第9話 “ヤマモモ村の異変”
――4年前。
東の大陸、辺境の地〝ヤマモモ村〟。
子供達が、帰ってきてから3日後。
その日、村唯一の診療所に、朗らかな叫び声が響き渡った。
「治ったあああああーーーーーーーーッ!!!!!」
声の主は、幼き日の猫耳の少女だった。
晴れた空のように澄んだその声が、診療所の大部屋に木霊する。
「流石〝ケモニア族〟じゃな。ヒトより傷の治りが早い」
傍らの白髪の医師が、苦笑しながらも感心したようにうなずく。
「ちぇ~。化け猫だけズルいや」
一緒に入院していた子供達が、羨ましそうに口を尖らせる。
「でも良かったね~。〝今日〟に治って」
「うん! よくやってくれた、ミャーの治癒力……!!」
少女は自分の体を抱きしめ、しみじみと言った。
「とはいえ、一応大事をとって今日1日くらいはまだ入院しとくんじゃ……」
「やだッ!!! どうしても〝今日〟帰る!!! 先生ありがとうございましたーーーッ!!!」
明るい声と共に、彼女は風のように診療所を飛び出していく。
「あっ!? コラァッ!! 医者の話はちゃんと聞けェーーーーッ!! ……お大事にーーーーッ!!」
医師の叫び声が、しばらく建物の周りに響き続けていた――
◆ ◆ ◆
――ヤマモモ村、チーシャと少女の家。
「ただいま! おかあさん!!」
「あら!? 子猫ちゃん!? もう怪我治ったの?」
「えへへ!! ケモニア族はタフにゃのだ!!!」
少女は「えっへん!」とばかりに小さな胸を張って笑った。
「言ってくれたら病院まで迎えに行ったのに。あ、先生にちゃんとお礼は言った?」
「うん! お大事にって言ってた!」
その返答に、チーシャはふっと笑みをこぼした。
「それじゃあ今日は、子猫ちゃんの退院祝いをしないとね!」
「わーい!! やったぁ!!」
ぱあっと目を輝かせて、少女は尻尾をブンブンと振り回す。
「……あ、おかあさん。これ!!」
「うん? なに?」
彼女は思い出したようにポケットの中を漁ると、そこから小さな何かを取り出した。
「……え? これは……!!」
「えへへ、〝ブレイブフラワー〟を押し花のブローチにしてもらったんだ!」
差し出されたのは、透明樹脂の中に閉じ込められた、小さな白い花のブローチ。
少し頬を赤らめながら、彼女は続ける。
「えへへ……えっと……た、誕生日……おめでとう!! おかあさん」
「……っ!! 子猫ちゃん……!!」
驚きと喜びが入り混じった声が、チーシャの喉から漏れる。
――そう、今日は母の誕生日。
少女はそのために、あの危険な森の奥地まで足を運んでいたのだ。
「……でも、これを作るために色んにゃ人に迷惑かけちゃった……や、やっぱり、怒って……」
言葉の終わりを遮るように、チーシャはその小さな身体をガバッと抱きしめた。
「え!? おかあさん!?」
「とっても……嬉しい!! ありがとう! 子猫ちゃん!!」
「え、えへへ……良かった!!」
柔らかな笑い声が、2人だけの部屋に満ちていく。
「あ、でも……」
「へ? うわっ!!」
次の瞬間、チーシャはニヤリと笑いながら娘の頬をムニーっと引っ張った。
「もうこんな無茶は、ぜ~ったいにしないこと!!」
「いひゃいいひゃい! わひゃりまひた~!!」
◆ ◆ ◆
――その日の夜。
「おさかなさん、すごい美味しかった~!!」
「えへへ、お粗末様でした」
2人は夕飯を終え、並んで皿を洗っていた。
村では滅多に見られないような、豪華な魚や野菜が並んだ食卓だった。
「なんか食べたことのない食材もあって、すっごい新鮮だった!!」
「あ~、アレね。何日か前に、村に迷い込んだ〝冒険者〟が置いていったのよ」
「へ~、そんなことがあったんだ」
「ま、子猫ちゃんは知らなくて当然ね。その時、キミは森の中に居たんだから」
「う……っ! 反省してます……」
ぴたりと尻尾が止まり、少女は気まずそうに肩をすくめる。
「あはは! ちょっといびりすぎたわね」
水に濡れた手を布巾でそっと拭きながら、優しい眼差しを娘に向ける。彼女もどこか照れたように笑い返した――
――洗い物を終えた後。
チーシャは鏡の前に立ち、自分の胸元にあるブローチをそっと指先で撫でる。
花は〝透明感のある白〟を基調とし、光を受けるたびに虹色のきらめきを浮かべていた。
チーシャは試しにブローチへ<鑑定スキル>を使用した。
◆ ◆ ◆
【ブレイブフラワーのブローチ】
〇ランク:《D》
〇分類:装飾品
〇ステータス補正
うんのよさ+15
〇付与スキル
※装備中のみ、装備者に以下のスキルを付与する。
〇基礎能力スキル
タフネス《F》[パッシブ]
混乱耐性《E》[パッシブ]
恐怖耐性《E》[パッシブ]
◆ ◆ ◆
「――流石〝伝説の花〟。実戦で使えるレベルね……なによりとっても綺麗だし♪」
「えへへ、そんにゃに喜ばれると照れるなぁ……」
そう言いながら少女は頬を緩ませ、ニヤニヤと笑っていた。
「でも、にゃんで〝伝説の花〟なんて呼ばれてるの? 伝説的に綺麗だから?」
「え? 子猫ちゃん、知らずに採ってきたの?」
「あはは……伝説って言葉に惹かれたのと、村の図鑑で見た時に綺麗だったから……」
気まずそうに頭を掻く彼女を見て、チーシャは小さくため息をついた。
「まったく……そんな直感だけで、よく冒険できたわね」
そう言いつつも、どこか呆れと愛情が混ざった声色だった。
「これはね、かつてこの村を訪れた〝勇者様〟が植えてくださった花なの」
「え!? そうだったの!?」
〝勇者〟という言葉に、思わず少女は声を跳ねさせた。
「〝勇者様〟が、この村に来てた事は知ってたけど……まさか、その花の由来だとは思わなかった……」
「昔は村の中にも、いっぱい咲いてたらしいんだけどね……でも今は環境の変化のせいで、森の奥にしか咲かなくなっちゃって……私だって本物は初めて見たわ」
「へ~、そうだったんだ~」
自分が手に入れた花の思いがけない由来と重みを知って、さすがの彼女も、どこか神妙な顔つきになった――
――その時だった。
ドンドン!!
家の扉を激しく叩く音が、夜の静けさを破った。
「あら? こんな時間に誰かしら? お父さんかな……」
チーシャは首をかしげながら、玄関に向かう。
扉を開けると、そこに立っていたのは村の駐在だった。
「チーシャ! あ~……誕生日おめでとう……!」
「あら駐在さん。ええ、ありがとう!」
お祝いの言葉とは裏腹に、その表情はどこか沈んでいた。声にも張りがなく、目は伏していた。
「こんな日に、なんだが……残念な知らせがある」
「え? ……な、なに?」
嫌な予感に、背筋がひやりと冷える。
「ジラおじさんが……亡くなった」
「!!?」
その言葉に、チーシャも少女も息を呑んだ。
「ジラさんが……もう、歳だったものね……」
「ああ。明日、お葬式をやる。参列してやってくれ」
「……わかったわ」
頷いた彼女に、駐在は軽く頭を下げる。
そのまま彼は、故人の偲ぶように、静かに夜道を去っていった。
「……〝井戸じいちゃん〟、もうだいぶボケてたからな。ミャーのこと見て『おや、チーシャじゃないかい』って言いながら飴を渡してきたもん」
〝井戸じいちゃん〟とはジラの愛称だ。
毎朝早くから昼頃まで、ずっと井戸の近くにいたから子供達はそう呼んでいる。
「そっか。子猫ちゃん、小さい頃の私と似てるもんね」
「いや何処が。〝耳〟と〝尻尾〟がまるで違うじゃん」
母にはない猫耳をぴくりと動かし、尻尾を揺らしながら、少女はあえて明るく返す。
気を使った彼女の言葉に、チーシャも軽く笑いをこぼした。
夜気は少しずつ冷たさを増して、静かに更けていった――
――翌日。
葬儀が終わった昼過ぎ。
「だ~! 疲れた……」
「あはは。お葬式の雰囲気って、子供には重たいものね」
少女はぐったりとした声を漏らしながら、ベッドに倒れ込んだ。
この辺境の村らしい質素な喪服とはいえ、彼女にはずいぶん窮屈だったらしい。
その衣装を脱ぎ捨て、ようやく一息つけたようだった。
「……私が生まれる前からずっと居て、当たり前だった存在なのに……別れは誰にでも訪れるものね」
「……そうだにゃ……」
少しの間だけ、部屋の空気が懐かしさと寂しさで満たされた。
「……さて!」
少女は声を張り上げるようにして、その空気を打ち払った。
「ちょっと、あいつらのお見舞いにでも行ってくる!」
そう言いながら彼女は、ベッドから勢いよく起き上がり、いつもの服に着替える。
「ええ。でもあまり病院で騒がないようにね?」
「その病院で、入院中の患者にゲンコツした人がにゃに言ってんだ」
思いっきり皮肉を返す少女に、チーシャはくすくすと笑って、彼女の頬をつまんだ。
「ん~? なにか言ったかな~?」
「|ふみまふぇんなにみょいっふぇまふぇん~《すみません、何も言ってません~》!!」
◆ ◆ ◆
――診療所の大部屋にて。
「そっか……井戸のじいさん死んだのか」
「そうにゃんだよ。おミャーらも退院したら墓参りにいけよ?」
空いているベッドに腰を下ろしながら、少女は入院中の子供達に語りかけた。
「退院か~。でもボク、足折れてるから当分無理だよ」
「オレもあばら骨が折れてるみたいで、治るには時間かかるって言われた」
「マジかよ。おミャーらにゃんでそんな重症なんだ?」
彼女は眉をひそめるが、すぐに友人が返す。
「逆にあれだけモンスターに襲われたのに軽傷だった、お前がおかしいんだよ!!」
そのツッコミに、病室のあちこちからくすくすと笑い声がこぼれる。
「てか〝コハン先生〟はどこだ? 院内にいなかったよな」
「あ~、老人達の家に行ったきり帰ってこねえな……また誰か死んだか?」
「おい! 不謹慎すぎるぞ!」
少女はすかさず言葉をかぶせて、その冗談をたしなめた。
――ひとしきり話したあと、少女は「また来るよ」と手を振って部屋を後にした。
窓の外では、陽が少しずつ傾き始めていた――
――日が沈み切らぬうちに、少女は家へと戻った。
「ただいま~」
玄関の引き戸を開けると、すぐにチーシャの声が返ってくる。
「あ……お、おかえり! 子猫ちゃん……」
「うん? おかあさん?」
平静を装ってはいるが、少女はその微かな乱れを聞き逃さなかった。
母の声には、わずかな動揺が滲んでいた。
「どうかした? おかあさん……」
娘の問いかけに、チーシャは一瞬だけ言葉を詰まらせる。
どこか後ろめたさを隠すように視線を逸らしていた。
「あ~……えっとね。子猫ちゃんがお見舞いに行ってる間にね……お父さん……村長達とちょっと話してたの」
曖昧な言い回しで始まる説明に、少女は不安を募らせる。
「それで……その……」
チーシャは小さく息を吸って、苦しそうに言葉をつなげた。
「……今日から当分、家の外に出ちゃダメ」
――夕焼けの光が窓越しに差し込み、家の中に長い影を伸ばしていた。
これは、少女にとって――
最も苦く……忘れがたい日々の始まりだった。
~あとがき~
第10話は明日の18時に投稿です。
第1章完結まで毎日投稿中!!
『猫耳の少女(10歳時)』のステータス――
盗賊Lv.3
HP:18 MP:3
ちから:5
みのまもり:4
すばやさ:13
こうげき魔力:3
かいふく魔力:0
きようさ:8
うんのよさ:4
〇所持スキル
〇基礎能力スキル
アジリティ《F》[パッシブ]
すばやさが上がる。
〇技能スキル
短剣術《F》[パッシブ]
短剣装備時、命中率と会心率が上がる。
盗む《F》[アクティブ]
敵1体から一定確率でアイテムを奪う。
〇武技スキル
キャットネイル《F》[アクティブ]
猫の爪で相手をひっかく。




