第八話 試練の合格と温かなミルク
木匙に乗せられた黄金色の卵が、村長の口へと運ばれた。
広場を埋め尽くす村人たち全員が、息を呑んでその瞬間を見つめている。
モグ、と頑固そうに結ばれていた村長の顎が一度動き――次の瞬間、ピタリと静止した。
「……村長?」
心配そうに覗き込むアリアの声をよそに、村長の灰褐色の瞳がこれ以上ないほどカッと見開かれた。
ゴクン、と喉を鳴らして飲み干した瞬間、その老いた顔色が一気に紅潮していく。
「な、なんじゃ……これは……!?」
村長は自分の手を見つめ、わななく声で叫んだ。
「卵の臭みが一切ない……! まるでとろけるような極上の舌触りと、濃厚なコク……それだけではない。腹の底から、とてつもない温かさと力が湧いてきおる……ッ!」
――スキル発動:【至高の食卓】。
――付与効果:
・滋養小回復(生体リズムの調律)
・疲労蓄積の緩和(小)
・筋緊張の緩和(関節の可動域微増)
・感覚の明瞭化(集中力小上昇)
元凄腕の猟師として数十年にわたり体を酷使し、慢性の関節痛と疲労に苛まれていた村長ゴルド。その老体に、まるで十歳以上若返ったかのような活力が瞬時に駆け巡っていた。
村長は我を忘れたように木匙を激しく動かし、皿に残ったスクランブルエッグを最後の一粒まで夢中で掻き込んだ。
「う、美味い……! なんという美味さじゃ! こんな料理、王都の最高級宿でも口にできんぞ!」
「え、本当に……!?」
息を呑んでいた村人たちがざわめき立つ。
「おいリュート、儂らにも少し味見させてくれ!」
「私にも! いい匂いで倒れそうだよ!」
「あ、はい! 鍋に残ったスープと卵、みなさんで分けてください!」
僕が笑顔で鍋を差し出すと、村人たちが我先にと器を差し出し、大騒ぎで料理を口に運んだ。
「うわぁっ、なんだこれ! 身体が軽くなる!」
「昨日からの腰の痛みが消えたぞ!?」
「美味い……美味すぎる……!」
歓声と驚嘆が、一瞬にして村の広場を満たしていく。
王都の大聖堂で「無能の飯炊き」「戦闘値ゼロのゴミ」と嘲笑された僕のスキルが、いま目の前で、村の人たちを心からの笑顔で満たしていた。
隣で腕を組んでいたアリアが、誇らしげに琥珀色の瞳を輝かせ、ニカッと八重歯を見せて笑った。
「どーよ! 私のリュートの腕前は! 王都の腐った騎士どもには、この凄さがこれっぽっちも分からなかったのよ!」
胸を張るアリアに、村長は皿を置き、ふぅと深い息を吐き出した。
その視線は、皿の底と僕の顔をじっと交互に見つめていたが、やがて太いトネリコの杖を地面にドンと突き立てた。
「……見事じゃ、リュート。魔獣の卵の力を完全に引き出し、儂らの度肝を抜いてみせた。アリアの武勇と、お前のこの奇跡のような料理の腕……二人揃えば、辺境の過酷な地であろうと生き抜いていけるじゃろう」
村長は広場全員に響き渡る声で厳かに告げた。
「村長ゴルドの名において、リュートとアリアの試練達成を認める! 二人の新たな門出に、ルミナ村の誇りを授けよう!」
ワッと村人たちから割れんばかりの拍手と歓声が沸き上がった。
これで、正式に村を出て東の辺境へ向かう資格を得たのだ。
「やったね、リュート!」
「うん、アリア……ありがとう!」
大盛り上がりとなった広場の宴をなんとか抜け出し、僕たちが自分の家へ帰り着いたのは、すっかり夕闇が深まった頃だった。
木の扉を固く閉め、閂を下ろす。
「ふぅ……! 危なかったぁ……」
アリアが床にへたり込み、胸を撫で下ろした。
「まさかあんなに騒ぎになるとは思わなかったわよ。でも、これで晴れて旅立てるわね!」
「うん。でも、僕たちにはまだ大事な仕事が残ってるよ」
僕はシャツのボタンを外すと、胸元からそっと両手を差し入れた。
中から現れたのは、銀色のふわふわとした毛玉――母狼から託された小さな子狼だ。
「……きゅぅ~……」
ずっと僕の胸元で息を潜めていた子狼は、お腹をペコペコに減らしているのか、細い手足をばたつかせながら頼りなげに鳴いた。
「お腹空いたよね。ごめんね、お待たせ」
僕は台所に立ち、残しておいた山羊の乳を小鍋に注いだ。そこに【至高の食卓】で厳選した滋養ハーブの絞り汁と、ごく微量のハチミツを加え、人肌の温度まで丁寧に温める。
――スキル発動:【至高の食卓】。
――付与効果:
・消化吸収サポート(小)
・基礎体力微増
・毛並み保護
木皿に注いだ温かいミルクを差し出すと、子狼は小さな鼻をひくつかせ、夢中でペロペロと舐め始めた。
「きゅうっ、きゅうっ……!」
喉をごくごくと鳴らし、顔中をミルクだらけにしながら飲み干していく。
全部飲み終えると、ぷっくりと膨らんだお腹を上に向けてゴロンと転がり、僕の指先にすり寄って小さくあくびをした。その銀白色の毛並みが、淡く光を帯びて艶やかに輝いている。
「ふふ、すっごい勢いだったわね。……ねえリュート、この子の名前、どうする?」
アリアが優しい目で子狼を見つめながら尋ねてきた。
夜の静寂の中、僕たちの小さな相棒となるもふもふの温もりが、手のひらいっぱいに広がっていた。
(第9話へ続く)




