてきた、最悪の答え……
それがついに、文字になって突きつけられた――
『――日記を書けなかった間に何が起きたのか、思い出せるところから順に書きます。
それがわかったのは、9日目の昼のことでした……
その日は、なんとなく体が重くて、ボーッとした感覚があって……その朝のおとうさんのこともあるし、ただ疲れてるだけだと思いました。
けれど……昼に、子猫ちゃんにご飯を渡しに行ったときに、気づきました――』
「――え? ミャーにご飯を……?」
少女の脳裏で、記憶がざわめく。
9日目の昼……あの日に何があったのか――
――
――――
――――――
――チーシャの家、昼前のリビング。
部屋からは、いつもの生活音が消えていた。
父が死んだ。
そんな日だというのに、太陽の陽ざしは、部屋の中を明るく包み込む。
「……」
だがチーシャの瞳には、その光は届かない。
真っ暗だ。
カーテンを揺らす心地よい風も、どこかの家から漂う昼食の匂いも……今のチーシャには、遠い世界のものに感じられた。
それでも、その香ばしい香りが、ひとつの事実を思い出させた。
「……昼食……」
声を出しただけで、喉が痛い。
身体が重い。指先が自分のものじゃないみたいに鈍い。
頭に薄い霧がかかったようで、考えがまとまらない。
――だが、それでも。
崩れかけた心の中で、最後まで離れずに残っているものがあった。
「……そうだ、子猫ちゃん……」
声が、掠れる。
泣き疲れたせいか、言葉が舌の上で転がるだけで、うまく形にならない。
けれど――娘のために。あの子だけは。
チーシャはふらつく身体に鞭を打ち、台所へ向かった。
棚を開ける。
皿を出す。
水を汲む。
ひとつひとつの動作が、いつもより遅い。
なぜか、順番が分からなくなる瞬間すらある。
「……しっかり……しないと……」
呟きながら、彼女は材料を抱えた――
――
――――
――――――
――村長の家。
父の家へ向かう道のりが、やけに長い。
足元がふわふわして、地面が遠い。
辿り着くと、チーシャは玄関で一度だけ立ち止まった。
「……」
そして……書斎の方へ、ほんの一瞬目を向ける。
そこに、まだいる。
座ったままの父が。
あの……もう動かない、背中が――
――だが、チーシャは書斎から顔を背け、キッチンへ向き直った。
今は……止まれない。
「ご飯……作らないと……」
自分に言い聞かせるように呟き、チーシャは台所へ向かった。
まるで命令でもするかのように、無理やり体を動かす。
――けれど。
包丁を握る手は、わずかに震えていた。
野菜を刻む音も、どこかぎこちない。
それを誤魔化すように、彼女は手元に目を落とし、黙々と昼食を作り続けた――
――
――――
――――――
――ガチャリ。
地下室の扉が開く。
皿を手にしたチーシャは、ゆっくりと、慎重に階段を下りていく。
一段下りるごとに、足音が石壁へ反響し、呼吸が苦しくなる。
それでも辿り着いた階段の先……
鉄格子の向こうに、擦り切れた毛布をかぶって座る少女の姿が見えた。
俯いたまま、顔を上げようともしない。
側まで近づいても、反応はなかった。
チーシャは何も言わず、そっと皿を差し入れる。
(おとうさんが死んじゃった事……子猫ちゃんに……ううん、言えない……)
喉の奥が詰まる。
(だって……それを言ってしまったら、この子に村の事、病の事を……全部……)
言えないことが、増えていく。
隠さなければならないことが、積み重なっていく。
その重さが、心を押し潰していた。
チーシャは罪悪感を抱えたまま、背を向けようとする。
その時だった。
「……また少なくなってる……」
ポツリ……か細い声。
少女が皿を見つめながら呟いた。
同時に、グゥ……と小さく腹が鳴る。
痩せ細った体が、充分な栄養を得られていないことを、無言で訴えていた。
「……ちょっと最近、ご飯足りないにゃ……」
無理もなかった。
パン2つ、薄いスープ、わずかなサラダ。
前と比べ、量は減っていた。
(倉庫がダメになって……食料が枯渇してる……レオさん達が王国から幾らか買ってきてくれたけど――)
思い返すのは、あの日のこと――
――
――――
――――――
――レオ達が帰ってきた日。
「え……? こ、これだけ……?」
チーシャは困惑した。
荷車は3台。
けれど、そのどれもが満載には程遠い。
荷台の半分にも満たない食料が、やけに頼りなく見えた。
「ああ……!! 値が上がっとるんだとよ……なんでも大陸の中央で、〝凶悪な賞金首〟が現れて情勢が不安定になってるって……だから危機を感じた貴族達による食料の買い占めが横行しているらしい……ッ!!!」
「そんな……ッ!!」
賞金首、情勢不安、買い占め。
遠い場所の出来事のはずなのに……ここヤマモモ村の食卓を、あっさり奪っていく。
「それだけじゃねェ……こんな状況だから、支援を要請したんだ。この村を助けてくれって……でも、商人も医者も、誰1人オレ達に手を差し伸べてくれるヤツはいなかった……!!
むしろ、病人のオレ達を疎ましくすら思ってて……最後は追い出されたようなもんだった!!!!
見捨てられたんだよッ!!! オレ達は……ッ!!!」
悔しさに歯を食いしばり、彼は近くの木を思いっきり殴る。
ミシミシと鈍い音。
拳の痛みさえ、今は怒りの燃料にしかならないようだった。
だが……そんな彼を、諭すような声が落ちる。
「……こんな時代じゃ、仕方ない」
ミケだった。
「みんなが苦しんでおる……魔物に恐怖し、戦火に怯える……この世界は、みんなそうじゃ……」
「……村長……」
小さい。けれど、折れない声だった。
その言葉を聞いた瞬間、レオの語気がわずかにしぼむ。
「恨んでは駄目じゃよ。みんな同じじゃ……」
「……悪いな。みんな、あんたみたいに外の事に詳しくないし、聡くない……はっ。だから今、こんなことになってるのかもしれねェが……」
言葉は恨み言に近い。
けれどそこにあったのは、誰かを責めたい気持ちより……自分達の無力さへの悔恨と痛みだった――
――
――――
――――――
(――食料は昨日来たばかり……確かにこんな日ぐらい、少し多めでも……)
そんなことを思う、自分がいる。
けれど、チーシャはすぐに首を振った。
(ううん! ダメ……!! 買ってこれた食料は、考えてたよりもかなり少なかった……!! だから量も、今までより少なく……)
明日。明後日。そして来週。
未来を生き延びるためには、今を削らなければならない――それが現実。
そう、村の状況は何ひとつ良くなっていない。
減る一方の食料。
そして、未だ治す方法が見つからない病。
(このままじゃ……本当に村は……)
残された食料をどう分けても、足りない。
考えれば考えるほど、答えが遠のいていく。
その時――
鉄格子の向こうから、小さな問いが届いた。
「おかあさん、せめてミャー……みんにゃに会いたい……ちょっと顔を見ることだけでも出来ない?」
「っ……!!」
1週間以上、閉じ込められたまま過ごしてきた少女の……精一杯のお願い。
けれど、それは同時に、今のチーシャにとって、最も残酷な問いでもあった。
(みんな……村のみんな……)
脳裏に浮かぶのは、もう戻らない人々の顔。
笑っていた声。
交わした言葉。
(私も会いたい……でも……ッ!!)
チーシャは奥歯を噛みしめた。
泣き叫びたい衝動を、どうにか押し殺す。
そして――絞り出すように、答えた。
「……会っちゃダメ……」
それは、あまりにも小さく。
そして、あまりにも重たい一言だった。
「ダメって……いいじゃん、それくら……」
戸惑う少女を遮るように、チーシャは続ける。
「みんなとは……もう会っちゃダメ……ッ!!」
「……え?」
唐突すぎる言葉に、少女の瞳が大きく開かれる。
「もう会っちゃダメ……? にゃんだよそれ……」
理解できない。
受け入れられない。
不安と混乱が、幼い声に滲んでいた。
「ね、ねえ……それじゃあまるで、もう〝二度と〟みんにゃと会えないみたいじゃないか……」
少女は鉄格子へ身を寄せ、縋るようにチーシャを見上げた。
――それを、チーシャは正面から受け止めることができなかった。
ほんのわずかに目を逸らし……
そして、静かに頷く。
「ええ、そうよ……」
「にゃ!? ……にゃんで!!!?」
真実は言えない。
村が崩れていることは――まだ、伝えられない。
心が押し潰されそうになる。
それでも必死に踏みとどまり、顔を上げた。
涙をこぼさないように。
だが――その瞬間。
「……ッ!!?」
少女が、凍りついたように動きを止めた。
じっと、チーシャの顔を見つめている。
少女の唇が、かすかに震えた。
「……〝あの人〟と……一緒……」
「……え?」
嫌な予感が、背筋を走る。
「あの時……〝病院の前にいた男〟と……同じ顔をしてる……!!」
「っ!!?」
チーシャの呼吸が止まる。
虚ろな瞳。
生気の抜けた表情。
――それは、病に侵された者に現れる兆候。
「……っ……!!」
意味を悟った途端、視界が揺らぐ。
逃げるように、チーシャは立ち上がった。
「あ……え……? おかあさん?」
少女の声が背中に刺さる。
振り返れば、あの瞳が見える。
あの子の不安が、もっと膨らむ。
だから……振り返れなかった。
チーシャは階段を上り、地下室の扉を閉めた。
――ガチャン。
鍵の音が、やけに大きく響いた。
扉に背を預けたまま、チーシャはずるずると床に座り込んだ。
息がうまく吸えない。喉の奥が乾いて、唾すら飲み込めない。
(さっきからのダルさも……ボーっとする頭も……)
思い返せば、心当たりはいくつもあった。
朝からずっと、世界に薄い膜がかかったみたいで。
目の前の景色が遠くて、音が遅れて届くみたいで。
なのに……目を逸らしてきた。
けれど、もう逃れられない。
無情な事実を確信する。
「……私も……〝発症〟したんだ……っ!!」
自分だけが大丈夫だなんて、最初から思っていたわけじゃない。
だけど……村の数少ない〝まだ倒れていない者〟でいられることに、どこかで安心していた。
縋れるものが、1つずつ失われていく。
父も、村も、希望も。
そして今……自分の体までもが。
「うう……っ!! ああ……ッ!!!」
恐怖と絶望が、遅れて追いついてきて、チーシャを闇へ突き落とす。
息が荒くなる。心臓が痛いほど鳴る。
指先が冷たくて、でも額には汗がにじむ。
「……助けて……誰か助けてよォ……ッ!!」
漏れ出た助けを求める言葉は、すぐに悲鳴へ変わった。
壁にぶつかって、返ってくる自分の声が、知らない人みたいに聞こえる。
――その時。
さっきの娘の言葉が、頭の奥でまた聞こえた。
(みんにゃに会いたい……)
その一言が、チーシャの寂しさまで呼び起こした。
「私も……会いたい……」
かすかに零れた……願い。
〝会いたい相手〟は、もういない。わかっている。
けれど――
「あい"だいよォ……!! おとうざァん……ッ!!」
声が裂ける。
涙が溢れ、流れ落ちるのも構わず、チーシャは叫んだ。
返事なんて来ない。
届くはずもない。
それでも……叫ばずにはいられなかった。
悲痛な声は、誰に拾われることもなく、沈黙に吸い込まれていく。
そして部屋には、泣き声だけが残った――
――
――――
――――――
『――その日、子猫ちゃんと少し口論になってしまいました。
「みんなと会いたい」と言ったあの子に……
私は「もう二度とみんなとは会っちゃダメ」って……そう、言ってしまった。
どうして、あんな言い方を……
おとうさんのこともあって、心が乱れていたんだと思う……本当にごめんなさい――』
「――おかあ……さん……」
あの日の、あまりにも冷たかった母の言葉。
突き放されたように感じた、あの瞬間。
その裏に……こんなにも、張り裂けそうな苦悩があったなんて――
『――でも、その時の……子猫ちゃんの一言で気づきました。
「――あの人と、同じ顔をしてる」って。
〝あの人〟は、たしか3週間近く前に診療所の前で子猫ちゃんが見た男の人のこと。
村の人達に聞いたところ、たぶんそれは〝ナメさん〟のことだと思います。
〝ナメさん〟は生気のない顔で子猫ちゃんを見て「……なぜあの子だけ……そうか。あの子は、〝外から来た子〟だからか……」と言ってたらしいです。
子猫ちゃんには、その言葉が自分への差別のように感じられたらしいけど……
実際は、村のみんなが病に倒れていく中、ひとりだけ元気な子猫ちゃんを羨んでいただけだったんじゃないかと……思います。
〝思います〟としか言えないのは……
もう本人に確認が取れないからです――
彼は、その翌日に亡くなりました――』
「な……っ!!?」
(――やっぱり……あの人の言葉は、ミャーを軽蔑してたわけじゃなかったんだ……)
誤解。すれ違い。
少女がすでに辿り着いていた答えに、母の推測が重なった――
『――そのナメさんと同じような目をしている……
そう言われて、気づきました。
私も……感染してしまったんだと。
その日の夜から咳が出はじめて、熱も上がって……
10日間、ベッドから一歩も出られませんでした。
咳き込むたびに、呼吸ができなくなる。
死の恐怖。そして、この村がゆっくり崩れていく絶望……
私が日記を書けなかった10日の間にも、たくさんの人が……亡くなりました――』
「――っ……おかあさん……」
声が、うまく形にならなかった。
心臓のある場所が、冷たい鉛を流し込まれたように重い。
まばたきをすると、文字が滲む。
涙が出るより先に、視界だけがぐらついた――
『村の食料も、もう底をつきかけています。
すべて、終わってしまうのかもしれない……
ようやく、咳が少し治まって、立ち上がれるようになりました。
頭はまだふらふらするけど……今度はコハン先生が、また寝込んでしまいました。
先生には、私の代わりに子猫ちゃんのご飯を用意してもらっていました。
今日からは、また私が……ご飯を届けようと思います――』
(――ミャーが地下にいる間に……村がこんなことになってるなんて……)
すべてを知るには、あまりにも遅すぎた。
地下室で過ごした日々の記憶が、今になってすべて別の痛みへ変わっていく。
(ミャーは、どれだけ守られてたんだ……ッ!! それを知らずに……どれだけ……憎んでたんだ……)
思い出したくない場面ほど、鮮明に浮かぶ。
口にした恨み言も、見せた態度も、全部――取り消せない。
舌が乾き、行き場を失った悔いだけが、少女の内側に残った。
だが、絶望はまだ……止まらない――




