デイリーデイリー3
7時半にはレイヴァンは出て行ってしまう。騎士団はトップであっても重役出勤を認めないようだ。認めていないのは当の本人のようにも思えるが、仕事にまじめなのはこつこつ税金を払っている身としては何よりだ。
しかし、こうなってくるとラビは退屈である。
ロイドもヘレンもそれぞれに仕事がある。外に出ていければいいのだが、記憶喪失のラビーナに土地勘があってはいけない。フィオナとオリオは今ラビの前には出られないことになっているが、例えいても外には出られない。お嬢様然とした二人を連れて歩いては、いいカモとして人が寄ってきてしまう。それにいたらいたで二人がいがみ合って、ラビの気疲れが絶えない。
報告書を書くのも日々に変わりがないので大したことは書けない。せいぜい「今日も変化なし」だ。
―――本の一つでもないし、この部屋何考えて用意したのよ。
レイヴァンが用意したというラビーナの部屋は、少女趣味をこれでもかと詰め込んだ部屋だった。白レースをふんだんに使い、家具はそろって猫足、一つ一つは可愛らしいものの全部そろえてしまえば胃もたれがしそうな状態だ。フィオナによく似ている。そのフィオナからすれば、お金がかかっていて可愛らしい素敵な部屋だそうだ。対照的に、オリオは眉間の皺が深くなっていた。苦手なのだろう。
部屋に備え付けられているものも少女趣味というか子供向けなものばかりで、ラビを馬鹿にしているようにも思える。―――現に、ロイドは初日ラビーナを親戚の子供を預かったとばかりに思っていたようで、出された昼食がそれを物語っていた。説明不足な婚約者様は、昼から仕事とさっさと出て行ってしまっていた。
大きなテディ・ベアも、たくさんのドレスも、用意された装飾品も、ラビの感性には触れない。女性としてきらびやかに惹かれても、本来ラビはそういったものをあまり好まない。
そういったものよりは、武術や遠乗り、散策など体を動かすことを好む。それに、仕事漬けの毎日であまり余暇の使い方がわからないのだ。
レイヴァンの望む婚約者像とは程遠いようだ。
―――刺繍でも出来たらいいんだけど。
生憎、そんな特技は持ち合わせていない。
あー退屈、とテーブルに突っ伏して時間を潰す毎日だった。
※※※※
昼食を食べ終わってあの退屈な部屋に戻る途中、ふとロイドに呼び止められた。
「ラビーナ様、少しよろしいでしょうか?」
―――ばれたか?
なんとか顔には出さなかったが、体が強張る。背中に冷や汗を浮かべて、どこかへ案内するロイドの後に続いた。
そう広くはないオリエス邸、その二階一番奥までやって来ると、ロイドはそのドアを開いてラビを中へと誘った。
ついに、と思って足を踏み入れた先に、ラビは目を見張った。
「ここは……」
「図書室でございます。あまり年頃のお嬢様が喜ばれる書物はありませんが、蔵書数はすばらしいものでしょう」
「ええ」
天井一杯まで本棚があって、ぎりぎりまで本が詰め込まれている。ラビの知る最も蔵書数の多い人間はマルディヘルだが、彼の図書室にだって負けない蔵書数を誇る個人など、そうそういるものじゃない。
武人にしては珍しい。趣味でない人間が、これだけの数の本を読むのは苦行だろう。間違いなくレイヴァンは読書好きだ。
「旦那様には許可を頂いておりますので、どうぞお好きな時にお使いくださいませ」
「え……いいんですか?」
「勿論です。お好みの本がなければ、お申し付けくださいませ」
「そんな!」
これだけあれば、三か月あっても読み切れない。
元々あまり読むのは早くないから、十分すぎるくらいだ。
「お気になさる必要はありませんよ。すべては旦那様のわがままなんですから。そして、貴女がそのわがまま全てを引き受ける必要もないのです」
―――まただ。
全てを見透かしたような言葉選び。けれども、ただ「婚約者に浪費する主人」について言っているようにも聞こえる。
それらが計りかねて、ラビは目を細めてロイドを見ているしか出来なかった。
「折角の旦那様のわがままですから、ラビーナ様のお好きにすればよろしいのです。兵法書や経営本ばかりではラビーナ様は退屈でしょう?」
―――いえいえ、むしろその類は好物です。
なんて言えない。言えない言えない。独身女子が兵法書と経営本を読むのが趣味って、どんな趣味だ。しかし、マルディヘルの書くような甘い恋愛小説より、そういった実用書の方がよく読む。「ためになる」という言葉がもうだめで、ラビを誘ってくるのだ。
おまけに家出をしてからは、法律本と仲良くなった。法律を詳しく知っているのと知らないのとじゃ、大きく違う。一人暮らしで身を護るためにも、大いに役に立った。
だから、この蔵書には興味がある。
そして、それをうまく伝えるなら―――
「いいえ。レイヴァン様のなさっていることを知るいい機会になります。勉強のためにも、読ませていただきますね」
―――どうだ! なかなかよかったんじゃないか。うん、世間知らずのお嬢様っぽくていいと思う。
ロイドも「それはよろしいことですね」と頷いている。
そういうわけで、ラビは良い暇つぶしを手に入れた。




