第10話 “母の異変”
――時は現代に戻り、《龍煌驛》のホーム。
「そもそもにゃんで、ミャーに付きまとってくるんだ……!!」
駅のホームで、猫耳の少女はタイガと向かい合っていた。
周囲には、数十人の調査隊員の視線。
だが、そんなもの気にもせず、彼女は苛立ちをあらわにする。
「それは……まだ恩返しが出来てないから……」
「いらないって言っただろッ!!!!」
「っ!!」
あまりの剣幕に、タイガは思わず身じろぐ。
「ホント、色々と余計なお世話なんだよ……っ!! にゃにも知らない癖に……!」
震える声で吐き捨てる。
彼女の目に映るのは、目の前のタイガではない。
もっと遠く、もっと暗い何かを見ているようだった。
「……そっか……故郷のことはごめん。キミを傷つけた」
「!」
タイガは深く頭を下げた。
自分の言った事が、彼女の心に深く突き刺さっている。
彼もそれを理解したのだ。
だが……彼は引き下がらない。
「……でも、きみにとってどんな場所だったとしても――」
タイガはゆっくりと頭を上げ、一歩前に出る。
「――こいつらが暴れるのを、黙って見過ごすわけにはいかない!!!」
「な……っ!? この期に及んでまだ……!!」
ここまで言っても引かないタイガ。
その態度に、少女はついに堪えきれなくなる。
また呪文を唱えようと、口を開く。
(こんな奴に……にゃにがわかる……!! ミャーの味わった裏切りも、孤独も……っ!!)
胸の奥で渦巻く感情が、痛みとともに魔力へ滲み出していく――
――
――――
――――――
――時はまた、4年前に戻る。
「は~……退屈だにゃ~……」
少女はベッドの上で、寝転がっていた。
窓の外から差し込む日差しに、目を細める。
外出禁止が言い渡されてから、もう1週間。もともと家でじっとしていられる性分ではない彼女にとっては、まさに試練の毎日だった――
『――子猫ちゃん、村の外に出ていっぱい人に迷惑かけたでしょ? だからその罰として、当分の間は家にいること!』
「ちぇ~、にゃんだよ。おかあさんだって花のこと喜んでたのにさ……」
ぶつくさと文句を垂れるが、彼女も一応反省はしていた。
「まあ……ホントに色んな人がミャー達を探し回ってて……悪いとは思ったけどさ……」
思い返すのは……あの日、村に戻ったときの騒動――
――
――――
――――――
『あ!!! 子供達だ!! 子供達が帰ってきたぞーーーッ!!!』
『大変!!!? こんなに傷だらけで!!』
『早くコハン先生を呼べー!!!』
――
――――
――――――
「――村に帰った時、大ごとになったな……みんにゃ、めっちゃ心配してたんだ……」
どよめく大人達の声が、今も耳元で聞こえるかのように、蘇る。
あの時、確かに少女は感じていた――自分達は大切にされているのだと。
だが……
「……それでも、ずっと家にいるのは退屈だ!!」
ベッドに寝転び、足をぶんぶんとばたつかせる。
その時。
ガチャ……
家の扉が小さな音を立てて開いた。
「……ただいま……はぁ……」
「あ、おかあさん帰ってきた!」
反射的に飛び起きた少女は、嬉しそうに廊下を駆け抜ける。
「暇だーー!! 遊べ~!!」
「……んもう……ふふっ」
微笑みを浮かべたチーシャは、娘のほっぺをムニッとつねる。
「ちゃんと反省はしてるのかな~? 可愛い子猫ちゃ~ん?」
「ふへ~~~!!! ほめんにゃしゃいはんへいひぃへまふぅ……!!」
無惨に引き伸ばされた頬で、懸命に謝る少女。
その顔が可笑しくて、チーシャは思わず吹き出した。
ようやく満足したのか、少女の頬から手を離す。
パンっと両手を打ち鳴らし、声を弾ませる。
「よし! それじゃあご飯の支度をしたら遊ぼうか。手伝ってくれる?」
「うん! わかった!!」
2人は笑いながらキッチンに向かう。
家の中には、母子の楽しげな声が響いていた――
――そして、今日も日が暮れる。
西の空から差し込む夕日が、部屋をオレンジ色に染める頃。
母娘はテーブルを囲み、古びたボードゲームに興じていた。
その盤は木をくり抜いて作られ、両側に小さな窪みが並んでいる。
そこに石を置き、相手の陣地へと回し入れては数を競う――シンプルだが奥深い、昔から親しまれてきた遊びだ。
「1……2……3! はい! 私の勝ち~!!」
「にゃ~!! また負けたー!!」
少女はゲーム盤の上に悔しそうに突っ伏した。
その様子に、チーシャは口元を手で押さえて笑う。
「ふふ……さて、そろそろ終わりにしましょうか」
2人は石を集め、道具を片づけ始める。
その時、ふと少女は呟くように問いかけた。
「ねえ……家の外にはまだ出ちゃダメ?」
その声に、チーシャの動きがふっと止まった。
「えと……ほら、一緒に森に行ってた子達は病院で大人しくしてるでしょ?
……少なくとも、その子達が全員治ってからかな」
「え~!!? 骨折してるやつとかいるんだよ!? 何日かかると思ってるにゃ!!」
ギプス姿の友人達の様子から、治るには長い時間がかかることは察していた。
医者の話では、重傷の子供は2〜3ヶ月程の療養が必要だという。
「む~!! 確かに悪いことしたけど……こんにゃに閉じ込められるなんて、あんまりだ……」
「……ごめんね。窮屈だよね」
「……ううん。謝らないといけないのはミャーのほうだ……」
小さなため息が、2人の間に静かに降りる――
――次の日、昼頃。
「てことがあってさ~、ホント暇なのなんのって……」
「おい……今の話の流れでなんでお前はここに居る」
少女は病院のベッドの端にちょこんと腰掛け、入院中の友人達とおしゃべりしていた。
友人達はみな包帯やギプスを着け、ベッドの上で不自由そうにしている。
「抜け出してきちゃった、テヘ♪」
「お前……ホントに反省してんのか……?」
「あはは! してるって~!」
まったく悪びれる様子もない少女に、友人達は苦笑をこぼす。
そんなやり取りができるだけでも、彼女にとっては何よりの気晴らしだった――
――数十分後。
「よし! ミャーの勝ち!!」
「ぐえ~!! また負けかよ~!!」
「はぁ……シヤには勝てんのに、おかあさんには全く勝てないのはにゃんでだろ……」
少女は母と遊んでいたのと同じボードゲームで、友人達と勝負を楽しんでいた。
「さて、そろそろ帰るにゃ」
「あれ? 少し早くない?」
「うん。でも余裕を持って帰らないと、おかあさんが帰ってくるかもしれないからな」
チーシャの帰宅時間は、いつも通りならまだ1時間程先。
だが念のため、早めに病院を後にすることにした。
「そっか。バレないように気を付けてね~……ゲホッゲホッ!!」
「にゃんだ風邪か~?」
「うん……病院の患者さんにうつされたかな。最近、病人多いし……へへ、見たな・聞いたな・知ったな~?」
風邪を引いたらしい少年が、腕をアンデッドのようにうねうねさせながら友人達に近づく。
「うわやべェ!! こいつオレ達にうつす気だぞ!!」
「うわあ!!? 逃げるにゃ! お大事にィ!!」
たわいもない冗談を交わし、別れを告げると、少女は風のように病室を飛び出した。
少女が去った後も、病室からは楽しげな声が漏れていた。
それを背に、彼女もどこか満足そうに家路についた――
「――よっこいしょっと」
少女は玄関からではなく、キッチンの窓から忍び込むように帰宅した。
音を立てぬよう、背中を丸めてそろりそろりと床に足を下ろす。
「抜き足差し足忍び足~っと、裏道を通るのもなれたもんだ」
彼女は病院へ行く際、正面玄関を避け、裏庭の茂みを抜ける秘密のルートを使っていた。
誰にも見られない、自分だけの抜け道だ。
「さ~て、それじゃあ勉強してたフリでもするかな~……」
そう言って、リビングへ足を踏み入れた瞬間――
「――フリじゃなくて、ちゃんとやらなきゃダメよ?」
「え~、だってめんどくさいも………………んにゃあッ!!?」
そこには……いつもならまだ外にいるはずのチーシャが、リビングの椅子に座っていた。
かなり早い帰宅。
けれどその顔には、疲労と緊張の色が滲んでいた。
チーシャはゆっくりと椅子から立ち上がり、無言で少女の元へと歩み寄ってくる。
「お、おかあさん!? なん……」
「なんで外に行ったのッ!!? あれだけダメだって言ったでしょうッ!!!?」
その瞬間、耳をつんざくような怒声が落ちた。
声は震え、目は大きく見開かれている。
そんな母の姿が、少女にはたまらなく恐ろしかった。
「……!!?」
思わず一歩後ずさる。
凄まじい剣幕で詰め寄るチーシャ。
けれどその拳は強く握りしめられたまま、微かに揺れていた。
「え……えと……やっぱり……退屈で……」
「退屈? 退屈だから出歩いたっていうの!? 今この……!!」
「……へ?」
少女の目が戸惑いに揺れる。
チーシャは、何かを言いかけて――唇を噛みしめた。
「……とにかく、もう二度と勝手に外には出ないで……っ!!」
そう吐き捨てるように言い、チーシャは少女の腕をつかんで、自室へと連れて行く。
「え? ちょ、ちょっと!? おかあさん!!?」
母の指がこんなに冷たく感じたのは、初めてだった――
――
――――
――――――
――それから、1週間が経った。
あの日以来、チーシャの様子はすっかり変わってしまった。
家の中でも表情は暗く、ぼんやりと窓の外を眺めていることが増えた。
声をかけても……
「えと……ご、ごめんなさい……前は勝手に抜け出して……」
「……ああ……うん。私も怒り過ぎた……ごめん」
口にする言葉こそ、いつもの優しい母の言葉だった。
けれど、その瞳はどこか虚ろで、生気を失っていた。
最初のうちこそ、少女は気をつかっていろいろと話しかけた。
けれど、返ってくるのはいつも曖昧な相槌ばかりで――
(――やっぱ、まだ怒ってるのかなぁ……)
彼女はそう思うようになっていた。
勝手に病院へ行ったこと、言いつけを破ったこと、そのせいで母はまだ怒っているのだと。
理由のわからない沈黙に、ただそう思い込むしかなかった。
そして、そんな重苦しい日々が、〝2か月程〟続いた――
――
――――
――――――
――そう、〝2か月〟。
それは、友人達が退院すると言われていた日だった。
そして同時に、家でじっとしている約束の……最後の日でもあった。
「あの……お、おかあさん! そろそろあいつら、退院したんじゃにゃいか!?」
「あ~……そうね……確かに、もうそんなに経つか……」
チーシャはそうつぶやくと、ガタリと椅子を引いて立ち上がった。
そしてゆっくりと、少女のほうへ歩み寄ってくる。
「ひ、ひェ……ッ!」
無表情のまま近づいてくるチーシャに、思わず一歩下がる。
怯えて瞳を閉じた瞬間――
――ぽん、と。
その頭に、母の手のひらがやさしく置かれた。
「……え?」
「……長い間、ちゃんと家にいて……偉いわ」
久しぶりに戻ってきた、母の優しさ。
その温かさに触れ、体に纏わりついていた怯えは、ゆっくりと溶けていく。
「あ……え、えへへ……まあ1回抜け出しちゃったけどな」
そう返しながら、少女は胸の奥に広がっていく、ぬくもりを感じていた。
けれど――その直後。
「でも、ごめんね……あの子達、まだ怪我が治るまでには時間が掛かるって……思ったより重傷なんだって」
「……え……?」
「だから……もう少しだけ……もう少しだけ家に――」
我慢の限界だった。
「――いい加減にしてッ!!!!!」
少女の中で張り詰めていたものが、ぷつんと切れた。
「なんで……なんでこんな長い間、家に閉じ込められなきゃいけないんだ!!?
確かにみんなに迷惑かけたけど……これじゃあまるで〝罪人〟じゃにゃいか!!! あんまりだ!!!!」
その叫びには、これまで胸に溜め込んでいた怒りも、悲しみも、寂しさも――すべてが込められていた。
チーシャは目を見開き、ほんのわずかに唇を震わせた。
「そんな……〝罪人〟なんて……っ!! 違うわ!!! 子猫ちゃん!!!」
「違わないだろッ!! もういいっ!!!」
少女は母の言葉を最後まで聞かず、勢いのままに玄関の扉を開け――外へと飛び出していった。
「あ!! 待ってッ!!!? ミヤッ――!!!!」
地面を蹴る足が、湿った土を軽く跳ね上げた。
それでも、振り返らない。
――母の声は、もう聞こえなかった。
~あとがき~
次回から投稿時間を変更します。
第11話は明日の20時10分に投稿です。
第1章完結まで毎日投稿中!!
『セキドリ』について――
少女が母や友人達と遊んでいたボードゲーム。
見た目は木製の長い盤にいくつもの窪みが並び、その中に小石や貝殻を入れて遊ぶ、とてもシンプルな遊戯。
東の大陸の南部では子供から大人まで幅広く親しまれており、地方によって数百種類にも及ぶローカルルールが存在する。
今回少女が遊んでいたのは、最も一般的な〝石を取り尽くした方が勝ち〟というルール。
プレイヤーは交互に自軍の石を拾い、隣の窪みに1つずつ配っていく。最後に置いた窪みの条件によって追加行動ができたり、相手の石を奪えたりするなど、単純ながら駆け引きの奥深さがある。
……とどのつまり、現代で言うところの〝マンカラ〟である。異世界でも広く楽しまれている定番ゲームの1つになっているようだ。




