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第1話 “BET IT ALL, FIND ANOTHER WORLD”――冒険の始まり(前編)

 初めての連載(れんさい)です。よろしくお願いします。


 1話は3分割(さんぶんかつ)にして同日投稿(とうこう)です。

 お楽しみください。

 ――あの日、〝勇者〟は泣いていたわ。

『何も変えることが出来なかった。何もかも手遅(ておく)れだった』って――



 ◆ ◆ ◆



 ――王都から少し(はな)れた森の中。

 ここは、低レベルモンスターばかりが()む、いわば初心者向けの冒険地帯(ぼうけんちたい)だ。


 腕試(うでだめ)しの新人冒険者(ぼうけんしゃ)や、素材(そざい)集めを目的とした行商人。

 あるいは、(ひま)を持て(あま)した者たちが、気軽に足を()み入れる。

 そんな、平和の象徴(しょうちょう)のような森。


 ……そう。


 普通(ふつう)ならば――


 ◆ ◆ ◆


 ――時刻(じこく)は、陽が(しず)んでしばらく()った(ころ)


 夜の森は静まり返り、風に()れる葉擦(はず)れの音と、遠くの虫の声だけが、ひそやかに(やみ)を満たしていた。


 その静寂(せいじゃく)を、不機嫌(ふきげん)な声が(やぶ)る。


「はぁ……超絶(ちょうぜつ)ミスった。面倒(めんどう)なクエスト受けちゃったな……ゴロロロ……」


 少女は小さなナイフを手元でくるりと回しながら、深いため息を()く。

 その(のど)からは、(おさ)えきれない不満が(にじ)むように、低い音が鳴っている。


 その腰元(こしもと)には、根元が(オレンジ)先端(せんたん)にかけて白へと()けていく、(やわ)らかな〝しっぽ〟。

 それは彼女(かのじょ)感情(かんじょう)(うつ)すかのように、ユラユラと落ち着きなく()れている。


 (かみ)も同じく、右側は(オレンジ)、左側は白。

 2色が(あわ)()ざり合う髪が、夜風にふわりとなびいた。

 右の前髪(まえがみ)だけを器用に三つ()みにしており、そこだけが風に(あらが)うように形を(たも)っている。


 頭に(かぶ)った暗い赤茶色のフードは、〝(ねこ)の耳〟のように先端(せんたん)(とが)っている。


「こいつらの〝レアドロップ〟を集めるクエストなんて、ミャーにはまだ早かったか……」


 少女は足元に視線(しせん)を落とす。


 そこに転がっていたのは、ひらひらとした、一対の大きな羽を持つ――()


 (あわ)()んだ(あお)色の羽。

 その(ふち)は銀色に(いろど)られ、月光を浴びるたび、ほのかな光を返している。

 羽に(きざ)まれた模様(もよう)は、(ひず)んだ三日月の形。くすんだ金色が、不気味なほど美しい。


 ――だが。


 その胴体(どうたい)は、人間の顔ほどもあり、羽を(ふく)めた全体の大きさは、中型動物(ちゅうがたどうぶつ)匹敵(ひってき)する。


 ◆ ◆ ◆


 【蒼面蛾(ソウメンガ)

 〇分類:蛾型(ががた)モンスター

 〇ランク:《E》

 〇生息域(せいそくいき)朱円王国(しゅえんおうこく)周辺の森林地帯、丘陵(きゅうりょう)街道沿(かいどうぞ)いの林

 〇活動時間:夕暮(ゆうぐ)れ~夜明け(夜行性(やこうせい)


 ◆ ◆ ◆


 王都近隣(きんりん)の森を(さわ)がせている、れっきとした化け物だ。


 少女の足元には、その蒼面蛾(ソウメンガ)が十数体。

 どれもが短剣(たんけん)によって的確(てきかく)に切り()かれ、動かなくなっていた。


「はあ……これだけ(たお)したのに落ちないなんて……」


 彼女(かのじょ)は小さく(くちびる)(とが)らせた。

 そして、気持ちを切り()えるように大きく()びをすると、夜の森に(さけ)ぶ。


「こうなったら、やけ食いだ!!」


 そう言い放つと、少女はリュックの口を大きく開いた。

 中から保存食(ほぞんしょく)や調理器具を取り出し、がさがさと音を立てながら地面へ(なら)べていく。


 月明かりの下で始まるのは、少しだけ豪華(ごうか)で――そして、少しだけ(さび)しい晩餐(ばんさん)準備(じゅんび)だ。


 ◆ ◆ ◆


 たき火にかけられた(なべ)の中で、シチューがコトコトと音を立て、白い湯気が夜空へと()けていく。



 <スキル使用:料理《E》>



「幸い、食料には余裕(よゆう)がある。てかこの距離(きょり)なら、いざとなったらすぐに王都に(もど)れるしな~」


 少女は手持ちの食料のほとんどを使い、たっぷりのシチューを作っていた。

 それは、後先を考えない食料の使い方だった。普段(ふだん)彼女(かのじょ)なら、まずしない。


 ()んだり()ったりの日々に、自覚していた以上に心が(つか)れきっていたのだ。

 彼女(かのじょ)はそのもやもやを、シチューにぶつけていた。


「よし……う~ん! いい(にお)い!! ……さてと、飲み水でも()んでくるかな……」


 (なべ)から立ちのぼる香りにうっとりと鼻を鳴らし、少女は(こし)を上げた。

 ぱちぱちと()える()き火を()に、暗い森の(おく)へと歩き出す――


 ◆ ◆ ◆


 ――森の少し開けた場所。

 そこには、月明かりを(うつ)すように静かに()れる湖が広がっていた。


 風ひとつなく、水面は鏡のように()んでいる。


 少女は湖の周囲(しゅうい)をゆっくり見回した。

 ……聞こえるのは、自分の呼吸(こきゅう)と、遠くの虫の声だけ。


「……モンスターは……いなさそうだな」


 短く(つぶや)き、警戒(けいかい)()ききらないまま水辺へ近づく。



 ――だが。



 そんな少女を、〝水の中〟から見つめる(かげ)があった。


(――ヒ……ト……?)


 水底の(やみ)(しず)(うつ)ろな(ひとみ)が、岸の少女を(とら)える。

 それはゆっくりと、ゆっくりと。

 音も波紋(はもん)も立てぬまま、水面へと近づいていった――


 ◆ ◆ ◆


「――よいしょっと。森の中に水場があってよかった」


 彼女(かのじょ)はリュックから、小さな(おけ)を取り出し、湖畔(こはん)にしゃがみ()む。


 その動きに合わせ、暗い赤茶色のケープがふわりと開いた。

 下に着ているのは、アイボリーを基調(きちょう)とした動きやすいワンピース風の服。(こし)回りは黒いコルセットで固定され、すらりと()びる(あし)は、黒いスパッツに包まれている。

 重そうな防具(ぼうぐ)はなく、素早(すばや)さを重視(じゅうし)した軽装(けいそう)だった。


綺麗(きれい)な水だにゃ……」


 月明かりを受けた水面は、冷たく()き通っていた。


 指先を()ばす。

 ひやりとした水に()れた――



 ――その瞬間(しゅんかん)



 ガシィッ!!


「……へ?」


 冷たい〝ナニカ〟が、(うで)をつかんだ。

 思わず彼女(かのじょ)は目を見開く。


 その視線(しせん)の先――



 ――水面を()って(あらわ)れたのは、青白くやつれた顔。



 (どろ)()をまとった頭が、ずるりと()い出てくる。

 その青く不気味に光る(ひとみ)が、真っ直ぐ彼女(かのじょ)射抜(いぬ)いた。


「タス……ケテェ……ッ!!」


 どろりとした水を()らしながら、アンデッドじみた生き物が(うめ)いた。


「ぎ……ぎやあああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!???」


 少女の悲鳴が、森の中に木霊(こだま)した――


 ◆ ◆ ◆


 ――そして、(ふたた)びたき火の前。


「ムスッ……ゴロロロロ……で? おミャー、湖でにゃにしてたんだ?」


 少女は(ほお)をふくらませ、不満そうに(のど)を鳴らす。


 まだ(おさな)さの残る顔立ちとは対照的に、目元は意外なほど(するど)い。

 その(ひとみ)をさらに細め、湖から()い出てきたアンデッド――にしか見えなかった〝少年〟を、じろりとにらみつける。


 目尻(めじり)には、先程(さきほど)恐怖(きょうふ)を物語る(なみだ)(あと)が残っている。


「あはは……すこし……道に(まよ)って……そんでフラフラしてたら……足を(すべ)らせて、湖に落ちちゃって……」


 ずぶ()れの少年は力なく、けれどどこか呑気(のんき)に答えた。



 ぎゅるるるるるるるるるるうゥ……!!

 ぐるるるるるるるるるる……



 だが、そう答えている間も、(かれ)(はら)は食べ物を求めて鳴り続けている。


(おぼ)れてるところを……助けてくれて、ありがとう……」

「いや助けたってか、おミャーが(つか)まってきただけだろ」


 少女は深いため息をつき、もう相手を追及(ついきゅう)する気力すら失っていた。

 木の皿とスプーンを手に取ると、(なべ)からシチューをよそう。


 <完成:(ねこ)のやけ食いシチュー《E》>


「あ……うまそォ~……!」

「……やらねェからな……」


 つれない言葉に、少年の顔が絶望(ぜつぼう)の色に()まった。


「そ、そんな……!? お、お礼ならするから、お願い!!」

「ふん! 見知らぬヤツとの口約束にゃんて信用できるか」


 旅の途中(とちゅう)道端(みちばた)(たお)れている人に下手に関わるな。

 冒険者(ぼうけんしゃ)の間では常識(じょうしき)だった。


 少年に目もくれず、彼女(かのじょ)はシチューをすくって口元へ運ぶ。

 熱い湯気が鼻をくすぐり、ふうふうと息を()きかける。


「うう……このままじゃ死んじゃうよォ……」

「そんなの、ミャーの知ったことじゃにゃい。てか、こっちは勝手について来て迷惑(めいわく)して――」



(――このままじゃしんじゃうよォ!!)


「……ッ!」


 その時、(かれ)の言葉が、少女の頭の(おく)記憶(きおく)と重なった――



 ――

 ――――

 ――――――



 ――暗く、冷たい地下牢(ちかろう)


 かすかな灯りのもと、小さな少女が(ひと)り、壁際(かべぎわ)にうずくまっていた。


 ぎゅるるるるるるるるゥ……


(おなか……へった……)



 ――そして、夕食の時間。


 出されたのは、水だけがたっぷり入った大きなコップと、小さな(かわ)いたパン1()


『え? これだけ……?』


『ま、待って!! ミャー、もうずっとおなかペコペコで……!!』


『このままじゃしんじゃうよお!! まってェ!!!』


 (なみだ)を流し懇願(こんがん)するが、その声はむなしく地下の(やみ)に消えていった――



 ――

 ――――

 ――――――



 ――パチパチと音を立てる()き火の明かりの中。

 少女は無言で火を見つめていた。


(……そうだ。(だれ)も、助けちゃくれなかった。たとえ子供(こども)()えていたとしても――それがこの時代の〝摂理(ルール)〟なんだ……)



 ぐぎゅるるるるるるるるるうううゥゥゥゥ!!

 ぐるるるるるるるるるうゥ……!!



 少年の(はら)が、(ふたた)び大きく鳴った。

 今度はその音が、やけに大きく耳に(ひび)いた。


「……ッ! うるさい!! 飯はやらないって言ったろ! どっかいけッ!!」


 少女は小さな八重歯をむき出しにして、声を()らげた。


「ご……めん……もう、動くだけの、HPもないや……」


 自分とそう変わらない、小さな身体。


 少年は弱々(よわよわ)しく、地面に()()している――


 少女は(こぶし)(にぎ)りしめて、(くちびる)()んだ。


「~~~~~~~ッ………………もうッ!!」


 ばっ! とリュックを乱暴(らんぼう)にあさり、木の皿をもう1つ取り出す。

 そして、目の前のシチューを(いきお)いよく、よそい始めた――

 ~あとがき~


【モンスター図鑑】


蒼面蛾(ソウメンガ)

 〇分類:蛾型(ががた)モンスター

 〇ランク:《E》

 〇生息域(せいそくいき)朱円王国(しゅえんおうこく)周辺の森林地帯、丘陵(きゅうりょう)街道沿(かいどうぞ)いの林

 〇活動時間:夕暮(ゆうぐ)れ~夜明け(夜行性(やこうせい)


 〇所持スキル


 〇基礎能力(きそのうりょく)スキル

 麻痺耐性(まひたいせい)《E》[パッシブ]

 夜目(よめ)《F》[パッシブ]


 〇技能(ぎのう)スキル

 飛行《F》[アクティブ]

 群飛《F》[オートトリガー]

 警戒声(けいかいせい)《F》[オートトリガー]


 〇武技(ぶぎ)スキル

 シビレ(こな)《F》[アクティブ]



 胴体(どうたい)だけで人の顔ほどの大きさを持つ、大型の蛾型(ががた)モンスター。

 羽は()んだ(あお)色を基調(きちょう)とし、(ふち)は銀色。月光を浴びると(あわ)く光る。

 模様(もよう)は少し(ひず)んだ三日月型(みかづきがた)で、くすんだ金色をしている。


 羽を(たた)んでいる間は幻想的(げんそうてき)で美しい。


 目を細め、口を()じていると〝幻獣(げんじゅう)〟にも見える。


 しかし――


 目を見開き、口を開いた瞬間(しゅんかん)、人の顔を醜悪(しゅうあく)(ゆが)めたような、怪物(かいぶつ)の顔が(あら)わになる。



 単体での戦闘能力(せんとうのうりょく)は高くない。

 しかし、危険(きけん)を察知すると(さけ)び声を上げて仲間を呼ぶため、数が(そろ)うと厄介(やっかい)な〝初心者殺(しょしんしゃごろ)し〟となる。


 冒険者(ぼうけんしゃ)の間では「1匹(いっぴき)なら雑魚(ざこ)2匹(にひき)で注意、3匹(さんびき)()げろ」と言われている。

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