自分自身を恐れるべきだ
「なんと?」
某泥棒映画のように、虜の身の公女さまを助けに来たわけでもなく、よりにもよって婚礼を寿ぎに来たという神獣ソドムを前に、私は沸々と怒りの気持ちが沸き上がって来た。何がどうなって、どうしてそうなったのか知らないが。よりにもよって「これが己の考える貴女の幸福だ」という結論を、このひとは下したらしい。
「結婚してって、言ったんです」
「……貴女はあの皇帝の妃になるのだが」
「そんなことをしなければならない理由がちっともわかりませんが?あなたが私を不幸にして苦しめて、今すぐ舌を噛んで死ねと思っているのなら、今すぐそのお望みどおりに―――――」
「そんなことはさせるつもりはない」
ぐいっと、私の言葉が終わる前に、私が舌を噛み切らないようにとでもいうのか神獣ソドムは私の口の中に指を突っ込んできた。
「貴女は妙に私に挑発的なことを言おうとしてくるが、これで何も言えまいな?あぁ、その可愛い小さな歯で噛みつこうとしない方が良い。人は二度は歯が生えてこないのだろう?」
前歯が砕けてもいいから噛んでやろうかと私はイライラした。
神獣ソドムのところから逃げたわけではない。逃がされた、あるいは見捨てられた。おいて行かれた。呼び方はなんでもいいが、とにかく、私はその自分の行為の愚かさがずっと引っかかってた。後悔したというような感情ではない。それだと私に非があるようではないか。そうではない。そうじゃなくて、結果として、私たちはとても愚かなことをしたのだ。
鯨と人は生きられない。
炎を愛したところで、触れようとしたところで、肉を焼かれて痛みで叫ぶだけ。
それが どうしたっていうのか。
ぐいっと、私は神獣ソドムの指を噛んだ。がりっと、石を噛んだような鈍い音、はっとして、すぐに神獣ソドムが指を引っこ抜いて、私の顎を掴み、上を向かせる。
「なんと!愚か者め!」
すぐに前歯は無事かと顔を寄せてくる男に私は乱暴に唇を合わせた。
私はそろそろ覚悟を決めるべきなのだ。
そもそも鯨と人と区別したところで、そもそもが、他人と他人という垣根と何が違うのか。生きている限り、痛いし苦しいし、地獄のような人生を歩くことが、今のままだと確定している。
ソドムさんに名前を呼ばれ、髪を乾かして貰えなければ、どのみち幸せになどなれるはずがない。
さんざん人の心をかき乱して、かき回して、たぶらかして甘やかして、こっちの心をよくもこんなに変えてくれたものだ!
「ソドムさんがどういうつもりだろうと」
ただ触れただけの唇を離すと、目の前の神威を現す人外の、途方もなく遠い存在に思えたものが、完全に硬直していた。大きく目を見開き、ぱちり、と瞬きもできていない。私が口を開くと、反射的にその視線だけが私に向く。
「あなたも同じくらい、私に恋に落ちるべきでは?」
嫌だ……終わりたくない。




