↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
病弱だった僕の未練は、美味しいご飯を食べることでした〜ハズレスキル判定から始まる、狩人少女との美味なる異世界辺境スローライフ〜  作者: 天野 雀


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
34/52

第三十四話 商人の再訪と王都の暗雲

大祝宴から数日。ヴェルデの樹海は、かつての荒々しい魔境の面影を感じさせないほどに穏やかな空気を湛えていた。

 拠点脇の湧水池から汲み上げた霊水で淹れる朝の茶は、透き通った甘みがあり、一口含むだけで五臓六腑に染み渡るような活力を与えてくれる。

「きゅうっ、きゅう」

 日当たりの良いテラスの板張りで、ハクが前脚で器用に毬のような木の実を転がして遊んでいる。

 成体へと幻影を重ねたあの凄まじい嵐の片鱗は綺麗に隠され、今はふかふかの尻尾を揺らす愛らしい白銀の子狼そのものだった。

「リュート、外縁部の結界樹の近く……街道の方向から荷馬車の音が聞こえるわ」

 弓の手入れを終えたアリアが、耳をそばだてて立ち上がった。

「この重い車輪の軋み……ダグラスさんね」

「もう一ヶ月経ったんだね。行ってみようか」

 僕たちは手早く準備を整え、樹海の外縁部へと向かった。

 森の境界近く、木漏れ日の差す街道沿いに、頑丈な幌馬車が一台停まっていた。護衛の青年を連れた太った商人ダグラスが、周囲の木々を見上げてしきりに目をパチパチと擦っている。

「……おや? リュート殿、アリア殿! 無事じゃったか!」

 僕たちの姿を認めるや否や、ダグラスは丸い腹を揺らして駆け寄ってきた。

「ダグラスさん、こんにちは。約束通り来てくれたんですね」

「当たり前じゃよ! ……しかし、一体森に何があったんじゃ? 前回来た時は、外縁部ですら肌を刺すような気味の悪い冷気と澱みがあったというのに……今日は街道まで清らかな風が吹き抜けて、まるで聖域のようではないか」

「ふふん、色々あったのよ。森の主をちょっとお仕置きしてね!」

 アリアが得意げに八重歯を覗かせて胸を張る。

 ダグラスは「お、お仕置き……!?」と目を白黒させながら、ゴクリと喉を鳴らした。

「ま、まさか……樹海の奥で暴れていたという伝説の厄災を、お前さんたちが……? いや、アリア殿の腕前とリュート殿の料理の妙を見れば、冗談とも思えんのが恐ろしいところじゃが……」

 ダグラスは冷や汗を拭い、気を取り直したように馬車の荷台を叩いた。

「さて、約束の定期取引じゃ! 今回も良質な麦粉や香辛料、王都の布や金物資材をたっぷり積んできたぞ。……それで、お前さん方の用意した品は?」

「これだよ、ダグラスさん」

 僕が取り出したのは、清潔な陶器の小瓶に詰めた琥珀色の蜜――『世界樹の雫実の濃縮ジャム』、そして湧水池から汲みたての『樹海の霊水』を入れた硝子瓶だ。

 蓋を開けた瞬間、テラスで作った時と同じ、気品に満ちた甘美な香りと澄み切った霊気が街道いっぱいに広がった。

「――っ!? な、なんじゃこの芳香は……!?」

 ダグラスが鼻腔をひくつかせ、小瓶を食い入るように見つめた。

 商人の鋭い目が、みるみるうちに限界まで見開かれていく。

 恐る恐る一口舐めたダグラスが、感嘆の声を漏らす。

「こ、これはただの果実ではないぞ……! 王宮の秘宝庫に眠る『世界樹の霊果』に酷似しておる……いや、それ以上の神聖な魔力を秘めておるではないか! 一口舐めただけで、儂の長年の腰痛がふわりと消し飛んだぞ!?」

「森の主を浄化した神木から採れたんだ。傷を癒やして、身体の芯から力を湧かせる効果があるよ」

「お、恐ろしい……! これ一本で、王都の豪商や大貴族が白金貨を山積みにするわい……! 持ってきた物資を全部引き渡しても、お釣りが足りんくらいじゃ!」

 ダグラスは興奮で息を荒らげながら、荷台の物資を惜しみなく小屋の運び出し用そりへと積み替えてくれた。

 上質な小麦粉の大袋、精製された砂糖、多種多様な種子、頑丈な農具や鉄器。

 僕たちの拠点の生活水準は、この取引によってさらに一段上の次元へと進化することになった。

 荷物の積み下ろしを終え、木陰で霊水の冷茶を飲みながら一息ついた時。

 ダグラスがふと、声を潜めて真剣な表情を浮かべた。

「……ところで、お二人さん。王都の不穏な噂を耳にしておるかね?」

「王都の……?」

 僕とアリアが顔を見合わせると、ダグラスは周囲を警戒するように見回してから口を開いた。

「大聖堂の【神授の儀】の後、王宮騎士団が大騒ぎになっておるのじゃよ。期待の【聖騎士】――アリア殿が忽然と姿を消したことで、騎士団長が血眼になって捜索隊を放っておる」

「チッ……まだ諦めてないわけ」

 アリアが不快そうに眉をひそめた。

「それだけではない。アリア殿の失踪に加え……最近の王宮騎士団は目に見えて焦っておるそうじゃ。樹海周辺の魔獣が凶暴化していた影響で街道や周辺の農村が荒れ、討伐遠征に出た精鋭部隊が負傷者を続出させておるとか。『期待の聖騎士を逃した上に、森の異変も収められない無能ども』と、王宮の上層部から厳しい追及を受けておるらしい」

「……私たちのせいにしてるわけね」

 アリアが不快そうに眉をひそめた。

「うむ。面子を潰された騎士団長は、自らの失態を挽回するためにも、『消えた聖騎士アリア』を連れ戻して手柄にしようと必死になっておるのじゃ。王都の腐敗は日増しに酷くなっておる。近いうちに、街道にも騎士団の探索の手が伸びてくるかもしれん。……この樹海が安全な楽園であり続けるか、儂には些か不安なんじゃよ」


(第35話へ続く)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。