第三十話 聖騎士の猛撃と砕けぬ呪殻
体内でブレスが暴発した黒蝕竜の胸元で、ドクン、ドクンと不気味に蠢く『黒き大呪核』。
紫黒色の光を放つその心臓部から、絶え間なく濁った瘴気が噴き出している。
「アリア、あの核だ! あそこを砕けば――!」
「言われなくてもッ!!」
アリアの叫びと共に、大気が激しく震動した。
決戦飯の恩恵――全身能力プラス二十五パーセントと神聖気倍加のバフが、彼女の小柄な身体から眩いほどの黄金の光柱を立ち昇らせる。
アリアは大地を強く踏みしめると、短剣を両手で逆手に構え、漆黒の祭壇を一直線に駆け上がった。
――ズガァァァンッ!
足元の岩盤が弾け飛ぶほどの超加速。
暴発のダメージで首を垂れていた黒蝕竜が、迫り来るアリアを赤い瞳で捉え、狂乱したように前脚の三本爪を振り下ろした。
「グルルルァァッ!!」
空気を切り裂く轟音。
だが、アリアの瞳には完全にその軌道が見えていた。
「遅いわッ!」
身を低く沈め、地を這うようなスライディングで巨大な爪撃を紙一重で潜り抜ける。
砕け散った岩の破片を背中に浴びながらも、アリアは一切の減速なしに跳躍した。
「きゅうっ!」
祭壇の脇からハクが放った突風が、跳び上がったアリアの背中をさらに上空へと押し上げる。
二人と一匹の完璧な連動。
黒蝕竜の胸元――露出した大呪核の真正面へと、アリアの身体が吸い込まれるように到達した。
「これで……森を返しなさいッ!!」
アリアが両腕の筋肉を極限までしならせ、黄金の光を凝縮した短剣を振りかざす。
【聖騎士】の奥義、渾身の一撃。
――ギィィィヤァァァンッッ!!
鼓膜が破れそうなほどの凄まじい金属衝突音と、目も眩む閃光が爆発した。
短剣の切っ先が、ドス黒い大呪核の表面に深々と突き刺さる。
パキ、パキパキッ……!
核の表面に、細かな亀裂が走り、紫色の光が漏れ出した。
「効いてる……! いける!」
僕が拳を握りしめた、その刹那だった。
――グ、フフフ……。
竜の喉の奥から、獣の唸り声ではない、酷く濁った嘲笑のような音が漏れ出た。
「……え?」
アリアの表情が凍りつく。
突き刺さった短剣の周囲――亀裂が入ったはずの大呪核から、無数の黒い血管のような触手がドッと溢れ出し、アリアの腕と短剣を瞬時に絡め取ったのだ。
――警告:黒蝕竜の擬似トラップ(肉体捕食機構)。
――呪核の特性:致命傷をトリガーとする反動自爆、および周囲の神聖気の強制吸収。
「し、刃が……抜けない……!?」
アリアが必死に力を込めるが、触手はまるで生きているタールのように短剣を締め上げ、彼女の黄金の闘気を急速に黒く染め変えていく。
「アリアッ!!」
僕が叫んで駆け出そうとした瞬間、黒蝕竜の胸元全体が、コールタールのような泥となって波打ち始めた。
露出していたのは隙などではなかった。敵は最初から、最大の攻撃を仕掛けてきた相手を捕らえ、確実に息の根を止めるために呪核を晒したのだ。
「グルルルルァァァッ!!」
黒蝕竜の右前脚が、自由を奪われたアリアめがけて、容赦なく横薙ぎに叩きつけられた。
ドゴォォォォンッ!!
「きゃあぁぁぁっ……!!」
アリアの身体が、絶対浄化障壁ごと吹き飛ばされた。
障壁が火花を散らして軋み、アリアは祭壇の石段を激しく転がり落ちて、崖下の巨岩へと背中から激突した。
短剣は竜の胸元に突き刺さったまま、黒い泥の中へと完全に飲み込まれていく。
「アリア! アリアッ!!」
僕が駆け寄ると、アリアは岩に寄りかかりながら、荒い息を吐いて血を吐き出した。
決戦飯の頑丈なバフと障壁のおかげで即死こそ免れたものの、右腕は脱臼し、全身を激しい痛打が襲っていた。
「……ごめん……リュート……。核に……届かなかった……」
悔しさに滲む琥珀色の瞳。
武器を失い、最強の矛であるアリアが動けない。
黒蝕竜は胸の傷をドス黒い泥で瞬時に塞ぐと、ギチギチと外殻を鳴らしながら、ゆっくりと僕たちを見下ろした。
その全身から噴き出す瘴気の量は、先ほどの倍以上に膨れ上がっている。
神木の太い根がうねり、僕たちの退路を完全に塞ぐように檻を作っていく。
万事休す――。
僕の【至高の食卓】が弾き出す生存確率は、限りなくゼロへと近づいていた。
けれど、絶望が満ちるその空間に、トス……と小さな足音が響いた。
「きゅう……」
僕と傷ついたアリアを背中に庇うように、一匹の白銀の小狼が前に歩み出た。
ハクだ。
小さな背中をピンと伸ばし、額に宿る母狼の真霊石を、激しく、眩いほどに明滅させている。
その金色の瞳には、恐怖も迷いもなかった。
自分を育て、温かいご飯を分け与え、家族として愛してくれた二人のために――。
小さな相棒が、その命のすべてを燃え上がらせようとしていた。
(第31話へ続く)




