デイリーデイリー6
風呂から上がると、ヘレンには床に頭をつけんばかりに謝られた。
あまりに気の毒なので、顔を上げるように言えばいつもの「奥様」が始まった。ヘレンは気が高ぶると、ラビーナ様が奥様、旦那様がぼっちゃまになる。そんなヘレンを前にして、レイヴァンと二人渋い顔をするのだった。
「このヘレンが離れていたからとはいえ、ぼっちゃまは何を考えていたのですか! 婚約者の風呂を覗くような、そんな子に育てたつもりはありませんよ!」
―――何か、おかしな解釈がされていた。
「いやいやいやいやっ、事故ですから! レイヴァン様もそういうつもりはなかったですよね、ねっ!」
「……ああ」
―――もっとはっきり否定しろよ!
蔵書を読ませてもらったから頭は悪くないと思うのだが、レイヴァンはぼーっとしていることが多い。これが素なのかもしれないが、それでどうやって騎士団を統率しているのか不思議で仕方ない。ライオン・虎と言った称号は返上だ。森のくまさんこそ、相応しい。
顔詐欺だ。顔詐欺。レイヴァンもタンドリーの仲間だ。
その後も半狂乱でレイヴァンを締め上げるヘレンとそれを真顔で受け流すレイヴァンとの珍攻防が続き、終わった時はぐったりとしたラビだった。
※※※※
「チェスをしましょう!」
チェス盤を抱えて部屋に入ってきたラビに、レイヴァンがジッと無言で目を向けてくる。
「……喋りましょうよ」
無口と言うか、無精者だ。口無精。放っておくと口は開かないし、返事を求めても一拍遅れ帰って来る。初日はよく喋った方だったが、結局説明不足だったのだから言葉が足りない。
「ああ、悪かったな。あまり喋る必要がないから、忘れていた」
「忘れていたって、ヘレンさんなんて積極的に話しかけてくるじゃないですか」
「ヘレンは一方的に喋るだけだろう」
―――それは、貴方がいらんことをするからです!
さっきの珍攻防を思い出して、ラビはまた気持ちぐったりとした。
「で、まぁ、ロイドさんからチェスがお強いと聞きまして、折角ですから一局どうです?」
「できるのか?」
ぶっきらぼうな言い方だけど、チェスが好きなのだろう。目が嬉しそうだ。
「それなりには」
婚約者仕様でにっこり微笑むと、レイヴァンは筆をおいて、奥の机から出てきた。ラビはチェス盤をテーブルの上に広げる。
「酒は飲めるか?」
戸棚を開いたレイヴァンが尋ねる。
「飲めますが、飲みませんよ。仕事中は飲まないことにしていますから」
「……そう言えばそうだったな」
忘れていたのか。
レイヴァンの「婚約者」は対外的なものだから、ラビもレイヴァンと二人きりの時だけは「ラビーナ」の仮面を外せる。これがレイヴァンの自己満足な婚約者ごっこなら、ラビは今すぐにだってこの依頼をおりてやる。そういう依頼なら、マルディヘルも二課に回してそもそもラビに任せなかっただろうし。
「それならロイドに運ばせるか」
また言葉が足りない。「他に何か飲み物を」くらいが入るのだろう。どうしてパズルゲームをやっているのだか。
「構いませんよ。喉は乾いていませんから」
「そうか」
レイヴァンはグラスを取り出すと、そこに琥珀色の液体を注いだ。多角形に削られたグラスは赤味を帯びた光をうけてきらきらとしている。
「飲みすぎないでくださいよ。本気で挑みますから」
「大丈夫だ。私は強い」
それはどっちのことを言っているのだろう。
その答えは、時間が教えてくれるだろう。




