晩餐と不穏な会話
「流石は侯爵家。豪華なお料理ですね」
「そうだな…………」
「それにこのお野菜、瑞々しくて美味です。ここの領地で採れた物でしょうか?」
「…………バーティ侯爵領では青果の収穫が盛んだからな」
与えられた客室にて夕食をとっているアリッサと子爵。
アリッサが出てきた料理に舌鼓を打つも、子爵はどうにも歯切れの悪い返事を繰り返すばかりだった。
「お父様、どうなさいました? ドレスを着て食事をとるのが嫌なのですか?」
「いや……着ているうちにこの姿にも慣れてきた」
慣れてきたのかよ、と給仕をしていたメイド達は思わず突っ込みを入れそうになった。
「まあ! 流石はお父様、優れた適応力ですわ」
褒めているのか嫌味なのか分からない発言をする娘に子爵は苦笑いをした。
「では、どうしてそのように不機嫌な顔をされていらっしゃるのです? そのような顔をされてはせっかくの晩餐が台無しですわ」
顔なの? 父親の女装姿は気分を害さないのに、父親の不満顔には気分を害すの?
もうその場にいたメイド達は突っ込みを入れたくてたまらなくなっていた。
目の前で繰り広げられている違和感しかない会話は何なのだと。
「それはすまない……。だがな、客人である我等が部屋で食事をとること自体がおかしいのだよ。我が家に客人が来た時は必ず私とメリッサが食堂で同席するだろう?」
「ああ……確かにそうですね」
「貴族家の当主が客人をもてなすことは常識だ。出来ないのか、する気がないのかは知らないが……こんな貴族として当然の常識が身についていない男にお前を嫁がせたくないと思ったよ」
子爵が不機嫌だったのは侯爵の態度にある。
こんな格好をした男をもてなしたくないという気持ちは分からないでもないが、王の命令でやって来た客人をもてなさないという神経は理解できない。
もし自分だったら……と仮定し、奇天烈な格好の者がやって来たとしても、それが客人であるならばもてなさないということはしない。それは貴族として当然の義務だからだ。ましてや国王の指示を受けてやってきた客人なら猶更のこと。
それを自分が嫌だからという子供じみた考えで放棄する侯爵の器の小ささに子爵は心底呆れた。
「あら、まだ私が嫁ぐと決まったわけではありませんよ? だって、王命では私か『ヴィクトリア』のどちらかとなっていますもの」
「いや……まともな神経しているなら女装した中年男なんて選ばないぞ?」
「ですが、私を選ぶとなると侯爵様は恋人と別れねばなりません。随分とご執心のようですし……それは嫌なのでは?」
「かといって私を選ぶなんて真似はしないだろう……。それに、親の欲目から見てもお前はメリッサに似てとても美しい。侯爵が余所見することも十分考えられる」
この子爵の言葉にメイド達は心の中で「確かに」と頷いた。
アリッサは中身はともかくとして見た目は華のある美少女だ。三十路の男が若く美しい令嬢を手に入れる機会なんて人生でそうそう訪れるものじゃない。そう考えると侯爵がアリッサに余所見をする可能性は十分にある。
「貴族当主としての選択はそれが一番正しい。お前という正当な貴族家の令嬢を妻として娶り、女主人として家内を采配してもらい、跡継ぎを設ける。これが一般的な貴族の在り方だ。社交界というのは閉鎖的な場所ではその在り方から外れる者を除外しようとする。だから、妻も持たずに愛人に傾倒する侯爵は社交界から爪はじきにされているだろう? この屋敷には長年客人も訪れていないし、侯爵は茶会や夜会にも参加していないそうだ」
「それは貴族として終わっていますね」
「そうだ。そしてもう一度社交の輪に加わる為には正しい在り方に戻る必要がある。侯爵に戻る気があればの話だが……」
「戻る気がなければどうなりますの?」
「爪はじきにされたままやっていけるほど貴族社会は甘くない。そう遠くないうちに貴族名鑑からバーティ家の名が消える可能性はあるな……」
アリッサは興味なさげに「そうですか」と答えたが、二人の会話を聞いていたメイド達は内心冷や汗が止まらなかった。
バーティ家が貴族名鑑から消える?
それって旦那様が貴族ではなくなるということ?
そうなれば自分達使用人はどうなる……?
家令からこれから先のことを聞かされてもそれほど危機感を抱かなかったが、ここで初めて彼女達は猛烈な焦りを覚えた。
今までのようにいかなくなると不満を感じている場合じゃない。
この家自体が無くなってしまっては必然的に収入も無くなってしまう。
「それにお前を選ぶ条件が愛人と別れることだが……それを律儀に守るとも思えない。お前だって愛人が邸内にいるような結婚生活なんて嫌だろう?」
「あら、お父様ったら私がそんなことを許すとお思いで?」
「……ああ、うん……そうだな。お前が耐え忍ぶような真似をするわけなかったな……」
不穏な会話を繰り広げながらも二人は優雅に食事を進めていく。
メイド達はそれを聞きながら冷や汗を流し給仕を続けていくのだった……。




