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こちらも理不尽な対応をさせていただきます  作者: わらびもち


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仕える理由

 家令は主人の言葉にそのまま頷いた。

 どうせ忠告しても聞きやしないと分かっているからだ。

 とはいえ馬鹿正直にあの二人に対して嫌がらせをする気もなかった。


(鈍いこの人のことだ。どうせ気づきやしない。嫌がらせをしていると虚偽の報告をしても分かりゃしないだろう。視野も狭いし思考も単純な人だからな……)


 家令は侯爵に対して忠義の心などこれっぽっちも持ちあわせていなかった。

 

 彼は仕事が楽で給金も高いという理由だけでここにいる。

 先代の頃から長年仕えていた、とかでは決してない。むしろここに勤めてまだ数年しか経っていない。


 それまで勤めていた家令はそれこそ先代の頃から長年仕えていた忠節と誇りを持った者だったが、新しい当主が愛人を邸内に連れ込んだことにより呆れて辞めてしまった。その後も平民の愛人に仕えるなど冗談じゃない、と中々後任が決まらなかったところにこの家令がやってきたのだ。


 貴族の矜持も誇りも無く、ただ楽して高い給金が欲しいと考えていた彼にとってここはうってつけの場所だった。 仕事もろくにせず、おまけに鈍く頭も悪い当主の目をごまかして自分の給金の額を増やすことなど朝飯前だ。


 ついでに言えば侍女長や執事なども彼と同じ種類の人間だ。

 皆で共謀して自分達の給金額を高く設定している。そんな金目当ての彼等に忠義の気持ちなどあるはずもなく、表向き主人の『真実の愛(笑)』と応援しているように見せているだけだった。


 貴族の自分達が平民の愛人に膝を折るのは少々癪に障るものの、それをすれば主人は馬鹿みたいに自分達を信用する。給金を誤魔化していることにも気づかないほどに。


 己の利益のみを追求する彼は自分にとって損なことはしない。

 そんな彼の勘がアリッサに盾突くと給金の横領を暴かれ、その弱みにつけこまれて骨の髄までしゃぶられそうな予感がすると言っている。


 だから返事だけはするが、実際に嫌がらせなどする気はない。

 きちんと客人としてもてなせば痛い所を突かれずに済みそうだ。主人には適当に「嫌がらせしています」とだけ伝えればいい。どうせ馬鹿だから実際にしているかどうかなんて気にやしないだろう。


「でも、そろそろ仕事も辞め時かな……」


 主人の部屋から遠ざかったあたりで家令はぽつりと呟いた。

 馬鹿な主人を適当におだてれば高い給金が労せず手に入る楽な職場だったが、これ以上長居をすると何かと面倒なことになる気がする。


 あの令嬢を主人が娶るかどうかはともかくとして、いずれにせよ貴族の令嬢を正式に妻に迎え入れれば家令達の悪行は明るみに出てしまう。きちんと教育が成された令嬢ならば家令達の給金が相場より遥かに高いことが一目で分かるだろうから。


 そうなる前にさっさと逃げるに限る。しばらく働かなくていいほどの金も貯まったことだし、この職に未練もない。


 自分が辞めれば侍女長や他の面々も後に続くだろうことは家令も理解している。

 もともと忠誠心の無い人間の集まりだ。甘い汁を吸えなくなると分かればさっさと辞めてしまう事は想像に難くない。この屋敷の使用人で主人に忠誠を誓っている者など一人もいない。


 ため息をつきながら使用人の待機所へ行くと、丁度メイド達が休憩をとっていた。

 アリッサ達が使う部屋を急いで掃除したせいか皆ぐったりとしている。


「あ……、お疲れ様です」


 机に突っ伏していたメイドがのろのろと顔を上げる。

 その表情には濃い疲労の色が浮かんでいた。


「お疲れ様です。急な仕事を頼んで申し訳なかったですね」

「いえ……あのお客様相手では仕方のないことかと。それに……もとはといえば旦那様が『屋根裏部屋にでも押し込めおけ!』なんて言うから悪いんですよ。この邸にお客様がお見えになるのは実に久しぶりなので感覚が麻痺していましたが……」


 邸内に愛人を連れ込んでいるという噂が広まるにつれてバーティ侯爵家には客人が訪れなくなってしまった。女主人もいないので茶会や晩餐会を開くこともないため、こちらから客人を呼ぶこともない。そうなると使用人達は自然と客のもてなし方を忘れ『主人がそう言うならそれでいいや』と安易に考えてしまっていた。よくよく考えれば客人にそんな扱いしていいわけがない。


「……あの、一応確認なのですが、あの方々は旦那様の()()()()なのですよね? 王命で定められたという……」


 メイドの質問に家令は首を縦に振る。

 それを見て彼女は「うわぁ……」と驚愕の表情を見せた。


「あのご令嬢はともかくとして……女装した中年男性も花嫁候補? 国王陛下は乱心されたのですか……? それとも旦那様に対する嫌がらせでしょうか……」


 改めて聞くと物凄い状況だ。その場にいた他のメイド達も疲れた顔で首を傾げていた。


「私にも何が何だか分かりません……。ただ、はっきりと言えることは今後の身の振り方を考えねばいけないということです」

「へ? 今後の身の振り方?」

「はい。花嫁候補がどう見ても危険人物なのはともかくとして、王命で定められたからには旦那様がどちらかを妻に迎えねばならないということです。つまり、長年不在だった女主人がこの邸に入るということ。これがどういう意味か分かりますか?」

「いや……どういう意味かの前に、旦那様が女装中年男を妻に迎える選択肢があると思っているんですか⁉」

「普通に考えればあの年若いお嬢様を選ぶでしょうけど、そうなると旦那様はジェシカ様と縁を切ることになる。でも、それはしないでしょう。となると必然的にあの中年男性を妻に迎えることになるかと……」

「いやいやいや……流石にそれはないでしょう⁉ 旦那様のことだからあのお二人のどちらも選ばないと思いますよ……。今頃あのお二人を追い出せと騒いでいますって」

「ああ……うん、もう既に騒いでいます。でもね、それをすると王命に逆らうことになり、罰として爵位没収されることになります。そうなれば旦那様は平民の身分に落とされ路頭に迷う事になるでしょう」

「うわ……詰んでいますね。ええっと……それなら、旦那様はあのお嬢様を妻に迎えてジェシカ様と縁を切るか、あの女装中年男を妻に迎えてジェシカ様との関係を続けるか、どちらも拒んで国王陛下に爵位を没収されるかの三択しかないということですか?」


 家令が頷くとメイド達は引きつった顔で黙った。


「そのどれを選んでも私達は今までのような恩恵は受けられません。家政に関しての教育を受けた貴族令嬢ならば私達の給金が相場よりも多いとすぐにわかるでしょう。下手をすると今まで多く貰っていた分を返還するように命じられる可能性もあります」


 家令の言葉に一同は顔を青褪めさせる。

 ここにいる者は皆金目当てで働いている者ばかりなので、今後それが貰えないどころか返せと言われるのは非常に困る。


「そんな……。あの人達が来たせいで……」

「それは違います。遅かれ早かれ旦那様は貴族の妻を迎える必要があった。それが今だというわけです。間違っても腹いせにお客人達に対して嫌がらせをしようと考えないように」

「え? なんであの人達の肩を持つんです……?」

「肩を持っているわけではありません。下手に刺激したら不味い類の人種だと言っているのです。どういう経緯があったかは知りませんけど、女装した中年男を平気で『花嫁候補です』と言ってしまえるような女性がまともだと思いますか? 絶対に敵に回したらいけない類の人間でしょう、あれは」


 アリッサ達が来なければ今まで通りでいられたのに……と不満を零すメイドを家令は諫めた。下手に刺激して最悪な結果になるなど冗談じゃないと。


「欲をかきすぎると碌な事になりません。旦那様はあの二人に嫌がらせをしろとおっしゃっておりますが、一切聞かないように。王命で定められた婚約者候補を害せば王家に仇なすも同然です。処罰を受けたくはないでしょう?」


 家令の言葉にメイド達は青い顔で頷いた。

 アリッサ達が来なければ……という思いはあるが、それ以上に王家から処罰を受けるなど冗談ではない。


「ですが、旦那様の命令に背いてよろしいのですか?」

「お(つむ)の弱い旦那様など、黙ってハイハイと頷いていればそれで済みます」


 主人を馬鹿にするような言葉だが、メイド達は「それもそうですね……」と顔を見合わせて納得した。これだけでも侯爵が使用人からこれっぽっちも尊敬されていないことが分かる。


「とにかく決してお客人二人に危害を加えようとしないこと。何かあればすぐに私に相談してください」

「はい……分かりました」


 こうして家令が釘をさすことにより、アリッサ達が使用人から嫌がらせを受けることはなくなった。彼の勘は正しく、これで倍返しが基本のアリッサから報復を受けずに済んだことになる。彼がこの時の自分の勘が正しかったと知るのは、これよりずっと後のことだった。

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