第1話 “BET IT ALL, FIND ANOTHER WORLD”――この出会いは運命(中編)
――ご……ごくん! と少年の喉が鳴った。
「……食え」
コト……と、彼の顔の前にシチューの入った木の皿が置かれる。
「本当にありがとうッ!!!」
少年は飛び起きると、勢いよく手を合わせ、シチューに向かって祈るように唱えた。
「“この世のすべての食材に感謝を込めて……いただきます”」
「にゃんだそれ……」
おおげさな食前の言葉に、少女は呆れた声を漏らす。
それでも、食事の邪魔になるフードを下ろすと、自分も少年の真似をして手を合わせた。
「……いただきます」
「んめええええええええええェェェーーーーーッ!!!!」
少女が言い終える頃には、彼はすでに皿の半分ほどを平らげていた。
「うわはっや……!! おミャー、よほど腹が減ってたんだな……」
ガツガツッ!! と、彼はシチューを電光石火の勢いでかき込んでいく。
「“……!!! 面目ねェ 面目ねェ!! 死ぬかと思った…!! もう ダメかと思った………!!!”」
「そんにゃいちいちおおげさな……ちっ、クソうまそォに食いやがって……」
少女は口を尖らせながらも、その様子から目を離せない。
口では悪態をついているが、フードの下から現れた〝猫耳〟は、ぴこぴこと嬉しそうに動いていた。
その声には、本人すら気づいていない安堵がにじんでいる。
そうしていると……
ピッ、と小さな音が響いた。
少年の目の前の空間に、薄い光の板のようなモノがふわりと浮かび上がる。
そして、澄んだ鈴のような声が響く。
◆ ◆ ◆
<基礎能力スキル:タフネス《F》を習得しました>
◆ ◆ ◆
淡い金色の文字が、ウィンドウの中心に映し出される。
「お? なんか新しいスキルを覚えた! ラッキー!!」
さっきまでは蠢くゾンビみたいだった少年。
だが今は、呑気にニコニコ顔で空になった皿を抱えている。
(……まったく……にゃんでミャーはこんなやつ……)
そう思いながらも、少女の口元は自然と緩む。
まるで機嫌がいい猫のように、喉が鳴る。
「……フフ……っ、ゴロロロロ……はッ!? いかんいかん!!」
思わず笑っていることに気づき、彼女は慌てて首をブンブンと振った。
「……でェ? お礼はまだかにゃ? まさか一文無しってわけじゃないよな?」
「へ?」
照れを隠すかのように、少し意地悪なことを言ってみる。
正直、目の前の少年が金を持ってるとは思えない。
「た……“宝払い”で……」
「おミャー“そりゃサギだぜ”」
少女の一言が、容赦なく突き刺さる。
彼は「うぐっ!」とうめき、背中を丸めた。
「……はは、冗談だ。お礼なんか期待してねェよ」
「い、いや! それはダメだ!! この恩はぜったい返すよ!!」
その真っ直ぐな言葉に、彼女は「はいはい」とそっけなく返した。
「それにしても、おミャーどうしてこんなところで倒れてたんだ? 王都はもう、そばだってのに……」
大して興味があったわけではない。
けれど、少女は自然と問いかけていた。
「いや~モンスター倒すのに夢中になってさ。気づいたら……3日? くらい経ってて」
「……もしかしてしなくても、おミャー……とんでもないバカだな?」
容赦ない言葉に、再び少年は「ぐ……!」と情けない声をこぼす。
「おっしゃるとおりです……〝ゲーム〟みたいな世界にはしゃいじゃって……それに夜に1人で外に出て、遊ぶのなんて初めてで……あ、おかわり!!」
「ちょっと食べすぎだ! ……〝ゲームみたいな世界?〟 なんだそりゃ……」
勝手にシチューをよそう彼に、少女は苦言を漏らす。
だが、それよりも気になったのは、少年が口にした聞きなれない言葉だった。
「あ~ふぇ~むっふぇのふぁふぇ、ふぉふのいふぁふぇかいであったあふぉびふぇ……」
「いやなに言ってるかわからん!! 食ってから喋れ!!」
「ごくん! おかわり!!」
自分の皿にシチューをよそいながら、彼は続ける。
「ボクは最新の11が好きなんだけどね。でも大人は3か5が好きって人が多いよね!」
「いや、にゃんの話かわかんねェよ……」
困惑する彼女をよそに、彼はもくもくとシチューを頬張り続けていた。
その言葉を理解することを半ば諦めながら、改めて少年を観察する。
彼の服装でまず目につくのは、袖をまくった青いジャケットだった。
首元には、寒くもないのに水色のマフラーを巻いている。
中の白いシャツは土で汚れ、腰にはボロボロの〝どうのつるぎ〟がぶら下がっている。
(この装備の消耗具合……こいつ……ホントに3日間モンスターを狩り続けたのか?
だとしたらにゃんてバカな……
てか、今のこの森の状況でよく大丈夫だったな……まあ、この辺は森の奥から離れてるからか……?)
少女はますます冷めた視線を、少年に向ける。
彼の髪は、ツンツンと跳ねた黒のクセっ毛。
その合間からちらちらと覗く、青のインナーカラー。
さらに、前髪には数本の青い毛束が、たき火の明かりを受けて光っていた。
(メッシュとか言うんだっけ……派手だし変な髪型……)
彼女がそう思った瞬間。
少年はシチューを頬張ったまま、こちらを見上げた。
その顔立ちはどこか中性的だ。
輪郭には丸みがあり、睫毛も少し長い。
たき火の明かりを映した大きな青い瞳が無邪気にキラキラと輝いていた。
「ゴクン……! あれ? よく見たらキミ……」
「ん……? にゃんだ?」
「面白い髪型だね!!」
「いやおミャーに言われたくねェよ!!!」
少女の鋭いツッコミが、夜の森を切り裂く。
だが、少女自身も左右で色の違う、かなり派手な髪をしている。
どっちもどっちだ。
「それに目の色も左右で違うんだね~。綺麗~!」
「別に〝オッドアイ〟も〝ツートンヘア〟も、珍しくねェと思うけど……」
少年の能天気な感想に、少女は力が抜けたように肩を落とし、〝猫耳〟もぺたりと垂れた。
その瞳は彼の言う通り、右が橙、左が青色だった。
「え……? ていうかさ……」
「あ~? 今度はにゃんだ……?」
次の瞬間。
少年の目が、パチンと見開かれる。
そして、やたらと高いテンションで叫ぶ。
「〝猫耳〟生えてるじゃん!! もしかして獣人!!?」
「いやいまさら!!? 目よりも髪よりも、まずそこだろッ!!!」
あまりにも今更な反応に、少女は思わず声を荒げた。
そう。
食事を始める前にフードを下ろしていた少女の頭には、立派な〝猫耳〟が生えていた。
「すんげ~!! それ本物だよね!? 触ってもいい?」
「やだよ!! てか〝ケモニア〟にゃんて王都じゃ全然珍しくないし……おミャー、ここら辺の奴じゃないな?」
「うん! 〝別の世界〟から来たんだ!」
「〝別の世界〟? ……そりゃあ、ずいぶん遠くから来たみたいで……」
(まあ、ミャーが言えたことじゃないけど……)
あまりにも物を知らない少年。
遠くから来たにしては荷物も少なく、身につけている装備も軽い。
正直、かなり得体が知れなかった。
本来ならば、こういう人物は警戒すべき存在だ。
なのだが……
「ムシャムシャ!! ゴックン!! いや~美味い!! このナスが美味いよね~ナスが!!」
「……モンスターみてェな食いっぷりだな……」
そう思ってしまう程の勢いで、少年は最後の一口まで綺麗さっぱり平らげていた。
その姿を見ていると、警戒心というものが音を立てて崩れていく。
「ふぅ~……食った食ったァ……ごちそうさまでした!」
彼は最後の一口を飲み込み、満足そうに手を合わせた。
「ホント……まったくにゃんなんだ、こいつ……」
考えるだけ無駄だ。
猫耳の少女はそう割り切ると、鍋の中を覗き込んだ。
「まあどうでもいいか。それよりもシチューを……ってああ!!?」
だが……鍋の中に広がるのは、まさかの光景。
「し、シチューが……ない!!?」
「あっ」
叫び声を聞いて、少年が間の抜けた声を出す。
「ごめん……食べすぎちゃった」
「食べすぎたじゃにぇーよッ!! この疫病神!!!」
彼女の怒鳴り声が、たき火を大きく揺らす。
「あ~……もう!!! まだ1杯しか食べてにゃかったのに……」
「ほ、ホントにごめん!! つい、うますぎて……」
元々やけ食いするつもりで作ったシチュー。
それさえも食べ尽くされ、抑えていた怒りが一気に再燃してくる。
「ぎぎぎ……っ! ミャーがバカだった……ッ! こんなヤツ、ほっとけばよかったのに……!!!」
目の前の少年に対してだけじゃない。
旅の途中で見知らぬ人間に気を許してしまった、自分の甘さにも腹が立ってくる。
「え、え~と……そうだ! ボクが代わりの食材捕ってくるよ!! うまそ~なモンスターを捕まえてくるから待ってて!!」
「いやモンスターにゃんか食えるか!! 特にここら辺に、うまそうなヤツにゃんて……」
「あ。そういえば〝綺麗な蝶々〟みたいなモンスターがいてさ~」
「ぜってェ食えないわッ!!! やめろ!!!」
少女はそう怒鳴ると、頭を抱え蹲ってしまった。
「あ~……ホントになんで、こんにゃやつ……」
思わず大きなため息が漏れる。
「……ホント……にゃんでミャーは――」
――見捨てられなかった。あの時の自分と重ねてしまったのだ。
(……あんな記憶……忘れたいのに――)
――それでも、決して消えてはくれない。
それは、あの場所が――
――
――――
――――――
――頭の奥で、優しい声が響く。
暖かい日差しに包まれた、小さな台所。
心地よい音を立てて、包丁がリズムよく野菜を刻んでいる。
その背中へ、幼い少女が無邪気に声をかける。
『おかあさん! 今日のごはんはにゃに?』
『今日は子猫ちゃんの大好きな、おさかなさんだよ~!』
『わーい! やったぁ!!』
それは何でもない日常。だけど、心から幸せだった時間。
……けれど、その〝あたりまえ〟は突然終わりを告げた――
――
――――
――――――
(――おかあさん……どうして……)
気づけば、たき火の光が少女の目元に滲んだ雫を照らしていた。
「え……っ!? き、キミも泣くほど腹減ってたの……? ホントにごめん!!!」
「へ……? な……っ! ち、違う!! これは泣いてなんか……ッ!!」
彼女は咄嗟に袖で目元を拭い、乱暴に顔を背ける。
胸の奥が、きゅっと締めつけられた。
(最悪だ……!! こんなヤツに……ッ! ついさっき会ったばっかりの奴に……)
ずっと隠していた寂しさを……誰にも見せないと決めていたモノを、得体の知れない少年に見られてしまった。
(ちくしょう……今日はとんだ厄日だ……)
少女が顔を伏せた……
その時――
――2人のすぐ近く。
茂みの奥から、か細い声が漏れ出た。
「ぎ……ぎぎゃ……ぎゃぎゃぎゃ……ッ!!!」
今にも消えそうな、断続的な声。
それは必死に空気を震わせる。
ボロボロの羽を広げ、最期の力を振り絞って叫んだ――
「――ギギャギャギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!!!!!」
「「――っ!!!?」」
2人は同時に跳ね上がる。
「なんだッ!!? 今の悲鳴は!!? 誰かが襲われてる!!?」
「違ェ……!! こいつは……ッ!!!」
少女の表情が、瞬時に引き締まる。
その叫び声に――覚えがあった。
「く……っ!! ミャーとしたことが、仕留め切れてなかったのか……なんという凡ミス……!!」
舌打ちしながら、彼女は一気に立ち上がる。
鍋や調理器具を、すべて乱暴にリュックへと放り込んだ。
「今すぐ逃げるぞ!! 仲間を呼ばれた!!!」
「え!? 逃げる? てか仲間を呼ばれたって、誰に……?」
「そんなの決まってるだろ!! そりゃあ……!!」
少女は、悲鳴の上がった方角へ一瞬だけ視線を向ける。
そこは、夕方まで自分が狩りを続けていた場所。
脳裏に浮かぶのは、地面に転がる無数の青い羽。
「――〝綺麗な蝶々〟みてェなモンスターだよ……ッ!! ホントは蛾だけどな!!」
【アイテム図鑑】
【猫のやけ食いシチュー】
〇分類:料理アイテム
〇ランク:《E》
〇製作者:猫の少女
〇分量:一般的には6人前
本人いわく1人前
〇料理効果:空腹状態の解除/体力の小回復
〇付与効果:ストレス軽減《F》 効果時間:食べている間のみ
猫耳の少女が、強い空腹とやり場のない怒りに任せ、手近な食材を鍋へ放り込んで作ったシチュー。
調理方法は非常に豪快。
肉と野菜を乱暴に切り、次々と鍋へ投げ込んだだけ。
しかし、料理スキルによって火加減、味付け、煮込み時間には細かな補正が加えられており、見た目に反して味はかなり本格的。
とろみのあるスープには肉と野菜のうま味が溶け込み、ひと口食べれば体の芯まで温めてくれる。
一般的な成人であれば、鍋1つで約6人分。
ただし、タイガはこれを当然のようにほぼ1人で食べ切った。
なお、〝猫のやけ食いシチュー〟は便宜的な名称であり、本人が名付けたものではない。
本人にこの名称を伝えることは、あまり推奨されない。




