第十三話 聖騎士の狩りと最初の晩餐
「リュート、いい香辛料は見つかった?」
茂みから顔を出したアリアが、手にした短剣を鞘に収めながら小走りで戻ってきた。
「うん! 肉の臭みを消してくれる野生姜と、甘い野生の葡萄がたくさん採れたよ。これなら、どんなお肉でもすごく美味しく味付けできるはずだ」
僕が布袋いっぱいに詰まった根茎と濃紫色の果実を見せると、アリアの琥珀色の瞳がきらりと鋭く輝いた。
「上等じゃない! なら、私の出番ね!」
アリアは背負っていた狩猟用の弓を素早く手に取り、背中の矢筒から羽付きの矢を一本引き抜いた。
「今夜のメインディッシュ、私が最高の獲物を仕留めてきてあげるわ。……リュートとハクは、岩棚の安全なところで待ってて!」
「きゅうっ!」
僕の足元で白砂に前脚を揃えて座っていたハクが、まるで「任せた!」とでも言うように短く一声鳴いた。
アリアはニカッと八重歯を覗かせて笑うと、音もなく地面を蹴った。
その瞬間、彼女の身体を淡い黄金の闘気が包み込む。【聖騎士】の力――木々の間を跳ねるその動きは、まるで風そのものだった。枝葉の擦れる音すら立てず、あっという間に深い森の奥へと溶け込んでいく。
「……やっぱりすごいなぁ、アリアは」
見惚れていた僕に、ハクが「きゅう、きゅう」と甘えた声を出しながらズボンの裾を引っ張ってきた。
「あはは、そうだねハク。僕たちもご飯の準備をして待っていようか」
僕は岩棚の安全地帯に戻り、小石を組んで即席のかまどを作った。
拾い集めた乾いた小枝に火打石で火を灯すと、パチパチと心地よい爆ぜる音が響く。洞窟のような張り出し岩の上昇気流のおかげで、煙は頭上高くへと吸い込まれ、森の奥へ漏れ出す気配は一切ない。【至高の食卓】が見立てた通りの、完璧な調理場だ。
それから三十分も経たないうちに――。
「ただいま、リュート! 大漁よ!」
茂みが揺れ、アリアが誇らしげな笑顔で戻ってきた。
その肩には、大人の太ももほどもある丸々と太った獲物が二羽、ぶら下げられていた。青緑色の艶やかな飾り羽に、どっしりとした胸肉。
「これ……『森キジ』?」
「そう! 樹海の手前に群れてたのを、一撃で仕留めてきたわ。血抜きもバッチリ済ませてあるから、いつでも料理できるわよ!」
狩人の娘としての完璧な手際。
僕が胸肉に手をかざすと、【至高の食卓】がその状態を視界に浮かび上がらせた。
――素材看破:ヴェルデ深山キジ(成鳥)。
――状態:極上(即死による血抜き完了、筋肉の締まり良好)。
――適正調理:直火焼き、果実酒煮込み。高タンパク・滋養強壮。
「ありがとう、アリア! これ以上ないくらい最高のお肉だよ」
「ふふん、当然でしょ! 腕によりをかけてちょうだい!」
アリアが手早く羽をむしって解体してくれたキジの胸肉と骨付きモモ肉を、湧水で手早く洗い清める。
ここからが僕の腕の見せ所だ。
すりおろした『ヴェルデ野生姜』を肉全体に擦り込み、筋繊維の奥までその清涼な香りを染み込ませる。さらに『木漏れ日葡萄』の房を両手でギュッと絞り、濃厚な赤紫色の果汁と果肉を肉の上から惜しみなく回しかけた。
岩塩を少々、そして森の香草を数枚ちぎって肉の表面に貼り付ける。
――スキル発動:【至高の食卓】。
削り出した木の串に刺した肉を、かまどの熾火にかざす。
ジュワァァァッ……!!
皮から溢れ出た脂が炭火に滴り、軽やかな音と共に、暴力的なまでの芳醇な香りが岩棚いっぱいに広がった。
「――っ!? な、なんなのこの匂い……!」
岩に腰掛けて短剣を研いでいたアリアが、飛び起きるように鼻をひくつかせた。
野生姜の柑橘のような爽やかさと、葡萄果汁が焦げてカラメル状になった甘く濃厚な薫香。それが野性味あふれるキジ肉の脂と混ざり合い、森の奥にいることを忘れさせるほどの極上のアロマとなって立ち上っている。
「きゅうぅ~~っ!」
ハクに至っては、尻尾を千切れんばかりに左右に振り、前脚をピョコピョコ跳ねさせながら串の周りをぐるぐると回り始めた。
「よし……こんがり焼けたよ! 熱いうちに食べよう!」
木皿の上に、こんがりと濃い飴色の焦げ目がついたキジ肉の香草ローストを盛り付ける。
表面はパリッと香ばしく、ナイフを入れた瞬間、閉じ込められていた透明な肉汁がドッと溢れ出してきた。
「いただきます……!」
アリアが待ちきれない様子で、骨付きのモモ肉にかぶりついた。
パリッ、ジュワッ。
心地よい咀嚼音が響いた次の瞬間、アリアの琥珀色の瞳が見開かれ、手元がピタリと止まった。
「……あ、アリア? どうかな……?」
「……んぐっ、…………ッッ!!」
ゴクリと飲み干したアリアは、顔を真っ赤にして叫んだ。
「な、なによこれぇっ!? 森キジの肉って、普通はもっと硬くて野性臭くて筋っぽいのよ!? なのに……なにこれ!? 歯を入れた瞬間にとろけるほど柔らかくて……噛むたびに甘酸っぱい果実のソースと脂がジュースみたいに溢れてくるんだけど……!?」
「ふふ、野生姜が臭みを消して、葡萄の酸が肉を柔らかくしてくれたんだよ」
「それだけじゃないわ! 身体の奥が……ポッポと熱くなってきて……手足の先まで力が満ちてくる……!」
――スキル発動:【至高の食卓】。
――付与効果:
・滋養小回復(歩行疲労の完全解消)
・筋力小上昇(+5%)
・夜間視力微強化(暗視補正)
・耐寒性微増(夜冷え無効化)
「きゅうっ! きゅうっ!」
僕が細かくほぐして冷ました胸肉を差し出すと、ハクも夢中でハフハフと頬張り、あっという間に平らげて木皿をピカピカに舐め尽くしてしまった。お腹をぽんぽんに膨らませ、幸せそうに僕の膝の上で丸くなる。
「美味しかったぁ……こんな贅沢、王都のお貴族さまだって絶対に知らないわよ」
骨だけになった皿を前に、アリアはとろけそうな笑顔で息を吐いた。
その頬には、夕飯の湯気と満腹の幸福感で、ほんのりと赤みが差している。
「リュート。……私、やっぱりあんたと一緒にここに来て本当によかった」
夜の帳が下り始めた樹海の中、アリアの琥珀色の瞳が、焚き火の炎を映して真っ直ぐに僕を見つめていた。
(第14話へ続く)




