第8話 “蒸気の中、風の叫び”
――昼頃。
昼食を食べ終えた猫耳の少女は、数十人の王国調査隊と共に、王都の南東端へと向かっていた。
「にゃ、にゃんだこりゃあ!!?」
ポッポーーーーーーーーッッ!!!
彼女の叫びに応えるかのように、熱気を帯びた白い蒸気が噴き上がる。
湯気の帳を裂いて現れたのは、〝黒鉄の巨体〟――まるで動く砦のような〝ナニか〟だった。
ここは《龍煌驛》。王都でも限られた者しか入れぬ特別な施設である。
外観は朱塗りの木造風だが、一歩中へ入れば鉄骨がむき出しの異様な空間。巨大な円盤が軋みを上げて回り、鉄と油の匂いが満ちていた。
一般市民は決して中へ入れない場所。
そして今、少女の目の前にあるのは――その象徴たる〝黒鉄の巨影〟だった。
「驚いたか。王都の人間でも、これはなかなか見れない。出発する時には、外に沢山の見物人が集まる程だ。」
調査隊の先頭を歩いていた開守が、顎を上げて誇らしげに語る。
「こ、これは……にゃんだ?」
少女の目が、まん丸になる。視線は鉄の巨体に釘付けだった。
「〝北の大陸〟から、友好の証として贈られた〝超技術〟だ。名を……〝蒸気機関車〟という」
「じょ、ジョーキ……キカン……しゃ……?」
聞き慣れない単語に反応するように、猫耳がぴくぴくと揺れる。
言葉の意味がわからず、少女は小さく首を傾げた。
その様子を見て、昨日も開守の隣にいた、眼鏡の調査員が静かに口を開く。
「まあ……巨大な〝鉄の馬〟だと思ってもらえれば結構です」
「〝鉄の馬〟!? ってことは……コレ、動くのか!!?」
「ええ。しかも、ここにいる我々全員を乗せてね」
「ぜ、全員!!?」
少女は目を見開いた。
慌てて辺りを見渡すと、調査隊のメンバーだけでざっと30人以上はいる。
そんな人数を一度に運ぶ〝馬〟なんて、彼女の常識にはなかった。
「しかも、本物の馬を乗せる事も出来ます。実際に、今も何頭か乗せていますよ」
「マジか……スゲーにゃあ……」
少女はポカンと口を開けたまま、再び黒鉄の巨体を見上げた。
だが……ふと、あることに気づく。
「あれ? てか……すごい人数で向かうんだな?」
「そうですね。昨日の今日で、これだけの隊員を動かすなんて……普通ならありえません」
眼鏡の調査員が、冷静に答える。
「うちの隊長は、その思い切りの良さと人海戦術で、多くの成果を上げてきましたから。彼の判断が誤ったことは、今まで一度もありません。今回も、期待できるでしょうね」
「へ、へえ~……そ、そうにゃんだな……」
少女の頬を、一滴の汗がツーっと流れる。
ぎこちなく相槌を打ちながら……違和感が胸の奥で渦を巻いていた。
(にゃんだろ……この胸騒ぎ……)
村への久々の帰郷。
ただでさえ緊張するのに……それとは別の不安が、少女の中に生まれていた――
――その時だった。
「おおおおおォい!!! 誰かそいつを止めてくれェ!!!」
ビッシャアアアアアーーーン!!!!!
駅の入り口から、雷鳴のような爆音が響いた。
「にゃ、にゃんだァ!!?」
「騒がしいな……どうした?」
突如響いた怒声と激しい物音に、調査員達が一斉に振り返る。
空気がピンと張り詰め、何人かは無意識に武器へ手を伸ばした。
「侵入者アルか? 私がぶちのめすヨ」
「正面からとは珍しいですね……たまに湖から来ることはありますが……」
眼鏡を押し上げながら、至って落ち着いた口調でつぶやく。
駅のホームの片隅からは巨大な湖が見下ろせる。
機関車に積み込む大量の水は、いつもこの湖から汲み上げているのだ。
ビリビリィッ!!
――すると、またしても入り口の方から電撃のような破裂音が響いた。
それに続いて聞こえてくる、何人かの「グワーッ!!」という悲鳴。
調査員達の間に、一気に緊張が走る。
――けれど。
(……こ、この音――)
――その雷鳴に、少女は聞き覚えがあった。
それは……ここ数日、何度も耳にした音。
(いや、まさか!!?)
思考が追いつくよりも早く……
駅の入り口から、ひとつの影が飛び出してきた。
「おっとと……目的地に、とうちゃ~~っく!!!」
ピョンッ!!! と、勢いよく宙を舞って現れたその少年は――
「な……!? おミャーは!!!」
――ツンツンと跳ねた黒髪。
その隙間から、陽光を受けてちらりと覗く青のインナーカラー。
前髪には数本、青いメッシュが垂れている。
そして――その髪のアクセントと呼応するかのように、青色のジャケットがひらりとたなびいていた。
小柄な体格からは想像できない程、身のこなしは軽い。
走ってきたはずなのに、息は全く乱れていない。
動きには生気というか、妙な元気が有り余っている。
「た、タイガ!? にゃんでここに!!?」
「お! 猫ちゃん見っけ!! ターゲットを発見しました!」
無邪気な声が、駅構内に響き渡る。
突然現れた青い少年に、周囲の空気がわずかに凍る。
「あはは!! いや~、やっと会えた! 探したんだよ」
「お、おミャー……にゃにしに来たんだ……!?」
少女は顔を引きつらせながら、一歩後ずさる。
(ま、まさか……!! 昨日わざとぶつかって、水晶の中に閉じ込めたことがバレた!?)
額に冷や汗が滲む。
だが、当のタイガはそんなことには一切気づいていない様子で、手に持っていた小さな紙袋の中をガサゴソと探り――
「はい! これ」
「え?」
タイガは肉まんのようなモノを差し出してきた。
……だが。
よく見れば、表面にはつぶらな瞳。
その下には、むにっとした小さな口。
全体は、食欲を刺激するどころか不安を煽るような、鮮やかすぎるほど真っ赤だった。
「え……にゃにこれ……」
少女の声が、素直に引きつる。
「〝スライムまん〟だよ! しかも朱円限定の〝アルスライム※まん〟!! 美味しいよ!!」※アルスライム――朱円周辺に生息する赤色のスライム。
「いや……別に要らにゃいけど……」
少女がそう返した瞬間、タイガの表情が、ガーン!! と効果音でも付きそうなほど、分かりやすく曇った。
「ええ!? ……あ、大丈夫だよ。本物のスライムじゃなくて、魔法で似せてるだけだから!!」
「いや、そういう問題じゃねェよ……まあ、ミャー腹減ってないから」
「ええ〜……それじゃあシチューのお返しが出来ないじゃ~ん。はむっ」
そう涙目になりながらも、迷いなく肉まんにかぶりつく。
すると……
「ピギーッ!!!」
「うわ!!? 肉まんが叫んだァ!!?」
「〝スライムまん〟だからね~。んめ~~~ッ!!!」
「ピギャー!! ピィイイイイイ!!!」
「うわぁ……」
かぶりつかれたスライムが、必死に悲鳴を上げ続けるその光景に、少女は言葉を失い、完全にドン引きしていた。
そんな2人のやり取りをよそに――
場の空気は、じわりと変わり始めていた。
調査員達は警戒を強め、タイガを囲み始める。
開守が少女に小声で問いかけた。
「……知り合いか?」
「あ……ま、まあ……それほどの仲じゃあにゃいですけど……」
彼女は目を泳がせながら答え、一筋の汗が伝う。
ごまかしきれない動揺が、言葉の端々に滲んでいた。
だが、そんな彼女の焦りをよそに、タイガは無邪気に辺りを見渡し……
「うん……? お!!! すンげェ~~~ッ!!!!」
〝何か〟を見つけると、目を輝かせて叫んだ。
そしてピョンッと横っ飛びし――
――ガチィン!!!
足裏を磁石のように機関車に引っ付けた。
「〝SL〟じゃん!! イイじゃん!! イイじゃん!! スゲーじゃん?!!」
「いや……ちょっとキミ……!!」
調査員が制止の声をかけるが、まったく聞く耳を持たない。
彼は大の字になって機関車に張り付く。
機関車に頬ずりでもしそうなほど、興奮しきっている。
「うわ~!! 初めて見た! 〝レトロ〟だな~!!」
「〝レトロ〟? ……この〝超〟最新技術が……?」
タイガの言葉に、開守は思わず眉をひそめる。
その時、別の隊員が一歩前に出てタイガに詰め寄った。
「というか……呑気に話していますが、ここは関係者以外立ち入り禁止区域ですよ?」
「てか入り口に衛兵がいたはずアル。まさか……お前、何したネ?」
調査員達の問いかけに、タイガは「あっ」と小さく声を漏らす。
「……やべ、勢いで倒しちゃった」
「倒したァ!? おミャー……兵士に手をかけたのか!!?」
少女の叫びが、場内に響いた。
「あ~……いや、でも〝ちょっと〟眠ってもらってるだけだし……」
「〝ちょっと〟ってにゃんだ!? 兵士に手を出すなんて、とんでもない重罪だぞ!!?」
「てか普通に〝死刑〟アルヨ」
「えええええええええええええェェェ!!!?? ま、マジで!!?」
タイガは驚愕の絶叫を上げる。
その全身から、だらだらと汗が流れる。
調査員達は無言で、機関車の周りを一斉に囲む。
重罪人の少年を逃がさないように……
タイガは口をもごもごさせながら、言葉を絞り出す。
「え……と……ご……」
そして胸の前で、片手をすっと構え、手刀のような形にして――
「――ごめんなさい」
「「「いや許されるかああああああああああああァァァァ!!!!」」」
調査員達の怒声が、駅中に轟いた。
「こいつ……もうやっちゃっていいアルか?」
「あなたが言ったように、どうせ死刑なんです。片付けて湖に捨てなさい」
場の空気が一気に険しくなる。
前に出たのは、小柄な女性の調査員……2人いる副隊長のうちの1人だった。
その言葉に、周囲の調査員達は一斉に後ろへ一歩下がる。
「……ん? あれ? てかさ……」
しかし、そんな殺気立つ雰囲気にも動じることなく、タイガはきょとんとした顔で調査員達を眺め回す。
そして、ぽつりと疑問を口にした。
「なんでみんな……そんなに〝武器〟持ってんの?」
「「「……!?」」」
その一言に、全員の顔がピクリと動いた。
それは、少女も先ほど覚えていた違和感――そう、それは〝調査員らしからぬ武装〟だった。
沈黙の中、眼鏡をかけた調査員……もう1人の副隊長が冷静な声で語る。
「……これは、現地で手に入れた貴重な遺物等の護衛も兼ねた武装です。持ち帰る途中に、賊に襲われる危険性もあるので」
理路整然とした説明。口調も落ち着いている。
だが――少女の中に残った引っかかりは消えなかった。
(ま、まあ……筋は通ってるけど……)
理屈は通っている。
けれど、目の前の彼らから漂う空気は、とても〝護衛〟のそれには見えなかった。
立ち姿、武器の構え方、視線の鋭さ……それはまるで〝戦場の兵士〟だった。
タイガは続けて言う。
「……なんかさ、〝調査地〟で実力行使するって話、聞いたけど?」
その言葉で、場の空気が一段と張り詰める。
「そんな、とんでもない……まさか我々が……」
すかさず否定しようとする、眼鏡の副隊長――
だが……その言葉をぴしゃりと遮ったのは、開守だった。
「いや、そうだな。そういう時もあるな」
「な……隊長……!?」
驚愕し、眼鏡が飛びそうな程の勢いで振り向く。
嘘を隠し通す気がないのか、あるいは……その必要すら感じていないのか。
開守の目には動揺の色すらなく、ただ当然のことを語るようにタイガの言葉を認めていた。
「……それは……猫ちゃんの故郷を〝荒らす〟ってことか?」
「場合によっては……な……」
言葉が落ちた瞬間――
ビリビリィッ!!!!
タイガの体を中心に、青白い雷がほとばしる。
細い稲妻が床を舐め、周囲の空気を焦がすように跳ねた。
黒のクセっ毛が持ち上がり、青いメッシュが稲妻のようにギザギザと逆立つ。
瞳の温度が、すっと落ちた。
さっきまでの能天気さは影も形もない。
タイガは機関車の上から軽く跳び……ドン!! とホームの床へ降り立った。
そして、彼は迷うことなく前へ出る。
開守と――真正面から向き合った。
「……あいつ……開守とヤル気アルか?」
「なら……私達の出番はありませんね」
どこか残念そうに、けれど瞳には余裕の色を浮かべながら肩をすくめる2人の副隊長。
「ば、馬鹿……!! こいつらがミャーの故郷を荒らすとしても……それが、おミャーになんの関係があるんだ!!」
後ろから少女が叫ぶ。その声には、焦りと困惑が入り混じっていた。
「うん? だって命の恩人の〝大切な場所〟でしょ? それを荒らす奴らを見過ごせないよ……!!!」
「……っ!! ……〝大切〟な……場所……?」
その言葉が、彼女の胸を鋭く刺した。
ふと、開守がタイガを見て口を開く。
「……お前が……《C》ランクの〝蛾〟を倒した、得体の知れない旅人だろう?」
「うん。一昨日倒したヤツのことでしょ?」
その返答に、調査員達の間にどよめきが走る。
「《C》ランク!? 一流冒険者が相手をするようなモンスターだぞ!!?」
「それをあんな子供が……? いや、〝副隊長〟の例もあるが……」
隊員達の視線が、自然と〝副隊長〟の方へと集まった。
「ププ。雲、みんなに子供って言われてるアルよ」
「いえ、明らかにあなたのことですよ。玲玲」
軽口を叩き合う2人の〝副隊長〟。
開守は無言で一歩を踏み出す。
その眼差しは鋭く、まるで獲物を見据える獣のようだった。
「ギルドからの情報には、真っ先に目を通してるんだ……他の隊員では荷が重いだろう、私が直々に……」
「『ヒューサ』ッ!!」
不意に、風が巻いた。
ヒューッ!! と空気を裂く音とともに、タイガの背後から突風が吹き荒れた。
「うわあッ!!?」
その体は、あっという間に調査員達の輪を飛び越え、駅ホームの隅にまで吹き飛ばされる。
ドッシャーンッ!!
鈍い衝撃音がホームに響き、タイガは床に叩きつけられた。
「ほう、〝初級風属性呪文〟ですか。彼女、魔法使い……いえ、盗賊でしょうか」
冷静に今の魔法を解析する、眼鏡の副隊長――いや、先程〝雲〟と呼ばれていた男。
「……〝キミ〟が手を出すとは意外だったな……」
開守は、呪文を唱えた〝その人物〟をじっと見つめる。
「……痛ってて……!! まさか後ろから不意をつかれるとは……」
タイガは頭を押さえながら、調査員達を睨みつける。
「誰だッ!! 卑怯とは言わないけど……やったからには……」
「〝ミャー〟だ」
「え……っ!?」
その声に、彼は目を見開く。
「な、なんで猫ちゃんがボクを攻撃するのさ!!?」
「……にゃにも知らない癖に、余計な事しようとするからだ……」
少女の瞳には、抑えきれない怒りが滲んでいた。
「〝大切な場所〟? ふざけるにゃよ……」
彼女は震える声で呟く。
「こいつらが……ミャーの故郷を荒らしたって、別にいい……むしろいい気味にゃ……」
「な、なに言ってんだよ!! そんな訳……」
タイガが言いかけたその瞬間、少女の感情が爆ぜる。
「ミャーはあの村から〝追い出された〟んだ!!!!」
「っ!!!?」
「……〝故郷〟が誰にとっても、大切だにゃんて思うなよ……!!」
~あとがき~
第9話は明日の18時に投稿です。
第1章完結まで毎日投稿中!!
『蒸気機関車:《星龍》』について――
朱円唯一の龍の名を冠した黒鉄の列車だ。
その全長は60mを超え、漆黒の車体には〝星と龍〟を象った意匠が刻まれている。まるで走る砦のごとき威容を誇る。
動力には石炭に加え、特殊な水〝霊水〟から生み出される〝霊蒸気〟を使用。
これにより、驚異的な速度と長時間の走行を可能にしている。
編成は全3両。先頭車両が操縦区画、中央が客室、最後尾が貨物室である。
貨物室には大量の武器が積み込まれており、その中には朱円最先端の兵器も含まれると噂されている。
この列車は〝北の大陸〟から友好の証として贈られた超技術の産物であり、最高速度は時速130kmに達する。
朱円から大陸南端の王国まで、わずか2日で到達可能とされる。




