第十六話 頑丈な仮小屋と黄金の揚げ焼き
「よーし、そうと決まればまずは『拠点』の補強ね!」
アリアは腕まくりをすると、岩壁に立てかけてあった短剣と手斧を手に取り、ぐっと拳を握りしめた。
「岩棚のテラスは雨風をしのげるけど、正面ががら空きだからね。夜の間に魔獣が迷い込んできたら危ないでしょ。簡単な防壁と、扉くらいは作っておきたいわ」
「うん、賛成だよ。でも、木を切り倒して運ぶの、僕も手伝うよ」
「ふふん、いいのよリュートは! 私の【聖騎士】の力、舐めないでよね!」
アリアがテラスの外に広がる林へ歩み出ると、その小柄な身体を淡い黄金の闘気が包み込んだ。
――ズバッ、ドササッ!
手斧を一閃させただけで、大人の胴回りほどもある立ち枯れの木が、まるで紙のようにスパッと両断される。アリアはそれを軽々と肩に担ぎ上げると、テラスの前にリズミカルに運び込んでいった。
「うわ……相変わらずすごい力……」
「きゅう……!」
僕の足元で、ハクも耳をピコピコ動かしながら目を丸くしている。
アリアの怪力と素早さは圧倒的だった。
伐採した丸太の枝を払い、短剣でホゾ穴を器用に削り出して、岩棚の正面を塞ぐように丸太を次々と組み上げていく。わずか半日で、頑丈な丸太の防壁と、内側からかんぬきをかけられる分厚い木の扉が完成してしまった。
「ふぅ……! どうよ、私の傑作は!」
額の汗を手の甲で拭い、アリアが腰に手を当てて胸を張る。
隙間風が入らないよう泥と苔で目張りまでされたその姿は、もうただの野営地ではなく、立派な『小さな丸太小屋』そのものだった。
「すごいよアリア、大工さん顔負けだよ。これなら夜も安心して眠れるね」
「でしょ! ……あ、でも、お腹ペコペコになっちゃったわ」
ぐぅ~っと可愛らしい音がアリアのお腹から響き、彼女は八重歯を覗かせて照れくさそうに笑った。
「ふふ、じゃあ僕の出番だね。ハクが取ってくれた油椰子を使って、樹海で一番美味しいご飯を作るよ」
「きゅうっ!」
ハクが嬉しそうに尻尾を振る。
僕はハクが風魔法で落としてくれた『ヴェルデ油椰子』の固い殻を割り、内側の白い果肉をすりつぶして布でギュッと絞った。
鍋の底に、驚くほど澄んだ黄金色の植物油がたっぷりと溜まる。火にかけると、ナッツのような香ばしく甘い香りがふわりと立ち上った。
今日の食材は、アリアが丸太を運ぶついでに仕留めてきてくれた川魚――清流に棲む銀色のヤマメに似た魚だ。
内臓を綺麗に抜き、すりおろした野生姜と塩を振って臭みを消す。そして、シダの根から取ったデンプン粉をごく薄くまぶした。
――スキル発動:【至高の食卓】。
パチパチと熱せられた黄金の油の中へ、下ごしらえを済ませた魚を静かに滑り込ませる。
ジュワァァァァッ……!!
心地よい高音と共に、白い泡が魚を包み込む。油椰子の甘い薫香と、川魚の香ばしさが混ざり合い、小屋の中に暴力的なまでの食欲をそそる匂いが充満した。
「な、なにこれ……! 油で焼くだけで、こんなに美味しそうな音と匂いがするの!?」
アリアが目を輝かせ、鍋のそばへ身を乗り出してくる。
「これは『揚げ焼き』っていうんだよ。表面はカリッと香ばしく、中はふっくらジューシーに仕上がるんだ」
きつね色にカラリと揚がった魚を引き上げ、油を切って木皿へ。
仕上げに、木漏れ日葡萄の果汁を少し煮詰めた甘酸っぱいタレを、タラリと回しかける。
「できたよ。『清流魚の香草揚げ焼き、特製葡萄ダレ添え』だ!」
「いただきます!」
アリアが待ちきれない様子で木匙を伸ばし、サクッと音を立てて魚の身を割った。
中から湯気と共に、雪のように真っ白な肉汁が溢れ出す。それを一口大にして口へと放り込んだ。
「んんん~~っっ!!」
アリアは両手で頬を押さえ、幸せそうに瞳をとろけさせた。
「皮がパリッパリで香ばしいのに……中の身は驚くほどふわふわ! 甘酸っぱいタレと油のコクが合わさって、噛むたびに旨味が口の中で弾けるわ……!」
――スキル発動:【至高の食卓】。
――付与効果:
・肉体疲労の急速緩和(中)
・筋力持続バフ(小)
・活力再生速度向上
「きゅう、きゅうっ!」
ハクも細かくほぐして骨を取った身をペロリと平らげ、お皿まで舐め回して満足そうに僕の膝の上で丸くなった。
「生き返るわぁ……。こんな美味しいご飯が毎日食べられるなら、丸太の一本や二本、いくらでも担げちゃうわね」
アリアが満足そうにお茶を飲みながら息を吐く。
「あ、そうだアリア。美味しかった油だけど、まだ半分残ってるんだ。それに、さっきの魚や余ったお肉を使って……『保存食』を作っておこうと思うんだ」
「保存食? 干し肉なら村でも作ってたけど……」
「ただの干し肉じゃないよ。余った木材の削り粉を使って、煙でじっくり燻す『燻製』と、香草オイルに漬け込む『オイル漬け』を作るんだ。これなら何週間も日持ちするし、時間が経つほど旨味が増すんだよ」
前世の知識と、【至高の食卓】による素材管理。
過酷な冬や、これから森の奥へ探索を広げるための「兵糧」作りだ。
「何週間も日持ちして、しかも美味しくなるの!? ……リュート、あんた本当に何者なのよ」
アリアが呆れ半分、尊敬半分の眼差しで僕を見つめ、それから嬉しそうに目を細めた。
頑丈な丸太の壁に囲まれた小さな我が家。
煙突から細く立ち上る燻製の煙が、夕暮れの樹海の空へと溶けていく。
僕たちの辺境スローライフは、確実に、そして逞しくその根を広げていた。
(第17話へ続く)




