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病弱だった僕の未練は、美味しいご飯を食べることでした〜ハズレスキル判定から始まる、狩人少女との美味なる異世界辺境スローライフ〜  作者: 天野 雀


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第三十七話 交易都市オルトと横暴な門番

東の空が茜色から薄暮の群青へとグラデーションを描き始める頃、僕たちの乗った幌馬車は丘陵地帯の最後の尾根を越えた。

 視界が開けた瞬間、幌の隙間から外を覗いていたアリアが、小さく息を呑んだ。

「……すごい。何なの、あの壁……」

「きゅうっ……」

 僕の膝の上で丸くなっていたハクも、鼻先をひくつかせながら身を起こし、金色の瞳を丸く見開いた。

 眼下に広がっていたのは、見渡す限りの大平原を切り裂くように築かれた、白亜の巨大な城壁だった。

 高さは十メートルを優に超え、城壁の上には等間隔に見張り塔がそびえ立っている。その向こう側には、無数の石造りの屋根や教会の尖塔、そして交易都市の象徴である巨大な風車が夕風を受けてゆっくりと回転していた。

「あれが『交易都市オルト』じゃよ」

 御者台から振り返ったダグラスが、誇らしげに髭を撫でる。

「大陸東部の街道がすべて交差する要衝にして、王都に匹敵する経済の心臓部じゃ。あそこに入れば、手に入らない素材も、売れない逸品も存在せんよ」

「王都とは、街の匂いが全然違うわね……」

 アリアが窓枠に手をかけ、風の匂いを嗅ぐ。

 大聖堂のあった王都は、どこか儀礼的で冷たい石の匂いが漂っていた。けれど、この街から流れてくるのは、焼いた小麦や煮込みの芳香、香辛料の刺激的なアロマ、そして何万もの人々が行き交う熱気そのものだった。

 馬車はなだらかな坂を下り、城門へと続く大通りへと合流した。

 門の前には、近隣の農村から野菜を運んできた荷車や、遠方からやってきた武装商隊が長蛇の列を作っている。

 その列の先頭――巨大な鉄格子が構える正門の前で、厳つい甲冑を着込んだ数人の衛兵たちが、横柄な態度で荷物検査を行っていた。

「おい、そこの荷車! 通行税が銅貨三枚足りねえぞ! 払えねえなら引き返せ!」

「そんな、旦那様! 先週より二倍も跳ね上がっているではありませんか!」

「うるせえ! 最近は樹海の周辺が荒れてて警備費がかさんでんだよ! 文句があるなら商売畳みやがれ!」

 荒々しい怒号が響き、農民が泣く泣く財布の底をさらき出している。

 その光景を見て、アリアの琥珀色の瞳がすっと細められた。

「……どこに行っても、権力を傘に着た下っ端の態度は変わらないわね」

「まあまあ、アリア殿。オルトの門番は傭兵崩れが多くて少々荒っぽいのじゃ。儂の商人ギルドの通行証を見せれば、すぐに通れるからの」

 ダグラスが宥めるように苦笑し、馬車を検査場へと進めた。

 馬車が止まると、腰に幅広の剣を下げた脂ぎった顔の門番長が、面倒そうに鼻を鳴らして近づいてきた。

「おいおい、どこの馬車だ? ……あぁ、ダグラスの旦那か。あんたの顔は知ってるが……後ろに乗ってるそいつらは誰だ?」

 門番の濁った視線が、幌の隙間から覗く僕とアリアに向けられた。

 質素なリネンの服を着た僕と、革の胸当てにマントを羽織ったアリア。

 都会の商人や貴族のような華美な身なりをしていない僕たちを見て、門番の口元が露骨に嘲るように歪む。

「チッ……見ねえ顔だな。身なりからして、樹海の奥から逃げ出してきた貧乏難民か? おいダグラス、最近は王都からも『怪しい家出人』の捜索要請が出てるんだ。こんな薄汚れたガキどもを勝手に街へ引き入れるわけにはいかねえな」

「無礼なことを言うな!」

 ダグラスが御者台から身を乗り出し、声を荒らげた。

「このお二方は儂の大切な商談相手であり、命の恩人じゃ! 身元ならこの儂が保証する!」

「へっ、落ち目の行商人が何を威張ってやがる。保証ってのは金で示すもんだぜ? そこのガキどもの身元改め料として、銀貨五枚……いや、そこの赤毛の小娘が持ってる上等な短剣を置いていくなら、通してやってもいいがな」

 門番が下卑た笑みを浮かべ、アリアの腰の短剣――母狼の加護を宿した白銀の剣へ手を伸ばそうとした。

 その瞬間、アリアの全身から冷たい殺気が立ち上りかけた。

 だが、それよりも速く。

 ――ピキィンッ!

 澄み切った硬質な音が、検査場の重苦しい空気を切り裂いた。

 幌の奥から、ふわりと一筋の白銀の閃光が躍り出たのだ。

「きゅうぅぅ……ッ」

 馬車の縁に飛び乗ったのは、ハクだった。

 小さな身体からは想像もつかないほど澄明な、神聖な霊気が周囲一帯に波紋のように広がっていく。

 額の三日月形の霊紋が淡く発光し、冷涼な風が門番たちの足元をサーッと吹き抜けた。

「な、なんだこの獣は……!?」

 手を伸ばしかけていた門番が、雷に打たれたように固まり、よろめいて後ずさった。

 ただの子犬ではない。触れただけで魂が凍りつくような上位霊獣の神威に、門番の顔から血の気が引いていく。

「おい、触るなよ」

 僕が幌から降り立ち、手帳から一枚の証明書を取り出してダグラスの通行証の隣へ差し出した。

 それは、大聖堂を出る際、温厚な神官長が僕の手帳の裏表紙にそっと押してくれていた『大聖堂特級薬師・巡礼印』だった。

「僕たちは、樹海で薬草と神聖果実の採集を行っている正式な調査員です。この子は僕の使役霊獣。……怪しい難民に見えますか?」

「だ、大聖堂の……特級印……!? それに、この霊気の密度は……まさか『神獣』の幼体か……!?」

 門番長は脂汗をだらだらと流し、僕の持つ印章と、威厳を漂わせるハクの姿を交互に見比べて完全に言葉を失った。

 平民の身なりでありながら、大聖堂の最高位の印と、国宝級の霊獣を従えている少年。

「ど、どうぞ……! お通りください、失礼いたしました……ッ!」

 門番たちは慌てて道を開け、腰を深く折って僕たちを見送った。

「ふん、ざまあないわね」

 アリアが小さく鼻を鳴らし、僕の隣で笑う。

 ハクは誇らしげに胸を張り、僕の肩の上へと跳び乗ってきた。

 ゴトゴトと車輪が石畳を踏み鳴らし、巨大な鉄格子がゆっくりと持ち上がる。

 嘲笑を完全にねじ伏せ、僕たちはいよいよ、欲望と富が渦巻く東の交易都市オルトの門をくぐり抜けた。


(第38話へ続く)

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