第四話 村長の試練と忘れられた洞窟
大聖堂を飛び出し、王都の喧騒を背にしてから丸一日。
僕とアリアは、行きと同じ乗り合い馬車に揺られ、生まれ故郷である最果てのルミナ村へと帰り着いていた。
「……ふぅ、帰ってきたわね」
村の入り口に広がる見慣れた麦畑。風に揺れる穂先を眺めながら、アリアが小さく息を吐いた。
王都へ向かう時は「聖騎士になって家族を楽にさせる」と意気込んでいた彼女だ。その夢を、僕への侮辱が許せないという理由だけで蹴り飛ばして戻ってきた。彼女の横顔にはどこか、家族に合わせる顔がないという気まずさが滲んでいた。
「アリア……やっぱり、おじさんやおばさんには僕から説明するよ。僕を庇ったせいで、推薦を断ることになったんだって」
「バカ言わないの! あんな腐った騎士団なんか、こっちから願い下げだったのよ。あんたが頭を下げることなんて一つもありゃしないわ」
アリアは無理に笑ってみせると、僕の背中をバシッと叩いた。痛いけれど、その痛みがたまらなく温かい。
けれど、村を離れて東の辺境――『ヴェルデの樹海』へ向かうにしても、家族への挨拶と旅の支度は避けられない。
僕たちが村の広場へ足を踏み入れると、すぐに異変が起きた。
「おお、リュート! アリア! 帰ってきたか!」
「どうだったんじゃ、大聖堂の儀式は!?」
畑仕事をしていた村人たちが、鍬の手を止めてわらわらと集まってきた。
王都から戻ったばかりの僕たちを取り囲む村人たちの顔には、純粋な期待が溢れている。過疎と貧しさに喘ぐルミナ村にとって、十二歳の子どもがどんなスキルを授かってきたかは村全体の命運を左右する一大事なのだ。
「それが……」
僕が言い淀んだ瞬間、人混みを割って一人の大柄な老人が歩み出てきた。
深く刻まれた顔の皺、日焼けした頑強な体躯。手には太いトネリコの杖を突き、鋭い眼光を放っている。ルミナ村を束ねる村長、ゴルド爺さんだった。
「騒ぐでない、お前たち。……二人とも、無事に戻って何よりじゃ」
村長は集まった村人たちを手で制すと、僕とアリアをじっと見据えた。元は腕利きの猟師だったというその観察眼は、僕たちのただならぬ空気を一瞬で見抜いたようだった。
「……話は、家で聞こう。リュート、アリア、ついてまいれ」
村長の粗末だが頑丈な丸太小屋の居間。
淹れてもらった野草茶の湯気が立ち上る中、アリアは包み隠さずすべてを話した。
自分が【聖騎士】のスキルを授かったこと。
リュートが授かった【至高の食卓】というスキルが、戦闘値ゼロのハズレ判定を受けて騎士団や貴族から嘲笑されたこと。
そして――それに激怒したアリアが推薦状を叩き返し、二人で村を出て東の辺境へ行く決意をしたこと。
「――だから、村長。私は王都の騎士団には入らない。村の仕送りは、私が自分の力で魔獣を狩って稼ぐわ。文句があるなら聞き流すけど、私の決意は変わらないから」
アリアは腕を組み、頑なに視線を逸らした。
聖騎士という村の英雄を失ったこと、実質的に莫大な支援金を棒に振ったことに、村長が激怒すると思っていたのだろう。
けれど、村長は怒るどころか、煙管から紫煙をふぅと吐き出し、静かに目を細めた。
「……そうか。あの傲慢な王都の鼻持ちならん騎士どもに、その若さで啖呵を切ってきたか」
「村長……?」
「馬鹿者が。怒るとでも思ったか? 儂らの村の娘が、仲間を売らずに誇りを通したんじゃ。村の恥どころか、胸がすくわい」
村長は豪快に笑い飛ばした。アリアがぽかんと口を開ける。
「だがな」
村長は笑みを収め、鋭い視線を僕たちに向けた。
「東の辺境『ヴェルデの樹海』は、王都の騎士団ですら容易に立ち入れん魔境じゃ。聖騎士の力があろうと、戦闘力のないリュートを連れて生きていけるほど甘い場所ではない。……ただ意気地を見せただけで、無謀な死出の旅に出すわけにはいかん」
「私はリュートを守れる! どんな魔獣が来ようと――」
「口先だけなら何とでも言えるわ、小娘が」
村長のドスの利いた声に、アリアが息を呑む。
村長は立ち上がり、壁に掛けられた古びた地図の一角を指差した。
「お前たちが本当に辺境へ行くというなら、村の掟として『試練』を課す。……この村の裏山、霧深き『迷いの洞窟』の最奥に、一匹の凶暴な獣が巣食っておる。近頃、村の家畜を脅かしておる厄介者じゃ」
「その獣を倒せばいいのね?」
身を乗り出すアリアに、村長は首を横に振った。
「ただ倒すだけではない。その獣が守っておる『卵』を傷つけずに持ち帰り――リュート、お前のその【至高の食卓】とやらで、儂ら全員が唸るほどの極上の料理にして見せろ」
「えっ……僕が、その卵を……?」
「そうじゃ。アリアの武力で獲物を確保し、リュートの力でそれを糧に変えて生き抜く。それができぬなら、辺境へ行くなど夢のまた夢。お前たちをここから一歩も出すわけにはいかん」
アリアが魔獣を倒し、僕がその卵を調理する――。
二人で生きていくための、最初で最大の試練。
「……上等じゃない。やってやろうじゃないの!」
アリアが不敵に笑い、腰の短剣の柄を握りしめた。
「リュート、最高の卵料理を作る準備、しときなさいよ!」
「う、うん……!」
こうして僕たちは、旅立ちの許可を懸けて、村の奥に眠る不気味な洞窟へと足を踏み入れることになったのだった。




