第七話 偽りの卵と極上のひと皿
「リュート、本当に大丈夫なんでしょうね……?」
ルミナ村の入り口が見えてきたあぜ道。アリアが周囲を警戒しながら、ひそひそ声で囁いてきた。
「村長は伊達に何十年もこの森で生きてないわよ。鳥の卵なんて見たら一発でバレるんじゃない?」
「うん、普通の料理ならね。でも、僕の【至高の食卓】は……食材が本来持っている以上の『命の旨味』を引き出す力みたいなんだ」
僕は自分の胸元にそっと手を添えた。
シャツの内側では、銀色の小さな子狼がトクトクと心地よい鼓動を響かせながら、丸くなって眠っている。この子の命を守り、僕たちが晴れて旅立つためには、この試練を何としても完璧にやり遂げなければならない。
「とにかく、胸を張っていこう。アリアは堂々としてて」
「……わかったわよ。腹括るわ」
アリアが琥珀色の瞳を引き締め、短剣の柄に手を当てて歩幅を合わせた。
村の中央広場へ足を踏み入れると、すでにそこには村長ゴルドをはじめ、鍬や籠を手にした村人たちが待ち構えていた。
十二歳の若者二人が、家畜を脅かしていた洞窟の魔獣を退治しに行っていたのだ。誰もが息を呑み、固唾を飲んで僕たちを見つめている。
「……戻ったか」
村長が太いトネリコの杖を突き、一歩前へ出た。その鋭い眼光が、僕たちの足元から全身を舐めるように走る。
「怪我はないようじゃな。アリア、洞窟の主はどうした?」
「ふん、仕留めてきたわよ!」
アリアは鼻を鳴らし、一切の動揺を見せずに胸を張った。
「手強い相手だったけど、私の【聖騎士】の力で一刀両断よ! 死骸は重すぎて運べなかったから、洞窟の奥に埋めてきたわ!」
見事なハッタリだった。日頃から嘘のつけないアリアが、僕と子狼のために必死で芝居を打っている。
「ほう……。銀嶺狼を一人で討ち取ったか」
村長は目を細めたが、それ以上は追及せず、視線を僕へと向けた。
「ではリュート。お前の方の試練はどうじゃ。魔獣の卵は持ち帰ったか?」
「はい。ここに」
僕は腰の布袋から、あらかじめ用意していた『キジバトの青卵』を二つ取り出し、村長の手のひらへと差し出した。
本来なら大人の握り拳より少し小さい程度の野鳥の卵だ。けれど、僕が袋から取り出したその瞬間、周囲の村人たちから「おおっ……!」と小さなざわめきが起きた。
「なんじゃ、この卵は……?」
村長が眉をひそめ、卵を光にかざす。
僕が手の中で【至高の食卓】の魔力をほんのわずかに通したことで、ただの鳥の卵だったはずの殻が、青白い神秘的な燐光を薄っすらと放っていたのだ。
――素材看破:キジバトの青卵(至高の魔力付与)。潜在的滋養・旨味成分が通常比五倍に向上。
「よし、約束じゃ。広場の炉を自由に使え。儂らの目の前で、それを調理してみせろ」
「わかりました」
広場の中央にある石造りの共同調理場。
僕は薪をくべて火を起こし、使い古された鉄鍋を熱した。
作る料理は、前世の病室で何度もレシピを反芻し、ずっと憧れ続けていた素朴な家庭の味――『ふわとろのスクランブルエッグと、ハーブの香草スープ』だ。
コン、と鍋の縁で青卵を割り落とす。
パカッと割れた殻から流れ落ちた黄身は、信じられないほど鮮やかな濃い黄金色をしていた。白身は弾力に満ち、落とした瞬間からフルフルと震えている。
「な、なんじゃあの黄身の色は……!?」
「鳥の卵とは思えんぞ、まるで宝石の雫のようじゃ……!」
見守る村人たちから驚きの声が漏れる。
僕はすかさず、神官長から貰った手帳の記憶を頼りに、村のあぜ道で摘んできた『月見草の若葉』と『乾燥ローレル』を刻んで投入した。
弱火でじっくりと火を通し、木べらで優しく空気を抱き込むようにかき混ぜる。
塩をひとつまみ振ったその瞬間――ジュワッという軽やかな音と共に、暴力的なまでの芳醇な香りが広場一帯へと解き放たれた。
「――っ!?」
最前列にいたアリアが、ぐっと喉を鳴らした。
ただの卵と野草を炒めているだけのはずなのに、立ち上る湯気は、まるで高級亭の極上肉料理にも勝る、甘く濃厚で香ばしい匂いを放っている。
広場を取り囲んでいた村人たちも、一人、また一人と無意識に鼻をひくつかせ、ゴクリと唾を飲み込んでいた。
「……できたよ!」
僕は木皿にふんわりと黄金色に焼き上がった卵を盛り付け、熱い湯気と共に村長の前へと差し出した。
「村長、どうぞ。僕の作った……【至高の卵料理】です」
村長は無言のまま、震える手で木匙を握りしめた。
元凄腕の猟師としての誇りか、それとも漂う尋常ならざる香りに抗えないのか。唾を一度呑み下すと、意を決したように黄金の卵をひと匙すくい――口の中へと運んだ。
(第8話へ続く)




