デイリーデイリー4
後半若干残酷な表現があります。
「ん! おいしー」
ラビは頬を抑えて、甲高い声を上げた。
三時になると、きっちりと刈られた芝生の中にテーブルと椅子を持ち出して、庭先でお茶をするのが日課だ。
オリエス邸の庭はロランによってよく手入れされているが、あまり華々しいものではない。花より木がメインで、冬だが緑緑しい。庭は主人の好みによってつくられる。柴が広く、果樹が所々に植えられ、隅に馬小屋の見えるその庭は、レイヴァンそのもののようだ。ここで、薔薇や百合が咲き誇っている方が気持ち悪い。
そして、そのテーブルには決まって瀟洒なデザートが乗る。
クリームや果物をおしげもなく使ったものだが、不思議と甘すぎず食べやすい。ただ気になるのは、毎日微妙にクリームの甘さが変わる。そして、決まってヘレンが味はどうかと尋ねてくるのだ。ラビの反応を見て、作り変えているように思えて仕方ない。
レイヴァンの指示か、それとも婚約者に喜ぶ家人たちの厚意か。どちらにしても、ラビが本物でない以上何のためらいもなく享受できるものではない。
―――でも、おいしい。
「テッドもよろこびますよ。あの唐変木は、デザートしか特技がないと言うのに旦那様は甘い物を好まれませんからね」
「ご飯もおいしいですよ」
確かに、デザートの腕と比べると劣っているが。
ヘレンはありがとうございます、と笑った。つれないことを言っても、結局仲が良いのだろう。微笑ましいことだ。
「でも、レイヴァン様、甘い物食べないんですね。もったいない」
お屋敷で侍女をしていると、時々こういったものをわけてもらえることがある。しかし、テッドのデザート以上においしいデザートに出会ったことは未だかつて一度もなかった。
三番街に店を出せばたちまち人気店となれそうな腕なので、本当にもったいないと思ってしまう。
「以前一度お召しになったことがあるんですよ。一口食べた後、じーっとケーキを睨んでいましたね」
「え? 何故?」
テッドのケーキは宝飾品みたいに繊細に出来ている。だからと言って、あのレイヴァンなら何も気にせず食べてしまいそうなイメージなのに。もしかして、芸術がわかる人だと言うのか、この清洒な庭の主が。
混乱しているラビを見て、意地の悪いことにヘレンが笑う。答えがわからず頭を抱えている子供を見るかのような慈愛の目を向けている。
「ヘレン、教えてください」
「ふふっ、それでは……」
不自然な感じで、ヘレンの言葉が止まった。視線は自分の斜め後ろ、馬小屋近くに向いている。
「ヘレン? 馬がどうかしましたか?」
「い、いえ、そうそうお答えですが―――」
その答えが、「どうしてケーキが甘いのかわからなくて睨んでいた」というよくわからない理屈で、ラビは笑ってしまった。ヘレンも大笑いして、その日のティータイムはいつも通り何事も無く終わった。
そんなオリエス邸、昼の日常。
※※※※
「―――まったく、またですか」
馬小屋の陰で、一人の青年が呆れた調子で呟いた。
淡い茶色の髪に、それよりわずかに色味の濃い瞳をした青年は、汚れてもいいようなくたびれたシャツとズボンを身に着け、その手に大振りなはさみを持っていた。彼が手首で回すはさみがひぅん、ひぅん、と空気を切る。
今、彼の前には二人の男女が繩で縛られていた。男の方は二十代後半のどこにでもいるようなさえない風貌で、女の方は十代後半の美人とも美少女とも言える綺麗な衣装に身を包んだいかにも令嬢といったなりをしている。
「で、貴女方はどこのお家の方ですかね?」
青年の人好きする顔が、やわらかに笑みを作った。
しかし、片手ではさみを振り回しているその姿とは一致しない。なおかつ、それが侵入者を前にしているなら。
「―――だんまりですか。困りましたねぇ。それじゃあ、僕が旦那様に報告できないじゃないですか」
青年の口ぶりは、困っているとは思えない程に軽い。たとえるなら猫が行く道を阻んでいるような、その程度の軽さだ。
青年の笑みにぶれはない。
しかし、捕まった男女たちは震え上がらんばかりに顔を青白くしている。特に、女の方は今にも発狂しそうだ。
「お、お前っ、こんなことしていいと思っているのか!」
ひぅん、と一つ音を立てて、はさみの片刃が男を襲った。
男が絶叫を上げようとする寸前で、青年は男の口を塞いだ。女は気を失った。こちらの方が煩そうだったから、青年にはどうでも願ったりかなったりだったが。
「いいですよ。いいに決まっているじゃないですか。だって、ここでは貴方たちが誰であろうとも知った事じゃありませんから。―――それより、誰が無駄口きいていいと言いましたか?」
かたかたと震える男の歯や衣擦れの音さえ煩わしい。どうして静かに出来ないのだろうか。
耳を澄ませば、明るい笑声が聞こえてくる。大方、ネタはいつも通り自分の主のことだろう、と予想をつけた。
「貴方の悲鳴なんて聞きたくありませんよ、ほんと。貴方は彼女がどこの家の令嬢か、どういう意図をもって―――いや、こっちはわかりきっていますか。旦那様の寝所に忍び込むか、お嬢様のことを調べに来たかのどちらかでしょうからね」
青年の主は、一週間前、とある少女を婚約者としてつれて帰ってきた。
大人しく礼儀正しく、妙に遠慮しているところはあるが、それでもはきはきと物を言う。無邪気という良い方は年に似合わないかもしれないが、邪気がなく表情豊かな人だ。記憶喪失とは思えない知識深さを垣間見せる。実はどこかのお嬢様ではないか、と考えてしまう。
―――そうだといいな。
青年は震える男を前にして、ふふっと笑った。彼の主は生まれが良い上に、努力を努力と思わず頑張る人間故に高い地位を得ている。おかげで、女でもないのにいらない虫ばかりつく。
虫は嫌いだ。
葉を傷め、枝を傷め、幹を傷め、花を傷める。
なんて見苦しいことか。
庭師をして長くなるが、害虫駆除だけは好きになれない。
でも、綺麗な花を咲かすために必要とあれば、どれだけだってやってやろう。
「―――ふぅん。あちらのお嬢様ですか。貧乏貴族ですものね、必死だったんですね。お気の毒に」
金も地位もある主に取り入って、家をなんとかしてもらおうと言う算段なのだろう。昼から乗り込んで来るところが馬鹿っぽいが、既成事実でも作る気だったか?
「言ったんだから、助けてくれ! お、おれは雇われただけ―――」
男の声は、不自然な形で切れた。
「ああ、もう、大声を上げないでくださいよ。気づかれたらどうするんですか」
今、自分が丹精込めた庭で主の婚約者と母がお茶をしているはずだ。気を巡らせてみれば、母は気づいたようだが彼女は気づいていない様子。
ふぅ、と息を吐き出した。よかった。
青年は立ち上がった。
足元には気を失った令嬢と、喉元を真っ赤に染め上げて声の出ない男がいる。
「あーあ、芝生が汚れてしまった。片づけるの大変だなぁ。でも、まぁいいか」
どうせなら、いっそのこと作り直してしまおう。今、主は己の婚約者のために金の糸目はつけない。これまで散々ため込んできたのだから、この機会に使わないともう墓に持ち込むしかないだろう。だから、屋敷の人間は主人の浪費に何も言わない。
「せっかくだから、春には花が咲くようにしよう」
くつくつ笑う青年の頭の中には、新たな庭づくりの計画が湧きあがっている。
ただ、そのためには、邪魔な害虫は早く駆除しきってしまわなければならない。
ひぅん―――短い音を立てて、はさみが振り下ろされた。




