デイリーデイリー5
夕暮れ過ぎると、オルトロス君(オリエス邸の愛犬。頭は一つ)とケルベロスさん(オリエス邸の愛犬その2。勿論頭は一つ)と遊ぶのがラビの日課だ。
その日は、二匹にべろんべろんに舐められて、ロランに笑われてしまった。
「珍しいですね。二匹とも、あまり人に懐かないのですよ」
高枝切ばさみを振って、ロランが笑う。昨日はのこぎりだった。一昨日は用途のわからない工具。馬丁、御者、犬の世話、大工仕事なんかもロランがやっているようだ。ロイドやヘレンを見ていても思うが、人の少ない屋敷では一人何役もこなさないといけないようだ。だからこそ、今まで四人で屋敷が回せていたのだろう。
そう言うロランにも、二匹は懐いていないようだ。従いこそするものの、本当に従っているだけ感がはんぱない。
「父なんて嫌われたものですよ。よく吼えられています」
「どうしてですかねぇ? こんなに礼儀正しい子たちなのに」
オルトロス君はダークブラウンの毛色をしたもふもふっ子、ケルベロスさんは黒いさらさらすべすべの毛並みの美人さんだ。どちらも大型犬で、ともすれば地獄の番犬のようにも見えてしまうが、ラビの前ではよく懐いてくれる可愛い子たちだ。
べたべたになるまで顔を舐められてうまく目を開けないラビに、ロランがぬれタオルを差し出してくれた。顔を拭く間、二匹ともきちんとお座りして待っている。
「どうしてでしょうね。大叔父さんは弱肉強食だと言っていましたが……」
「? ロイドさんもよくわからないことを言いますね」
「も、と言うのは、旦那様も、ということですか?」
ロランがこてんと首をかしげて尋ねてくる。
穏やかな色彩とそれによくあった顔立ちをしているロランは、どう見てもラビとそう変わらない年頃にしか思えない。それで三十と言うのは詐欺だろう。
―――いい年したオッサンが、そんな首を傾げるな!
叱りつけてやりたい。ついでに、女装とかさせてみるのもいいかもしれない。女顔ではないけれど、なんとなくやってみたい。
「……レイヴァン様って、ちょっと変わった方ですよね。天然って言いますか……」
「ははっ、それは言えています。見た目は少し恐い方ですけど、中身は可愛らしい物です。大きなテディ・ベアとでも思っていただければいいんですよ」
―――テディ・ベアなんて可愛いものには見えないぞ! 敢えて言うなら、リアル森のくまさん。って、いやいや、体がごついからくまにも見えるけれど、どちらかと言うとライオンとか虎とかのネコ科の猛獣系だし。
「死んだふりは通用しなさそうですよね……」
「何の話ですか?」
「レイヴァン様はきっと敵が死んだふりしても気づきそうですよね、って話です」
それに、くまは死体を食べることがあると言うから、死んだふりは逆効果らしい。
「ええ、まぁ。気配でわかるものですしね」
「ふぅん、そうですか……」
―――庭師がそうさらっと言うことじゃないんだけど。
レイヴァンが留守を任せられる程度には、腕に覚えがあるのだろう。タンドリーとどちらが強いのだろう?
あのエセ不憫系課長は見た目を裏切るのが得意で、実はものすごく強かったりする。顔が売れすぎて偽名が通用しないレベルで有名な元傭兵の三課課長と渡り合えるのだから、本当裏切り者の被害者だ。
「さぁ、オルトロス君、ケルベロスさん、おうちに戻りましょうか。そろそろごはんのお時間ですね」
屋敷の方から、ヘレンがやって来るのが見える。
冬は夜が早いのが悩みものだ。
※※※※
「ふぅっ」
幸せな息を吐き出して、ラビは浴室にいた。
ラビの家にはシャワールームがあるだけで、湯船はなかった。レイヴァンの屋敷には湯船があるから、思いっきり利用させてもらっている。ただ、レイヴァンと共用なので、間違ってもかち合うことのないように―――ヘレン風に言わせてもらうなら、婚姻前にレイヴァンが獣になってしまわないように―――部屋の前には侍女が立つこととなっている。フィオナとオリオがどうしているかは知らないが、きっとヘレンが立っていることだろう。
「レイヴァン=ナイト=オリエス、王宮騎士団長ねぇ……」
―――いったい何を考えているのだろう。
にせものの婚約者。
ロイドが気づいているかどうかは置いておいて。きっと他の家人たちは知らないのだろう。
ラビの耳は、外の金属音を確かに聞き取っていた。
もしかすると、ラビが派遣されたことで特攻が悪化しているのかもしれない。ヘレンが慌ててラビを風呂に勧めるのが思い出される。
そこまでして、何をしたいのだろうか?
いったい誰を騙すつもりなのか?
騙すまでいかなくても、誰の目を欺くつもりなのか?
家族? 女たち? それとも―――
「わからないなぁ……」
「―――何がわからないんだ?」
て、
「どうしているんですよ―――――っっっ」
かこーん。
湯に浮いていたアヒルが飛んで行った。
お約束です。




